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「……ラム、宇宙船もういいや」
「どうして?」
「だって、やっぱり星外旅行は怖いもん。特に月での事件とか事故とか多いし。地球のがいい」
俺の腕を首に巻いて、ぎゅっとしがみついたあと、ラムは空に向かって叫んだ。
「大使衛生船はちゃんと仕事しろー!」
それからくるりと振り返り、俺の顔を見た。
「ねぇ、牧くんの大切な人たちの話して。ラムねぇ、その人たちの話聞きたい」
「あぁ、構わない」
サンデウスの街に立ち寄るのはこれが最後になるかもしれない。そう思うと、ラムに話すのも悪くない気がした。
思い出の地を一歩ずつ踏み締めながら、俺は静かに語り始めた。
それは子どもに聞かせる御伽噺のように、特別な物語だった。
「俺の持ち主は珍しく異性の恋愛結婚をした二人でな。彼らは初め、家事用アンドロイドとして俺を購入した」
「夫婦婚は今じゃ、マイノリティなんだってね。古臭いってみんな言うもん。男は全員亭主関白になるからダサい制度だって。それって本当だったの?」
「いいや、旦那様はとても優しい人だった。奥様を愛していたし、アンドロイドの研究をしていたからか、俺のことまで一端の人間のように扱ってくれた」
「研究者! かっこいい! 眼鏡はかけてた?」
「あぁ、銀縁のシャープな眼鏡だった。細かい作業をするときはレンズの違うモノクルを使っていた。今時、視力のために眼鏡をかける人なんてそうそう居ないが、不思議と彼にはよく似合っていた」
ラムの瞳がきらきらと好奇心に瞬く。
彼女は夢見る乙女のように頬を染めながら、俺に問いかける。
「昔の人はいいなぁ、好きな人と繋がっても誰にも文句言われなかったんでしょう? 心も身体も、誰かと繋がることを愛って呼ぶんだって。ラムたちにも出来るかな?」
「さぁ、データやバッテリーを共有することは出来るけど。それを愛とは呼ばないんじゃないか。俺たちには不可能だと思う。愛することで心や身体が病気にかかることもあるみたいだし」
「そっか、そうだよね……アンドロイドは病気になれないもんね」
しょんもりと俯いたラムに俺は続けてこう言った。
「だけど、恋愛ソングを聴けば少しは愛について何か分かるかもしれない。奥様はいつも俺にクラシック歌謡曲を歌わせていたから。彼女は笑っていた。この世界で恋心を理解してくれる一番の友だちは"みょん"と"Tayちゃん"だけだって」
さくさくと人工芝の生えた道を歩く。
自動車が飛行性能を持つようになってから、地球の地面はいつも健康みたいで何よりだった。
サンデウスの中心に巨大なスペースシャトルの銅像が建てられてもう数十年が経つ。
これはサンデウスから宇宙船に乗り、帰ってこなかった人々を追悼する目的で建造された。
俺の持ち主もここに眠っている、らしい。
アンドロイドには魂なんてものは感じ取れないから、人間の見ている景色のことなど分からない。
俺たちはいつだって彼らの真似事をしていた。
「ここ?」
ラムが首を傾げて俺を見上げる。
「ああ。祈りを捧げてくれるか?」
「分かった!」
俺たちは頭を垂れた。
緩やかな風が横を通り過ぎていった。
それはまるで、さよならのようで、はじまりの合図でもあったのかもしれない。
随分と長い時間が過ぎて、俺はようやく瞼を上げた。
ラムが退屈そうに座り込んでいた。
「終わった?」
「待ってくれてありがとう」
「ラムはいい子だからね」
ふふん、と得意げなラムの頭を撫でて、それから一つ提案をした。
「スクラップ廃棄場に行って、宇宙船の残骸から俺たちの家を作ろう。空は飛べないようにして、地上を走れる移動式にしたらどうだろう?」
「っ‼ それ、いいね‼ ラム、大賛成だ‼」
ラムは俺の提案の利点について、指を折り曲げながら一つずつ確認していった。
「まず、宇宙船に乗れるでしょ? 宇宙には行けないけど、宇宙船に乗れたら宇宙に行けたみたいなもんだもんね。で、空には行かないから怖くないし、警備隊もあんまり来ないし、見つからないし! 旅しながら家に居られるって、それはもうとーっても、かっこいいもんね!」
ふんふんと鼻息を荒くしながら、彼女は俺を見る。
「それに、牧くんの持ち主たちが乗っていた部品で作れるかもしれないもんね?」
ラムの言葉に喉が詰まった。
互いの利点を想定しながら、共に未来を計画していることが思いの外嬉しかったのだ。
人間ならばこれを「思いやり」とでも言うのかもしれない。
「っっ! ……あぁ、そうかもな」
