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第二十二話
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洛陽郊外にて呂布率いる并州軍と涼州軍は睨み合う形となっている。
董卓率いる涼州軍も并州軍が引くことはないとわかっているので、涼州で武勇の士として名高い郭汜と華雄、戦上手で知られる樊稠と徐栄を并州軍への抑えとして配備していた。
睨み合いになってから五日がたつ。両軍はお互いの強さを見抜いているからこそ、激しいぶつかり合いにはなっていない。時折、秦宜禄率いる并州歩兵隊が挑発するように軍勢を動かすが、樊稠と徐栄はそれに乗らず、あくまでも専守防衛に務めていた。
「動きませんな」
副官である曹性の言葉に高順は何も返さず、ただ涼州軍を睨みつける。高順の黒騎兵と張遼の青騎兵は一度だけ夜襲をかけようとしたが、樊稠と徐栄はそれを見抜き、逆に罠をかけようとした。だが、高順と張遼も罠がかけられていることを看破し、夜襲を中止したことがある。
その事実に并州の武人達は高揚した。
強敵や猛者との戦が武人にとっての本懐と考える并州の武人達は、涼州軍の強さに興奮したと言える。そして丁原はこの軍勢を率いる男に一歩も引かずに散ったということに安堵の息を漏らしたのも事実である。
だが、この睨み合いは涼州軍に有利に働く。なにせ并州軍には兵糧が心もとないのだ。だから涼州軍は時間をかけるだけで戦に勝てる。
だが、この闘気を見せる軍勢が戦わずして勝つということを受け入れるか。
涼州軍には并州軍と似た気配を持つ。
即ち、闘争を好む。
この気配を持つ軍勢が戦わずに勝つことを肯じえることはないだろう。問題はいつ仕掛けてくるのかである。
この考えは高順だけでなく、総大将である呂布や各部隊の指揮官である秦宜禄達も同じ考えであった。
「もう一度夜襲を仕掛けてみますか?」
曹性の問いに高順は黙って首を振る。まだ直接戦っていないが、樊稠と徐栄の戦上手振りは軍勢の動かし方だけでわかる。その動きは并州軍と同じく異民族との戦いで鍛え抜かれた技だ。生半可な戦では返り討ちにあう。
五日目の日も暮れ始めている。この日も戦はないと思われたが、涼州軍で動きがある。
一騎だけが軍勢の前に進みでたのだ。体格は呂布に負けず劣らずの偉丈夫で、大刀を構えた男。
「聞けっ。并州の戦士よっ。我が名は華雄。董卓軍麾下にて随一の武勇を誇る者なり」
華雄の声が戦場に響く。并州軍の兵士達も臨戦態勢に入っている。
「睨み合いを続けて五日になる。お互いに暇を持て余しているだろう。どうだっ、并州軍にこの華雄と一騎討ちを行う勇気ある猛者はおらぬか」
華雄の言葉に并州軍が騒つく。その騒めきは華雄を恐れる物ではなく、誰が受けて立つかの騒めきであった。
一騎討ちと言えば呂布であろうが、残念ながら総大将だから受けることはできない。そして実力で言えば魏越と成廉も行けるであろうが、一軍の将と赤騎兵の一兵士では釣り合いが取れない。
「郝昭、私の大刀を」
「こちらに」
だから高順が出る。高順が郝昭に自分の大刀を持って来させようとすると、郝昭はすでに持って来ていた。それに頷いて高順は大刀をもつ。すると曹性が声をあげた。
「おうっ。并州軍騎馬隊黒騎兵隊長の高順殿が出られるぞっ」
その声に并州軍から歓声が出る。呂布に次ぐ実力者と言えば高順。それは并州軍において公然の事実であった。
高順は黒竜をゆっくりと歩かせながら華雄へと近づく。
「貴殿が黒騎兵隊長の高順殿か?」
「然り。貴殿は董卓麾下にて武勇を鳴らす華雄殿だな」
