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第十二話
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大したものだ。
高順は皇甫嵩が敷いた本陣の中を歩きながら胸中呟く。
高順が張梁を討った後の追撃戦で官軍は黄巾を散々に討ち破り、大勝利となった。その日の夜に行われた軍議に高順は第一功として報奨された。
高順は特に感動することもなくその勲功を受け入れ、皇甫嵩より渡された報奨は曹性に渡して黒騎兵全員に分け与えていた。
今後の黄巾に対する軍議には并州増援軍の総大将である呂布に任せ、副将である高順は幕舎に入らずに本陣にいる兵士達を眺めていた。
董卓に率いられていた時は醜態しか晒さなかった官軍が、皇甫嵩に大将に変わった途端に動きが良くなっていた。董卓がわざと負けていたとしても、皇甫嵩の将帥としての器量は一流なのだろう。夜間になっても本陣には適度な緊張感が保たれ、哨戒に立っている兵士達も機敏だ。
「大したものだな」
「私も同意見だ」
高順は瞬間的に剣に手を伸ばして声をした方向に振り向く。そこには高順と対して年の変わらない小柄な男が立っていた。
高順は男を見て顔を顰める。
武威ではない、この漢が放つこの覇気はなんだ。
高順が思わず剣に手を伸ばしたのはこの男が放つ気配に起因していた。武人の放つ武威ではない。だが、それより大きな覇気だ。高順とて呂布の武威に慣れていなければ飲み込まれていただろう。
男は高順の反応を見て笑う。それは高順を馬鹿にした笑いではなく、純粋に面白い人物を見つけたと言わんばかりの笑いであった。
「驚かせたようだな。私は騎都尉の曹操。字を孟徳という」
「……私は」
「知っている。并州騎馬隊黒騎兵隊長の高順殿であろう」
曹操の言葉に高順は顔を顰める。己の知らない人物が己のことを知っているのは愉快なことではない。
その反応に気づいたのか、曹操は楽しそうに大きく笑った。
「お気になされるな高順殿。私が貴殿を知っているのは今日の勲功ゆえにだ」
高順は曹操の言葉に違和感を感じる。確かに今回の戦で知られて名前はさらに響くことになったが、顔まではまだ広がっていないはずだ。それというのも高順以上に活躍した呂布という天下無双の存在のおかげだ。
「見事なものだと思わぬか、高順殿。皇甫嵩殿はたった三日でこの軍を立て直した」
曹操の言葉に高順は何も返さない。どこかこの小柄な男に違和感を感じていたからだ。
恐怖を感じている? この私が呂布殿以外で?
いつの間にか高順の手には汗で濡れており、背中にも冷や汗が流れていた。
そんな高順を気にすることもなく、曹操は言葉を続ける。
「貴殿は官軍を弱卒ばかりと侮っていたようだが、このように一流の将帥が率いれば強大な軍となる。そう、貴殿達の并州騎馬隊のようにな」
この漢は危険だ。
高順は本能で曹操の危険性を理解する。恐らく生かしておけば自分だけでなく親友である呂布の災いにもなるだろう。刹那的に曹操の首を飛ばそうと高順が剣を抜くより速く曹操が口を開く。
「今、この場で私を斬れば貴殿達并州騎馬隊の立場が危うくなるだけだぞ」
その言葉に抜きかけていた剣が止まる。高順が曹操を見ると、曹操はニヤリと笑っていた。
「高順殿。私はいずれ軍を率いる立場となるだろう。私はこの世の乱れを正したいと考えている」
「……立派な考えだ。だが私達には関係のないことだ。我らは并州を守る武人故に」
高順の言葉に曹操は再び大きく笑う。
「なるほど、貴殿達はあくまで并州を守る武人で居たいということだろう。だが、これから先の時代に貴殿達は并州の中に留まることを時代が許しはしないだろう。必ず中央に出てくることになる」
「だからどうした」
高順の言葉に曹操は手を高順に差し出してくる。
「并州騎馬隊は私の所に来て欲しい。貴殿達のような武人は貴重だ」
曹操の言葉に二人の間に会話が途切れる。聞こえてくるのは本陣にいる兵士達の声だけだ。
「断る」
