19 / 40
第二章 危険
4 side.周
しおりを挟む
ホストクラブを出た周は、鞄の中に今日手渡す現金がしっかり入っていることを確認した。同僚から教えてもらった路地裏へと入る。
ここ数日あまり眠れずにいたからか、誰かに見られているような気がして時折辺りを警戒する。だが、不審な影は何一つなく、周は自身の気のせいだと納得した。
決められた道をたどると、目当ての人物たちがそこにはいた。柄の悪い連中は、ここ一帯を取り締まっているヤクザの下っ端たちだ。
しのぎのために薬をホストやキャバ嬢たちに売りつけているが、組の本元は薬でのしのぎを容認していない。そのため、情報は秘密裏に出回っているばかりで売人を見つけるのも一苦労だった。
これで、ようやく周の悲願は達成される。愛生のもとに転がり込んだのも、医学生でありながらホストになったのも、すべてこの瞬間のためだったと思えば、感慨深い気持ちがこみあげてくる。
一方で、愛生のことを思い、複雑になるのも事実だった。愛生の無邪気で何も知らない笑顔を想起し、周はぐっと険しい表情になる。それは、罪悪感にも後悔にも見える顔だった。
だが、一瞬のち彼は頭を振って気持ちを切り替えた。
今日ですべてが終わる。そうすれば、もう愛生に隠し事はなくなる。彼自身と本当の意味で向き合えるようになるだろう。
――全てを打ち明けて、愛生の記憶が戻ったら。……いや、そのあとのことは、今は考えない方が良いだろう。
物思いにふける周の前にスキンヘッドの男が立つ。彼は周を一瞥し、周とは違う男の名を呼んだ。
「それで? ちゃんと用意はできてんだろうな? 橋本さん」
すごんだ声に怯まないように、周はしっかりと偽名を発した彼の目を見つめ返した。
「……あぁ。もちろんだ。これで、本当に薬の売買はやめるんだな? 今後もし同じようなことが起きたら俺は全ての証拠をもってお前の親父とやらに真実を伝えるしかなくなるぞ」
挑戦的に男を見上げる。大男はぐっと喉を詰まらせる。
「わかった。わかったってば」
ここのシマの連中はやたらと聞き分けがいい。前の事件をもみ消すのに相当骨を折ったんだろう。
周はぐっと拳を握りしめた。どうしようもない時間の因果に今にも怒りが爆発しそうになる。
なんとかその怒りをやり過ごして、周は現金の入った紙袋を受け渡した。今暴れたところで何が生まれるわけでもないのだから。
札束と引き換えに、周の手元には大量の粉がわたってくる。
それを握りしめて、周は薬の売買からくるりと踵を返した。
この証拠をもってあとは警察に任せるだけだ。シマの組長には既に今日の取引のことは伝達している。トップとしては、下っ端を切るだけで厄介事が解決できるなら安いもんだという。
全く、食えない男たちだ。
ふぅと一段落した溜息をついて、周は自身のスマホを開いた。そしていつもの癖で愛生の居場所を確認する。
愛生のスマホにGPS機能を勝手に入れたのはいつからだろうか。自身が危ない橋を渡ろうと決めたからか、はたまたただの束縛のためだったのか、今となってはもはや分からない。
だが、たとえ周自身が安心したいというエゴのためだったのだとしても、今回はそれが功を奏した。
GPSは愛生がこの付近にいることを示していたからだ。そして、その事実は紛れもなく愛生がイレギュラーな行動を起こしているということでもあった。
「は? なんで?」
ここ数日あまり眠れずにいたからか、誰かに見られているような気がして時折辺りを警戒する。だが、不審な影は何一つなく、周は自身の気のせいだと納得した。
決められた道をたどると、目当ての人物たちがそこにはいた。柄の悪い連中は、ここ一帯を取り締まっているヤクザの下っ端たちだ。
しのぎのために薬をホストやキャバ嬢たちに売りつけているが、組の本元は薬でのしのぎを容認していない。そのため、情報は秘密裏に出回っているばかりで売人を見つけるのも一苦労だった。
これで、ようやく周の悲願は達成される。愛生のもとに転がり込んだのも、医学生でありながらホストになったのも、すべてこの瞬間のためだったと思えば、感慨深い気持ちがこみあげてくる。
一方で、愛生のことを思い、複雑になるのも事実だった。愛生の無邪気で何も知らない笑顔を想起し、周はぐっと険しい表情になる。それは、罪悪感にも後悔にも見える顔だった。
だが、一瞬のち彼は頭を振って気持ちを切り替えた。
今日ですべてが終わる。そうすれば、もう愛生に隠し事はなくなる。彼自身と本当の意味で向き合えるようになるだろう。
――全てを打ち明けて、愛生の記憶が戻ったら。……いや、そのあとのことは、今は考えない方が良いだろう。
物思いにふける周の前にスキンヘッドの男が立つ。彼は周を一瞥し、周とは違う男の名を呼んだ。
「それで? ちゃんと用意はできてんだろうな? 橋本さん」
すごんだ声に怯まないように、周はしっかりと偽名を発した彼の目を見つめ返した。
「……あぁ。もちろんだ。これで、本当に薬の売買はやめるんだな? 今後もし同じようなことが起きたら俺は全ての証拠をもってお前の親父とやらに真実を伝えるしかなくなるぞ」
挑戦的に男を見上げる。大男はぐっと喉を詰まらせる。
「わかった。わかったってば」
ここのシマの連中はやたらと聞き分けがいい。前の事件をもみ消すのに相当骨を折ったんだろう。
周はぐっと拳を握りしめた。どうしようもない時間の因果に今にも怒りが爆発しそうになる。
なんとかその怒りをやり過ごして、周は現金の入った紙袋を受け渡した。今暴れたところで何が生まれるわけでもないのだから。
札束と引き換えに、周の手元には大量の粉がわたってくる。
それを握りしめて、周は薬の売買からくるりと踵を返した。
この証拠をもってあとは警察に任せるだけだ。シマの組長には既に今日の取引のことは伝達している。トップとしては、下っ端を切るだけで厄介事が解決できるなら安いもんだという。
全く、食えない男たちだ。
ふぅと一段落した溜息をついて、周は自身のスマホを開いた。そしていつもの癖で愛生の居場所を確認する。
愛生のスマホにGPS機能を勝手に入れたのはいつからだろうか。自身が危ない橋を渡ろうと決めたからか、はたまたただの束縛のためだったのか、今となってはもはや分からない。
だが、たとえ周自身が安心したいというエゴのためだったのだとしても、今回はそれが功を奏した。
GPSは愛生がこの付近にいることを示していたからだ。そして、その事実は紛れもなく愛生がイレギュラーな行動を起こしているということでもあった。
「は? なんで?」
5
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜
立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が
ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時
いつの間にかクラスメイトたちの
配信する動画に映りこんでいて
「誰このエンジェル?」と周りで
話題になっていた。
そして優心は
一方的に嫌っている
永瀬翔(ながせかける)を
含むグループとなぜか一緒に
動画配信をすることに。
✩.*˚
「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」
「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」
そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。
見た目エンジェル
強気受け
羽月優心(はづきゆうしん)
高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。
×
イケメンスパダリ地方アイドル
溺愛攻め
永瀬翔(ながせかける)
優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。
恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸
***
お読みくださりありがとうございます
可愛い両片思いのお話です✨
表紙イラストは
ミカスケさまのフリーイラストを
お借りいたしました
✨更新追ってくださりありがとうございました
クリスマス完結間に合いました🎅🎄
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる