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新人類《Ⅱ》
しおりを挟む一人が仕掛けた後に、全員が声を挙げて一斉に畳み掛ける。だが、それでも敵わない。
魔力を失っても、足りない。毒に侵されても、足りない。
――圧倒的に、力が足りない。
四方八方から畳み掛ける敵を前に、黒の神経は全盛期クラスに研ぎ澄まされる。
2年前とは違って、魔力によるアドバンテージも無い中で、黒は地道に積み重ねてきた激闘の日々で得た技術を研ぎ澄ます。
魔力による全身強化も硬化もしなずに、単純な体術だけで敵を次々と無力化していく。
時に敵の武装を奪って、巧みに攻撃を避けつつも致命傷を与えて行く。
多人数戦闘の心得でもあるのだろうか。四方八方から攻撃を加えても、その全てを見極めている。
背後からの隙を突いた一撃ですら、紙一重で躱される。
毒で確実に弱っている。苦しそうな剣幕で、自分を囲む敵を睨んでいる。
だが、敵わない――
「なぜ、攻撃が当たらない!?」
「我々には、お前の立つ場所に届かないとでも言っているのか!!」
「もっとだ……もっと毒を撒き散らせ!!」
各々が声を挙げて、黒へと力を振るう。しかし、黒の目には全てが見えている。
一歩を踏み込むタイミングとその場所、相手の袖を掴んで前に倒すタイミング――
「……弱い。って、言葉にしない方が良いか? 余計に、傷付けちゃうな」
黒の自分達を嘲笑う言葉とその表情に、彼らは周りが見えなくなる。
全ては、この時の為の実験。ただ、皇帝と呼ばれる騎士を倒す為の毒――
全身に頭から浴びている黒に、徐々に手数が減っていく。
気付けば、導き出された人員の全てが倒れていた。一人を除いて、この場に黒と一人の男が立っている。
「……私を殺せば。解毒剤は、手に入らん。一生、その全身を蝕む毒に苦しめ」
「なぁ、毒って何か分かるか?」
「なんだと?」
黒が右手で、自分の顔を剥がす様な仕草を取る。すると、体全体に薄い膜を張っていたのか、ベリベリと音を挙げて全身の膜を取り除く。
黒が取り除いた膜は、途端に霧散する。黒の前で絶句する男に、黒がコレが何だったのか質問をする。
無論、今しがたまで膜が存在する事すら知らなかった彼は、その正体を知らない。
「――魔力障壁よね。橘ちゃん」
黒の背中に感じる。とてつもない殺気と魔力に、黒が即座に反応する。
だが、反応空しく黒の脇腹にへとめり込まれた拳が、黒の足を地面から引き離す。
そのまま、力の進む方向に抗う事が出来ずに、建ち並ぶ建物を突き破る。
瓦礫の下敷きになりながらも、黒は瓦礫を蹴り飛ばして這い上がる。
口の中で感じる血の味を吐き出して、口元を拭う。
「……」
「あら? 随分と柔らかくなったのね~。アタシ、ビックリしちゃった」
崩れた建物の上から、黒を見下ろす人影があった。
フリル付きのシャツがパツパツで、その下の胸板や腕などの筋肉が発達しているのが一目で分かる。
丸太のような両腕に加えて、高そうなスラックスと服装は他の奴らとは異なっている。
一目で、この人物が新人類――
長いブロンドヘアーを後ろ手に縛って、鼻唄混じりに黒へと近付く。
黒が瓦礫を飛ばして、上空へと飛び上がる。だが、それに瞬時に対応してくる。
頭上から、オカマが振り下ろしてきた拳を両腕で防御するが、黒の力を上回る力で地面へと叩き付ける。
砂埃を挙げて、地面の中から這い出た黒の顔に、オカマの蹴りが直撃する。
地面を吹き飛ばして、爆撃でも起きたとかと思うほどの音を挙げて、黒が瓦礫の中から舌打ちする。
「固い。上に、速い――」
「もう、お仕舞いかしら?」
オカマが指を頬に当てて、首を傾げる。
自分へと鋭い眼光を見せる黒を見下ろしながら、口角を釣り上げる。
「当然、まだよね……最ッッ高!!」
「……黙れよ。オカマ野郎!!」
黒の蹴りを受け止め、透かさずオカマの反撃が黒を襲う。
黒の防御を容易く貫通し、衝撃とダメージが黒を容赦なく襲う。
地面を蹴って、肉薄するオカマの顔面に黒の拳が突き刺さる。だが、お構い無しにと黒の攻撃をものともせずにオカマの攻撃は続く。
口から大量の血液と胃の内容物を吐き出した黒を見下ろして、興奮を抑える。
「――もっと、楽しみましょうよ」
「……頭、狂ってんのか?」
力一杯、拳を振り下ろした。無防備な黒を地面へと縫い付ける。
地面へと縫い付けた後に、さらに拳を何度も振り下ろす。地面が陥没し、辺りの建物が全て衝撃と揺れで倒壊する。
ゴリラのドラミングと大差無い速さの殴打が、黒へと降り注ぐ。
地面が割れ、さらに地の底へと押し込まれる黒が防御を捨てる――
「嘘で――」
黒の拳がオカマの顔へと叩き込まれる。
空高く突き上げられたオカマの頭上には、黒が待ち構えていた。
落下の力を加えた踵落としをオカマの頭上から叩き込む。咄嗟に腕で受け止めるが、黒の一撃は両腕では止まらない。
骨にヒビを生じさせ、凄まじい激痛と地面へと叩き付けれる衝撃の激しさ。
地面に背中を直撃させたと同時に、その場を転がって黒の追撃から逃げる。
鼻からの大量の流血と腕を襲う激痛に、顔が歪む。
「……やっと、本気かしら? スロースターターなのね」
「――いや、魔力をケチってた。それだけだ」
背後から聞こえた黒の声に、反応するが間に合わない。脇腹と顎、太ももと右頬に攻撃がほぼ同時に訪れる。
魔力による強化なのか、先ほどとは格段に動きが変化する。
そんな黒を見て、オカマが口角を釣り上げる。
互いに、高い実力同士だと。改めて認識し直した。
黒とオカマの2人が、構え直す。内側から迸る魔力から見ても、黒も全力で相手をする覚悟をした。
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