それが高順の出した答えだった。
「我々の主君は并州刺史丁原殿だ。それ以外の人物の下につく気はない」
「くく、やはり断るか」
断られたというのに曹操が気にした風はない。むしろその答えを分かりきっているかのようであった。
「おう、兄弟。ここにいたか」
そこにやってきたのは呂布であった。笑顔を浮かべていた呂布であったが、曹操の存在を見て訝しげな表情になる。
「貴様は確か軍議の途中で中座した漢だったな。兄弟に何か用か?」
「特に用はないさ、呂布殿。并州の武人がどのような人物だったか見てみたかった。ただそれだけのこと」
曹操はそれだけ言い残してその場から去っていく。
それを見送りながら呂布は鼻で笑う。
「得体の知れない漢だ。あのような連中がたくさんいるのかと思うと中央になど行きたくないとつくづく思うな」
「それについては同意見だ、呂布殿。それより何かあったのではないか」
「おお、そうだった。また匈奴の連中が并州を荒らし始めたらしくてな、俺達に親父殿から帰還命令が出た。既に皇甫嵩殿には許可は貰っているからすぐにでも立つぞ」
「承知した。郭嘉はどうするのだ?」
「郭嘉はこの後に幽州に行ってみるそうだ。噂に名高い幽州突騎をみてみたいだそうだ」
軍議には郭嘉も参加させていた。戦うことしかできない高順や張遼が出るよりよっぽど使い物になるという呂布の意見を取り入れてのものだ。郭嘉も見たかった并州騎馬隊の戦ぶりを見終わったなら次の軍を見に行くということだ。
「どれ。さっさと并州に戻るぞ兄弟。農民崩れを相手にするよりよっぽど腕の振るい甲斐があるぞ」
「そうですな」
呂布の言葉に頷きながらも高順は曹操という小柄だが、強大な覇気を持つ漢がどこか頭の隅に残り続けるのであった。
高順は皇甫嵩が敷いた本陣の中を歩きながら胸中呟く。
高順が張梁を討った後の追撃戦で官軍は黄巾を散々に討ち破り、大勝利となった。その日の夜に行われた軍議に高順は第一功として報奨された。
高順は特に感動することもなくその勲功を受け入れ、皇甫嵩より渡された報奨は曹性に渡して黒騎兵全員に分け与えていた。
今後の黄巾に対する軍議には并州増援軍の総大将である呂布に任せ、副将である高順は幕舎に入らずに本陣にいる兵士達を眺めていた。
董卓に率いられていた時は醜態しか晒さなかった官軍が、皇甫嵩に大将に変わった途端に動きが良くなっていた。董卓がわざと負けていたとしても、皇甫嵩の将帥としての器量は一流なのだろう。夜間になっても本陣には適度な緊張感が保たれ、哨戒に立っている兵士達も機敏だ。
「大したものだな」
「私も同意見だ」
高順は瞬間的に剣に手を伸ばして声をした方向に振り向く。そこには高順と対して年の変わらない小柄な男が立っていた。
高順は男を見て顔を顰める。
武威ではない、この漢が放つこの覇気はなんだ。
高順が思わず剣に手を伸ばしたのはこの男が放つ気配に起因していた。武人の放つ武威ではない。だが、それより大きな覇気だ。高順とて呂布の武威に慣れていなければ飲み込まれていただろう。
男は高順の反応を見て笑う。それは高順を馬鹿にした笑いではなく、純粋に面白い人物を見つけたと言わんばかりの笑いであった。
「驚かせたようだな。私は騎都尉の曹操。字を孟徳という」
「……私は」
「知っている。并州騎馬隊黒騎兵隊長の高順殿であろう」
曹操の言葉に高順は顔を顰める。己の知らない人物が己のことを知っているのは愉快なことではない。
その反応に気づいたのか、曹操は楽しそうに大きく笑った。
「お気になされるな高順殿。私が貴殿を知っているのは今日の勲功ゆえにだ」
高順は曹操の言葉に違和感を感じる。確かに今回の戦で知られて名前はさらに響くことになったが、顔まではまだ広がっていないはずだ。それというのも高順以上に活躍した呂布という天下無双の存在のおかげだ。
「見事なものだと思わぬか、高順殿。皇甫嵩殿はたった三日でこの軍を立て直した」
曹操の言葉に高順は何も返さない。どこかこの小柄な男に違和感を感じていたからだ。
恐怖を感じている? この私が呂布殿以外で?