高順の問いに華雄は獰猛に笑う。
「相手にとって不足なし。いざっ」
その言葉と同時に華雄は高順に向かって馬を駆けさせる。高順も黒竜を華雄に向かって駆けさせた。
そして一瞬の交錯の攻防。それだけでお互いに実力がわかる。
高順は黒竜を華雄の馬に併走させ、そこで一騎討ちを続ける。
振り下ろされた大刀を受け流しながら柄の部分で殴るが防がれる。斬りあげるように大刀を振り上げれば華雄もそれを受け止める。
二人は馬を駆けさせながらも攻防を続ける。
横薙ぎを防ぎ、頭上から大刀を振り下ろすがそれは受け止められる。数えきれぬほどの斬り合いをしてから、二人は同時に離れる。
お互いに息は切れている。しかし、顔には笑みが浮かんでいた。
「うむ。楽しませてくれるではないかっ。流石は黒騎兵隊長と言ったところか」
「そういう華雄殿はもう終わりか?」
高順の言葉に心底楽しそうに笑い声をあげる華雄。
「もっと続けたいのが本音だがな、樊稠と徐栄が帰ってこいと煩い」
そこで高順も涼州軍から撤退の銅羅が鳴っていることに気づく。
「よく私と戦いながら気づいたものだな」
「いや、高順殿と戦っている時は全く気づかなかった。少し休むために離れたところで聞こえてきたのよ」
そう言って華雄は大刀を担いで高順に背を向ける。もう一騎討ちはおしまいということだろう。
「高順殿、明日だ。明日、我ら涼州軍は攻勢に出る」
「……敵の言う事が信じられると?」
華雄の言葉に高順が懐疑的に返すと、華雄は笑顔で振り返った。
「おうさ。俺はこの一騎討ちで高順殿が信頼に足る漢だと知った。高順殿もまた俺の事を知れただろう」
華雄の言葉に高順は否定しない。どこか呂布に似たこの男は決戦の日を誤って伝えるような姑息な真似はしないだろう。
だから高順の返答は決まっていた。
「明日まで貴殿の首はとっといておくとしよう」
「抜かせ。俺が貴殿の首を落としてやるわ」
董卓率いる涼州軍も并州軍が引くことはないとわかっているので、涼州で武勇の士として名高い郭汜と華雄、戦上手で知られる樊稠と徐栄を并州軍への抑えとして配備していた。
睨み合いになってから五日がたつ。両軍はお互いの強さを見抜いているからこそ、激しいぶつかり合いにはなっていない。時折、秦宜禄率いる并州歩兵隊が挑発するように軍勢を動かすが、樊稠と徐栄はそれに乗らず、あくまでも専守防衛に務めていた。
「動きませんな」
副官である曹性の言葉に高順は何も返さず、ただ涼州軍を睨みつける。高順の黒騎兵と張遼の青騎兵は一度だけ夜襲をかけようとしたが、樊稠と徐栄はそれを見抜き、逆に罠をかけようとした。だが、高順と張遼も罠がかけられていることを看破し、夜襲を中止したことがある。
その事実に并州の武人達は高揚した。
強敵や猛者との戦が武人にとっての本懐と考える并州の武人達は、涼州軍の強さに興奮したと言える。そして丁原はこの軍勢を率いる男に一歩も引かずに散ったということに安堵の息を漏らしたのも事実である。
だが、この睨み合いは涼州軍に有利に働く。なにせ并州軍には兵糧が心もとないのだ。だから涼州軍は時間をかけるだけで戦に勝てる。
だが、この闘気を見せる軍勢が戦わずして勝つということを受け入れるか。
涼州軍には并州軍と似た気配を持つ。
即ち、闘争を好む。
この気配を持つ軍勢が戦わずに勝つことを肯じえることはないだろう。問題はいつ仕掛けてくるのかである。
この考えは高順だけでなく、総大将である呂布や各部隊の指揮官である秦宜禄達も同じ考えであった。
「もう一度夜襲を仕掛けてみますか?」
