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1章 機械国家の永久炉――【仕掛けられる『皇帝』への罠】
自分に、できる事
しおりを挟む目の前で、宗治が倒れる。
背中は真っ赤に染まって、地面も流血で赤く染まる。
涙が止まらない。――なぜ、自分達だけがここまで不幸な目に合わなければならない。
「――アナタも、生きているとなると後々面倒な事になる。……ここで、殺しますね」
自分の子供を両腕で抱き締めて、その場から走り去る。
まだ、微かに息のある。そんな宗治を見捨てる。
イシュルワの軍人達が、非情だと紫苑を嘲笑う。
――が、逆の立場であればそうして欲しい。と、紫苑は思っていた。
不幸だらけだった自分達よりも、幸福な生活を送って欲しい。
せめて、この子だけでも――その想いだけが、紫苑の中にあった。
後方から迫る銃弾や魔法による爆撃を避けながら、遠回りでも確実にビフトロの砦へと向かう方法を取る。
皇帝であるから、彼ら程度の戦力であれば倒すのは困難ではない。
だが、子供に万が一の事を考えれば、必然と逃げの一手しかなかった。
その上、黒のように他者を確実に守りながら戦う。そう言った経験に自信がなかった。
何処か安全な場所に置いて、戦闘――そんな考えは論外である。
戦う。その選択であれば、腕に抱いて戦うしか無い。
実の子供を抱いて満足な動きができるとは、思えない。
――逃げる。だから、逃げ続ける。
紫苑の勝利条件は、ビフトロに自分の子供を無傷で確実に届ける事だけである。
その為に、自分の背中や足が焼かれても構わない――。宗治が身を挺した様に、紫苑もこの子の為に命を捨てる。
「――回り込んで、挟み撃ちにしろ」
「「了解――」」
部下に指示を飛ばして、軍人達が車両に乗って紫苑を追い続ける。
流石は、皇帝――
車両如きでは、簡単に回り込めはしてもその足を止める事は叶わない。
車両の頭上を飛び越え、車両と車両の間をノンストップで駆け抜ける。
魔力で強化された視力、身体能力、経験ゆえの土壇場での機転の良さ――
全てが高水準の為に、紫苑はイシュルワ軍をビフトロから遠ざける事に成功する。
そして、無警戒となった。ビフトロを囲む砦の方へと向かって方向転換すると、勢い良く跳躍する。
着地と同時に、全身に魔力を一気に巡らせる。
車両の速度を凌駕する速度で、砦へと向かう。 当然、紫苑を追う事にしか頭のなかった彼らではその速度に追い付けはしない。
砦へと到着して、砦を飛び越えようとする。だが、それを阻む様に強力な結界が紫苑を拒絶する。
抱いていた子供が結界の拒絶する力によって、さらに大声で泣いた。
自分の子供に謝りながら、結界を手で叩く。
大声で、砦の向こう側の誰かに助けを呼ぶ。
だが、誰も彼女の声には気付かない。
後方から迫る軍人達に焦りながらも、拒絶される力に負けじと片腕が結界によって深い火傷を負う。
それでも、何度も何度も結界を叩いた。
喉が潰れても、張り裂けそうになっても声を張り上げる。
大粒の涙を流して、拒絶される自分達に絶望する。
「……残念だったな。見捨てられて――」
「――!?」
背後に迫っていた軍人の手に、子供が奪われる。
銃口を向ける軍人を蹴散らして、子供を奪還しようと獣の様に叫んで軍人を叩き潰す。
地面に体を縫い付けられ、軍人達の衣服が真っ赤な流血で染められる。
放たれる銃弾の中を掻い潜って、恨めしい目を向けて子供を抱きかかえる男へと飛び掛かる。
「――叫ぶな。この子が、泣いてしまう」
背後から2発の弾丸が、紫苑の脇腹と肩を撃ち抜く。
それでも殺意を剥き出しにした獣は止まらない。――が、1秒でも動きが止まれば軍人達の勝利となった。
パパパパッッ――!!
紫苑へと向けられた銃口が火を吹いた。
宗治と同じく背後から銃声が響く。
口から血を吐いて、前のめりに倒れる。それでも、彼女の腕は愛する我が子へと伸びる。
「実に、感動的だ……ホラ、大ちゅきなママの最後でちゅよ~。ちゃんと、目に焼き付けてね」
赤子を片手で掴んで、紫苑へと見せ付ける。
そして、男が拳銃の引き金に指を掛ける。
だが、男はさらに紫苑に絶望を与えた。
「イヤ、よそう。母親を殺しても……面白くない。実の子供を目の前で殺される様を目に焼き付けろ――」
「――!?」
――やめろ。
声が出ない。
――やめろッ!!
涙が溢れて、止まらない。
――その子から、手を離せッ!!
全身の痛みなど気にせず、出血する身体にムチを打って呻き声を上げながら手を伸ばす。
その様を見下ろして、男はニタニタと笑って子供に銃口を向ける。
――やめろッッ!!
叫びたいのに声が出ない。自分の子供の為に、宗治のように身を挺して守れもしない。
その事に、悔しくして悔しくて――涙が止まらない。
藁にも縋るように、願った。
自分の命など、いらない。だから、この子だけでも――
せめて、この子だけでも――
「……誰か、助けて……」
そう、小さくか細い声で震えながら言葉を口にする。
涙で顔がぐちゃぐちゃになって、愛する我が子の命を優先する。
この命を捧げて助かるのであれば、彼女は喜んで差し出す。
――だから、助けて下さい。
神に祈る様に、紫苑は最後まで泣き叫ぶあの子へと手を伸ばす。
「じゃ、さようなら――」
乾いた銃声が、紫苑の耳に響く。
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