愛に生きる。

高殿アカリ

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第一章 日常

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『武内モータース』
 寂れかけた商店街の端っこに、愛生の職場はあった。彼の苗字が店名に入っている通り、この店は五年前、自動車整備士養成施設を卒業した愛生が祖父から受け継いだ小さな個人経営のバイク屋である。
 愛生は店内に並べられた少数精鋭のバイクたちに向かってはにかむ。オイルで汚れたつなぎも彼の勲章だ。
「うし、今日もよろしくな!」
 店内のLEDをキラッと反射させて返事をする色とりどりのバイクたち。
 ここでもまた鼻歌を奏でながら、愛生は新品のバイクたちの前にしゃがみ込んで、つなぎのポケットから清潔な布を取り出した。
 光沢のあるボディを丁寧に拭き終わったら、開店の合図だ。
 個人経営の武内モータースでは揃えられるバイクの品数はあまり多くない。だがその分、愛生が心から良いと思えるバイクを用意している。
 バイクをカスタマイズすることが趣味な愛生にとって祖父からこの店を譲り受けたのはまさに行幸だった。ある程度、店頭に置いたあとのバイクたちを自分で好き勝手いじれることも天職と言えるだろう。
 商店街の一角に位置する愛生の店に来るのはたいていが通のバイカーたちで、依頼内容もほとんどがパーツ交換の修理やカスタマイズの依頼、中古バイクの買い取りなどがメインとなっている。そのため、忙しい日はあまりない。
 加えて、店には幼い頃から出入りしていたため、客とは顔馴染みだから緊張したり、気を遣ったりすることもない。
 楽して生きてんじゃねぇか? とついつい思ってしまうのは贅沢な悩みだろう。
 それでも、今日も愛生は愛と誇りをもって自分の仕事に勤しむのだった。
 店の自動ドアが開き、愛生は笑顔で入ってきた客に顔を向ける。
「いらっしゃいませ……ってゲンさんじゃん!」
 屈託のない愛生の笑顔に、渋顔をしていた五十代半ばの男の顔も僅かに綻ぶ。ゲンと呼ばれた客は、自身の愛車を引っ張りながら、店の中へと足を進める。
「おう、今日も元気だな」
「おかげさまで!」
「ちと、こいつの調子が悪くてよ……見てやってくんねぇか?」
 バイクの額を軽く叩き、ゲンは言う。
「お、そうなんですね。具体的にどこが悪いとかあります?」
「急にライトが暗くなったりするんだよなぁ」
「あー、レギュレーターの故障かもしれないっすねぇ」
 愛生がバイクのそばに座り込みながら軽く点検を始める。手慣れた感じでパッパッと軽く点検を始める。
 真剣な表情の愛生にゲンさんは少し不安そうな顔で尋ねる。
「その……治るか?」
 実はゲンさん、こう見えても実はバイク初心者だったりする。武内モータースでは珍しい新規顧客なのだ。
 愛生は安心させるように笑顔を見せる。
「もちろんす! 武内モータースの名にかけて!」
 茶目っ気たっぷりに拳を作って、愛生は元気のよい返事をした。
 こうして今日も満ち足りた、平和な一日が過ぎていく。
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