曹性の問いに高順は黙って首を振る。まだ直接戦っていないが、樊稠と徐栄の戦上手振りは軍勢の動かし方だけでわかる。その動きは并州軍と同じく異民族との戦いで鍛え抜かれた技だ。生半可な戦では返り討ちにあう。
五日目の日も暮れ始めている。この日も戦はないと思われたが、涼州軍で動きがある。
一騎だけが軍勢の前に進みでたのだ。体格は呂布に負けず劣らずの偉丈夫で、大刀を構えた男。
「聞けっ。并州の戦士よっ。我が名は華雄。董卓軍麾下にて随一の武勇を誇る者なり」
華雄の声が戦場に響く。并州軍の兵士達も臨戦態勢に入っている。
「睨み合いを続けて五日になる。お互いに暇を持て余しているだろう。どうだっ、并州軍にこの華雄と一騎討ちを行う勇気ある猛者はおらぬか」
華雄の言葉に并州軍が騒つく。その騒めきは華雄を恐れる物ではなく、誰が受けて立つかの騒めきであった。
一騎討ちと言えば呂布であろうが、残念ながら総大将だから受けることはできない。そして実力で言えば魏越と成廉も行けるであろうが、一軍の将と赤騎兵の一兵士では釣り合いが取れない。
「郝昭、私の大刀を」
「こちらに」
だから高順が出る。高順が郝昭に自分の大刀を持って来させようとすると、郝昭はすでに持って来ていた。それに頷いて高順は大刀をもつ。すると曹性が声をあげた。
「おうっ。并州軍騎馬隊黒騎兵隊長の高順殿が出られるぞっ」
その声に并州軍から歓声が出る。呂布に次ぐ実力者と言えば高順。それは并州軍において公然の事実であった。
高順は黒竜をゆっくりと歩かせながら華雄へと近づく。
「貴殿が黒騎兵隊長の高順殿か?」
「然り。貴殿は董卓麾下にて武勇を鳴らす華雄殿だな」
高順の問いに華雄は獰猛に笑う。
「相手にとって不足なし。いざっ」
その言葉と同時に華雄は高順に向かって馬を駆けさせる。高順も黒竜を華雄に向かって駆けさせた。
そして一瞬の交錯の攻防。それだけでお互いに実力がわかる。
高順は黒竜を華雄の馬に併走させ、そこで一騎討ちを続ける。
振り下ろされた大刀を受け流しながら柄の部分で殴るが防がれる。斬りあげるように大刀を振り上げれば華雄もそれを受け止める。
二人は馬を駆けさせながらも攻防を続ける。
横薙ぎを防ぎ、頭上から大刀を振り下ろすがそれは受け止められる。数えきれぬほどの斬り合いをしてから、二人は同時に離れる。
お互いに息は切れている。しかし、顔には笑みが浮かんでいた。
「うむ。楽しませてくれるではないかっ。流石は黒騎兵隊長と言ったところか」
「そういう華雄殿はもう終わりか?」
高順の言葉に心底楽しそうに笑い声をあげる華雄。
「もっと続けたいのが本音だがな、樊稠と徐栄が帰ってこいと煩い」
そこで高順も涼州軍から撤退の銅羅が鳴っていることに気づく。
「よく私と戦いながら気づいたものだな」
「いや、高順殿と戦っている時は全く気づかなかった。少し休むために離れたところで聞こえてきたのよ」
そう言って華雄は大刀を担いで高順に背を向ける。もう一騎討ちはおしまいということだろう。
「高順殿、明日だ。明日、我ら涼州軍は攻勢に出る」
「……敵の言う事が信じられると?」
華雄の言葉に高順が懐疑的に返すと、華雄は笑顔で振り返った。
「おうさ。俺はこの一騎討ちで高順殿が信頼に足る漢だと知った。高順殿もまた俺の事を知れただろう」
華雄の言葉に高順は否定しない。どこか呂布に似たこの男は決戦の日を誤って伝えるような姑息な真似はしないだろう。
だから高順の返答は決まっていた。
「明日まで貴殿の首はとっといておくとしよう」
「抜かせ。俺が貴殿の首を落としてやるわ」
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