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忘れていたモノ
しおりを挟むかつて、ローグは恐れから一度だけ戦いから逃げた。その時とは比べ物にならないほど、今のローグは強くなった。
が、まるでトラウマのように、ローグの心の奥底にその時の悔しさと情けなさが付いて回る。
そして、ここ――グランヴァーレにて、そのトラウマが脳裏に甦る。
(俺は、アイツから逃げた。もう、2度と前に立てないレベルで――)
まだ、倭の騎士に壊滅的な被害をもたらした今より2年前の大規模作戦よりも昔の記憶――
倭で行われた四大陸とその他の国から選抜された皇帝達の模擬戦闘。
倭の《12の皇帝》と手合わせを終え、最後にと黒と再戦してボロ負けしたあの時――ローグは心の底から自分の弱さに絶望した。
皇帝の中で、自分は倭の皇帝に勝るとも劣らないと思っていた。
そう、勝手に――。だが、事実は残酷であった。
「黒、僕と――闘え」
「待ってた。さて――闘うか」
その2人は、笑みを浮かべながら戦うのであった。まるで、先程までの模擬戦が肩慣らしだったとでも思えるレベルで。
心底、自分の弱さを痛感したローグはその後――あの男の前には立てなくなっていた。
恐怖とは違っていた。だが、あの男の隣には手は届かない。ましてや、手を伸ばす権利はない。
それが、クラトと初めて出会った時と同じであった。
ウォーロックの隣で、フード下の顔を見せない。だが、分かった。
(あぁ、アイツもあの男と同じなんだな……)
逃げるように、クラトから背を向けていた。言葉では、黒竜帝と戦う。と言っても、本心では決して勝てない。
あの領域には立てない。なのに、グランヴァーレの王はクラトに立ち向かった。
死ぬと分かっていても、誰かを守るために救うために――彼女は立ち上がった。
――クラトへと立ち向かった。それは、一瞬とは言え、あの領域に踏み込んだ事を意味する。
経験、知識、力、何もかも自分よりも劣っている彼女が、ただ1つだけローグよりも勝っていた点があった。
それが、心の強さ――
ただ1つ、心の強さが彼女に《勇気》を与えた。
立ち向かう為の勇気、立ち上がる為の勇気――
ローグが忘れていた事をイオは思い出させる。
恐れず立ち向かう為に、《バカになる》と言う考え方を思い出させる。
「あぁ、足りねーな。昔は、もっとバカだった! トゥーリやガゼルの迷惑も考えずに、どんな奴にでも噛み付いた。思い出せよ……あの頃の俺を……思い出せよ!! あの時の、バカな男をッ!!」
沈み掛けた意識の中で、踠いて踠いて足掻いた先に手に入れた一筋の光――
勝負は付いたとばかりに油断していたクラトをローグの放った渾身のアッパーが当たる。
しかし、アッパー1つが当たっただけで、クラトに傷1つ負った程度であった。それもローグと比べて軽傷。
だが、クラトは無意識の内に――身構えていた。
「――は?」
思わず口にした言葉通り、クラトは今さっきまでのローグとは明らかに異なる存在を前に困惑する。
全身は満身創痍と言っても過言はない。
にも関わらず、クラトの視界に捉えている人物は釣り上げる口角と不気味な笑みを浮かべたままクラトの前に立っている。
クラトの頬から一筋の汗が流れ、首筋を伝う。
「……全く、今日は自分の愚かさを痛感する日ですね。格下と油断していた人物2人の――実力を見誤るとは」
ローグの突き出した拳から、紫色の稲妻が生まれる。
そして、一瞬でクラトへと肉薄した際に放たれた一撃は――クラトの予想を大きく狂わせる。
「この、力――まさかッ!?」
ローグの放った一撃は、青色でも紫色でもない。その遥か高みに存在する《色》――
《漆黒》の稲妻がローグの拳から炸裂し、クラトの全力防御を一撃で粉砕する。
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