遊部のおかしな日常

木乃十平

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第十一話 温泉

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「温泉に行きたーい」

 読んでいた漫画から目を離し、彼女の方を見る。
 部長はテーブルに置いていた、小さな黄色いひよこのおもちゃを握り潰し、ぷひゅうと鳴くその様を、無表情に眺めていた。
 何か怖い。生きたひよこでも同じ事しそうだなとか、一瞬頭に過る。やりかねない。

「……温泉ですか。良いですね」
「いいよな温泉。アタシ、結構温泉好きなんだよ」
「僕も好きです。特に真冬の露天風呂が格別で」
「ん分かるぅ! 分かるなぁ!」
「温泉については、僕達気が合いますね」
「そだなぁ」
「あっ、そうそう、ところで先輩。話は違うんですけど」
「んー? 何だ?」
「――海堂が昨日から欠席なんですけど、何か知りませんか」

 静寂が部室を支配する。
 夜の帳が落ちたかの様に、まるで暗闇に襲われているかの如く。僕達は暗澹あんたんたる気持ちになる。
 漫画のページを捲る音が、やけに大きく聴こえた。

「さあ……知らね」
「いやいやいや、もう間違いないですよね。アレですよね、アレの所為ですよね」
「アタシってばほら、おっちょこちょいだから」
「完全に故意でしたよ。確信犯ですよ」

 何を言い逃れようというのか。
 我が身可愛さに止めなかった僕も同罪なんだけど。

「お前だって分かってて止めなかったじゃん」
「その点に関しては認めます。正直、我が身可愛さに海堂を売りました。見捨てました。何が悪いって言うんですか?」
「お前、クズだ」
「部長ほどではないです」
「だな! 違いない!」

 あっはっはっ! と笑う僕ら。
 お互いにクズと認め合いながら、僕達は共犯として結託し、事態の隠蔽を図ることにした。

「証拠は?」
「勿論、物品は処分した。薬の精製を強力してくれた矢田も既に買収済みよ」
「成る程、それじゃあ後は……」
「ああ、後は――アタシ以外に全てを知る結希を始末するだけだ」

 僕はテーブルから飛び退き、顎を狙った右フックを避ける。
 それは読んでいた。超能力者たる僕に不意打ちは偶にしか効かない。
 不穏な流れになった時点でサイコメトリーで部長の思考は既にハックしているのだ。ぬかりはない。

「流石、このアタシがクズと認め合っただけのことはある。読んでいたな」
「勿論です。僕を相手にそんな手が通じると思わない方がいい」
「ふっ、普通の奴なら今ので終わってる筈なんだけどな。中々やるじゃないか。思考でも読んでないと出来ないような身のこなしだったぞ」
「あっ、ああ、そ、そうですね。まあ、気に入って頂けて何より……しかし、まあ」
「ああ、解ってる」

 僕達二人は大人しく着席し直した。

「ふざけるのも程々にして、割とマジでどうしますかね」
「先ずはあの海堂バカの安否確認だろ。生きてるなら元に戻る薬をやればどうにかなる筈だ」
「成る程……というか、本当に効果あるんですか。あの作った薬」
「矢田監修だぞ」
「その言葉にどれだけの説得力があるというのか」
「ああ、結希は学年一つ下だから知らなかったっけ。仕方ない、教えてやろう」
「何をですか」

 いつになく真剣な表情の部長を前に、僕は少し居住まいを直して、向き合う。

「アタシもちゃんと矢田の名前と顔が一致したのは、お前も知るあの時の事だ。が、名前はよく知っていた」
「部長が関わりのない他人の名前を、ちゃんと記憶しているなんて……」
「うん、お前失礼な。けどその通り、アタシはちゃんと覚えていた。何故ならそれだけ有名だったからだ。じゃあ、どうして有名だったか。それはある大きな事件が原因だ」
「大きな事件? 何ですかそれ」

 真剣な部長の雰囲気に、ゴクリと生唾を呑み込む。

「一年の頃。矢田が在籍していたクラスで起きたある異変……それが、矢田の作った薬によって引き起こされたと言われているからだ」
「異変、ですか。でも言われているって、根拠もない噂なんじゃ」
「いや、根拠ならある。本人の自白と、その薬の効能を身をもって明らかにしたからだ」
「……どんな薬だったんですか?」
「十歳をとる薬、だそうだ」

 目撃者は教師並びに生徒の半数だと、部長は続けた。
 因みに部長は見ていないという。

「それ本当なら世界的に話題になりますよね普通」
「それな。いつからこの世界はSFになったんだと、アタシも信じなかったっての」

 うん、まあ、僕みたいな超能力者がいますし。あながちそれは間違いでもないんですがね。

「だからぶっちゃけ、今回の薬もどうせビタミン剤か何かだと思ってたんだ。材料も特に変なのなかったし」

 え? 変なのしかなかったけど。この世のものとは思えないモノだったけど。この人にはどう見えていたんだろうか。

「けど……こうして海堂が学校に来てないってんだから、マジで何か起きたのかも」
「ファンタジーじゃなくてホラーですよ。ちょっと怖くなって来ちゃったじゃないですか」

 僕は背筋が寒くなって、身体を摩る。

「アタシもゾワッとしたぞ、ゾワッて。はぁ……まあ、こう寒いとアレだな」
「ええ、アレですね」

 僕と部長は声を揃えて、まるで双子のそれみたいに、言葉を発した。

「温泉に入りたくなりますね」
「温泉に入りたくなるよな」

 それから僕達は考えるのを辞めて、温泉トークに花を咲かせたのであった。
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