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王の帰還

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 碧、茜がゆっくりとその場から起き上がり、その胸の奥底から響く。忘れもしない太鼓の響きを全力で感じる。
 それが、一体何を告げているのかも直ぐに分かる。
 様々な感情が押し寄せ、大粒の涙となって姉妹の頬を濡らす。
 この2年間、ずっと待ち続けた。その音色を、その響きを――。
  きっと、帰って来ると抱いて今日まで信じて来た。――その思いが、成就する。


 「「遅いよッ! お兄ちゃんッ!!」」


 碧と茜がその者の名を叫び、その叫びに呼応して太鼓の響きが大地を跳ね上げる。
 呼応するように、漆黒の稲妻が大気中に可視化されるほど広がりを見せ、雲の流れが先程までとは打って変わって急激に速まる。
 空を覆い隠す雲が、巨大な雷鳴を響かせる。
 大海が揺れ、生じた巨大な津波が落ちる雷によって弾け霧散する。
 空へと登る渦潮が、巨大な水柱を幾つも創り上げる。
 荒れ狂う風が降る雨を含んで、銃弾の嵐とでも言うべきほどの勢いを持って、乾き切った大地を湿らせる。
  高濃度な魔力によって、水分が蒸発する。徐々に熱量が増していき、海水が蒸発する。

 異形が揃って動き出した。そして、空が突如として一変する。
  雲が吹き飛ばされ、荒れていた空も海も静まり返るかのように澄み渡る。
 空へと登っていた海水が、一斉に降り注ぐ。目を丸くするトレファが、その姿をようやくその目で捉えて、その男の魔力を視認する。
 海水から立ち込める水蒸気の中をゆっくりと進みながら、その者は倭へと向かって突き進む。
 だが、その行く手を阻むのが、すでに数百億という規模にまで膨れ上がった異形の大軍勢――

 遅い、遅いよ――と、横で呟く未来を見て、トレファもまた黒の登場が遅い事を笑う。
 メリアナ、碧、茜の前でトレファは悠然と黒の不在の間に、傷付けられた者達の無様な姿を罵り笑う。
 そして、指を鳴らして、異形を動かす。


 「蹴散らせ、我が兵達よ――」


 異形が一斉に海水を押し退けて進む。水蒸気で姿が朧気な黒の元へと――
 迫り来る異形を前に、黒は動かない。ただ、倭へと向かって歩みを進める。
 そして、ようやく――気が付いた。
 黒が、1人ではない・・・・・・事に――


 「遅いよ、黒ちゃん!! 遅いよ……みんな・・・ぁ――!!」


 水蒸気が消え、黒の背後に集まった多くの騎士の姿が見えた。 
 倭の騎士がその膨大な魔力を肌で感じ取る。それは、懐かしく思い出に焼き付く者達の魔力――
  決して忘れもしない。あの勇敢な戦士達、騎士同胞の姿を――
  胸が高鳴る。倭へと向かって、大勢の騎士が隊列を成して進む。
  太鼓の響きに合わせて、彼らの甲冑や鎧、武具が音を奏でる。
  異形の数に比べれば、脅威にはなり得ない。にも関わらずその気迫は凄まじい。
 帰還者の到来――。黒の背後には、2年前の大規模作戦で消えた筈の全ての騎士が付き従っていた。
  そして、黒が背後に率いる者達を見て、トレファは全身に今までに無いほどの悪寒を覚えた。
  何より、トレファの細胞が危機感を抱いたのは、黒の魔力は当然として、その後ろの魔力であった。
  魂の奥底に刻み込まれた思い出したくもない深い傷――
  倭の皇帝として、危険人物と知らされていた黒――。だが、本当の意味で、脅威なのは黒ではない。

  黒と未来を《王》として、付き従う12人の――化け物騎士達であった。

  トレファが即座に全異形に指示を飛ばす。しかし、黒の背に並ぶ騎士達にとって、異形など脅威にすらならない。
 太鼓を打ち鳴らす響きが次第に強まり、その太鼓の発生源である男が命令を下す。

 「蹴散らせ、黒焔・・騎士団――」

 黒の背後から黒衣を纏った数人の人影が勢い良く飛び出す。海面を走りながら、目標である異形の大軍勢に向かって突き進む。
 ゾウへと挑むアリの群れ――そう、トレファがかの者達を嘲笑う。
  心に抱いた不安を払拭するように、大型異形種達を走らせる。
 が、たった一撃で、トレファの顔色は青ざめる事となる。

 「……やるぞ。野郎共ッ!!」

 1人の号令に合わせて、腕に金飾りを身に着けた者達が横並びに並走する。
 そして、腕の金飾りが魔力と反応し光を放つ。眩い閃光の後に、ゆっくりと大きな影が水蒸気のカーテンの中を揺れ動く。
 海面を叩いた存在が何者だったのか、トレファはその存在を目の当たりにし――黒焔の恐ろしさをその身を以てして知る事となる。
 発光、高濃度な魔力による水分の蒸発――。その直ぐ後に迫る巨体な四肢が異形を薙ぎ倒す。
    一目みて分かるその巨大な身体――。見間違える筈の無いその巨体を有する種族――巨人族。

    ――その足は、大地を踏み鳴らす。
    ――その手は、大陸を動かす。
    ――その鋼の肉体は、山脈を建造する。

    古の古文書には、そう記されている。
    十王の1人にして、巨人族の祖にして、王である1体の巨人は人の領地を創造した。
    人と獣達の住む世界を分ける隔たりを創り上げ、各種族の均衡を保つ役目を担う。
    山を創り、大地を耕す。山は動植物の為に、大地は人の為に――
    それぞれの生活が豊かに回るように、その均衡を保つ為にその力を振るった。
    故に、巨人族は大地を味方に付ける。共に生き、新たな命を育む。この大地と共に――


 「……ラウサー、道を切り拓け――」
 「仰せのままに、行くぞッ! 第十師団ッ!!」

 黒の指示を受け、黒髪揺らしながら《ラウサー》は、その巨木よりも太い腕を振り上げる。
    黒色の眼からは、赤色の稲妻が大気中へと走る。
 海に半身を付けながらも、その者達は前方の異形を拳1つで薙ぎ払う。
 叩き、潰し、投げる。たかだか、数十人の巨人族によって、勢い付いた筈のトレファ達の動きは止められる。
 そして、異形側の海上での優位をラウサーは、崩すのであった。

 「海の生命よ……今しばらく耐えてくれ。母なる大地、この私に力を与え給え。生命の大海に、その恵みを与え給えッ!!」

 ラウサーが海中深くに拳を叩き付ける。僅かな揺れの後に、大地が海中から隆起する。
 黒の指示通り、道を切り拓いたのだった。海中から大地を隆起させ、倭へと続く直線を母なる大地の力で創り出した。
 大地の奇跡、海底を踏み固めていた大型異形種達の足元からは、水が抜ける。
 広大な大地を前に、トレファは青ざめた。

 「奴らに、歩く大地を与えてはならない……その地面を破壊しろッ!! 異形共ッ!!」

 トレファの命令よりも先に、ラウサー達巨人族が創り上げた大地の上を颯爽と駆け抜ける1陣の姿が見えた。
 各々が武器を片手に携え。騎馬と共に、その広大な地を駆け抜ける。


 「ウチらも不本意だけど、ラウサーに続くよ……」
    「「「ハイッ! 姐さん!」」」

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