「どうして?」
「だって、やっぱり星外旅行は怖いもん。特に月での事件とか事故とか多いし。地球のがいい」
俺の腕を首に巻いて、ぎゅっとしがみついたあと、ラムは空に向かって叫んだ。
「大使衛生船はちゃんと仕事しろー!」
それからくるりと振り返り、俺の顔を見た。
「ねぇ、牧くんの大切な人たちの話して。ラムねぇ、その人たちの話聞きたい」
「あぁ、構わない」
サンデウスの街に立ち寄るのはこれが最後になるかもしれない。そう思うと、ラムに話すのも悪くない気がした。
思い出の地を一歩ずつ踏み締めながら、俺は静かに語り始めた。
それは子どもに聞かせる御伽噺のように、特別な物語だった。
「俺の持ち主は珍しく異性の恋愛結婚をした二人でな。彼らは初め、家事用アンドロイドとして俺を購入した」
「夫婦婚は今じゃ、マイノリティなんだってね。古臭いってみんな言うもん。男は全員亭主関白になるからダサい制度だって。それって本当だったの?」
「いいや、旦那様はとても優しい人だった。奥様を愛していたし、アンドロイドの研究をしていたからか、俺のことまで一端の人間のように扱ってくれた」
「研究者! かっこいい! 眼鏡はかけてた?」
「あぁ、銀縁のシャープな眼鏡だった。細かい作業をするときはレンズの違うモノクルを使っていた。今時、視力のために眼鏡をかける人なんてそうそう居ないが、不思議と彼にはよく似合っていた」
ラムの瞳がきらきらと好奇心に瞬く。
彼女は夢見る乙女のように頬を染めながら、俺に問いかける。
「昔の人はいいなぁ、好きな人と繋がっても誰にも文句言われなかったんでしょう? 心も身体も、誰かと繋がることを愛って呼ぶんだって。ラムたちにも出来るかな?」
「さぁ、データやバッテリーを共有することは出来るけど。それを愛とは呼ばないんじゃないか。俺たちには不可能だと思う。愛することで心や身体が病気にかかることもあるみたいだし」
「そっか、そうだよね……アンドロイドは病気になれないもんね」
しょんもりと俯いたラムに俺は続けてこう言った。
「だけど、恋愛ソングを聴けば少しは愛について何か分かるかもしれない。奥様はいつも俺にクラシック歌謡曲を歌わせていたから。彼女は笑っていた。この世界で恋心を理解してくれる一番の友だちは"みょん"と"Tayちゃん"だけだって」
さくさくと人工芝の生えた道を歩く。
自動車が飛行性能を持つようになってから、地球の地面はいつも健康みたいで何よりだった。
サンデウスの中心に巨大なスペースシャトルの銅像が建てられてもう数十年が経つ。
これはサンデウスから宇宙船に乗り、帰ってこなかった人々を追悼する目的で建造された。
俺の持ち主もここに眠っている、らしい。
アンドロイドには魂なんてものは感じ取れないから、人間の見ている景色のことなど分からない。
俺たちはいつだって彼らの真似事をしていた。
「ここ?」
ラムが首を傾げて俺を見上げる。
「ああ。祈りを捧げてくれるか?」
「分かった!」
俺たちは頭を垂れた。
緩やかな風が横を通り過ぎていった。
それはまるで、さよならのようで、はじまりの合図でもあったのかもしれない。
随分と長い時間が過ぎて、俺はようやく瞼を上げた。
ラムが退屈そうに座り込んでいた。
「終わった?」
「待ってくれてありがとう」
「ラムはいい子だからね」
ふふん、と得意げなラムの頭を撫でて、それから一つ提案をした。
「スクラップ廃棄場に行って、宇宙船の残骸から俺たちの家を作ろう。空は飛べないようにして、地上を走れる移動式にしたらどうだろう?」
「っ‼ それ、いいね‼ ラム、大賛成だ‼」
ラムは俺の提案の利点について、指を折り曲げながら一つずつ確認していった。
「まず、宇宙船に乗れるでしょ? 宇宙には行けないけど、宇宙船に乗れたら宇宙に行けたみたいなもんだもんね。で、空には行かないから怖くないし、警備隊もあんまり来ないし、見つからないし! 旅しながら家に居られるって、それはもうとーっても、かっこいいもんね!」
ふんふんと鼻息を荒くしながら、彼女は俺を見る。
「それに、牧くんの持ち主たちが乗っていた部品で作れるかもしれないもんね?」
ラムの言葉に喉が詰まった。
互いの利点を想定しながら、共に未来を計画していることが思いの外嬉しかったのだ。
人間ならばこれを「思いやり」とでも言うのかもしれない。
「っっ! ……あぁ、そうかもな」
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