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1章 機械国家の永久炉――【仕掛けられる『皇帝』への罠】

劣悪な環境《Ⅰ》

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  奈落に落ちる――……。
  それが、黒が初めて体験した感覚であった。

  何一つ考えずに飛び出して、目の前の奈落へと落ちた。真っ黒な世界を頭から落ちる。
  剥き出しの鉄パイプや放棄された足場などの建築現場などで見られそうな機材や足場が奈落の周辺を固めている。
  中央の暗闇は、深い。まず先に飛び出た言葉は、その一言であった。
  撤去可能な足場の上に、減速目的で着地する。
  直ぐ様、跳ねて崩れる足場から逃げる。

  着地の衝撃でぐにゃりと折れ曲がる足場が、どうにか奈落へと落ちずに耐える。
  焦りながらも壁側へと退避したので、背中を壁に打ち付けて少しその場でうめき声を上げる。

  (流石に、ダメージがデカイか……)

  失った片腕を眺めながら、一息つく為に壁に凭れ掛かる。
  流石に片腕一本引きちぎった後に、カッコつけてベラベラと余裕さをアピールして喋ったのが痛恨のミスであった。
  血を予定よりも多く流し、治療するのが遅すぎた。
  魔力が膨大とは言え、血の量は人並である。魔力を用いて増やす事はできても、それ以外は人並――

  「……少し、休む……」
  『そうだ。少しでも休め、宿主マスター。我が、警戒する――』

  脳内に、響くバハムートの声に従って、意識を手放す。
  微睡みに意識が溶け、体の力は失われる。
  待たれ掛かったまま寝息を立てる。端から見れば、寝息を立てて眠るどころの状態ではない。

  全身血塗れの片腕欠損――。傷口を魔力で塞いだとはいえ、寝息を立てて眠れる人物など、この世界にはそうはいない。

  異常過ぎる人物ゆえ、魔力を用いて無かった事にする。

  魔物ギフトを取り戻した事で黒は自覚できていないが、以前よりも魔力量は格段に増えていた。
  アンプルによる強制魔力補充を立て続けに行った事で、魔力許容量が無理矢理に拡張された。

  筋肉を酷使する事で、強くなるように――魔力の許容量も増えた。

  とは言え、この世界でもアンプルを用いた自殺行為スレスレの綱渡りであった。
  その行為を難なく行える人物はほとんど存在しない。

  特殊過ぎる特殊な鍛錬方法――
  当の本人は、そんな事など気付きもせずにアンプルの過剰摂取の後に、全身で魔力を巡らせて魔力酷使を幾度と繰り返す。
  そのお陰か、僅かでありながらも魔力は増えていた。
  その恩恵の1つに宿主が意識を手放した状況であっても、魔物ギフトである。
  バハムートが顕現体で活動が勝手に・・・可能と言う事である。

  『まったく……無茶をする。呆れを通り越して、感心するほどじゃ――』

  バハムートが人型となって、黒の背後から現れる。
  その目的は、ある人物と顔を合わせる為であった。
  目の前で裂け目が生まれ、裂け目の中から暁叶あかつき かなめがヒョッコリ顔を覗かせる。

  「やぁ、バハムート……案外、元気そうだね」
  『うぬのおかげじゃな。宿主の魔力が増えた事で、低燃費モードであれば、多少の時間は我の意思で顕現出来る。だが、アンプルを用いた自殺行為スレスレの綱渡りは二度とゴメンだぞ』
  「分かってるよ……黒ちゃんぐらいじゃないと、すぐに死ぬから――」
  『うぬのヴラドも、恐ろしい事を考えつくものだ』

  暁が裂け目から飛び出て、黒の前で簡単な治療を施す。完璧な治療では、黒に疑われる。
  その為、バハムートが治療したと言い訳できる範囲での治療を施す。
  黒が失った血を補充するように、暁が黒の血液型に血を生成する。

  「ヴラド、警戒――」
  『はい、宿主マスター様――』

  暁の影から、最も特徴的な真っ赤な髪と瞳を持った。
  黒白ツートーンカラーのゴスロリドレスを身に纏った少女が、ドレスの先を指先で軽く持ち上げる。

  向かいあって、久々の再会であるバハムートとヴラドが互いに会釈する。

  闇の中で目立つほどの真っ赤な髪と瞳を持った《ヴラド》と白色のワンピースに漆黒の髪を持った《バハムート》の背丈はほぼ同じかヴラドが少し上――
  少女2人が並んで立っていて、少し場違い感が漂うこの場で、暁は簡単な治療を終える。
  周辺への警戒を解いたヴラドがバハムートへ軽い挨拶を済ませて、暁の影へと消える。

  「それじゃ、イシュルワでの目的は忘れないように――」
  『分かっている……まったく、心配性な奴だ』

  裂け目へと消えた暁を見送って、バハムートは顕現体を消して黒の中へと消える。
  外側の治療を終え、バハムート自身で黒の内側の治療をする。黒の影響で、治療スキルもある程度持っている。
  他人肉体を再生させるような完璧を飛び越えた。神の如き神業は持ち得ないが簡単な治療は行える。

  であれば、マスターの肉体など治療出来ない通りはない。

  『さぁ、否応なく戦いの場に落とされる。哀れな我がマスターよ――地獄には、当然付いて行くぞ』

  バハムートの治療を終え、ヘルツとの戦闘で受けた深手の半分が治療完了となる。
  この先に待ち受けるイシュルワの妨害や追跡に、黒は片腕で対処しなければならない。
  これまで以上の苦戦に加えて、今度はティンバーもヘルツも手加減はしない。

  ウォーロックの信用を勝ち得たかなどは問わず、黒の前に立てば敵となる。
  そして、このイシュルワの闇が黒へと襲い掛かる予感に、バハムートは瞼を閉じる事しか出来ない。


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