いつの間にか高順の手には汗で濡れており、背中にも冷や汗が流れていた。
そんな高順を気にすることもなく、曹操は言葉を続ける。
「貴殿は官軍を弱卒ばかりと侮っていたようだが、このように一流の将帥が率いれば強大な軍となる。そう、貴殿達の并州騎馬隊のようにな」
この漢は危険だ。
高順は本能で曹操の危険性を理解する。恐らく生かしておけば自分だけでなく親友である呂布の災いにもなるだろう。刹那的に曹操の首を飛ばそうと高順が剣を抜くより速く曹操が口を開く。
「今、この場で私を斬れば貴殿達并州騎馬隊の立場が危うくなるだけだぞ」
その言葉に抜きかけていた剣が止まる。高順が曹操を見ると、曹操はニヤリと笑っていた。
「高順殿。私はいずれ軍を率いる立場となるだろう。私はこの世の乱れを正したいと考えている」
「……立派な考えだ。だが私達には関係のないことだ。我らは并州を守る武人故に」
高順の言葉に曹操は再び大きく笑う。
「なるほど、貴殿達はあくまで并州を守る武人で居たいということだろう。だが、これから先の時代に貴殿達は并州の中に留まることを時代が許しはしないだろう。必ず中央に出てくることになる」
「だからどうした」
高順の言葉に曹操は手を高順に差し出してくる。
「并州騎馬隊は私の所に来て欲しい。貴殿達のような武人は貴重だ」
曹操の言葉に二人の間に会話が途切れる。聞こえてくるのは本陣にいる兵士達の声だけだ。
「断る」
それが高順の出した答えだった。
「我々の主君は并州刺史丁原殿だ。それ以外の人物の下につく気はない」
「くく、やはり断るか」
断られたというのに曹操が気にした風はない。むしろその答えを分かりきっているかのようであった。
「おう、兄弟。ここにいたか」
そこにやってきたのは呂布であった。笑顔を浮かべていた呂布であったが、曹操の存在を見て訝しげな表情になる。
「貴様は確か軍議の途中で中座した漢だったな。兄弟に何か用か?」
「特に用はないさ、呂布殿。并州の武人がどのような人物だったか見てみたかった。ただそれだけのこと」
曹操はそれだけ言い残してその場から去っていく。
それを見送りながら呂布は鼻で笑う。
「得体の知れない漢だ。あのような連中がたくさんいるのかと思うと中央になど行きたくないとつくづく思うな」
「それについては同意見だ、呂布殿。それより何かあったのではないか」
「おお、そうだった。また匈奴の連中が并州を荒らし始めたらしくてな、俺達に親父殿から帰還命令が出た。既に皇甫嵩殿には許可は貰っているからすぐにでも立つぞ」
「承知した。郭嘉はどうするのだ?」
「郭嘉はこの後に幽州に行ってみるそうだ。噂に名高い幽州突騎をみてみたいだそうだ」
軍議には郭嘉も参加させていた。戦うことしかできない高順や張遼が出るよりよっぽど使い物になるという呂布の意見を取り入れてのものだ。郭嘉も見たかった并州騎馬隊の戦ぶりを見終わったなら次の軍を見に行くということだ。
「どれ。さっさと并州に戻るぞ兄弟。農民崩れを相手にするよりよっぽど腕の振るい甲斐があるぞ」
「そうですな」
呂布の言葉に頷きながらも高順は曹操という小柄だが、強大な覇気を持つ漢がどこか頭の隅に残り続けるのであった。
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