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1章 機械国家の永久炉――【仕掛けられる『皇帝』への罠】
音を置き去りに《Ⅱ》
しおりを挟む彼女の名は、《ヘルツ・アウター・ヴァイン》――
黒、ハート達と同じ世代の女性騎士である。
つまり、倭の養成所出身であり現在のイシュルワに属する《皇帝》の1人。
本物の領域に達している者の1人であって、紛う事なき黒やハート達と同類の化け物である――
「相性が、悪いな……」
「ティンバー、田村、斑鳩の次にお前かよ。冗談だろ……」
黒、ハートが僅かにその場から後退る。
ただでさえ、皇帝同士の戦闘は並の騎士とは次元が異なる。
養成所時代からの友人であれば、互いの本気がどの程度か自然と分かる。
それ故に、魔物の有無以上に魔物と魔力の力が勝敗を分ける。互いに全力を強制し、必然的にその規模はより激しい物となる。
「――ハートッ!!」
「くッ――ッ!!」
黒の声に瞬時に反応して、ハートが頭上へと飛び上がる。
瞬間、躊躇いなくヘルツの放った抜刀からの斬撃を黒が瞬時に対応する。
漆黒の魔力を指先に集中させて、研ぎ澄ませた手刀で迎え撃ちに掛かる。
ヘルツの黒い刀身と黒の黒い手刀が激しい火花を散らす――
互いに呼吸の1つ乱れずに連撃に連撃を重ねる。凄まじい火花の応酬に閃光が生まれ続ける。
黒が速度を増して、ヘルツを追い込む。
だがしかし、当のヘルツの呼吸は一向に乱れずに黒の手刀を正面から難なく弾いて見せる。
そして、刀を手放した――
追い込んだとばかり思った黒の思考に2通りの選択肢を強制する。
追い込んだゆえに、諦めからの《投降》――
力の差を刀剣無しでも、覆せると言う絶対の《自信》――
黒の思考に、2つの選択肢が浮き上がる。
学生時代の彼女を知っているからこそ、あり得ないと言い聞かせる。
だが、僅かでも可能性がある事に黒の思考は確かに揺らいだ。
そんな揺らぎの一瞬を狙って、ヘルツは動いた――
全身を捻り、手放した刀を捻りを加えた体から放たれた後ろ回し蹴りで、刀を蹴った。
飛来する刀に驚愕した黒が、自身の顔のすぐ横を抜けた刀を目で追う。
目で追ってしまった――
ヘルツから目を反らしてしまった事に、黒が気付くよりも先に彼女の追撃が迫る
視線を反らしたと言う。僅かな隙を狙って、漆黒の稲妻がヘルツの拳から放たれる。
ガラ空きの胴体へと彼女の一撃が突き刺さる。だが、彼女とてそう簡単に一撃を与えれるとは思っていなかった。
魔力の衝突で生じる砂塵の中から、黒が冷や汗を流して笑みを浮かべていた。
間一髪の所で魔力を片腕に集中していた。
腕全体が変色するレベルで圧縮された魔力で、腕が炭のように真っ黒に染められている。
そして、同出力の漆黒の魔力でヘルツの攻撃を相殺したのであった。
「流石は、王の世代最強筆頭よね。その強さは、健在で安心したわ……」
「そっちも、俺と肩を並べた経歴は伊達じゃねーな。昔よりも、剣の腕が上がっているのも素直にスゲェよ」
「あら、褒めてるかしら? でも、《魔力》や《魔物》に関しては、メリアナを含めたあなた達には敵わない……それに、剣術ならあの子の方が上手よ」
コートを脱いで、部下の1人に投げ渡す。
黒が警戒するよりも先に、懐に隠し持っていた針のような暗器が黒の眼前に飛来する。
間一髪で避けた黒の崩れた体勢に合わせて、動いたヘルツのヒールのつま先が黒の顔を叩く。
漆黒の稲妻が黒の体を走り、魔力によって吹き飛ぶ黒が地面の上を転がる。
「出力では、大きく劣るけど……無傷では無いでしょ?」
「……ブッ、当たり前だ。魔力を研ぎ澄まして研ぎ澄まして、その遥か高みに到達した者だけが持ち得る。魔力攻撃の最高峰……それが、漆黒の魔力だ。人によって、出力の差はあっても……元の破壊力はとんでもねーんだよ」
黒が口から血を吐き出して、折れ曲がった鼻を一瞬で治療する。
漆黒の魔力を纏った一撃で、黒の防御力は簡単に剥がれた。
その事実に衝撃で未だに痺れる指先に視線を落としながら、瞬時に理解した。
頭から全身に流れ、内側へと与えられたダメージ――。彼女が扱う漆黒の稲妻が彼女の強さとその威力を物語っていた。
ティンバー、田村、斑鳩だけなら大きな障害ではない。苦戦はしても、ローグやガゼルの手を借りれば勝てるー―
