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第三章 毒入り林檎
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帰りの馬車に乗り込もうとしていると、シスターがステラに言葉をかけた。
「ステラ・バーリー様」
「はい、何でしょう」
にこやかにステラが振り返った。
紺色の制服のスカートの裾が穏やかに揺らめく。
「今度、教会の子どもたちに座学を教えていただきたいのです」
「座学、ですか?」
「はい。どうしても私共だけの教育では偏りが出てしまうものでして。ステラ様は魔法が得意であると聞き及んでおります。子どもたちの中にも微量ながら魔力を保持している子たちもおります。その子たちに魔法とはどういったものなのかを教えていただきたいのです」
「なるほど。かしこまりましたわ。私で良ければ是非、お手伝いさせてください」
「ありがとうございます。では、また後ほど正式な文書を送らせていただきます」
立派に対応してみせた彼女に私は称賛の拍手を贈りたかった。
だがそれも一時的なものだったようで。
馬車に乗り込むや否や、急におどおどとし始めたのだ。
「パトリシア様……どうしましょう。私に誰かの前で話すなんてことができますでしょうか」
空色の瞳に涙を浮かべながら、こちらを向いてそう言ったステラの姿は懺悔をする敬虔な信者のようであった。
頼られたことがほんのり嬉しくて、あわよくば彼女とパイプを繋げておきたくて。
私はえっへんと胸を張って応えた。
「大丈夫よ。最悪の想像をすればいいのよ。そうすれば、それを回避するだけで済むでしょう?」
「間違えたことを教えたら国外追放にされるとか? 磔の可能性もありますわよね。平民上がりの男爵家の小娘が調子に乗って、なんて石でも投げられるかもしれませんわ」
不安からなのか、本当に最悪のシナリオを想定するステラに私は思わず吹き出した。
「あっはは、違うわよ。例えば最悪、う○ちって言わなければいいでしょ? そういう話よ。……って、あ、言っちゃったわ」
私は口を押さえてステラの顔色を窺った。
彼女は固まって、何も聞いていない振りをしていた。
仕方がないじゃない。
社畜時代は、この手法で何とか様々な修羅場を乗り切ってきたんですもの。
ただ、この世界のヒロインには少々刺激が強すぎたかもしれませんわね。
などと真面目に分析と反省をしていると、ぱしんと、軽く翔梧に頭を叩かれた。
そして、溶けかけていたはずのステラの表情が再びぴしりと罅割れるのである。
「おい、何言ってんだ。馬鹿!」
「何よ、翔梧こそ。またステラ様が固まってしまわれたじゃないの」
「はぁぁあ、俺のせいってのか」
「あら、じゃあ何。私のせいだと言いたいの?」
睨み合っていると、くすくすと笑い声がした。
声のした方へ視線を向けると、はにかんだステラがいた。
わぁ、背後にお花が咲いているわ。
小さくて可愛らしい色とりどりのお花が。
子どもたちと遊び疲れたからなのか、私にはそんな幻覚が見えていた。
にしても、やっぱりステラは美人だ。
愛らしい美人だ。それはつまり、全てを兼ね備えたヒロインだということだ。
彼女はひとしきり笑った後、頬に手を当ててこう言った。
「確かに、パトリシア様の言う通りですわね。現実には起こり得ない最悪の事態を想像できてしまえば、何もプレッシャーに思う必要がなくなりますものね。とは言っても、流石にあの言葉は令嬢としての品格が疑われてしまいますけれど」
駄目ですよ、パトリシア様。
とステラが悪役令嬢である私を嗜める。
もうそれだけで、下品な例えを出してしまったという恥が昇華されていくわ。
ありがとう、ヒロイン。
「ステラ・バーリー様」
「はい、何でしょう」
にこやかにステラが振り返った。
紺色の制服のスカートの裾が穏やかに揺らめく。
「今度、教会の子どもたちに座学を教えていただきたいのです」
「座学、ですか?」
「はい。どうしても私共だけの教育では偏りが出てしまうものでして。ステラ様は魔法が得意であると聞き及んでおります。子どもたちの中にも微量ながら魔力を保持している子たちもおります。その子たちに魔法とはどういったものなのかを教えていただきたいのです」
「なるほど。かしこまりましたわ。私で良ければ是非、お手伝いさせてください」
「ありがとうございます。では、また後ほど正式な文書を送らせていただきます」
立派に対応してみせた彼女に私は称賛の拍手を贈りたかった。
だがそれも一時的なものだったようで。
馬車に乗り込むや否や、急におどおどとし始めたのだ。
「パトリシア様……どうしましょう。私に誰かの前で話すなんてことができますでしょうか」
空色の瞳に涙を浮かべながら、こちらを向いてそう言ったステラの姿は懺悔をする敬虔な信者のようであった。
頼られたことがほんのり嬉しくて、あわよくば彼女とパイプを繋げておきたくて。
私はえっへんと胸を張って応えた。
「大丈夫よ。最悪の想像をすればいいのよ。そうすれば、それを回避するだけで済むでしょう?」
「間違えたことを教えたら国外追放にされるとか? 磔の可能性もありますわよね。平民上がりの男爵家の小娘が調子に乗って、なんて石でも投げられるかもしれませんわ」
不安からなのか、本当に最悪のシナリオを想定するステラに私は思わず吹き出した。
「あっはは、違うわよ。例えば最悪、う○ちって言わなければいいでしょ? そういう話よ。……って、あ、言っちゃったわ」
私は口を押さえてステラの顔色を窺った。
彼女は固まって、何も聞いていない振りをしていた。
仕方がないじゃない。
社畜時代は、この手法で何とか様々な修羅場を乗り切ってきたんですもの。
ただ、この世界のヒロインには少々刺激が強すぎたかもしれませんわね。
などと真面目に分析と反省をしていると、ぱしんと、軽く翔梧に頭を叩かれた。
そして、溶けかけていたはずのステラの表情が再びぴしりと罅割れるのである。
「おい、何言ってんだ。馬鹿!」
「何よ、翔梧こそ。またステラ様が固まってしまわれたじゃないの」
「はぁぁあ、俺のせいってのか」
「あら、じゃあ何。私のせいだと言いたいの?」
睨み合っていると、くすくすと笑い声がした。
声のした方へ視線を向けると、はにかんだステラがいた。
わぁ、背後にお花が咲いているわ。
小さくて可愛らしい色とりどりのお花が。
子どもたちと遊び疲れたからなのか、私にはそんな幻覚が見えていた。
にしても、やっぱりステラは美人だ。
愛らしい美人だ。それはつまり、全てを兼ね備えたヒロインだということだ。
彼女はひとしきり笑った後、頬に手を当ててこう言った。
「確かに、パトリシア様の言う通りですわね。現実には起こり得ない最悪の事態を想像できてしまえば、何もプレッシャーに思う必要がなくなりますものね。とは言っても、流石にあの言葉は令嬢としての品格が疑われてしまいますけれど」
駄目ですよ、パトリシア様。
とステラが悪役令嬢である私を嗜める。
もうそれだけで、下品な例えを出してしまったという恥が昇華されていくわ。
ありがとう、ヒロイン。
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