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肌を刺す感覚《Ⅱ》
しおりを挟む黒がアンプルを摂取して、僅か数秒後に自分の左肩がまるごと消し飛ぶとは想像していなかった。
欠損した肩を庇いながら、列車の壊れた枠組みを蹴る。蹴った反動を利用して、身体を捻って列車の屋根へと登る。
そこでは、黒を待っていたとばかりに黒装束の刺客が数十人と待ち構えていた。
「……ッ…。なかなか、手が込んでるな」
左半身に大きなダメージを受ける。
左肩は当然として、足や脇腹なども肩に比べれば軽症だが先ほどの攻撃で大きなダメージを受けている。
普通であれば、苦痛で立っている事は難しい。
が、そこは倭を代表するほどの異常者――《橘黒》であった。
例え、左肩を吹き飛ばされても何事も無かったかのように、平然と立っている。その姿は、刺客達を恐れさせるほどである。
この男に痛覚が備わっているのか、不思議で仕方がないと言う顔の刺客達。
そんな彼らを前に、黒は摂取したアンプルで急激に増加させた魔力の5割を使って、欠損した体を元の体へと治療して見せる。
空気中の魔力が寄せ集まって、体組織を形成する。ミクロサイズの魔力が黒の肩へと集中し傷を治す。
通常、魔法による治療には――限界が存在する。
どんな高度な知識や医術を有していても、失った物を1から造る事は不可能に近い。
神の所業とも呼べる魔法の極地であって、簡単に成せる物ではない。
回復魔法とは、肉体が受けたダメージなどをその者の技量によって多かれ少なかれ和らげ、人が持っている自然治癒能力を刺激し肉体疲労や傷を治療する魔法。
――が、例外が存在した。
並みの精神力では決して耐えられない。地獄のような鍛練の果てに1人の男は《魔法》を極めた。
そして、持って生まれた膨大な魔力を使って、世界で唯一――他人の肉体も自分の意思で完璧に治療する事が可能。
その技術の持ち主である黒に掛かれば、肉体の再生など膨大な魔力さえあれば容易い。
欠損した筈の体を元に戻し、列車の上で構えている刺客達とようやく対面する。
肉体が再生したのを目の当たりにしても、彼らが放っている魔力や気迫から察するに、黒をこの場で確実に始末しに来ている。
その覚悟が布で覆われた顔からもハッキリと感じられる。
「お前ら、このまま戦えば民間人を巻き込むんだぞ?」
返答は無かった。ただ、目の前のターゲットを殺すために彼らは一歩を強く踏み出していた。
揺れる列車の上でも的確に黒の首を狙って、刃物による攻撃が続く。足裏から伝わる下の慌ただしさ。
まだ、あの皇帝が黒へと攻撃を仕掛ける様子はない。こちらの様子でも見ているのだろう。
今の黒であれば、自分の手下達だけで事足りる。そう思っているのか――
「――甘いんだよ」
刺客の放った攻撃を避けて、がら空きの腹部に黒の腕が突き刺さる。
魔力を纏った一撃で、1人の刺客が膝から崩れる。腕を引き抜いた際に、鮮血を浴びた黒は続けざまに他の刺客を列車から蹴り落とす。
首をねじ曲げられ、足下がフラついたまま通過した鉄塔や標識に肉塊が直撃する。
そうして、列車の上に待ち構えていた刺客の全てを葬る。
部下の魔力が消えた事を察したのか、ようやく皇帝がその姿を表す。
目立つほどの金髪に宝石などの装飾品を身に付け、白色のローブと動きやすい軽装――
そして、軽装と言う事は黒の攻撃に対して、防御に絶体の自信があると言う事を服装で表していた。
「流石、ですね。黒竜帝」
「大切な部下を殺されて、我慢の限界でも来たか?」
「大切――? 何を言うかと思えば…」
男は、列車の屋根へと登る。一歩近付くだけで、妙な威圧感を放っている。
全身の毛が逆立つこの感覚は、久し振りではあった。
悪寒とは違って、ヒリヒリと空気中の魔力が目の前の男に反応している。
反応している魔力が、波打つかのようにこちらへと押し寄せている。
威嚇――とは違っている。明確な威嚇であれば、列車を中心とした数キロに影響が及ぶ。
――弄んでいる。
人を、戦いを、生死を賭けた殺し合いを――楽しんでいる。
表情は変わらない。だが、確実にこの男は笑っている。
他人を蹴落とすかのように、人の命を何とも思わない。
腐った男――
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