そんな甘い考えが、黒とハートの中から消えた。
ただの1人によって、状況が変化した。――変化させられた。
皇帝一人の行動で、戦況が立ち所に変化する。それが、本物の皇帝である。
例え、黒とハートが最強クラスの力を有していても、ティンバー達の猛攻を捌きながらイシュルワの全軍と戦うのですら骨が折れる。
そんな状況下に、トドメの一撃が喉元に突きつけられる。
王の世代、その中の女性騎士筆頭――ヘルツ・アウター・ヴァインの登場――
黒は、全く予想していなかった。
彼女ほどの人物をイシュルワが隠し持っていた事も、彼女がイシュルワ側と言う可能性すらも失念していた。
そして、彼女が黒達と渡り合える最大の要因は、単に万能であるからであった。
黒とハートが、魔力の《量》、魔物の《強大さ》の2点で世代最強であるならば――
彼女は、女性騎士の中でメリアナの《魔力操作技術》の高さ、とある女性騎士の剣術の高さ。この2点、それ以外の全てを持ち得ている。
更に、彼女の周りは常に男性騎士が固まっていた。
甘い蜜に誘われたウジ虫のように、世の男性は彼女の美貌に惹かれる。
そして、統率力や指揮能力と言う面でも彼女は黒やハートよりも断然優れていた。
現に、黒とハートの目の前で姿を現した上で、軍隊を2つに分けてビフトロへと進軍させていた。
「あら、気付かなかった?」
「「――!!?」」
焦る黒、その瞬間を狙ったヘルツの斬撃を真っ向から食らってしまう。
激しい衝撃波に、漆黒の稲妻が黒を貫く。容赦の無い一撃に、ハートがヘルツと黒の間に割って入る。
しかし、黒がハートの肩を掴んで止める。
「お前は、ビフトロの守りに入れ。頼むぞ……」
「……あぁ、分かった」
その場を後にしたハートを横目で、ヘルツは鞘に刀を納める。
帰る訳では無い。ただ、抜刀術の構えを取る為の納刀であった。
腰を落として、左手で鞘を軽く掴む。右手で刀の柄に近付けて、呼吸を整える。
「……様になったな。昔よりも――」
ヘルツの音を置き去りした抜刀からの一閃が黒の目前で閃光となる。
だが、ヘルツは手応えを感じない。その理由は単純明快――
「直前に、私の刀をへし折ったのね……ホントに、手癖が悪いわよ」
「あぁ、悪い……あまりにも、遅いんでね。軽く捻ってしまったみたいだな」
根本からポッキリ折れた刀身が、黒の手から落ちる。
ヘルツが折れた刀と鞘を捨てて、両手の手袋に触れる。緩んだのかキッチリ伸ばして指先まではめる。
部下の1人が換えの刀を渡して下がらせる。この状況下であれば、ヘルツの優勢であると見ていた兵士は思った。
ただ、ここで彼らの予想を上回る自体が起きる事となる。
「そろそろ……本気を出したらどうかしら?」
「その言葉、そっくり返そうか?」
両者の発言に、イシュルワ軍に激震が走る。
先程までの攻防ですら、本気ではなかった。あり得ないと言う言葉に、兵士達がザワつく。
その事にヘルツが気付く。
兵士達がザワつくのも無理はない。
漆黒の稲妻を扱う為に必要な魔力を極限まで研ぎ澄ました事で手に入れれる魔力性質――《漆黒の魔力》――
それを使用しながら、黒は本気ではない。当然、自分も本気ではない。
ただ、ヘルツと黒の本気具合は大きく異なる。
「そうだな、頃合いか……。ヘルツ、ここから先は、手加減無しだぞ――」
「――ッ!?」
彼女の目の前で、黒は瞳の色を青く色付けた。
ヘルツも僅かに遅れながら、両目を青く光らせる。
魔物の力を行使するサインであり、先程までの黒とは格段に異なる雰囲気にヘルツが身を強張らせた。
王の世代筆頭とは言え、彼女は女性騎士筆頭であって、男女を合わせた筆頭は黒、ハートの2人である。
一対一の場合では、彼女と黒では先程よりも激しい激戦となる。そして、当然消耗もその分増す。
黒は、ヘルツと戦いながら他の皇帝と刃を交えるのは負担だと考えた。
当然、ヘルツも同じ考えを持っていた。
だから、ティンバーや他の皇帝の存在を知った上で、自分の存在もチラつかせた。
しかし、ここで大きな誤算があった。
――この場で、本当に黒が本気で自分の相手をするとは思っていなかった事である。
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