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星外旅行に出かける前日の夜、旦那様はアンドロイド製作の知識を有した人工知能を俺の電子回路に組み込んだ。

アンドロイドの研究者であった旦那様にとって、既製品の俺をカスタマイズするのはとても簡単なのだと笑っていた。



「牧、幾ら君がアンドロイドだとしても、この先に続く永遠にも似た長い時間を一人で生きていくのは辛いだろうから。このカスタマイズは、私から君への最初で最後の贈り物だよ。……牧、うちに来てくれてありがとう」



「旦那様……」

「君は私たちの、自慢の家族だ」



知的な眼鏡の奥にある、旦那様の瞳がほんの少しだけ涙に濡れていた。



そして、旦那様は奥様を連れてサンデウスの街から宇宙船に乗り込んだ。

運悪く二人の乗った宇宙船に小惑星が激突し、彼らは帰らぬ人となった。



しかし、俺は知っていた。

ホログラム通話で近隣の住民たちが旦那様たちについて話し込んでいるのを度々聞いていたから。



「榊さんとこの二人、恋愛結婚ですって」

「えぇ⁉ 人間同士、それも異性との婚姻ってだけでも前時代的なのに、ましてや恋愛なんて原始人のすることじゃないの!」



「そうよねぇ、まったく……穢らわしいわ」

「キスとかしてるのよ? 獣のすることよ。本能に抗えないなんて人間じゃないわね」



「もう関わらないでおきましょう。私たちまで同じように見られてしまうわ」

「えぇ、そうね。みなさんにも伝えておくわ」



「あー、やだやだ。同じ空気すら吸いたくないわね」

「えぇ、本当に」



いつの時代だって人間を取り巻く空気は澱んでいることが多い。

それは旦那様が奥様を愛する優しくて温かい空気よりも、痛烈に彼らを苦しめた。



旦那様たちは本当に宇宙船に乗り込んだのだろうか。

はたまた、アンドロイド研究者の旦那様ならば宇宙船の誤作動を引き起こすことも可能だったのではないだろうか。



事故現場に居合わせられなかった俺には、真実を判断するための客観的材料が余りにも不足している。

ただ一つ俺が分かったのは、アンドロイドの俺では二人のもとに会いにいくことすらままならない、という現実だけだった。




雨が降っていた。

二人が消えて、彼らの痕跡を辿るために俺はサンデウスの宇宙船スクラップ廃棄場に来ていた。



そこで、俺は宇宙船用アンドロイドの上半身と出逢う。

彼、あるいは彼女はスクラップ廃棄場に捨てられて尚、チカチカと救命信号を瞬かせていた。



その健気さが地球に置いてけぼりにされた俺と似ているような気がした。

俺は旦那様が遺してくれた人工知能を使って、宇宙船用アンドロイドの上半身から一人のアンドロイドを生み出した。



雨が上がり、空に虹が架かると、むにゃむにゃと目を擦りながらその少女は目を覚ました。

俺は、彼女に名前を付けた。



「おはよう、ラム」



一人で生きていくには余りにも長い時間だから。

俺は、俺たちは、時間をかけて地球を旅しよう。



アンドロイドは宇宙に行けないのだから――――。
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