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2章 王冠に願う果てなき希望――【湖上に馳せる麗しの『乙女』達】
猛毒のブラフマン
しおりを挟むかつて、一度だけ若き王となる卵のその顔を見た。
通り過ぎるその横顔――
頭を下げたこちらに一瞥すること無く。
ただ、通り過ぎる。
こちらには目もくれず、まるで眼中にないかのようにその男は――私の視界から遠ざかる。
北欧、倭、様々な大小国家が集って、交流試合とは名ばかりのただのお遊びを開催した。
広大な土地と圧倒的な武力を有する。その上、平和を愛する『平和主義者』の集まる巨大国家。
大竜牙帝国で催されたその会で、その顔を正面から見た。
帝国に伝わる正装か――腰の長い帯に、漢服と和服が混在したかのような白黒の2色の衣服はその者の威圧をさらに醸し出している。
ただ、立って歩いているだけ――なのに、不思議と視線を切ってしまう。
「あれが、帝国の若き王か――」
以下にして自分達の国が甘いのかを知る。
だから、先王のさらに以前からその座を欲して狙っていた。例え、王が代替わりしても本質的に変わらない。
多少、世界に向ける目が変わっても根本的な解決には至らず。結局、自分が聖王に成り代わるしか無かった。
何も初めから狙っていた訳では無い。
初めは、薬学を学び地面に齧り付くように延命してでも、北欧をより良い国にしたかった。
だが、あの王を見た事で――私の中で、何かが壊れた。
ブラフマンにとって、現代の聖王はこの上なく邪魔な存在である。
他者を思いやり、優しさと慈悲を持ってこの地に君臨した。
それが駄目だと言う訳ではない。
歴代聖王達の似通った思想――そのおかげでこの数百年間は北欧は安全で豊かな地としての地盤を築いた。
が、ブラフマンは――他国と比較してしまった。
イシュルワ、エースダル、グランヴァーレ、倭――
倭に至っては、他国にすら轟く絶対的な力があった。
他国に比べて、皇帝や内部の戦力が劣っている。
他国に攻められる。他国を攻める。
この2点に関しては、他国に比べて大きく劣る。
――他国に対する。その対応力、認識が甘すぎる。
例を挙げるならば、かの『黒竜帝』――
その名を聞くだけで、多くの者達が足を竦ませて背を丸めてその場から逃げる。
歩く国家戦力と影で言われ、皇帝達特に『王の世代』の間では自身の実力がどれほどの物なのか測る為の指標にされている。
それほどまでに、圧倒的な武力を有する者と北欧は並べる。
――にも関わらず。北欧は戦力を振りかざす事も、他国に見せ付けて誇示する事もしない。
その結果、他国からは舐められる。
ブラフマンにとって、他国から舐められるのはプライドが許さず、戦力で劣る者達からの視線を痛感するのは我慢できない。
北欧を取り巻く四大陸内で、密かに付けられた序列――
常に最上位の地位を獲得し続けた。兵器国家『イシュルワ』――
傭兵を抱き込んで、大陸最大規模の兵力を有する『エースダル』――
唯一無二の王の力を有し、中立を望む平和ボケした『グランヴァーレ』――
そして――北の聖王と呼ばれる。
大陸で最も高い力を持っておきながら、北欧は静かに暮らしていた。
積りに積もった不満、不安は1つの『怒り』の燃料となる。
北欧は豊かな地で、何より他国にも劣らない。他国よりも優れた戦力、武力を持っていた。
しかし、他国との差は埋まらない。それが許せなかった。
なぜ、劣る者達に見下されなければならない。
なぜ、弱者の顔色を伺う必要がある。
軟弱な支配者に相応しくない思想――
「今の北欧は……軟弱者ですよ。だって、聖王が力を振るわない――」
先々代から、嫌――もっと昔から聖王は力を持っていた。
なのに、優しさからか他国であっても脅威となる事を良しとしなかった。
だから、内側から変革をもたらすのを決意した。
――その為には、長い年月生きる為の強靭な肉体が必要であった。
100年以上も生きるには、既に本体は老朽化していた。
どんな薬でも、その肉塊は朽ち果てるしか無かった。
もはや肉体は飾りで、本体はこの魂である。
その為に聖王の名を使って――他国との国境付近で実験を繰り返した。
少しの問題で、国家レベルの争いに発展する。が、都合の良い事に問題が起きれば国の問題となる。
国家間の問題となれば、聖王を玉座から引きずり下ろせる。
問題にならなくとも、こちらの準備に何一つ影響は及ばない。
問題を起こすだけの目的の筈が、巡り巡ってブラフマンは己の進化を促せる結果となった。
実験を繰り返し、遂に他人の肉体を用いた『肉体強化』を編み出した。
ブラフマンには、一切のデメリットが存在しない。
例え、あってもデメリットにすらならない些細な問題である。
様々な実験を繰り返して、本体以上の力を手に入れた。
長き時を必要とする上に、多くの実験体を無駄にした。
が、手に入れるのは容易――
だから、この数十年――研究に研究を重ねた。
その間、問題が起きれば当初の計画は進む。問題が起きなくとも自身の力を増幅させるだけに留まる。
一石二鳥の結果で、力を蓄えつつ計画の準備が整う。
こんな最高な舞台で、この計画は着実に進む。
時が経てば経つほど、ブラフマンは強くなる。
「コレで、私も……皇帝に成り代わる」
遂に、計画を実行に移すべく動く。――だが、聖王はこちらの動きを先読みしていた。
まるで、掌で踊らされているようでもある。
他国の最高戦力を前に、流石のブラフマンも手出しはできない。
そう判断した聖王の判断は間違いではない。
「……だからこそ、バカな女なのだ。その甘さは、母親譲りなようで安心した。再び、玉座の前で殺してやろう」
そうと決まれば実行あるのみである。
最も警戒すべきは、黒竜であって聖王ではない。
実験体も用意には事欠かない。そのまま新薬の開発にも専念できる。
ミッシェルや他の同士には、既に多くの兵器や新薬が渡っている。
もはや、内側から破壊するには時間の問題である。
だが――用心するに越した事はない。
時に、焦りは人から思考力を奪う。
現状の問題点は、表立って動けない事である。
黒竜帝の存在は、良くも悪くも北欧のパワーバランスを壊滅させている。
聖王と黒竜は力関係だけで見れば、同等と思われる。
が、経験、知識、技量などの要素を合わせれば――聖王よりも断然強い。
だからこそ、聖王は黒竜帝を北欧に招き入れた。
聖王だけの対象だけでも用意周到な下準備が必要なのに、さらに準備が必要な相手を呼び込んだ。
下手に手を出せば、甘噛や指が無くなるでは済まない。
一度、噛まれたら最後――骨の一欠片も残さず食い尽くされる。
「……やはり、根を奥まで浸透させるに越したことは無いな」
薬品が並ぶ実験室の中で、ブラフマンはブツブツと化学式を見詰めながら試験管を振る。
中の薬品を混ぜて、新たな化学反応を確認して隣の実験体へと投与する。
激しい拒絶反応を事細かにまとめて、絶命した実験体を部下に処理させる。
「ミッシェルに与えた……皇帝に作用する毒に、黒竜帝は少なからず反応した。……つまり、効果が無い訳ではない……フフッ、黒竜も聖王も私にかかれば敵ではないな」
実験室の奥から聞こえる実験体の激痛や苦しみから溢れる悲鳴などの阿鼻叫喚の断末魔――
その中で、ブラフマンの不気味な笑いはより一層不気味さを強める。
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