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四章・新説バブルブルームグラデーション
環状アンダーグラウンド・七色想念はゆらがない
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ソドムヶ丘はゴモラ町と隣り合う。それらはもちろんぼく独自の呼称だ。地名の通り、駅周辺には人の欲望を食らって輝く歓楽街が広がる。
母体の市はZと表記しておく。
Z市駅の南側と西側は、特に怪しげな土風の溜まり場だ。当市に赴任するまで分かっていなかったが、この辺はわりとアングラ偏差値が高い。
表通りから見える印象はありふれたさびれる住宅街区の趣き。その裏通りへ踏み入ると、ギャップにあらまあと驚く。
この半年間やることが多くあったので、そっちの方へは立ち寄っていない。裏街道に棲む人たちに関心はあるので、機会があれば話は聞きたい。
夜職へ流れ着く現代人たち、取材したら珍しい話の種が拾えるに決まっている。
こんな地域なので駅前のスタバでは度々たじろぐほどの美女らが見られる。見ると色々飲食しておる訳だから、基本はぼくと大して変わらない人間だろう。けれど、あまりにも美しい女たちはまるでフィクションのアンドロイドみたいだ。
朝のコーヒー代を支払って店を出る時、もしぼくがねねこになりすませるなら相当稼げるコンパニオンになるだろう、なんて思った。贔屓にしてくれるお客の胸が痛くなるほど、いたずらに美しさを安売りしてみたい気もする。
「すみません、ちょっといいですか」
改札口の手前だ。かわいらしい少年に声をかけられた。怪しい店の呼び込みでもキャッチセールスでもなさそうだった。それくらいは見ればわかる。
「ここはソドムヶ丘駅なんですよね。ぼく、ゴモラ町の劇場へ行きたいんです。今日は地下アイドルになった友だちが人生ではじめてのライブなので。けど、ナビが変で困ってるんです」
「何?」
「もしかしたら迷子なのかも」
「……あっちだね。真っ直ぐ行くと着く」
「ありがとうございます! ぽんぽこ!」
うん。君も、気をつけて。推しのライブがあるというならば、そこへ全力で駆けて行けば良い。
駅で子供に道を訪ねられた。それだけだ。それだけのこと。
ここは、半現実半仮想の世界だ。起こる出来事に意味を考えすぎてはいけない。いちいち説明しすぎてもいけない。気になるあの子のお荷物になったりもしない。大事な目的を見失わないためだ。
ぼくは簡単にはゆらがない。
意識、目を、今自分が向かいたい方向へ開ける。財布からICOCAを取り出し、極めてスマートに自動改札を抜け、着実に人混みのホームへ進む。効率良く動くことが全てではないだろう。しかし地味ながら大切な行動選択だと考えている。
世界の時間やエネルギーは無限にあるとしても、自分の瞬間はここに限定されている次元の話だ。今ぼくは、会いたい人と会いに行かなければならない。隠された鍵が欲しい。
ソドムとゴモラの町を抜けて、探しに行くんだ。
電車が間もなくやって来た。時刻表通りのダイヤに感謝する。当たり前のことのようだが、当たり前の気持ちが通用しない所では、普通っぽい現象こそ身に沁みる。
「駆け込み乗車はご遠慮ください」
もちろんさ。まず出入り口から降りてくる人たちを優先。すし詰めの車内に幾ばくかの空間が再生するからこそ、そのスペースに後から来た者たちが流れ込める。
電車はホームで扉が開かれ、人が減り、増え、また閉じて、安全円滑に走り出す。
ここは環状線。ここは環状線。
「社内での迷惑行為はおやめください」
もちろんさ。スマホはマナーモードにしてある。常識なので。
平日の朝、馬鹿混み電車の中にいる泡沫太陽を俯瞰すると、くふ、笑いが込み上げてくる。仕事へ行く訳でもあるまいに、ずいぶん頑張っているじゃないか。こいつ、本当に大丈夫かと。無理するなよ、破裂するぞと。
(何なら今すぐ逃げ帰ってもいいんじゃね?)
くふふ。周りは人に取り囲まれすぎていて、ほとんど身動き出来ない。ポケットからスマホを出すだけで、自虐抜きに涙がにじむ。
【今、電車でそっちへ行くところ。少し会えないか? ぼくは、ねるこむと戦いたくはない】
簡潔な文章をLINEで送る。
車内がいくらぎゅうぎゅうでも、電波はあっさり向こう側の秘密結社へ届いた。
【いいよ。待ってる。ランチしよう】
【先に木目田さんが行くかも。逃げた方がいいかも】
【いや、太陽が先に着くと思うよ】
【君が面白いし好きだ。木目田さんも好き】
【わかってる。大丈夫。ぼくも木目田さんと戦いたくない】
【みんな馬鹿なのだね】
【太陽もね】
【化け猫カフェで。十二時でいい?】
【了解。またあとで】
通信終了。乗り換え地点到着。
電車の扉が再び開き、ぼくは人の流れに溶け込んで、またのろのろ動き出す。リアリティの行き過ぎた架空の虫の大群の一部になったみたいだ。
環状線を出る。環状線を出る。
大阪駅から梅田まで歩くと、ソドムヶ丘やゴモラ町とはまったく景色が違う。現実、昔勤めていた会社の看板は綺麗になくなってる。
誰かさんが後を付けてきているらしい。視線の主は見えないものの、それに悪意がないことはぼんやり感じる。
「悪質なキャッチセールスにご注意ください」
街頭アナウンスはシステマチックでうんざりする。詐欺的なビジネスに対向するやり口なら、もっと他に有効な活動方法を考えても良いだろう。
うんざりさせる相手を間違っているんじゃない? 世界自体に悪のやる気さえ起こらなくさせるサブリミナル的爆弾なんか、どうだい?
泡沫太陽は、真面目にそんな表現を考えてみたい。
このまま歩いても良い。でも、地下鉄を使う。次は御堂筋線だ。
ソフトクリーム食べたい。
母体の市はZと表記しておく。
Z市駅の南側と西側は、特に怪しげな土風の溜まり場だ。当市に赴任するまで分かっていなかったが、この辺はわりとアングラ偏差値が高い。
表通りから見える印象はありふれたさびれる住宅街区の趣き。その裏通りへ踏み入ると、ギャップにあらまあと驚く。
この半年間やることが多くあったので、そっちの方へは立ち寄っていない。裏街道に棲む人たちに関心はあるので、機会があれば話は聞きたい。
夜職へ流れ着く現代人たち、取材したら珍しい話の種が拾えるに決まっている。
こんな地域なので駅前のスタバでは度々たじろぐほどの美女らが見られる。見ると色々飲食しておる訳だから、基本はぼくと大して変わらない人間だろう。けれど、あまりにも美しい女たちはまるでフィクションのアンドロイドみたいだ。
朝のコーヒー代を支払って店を出る時、もしぼくがねねこになりすませるなら相当稼げるコンパニオンになるだろう、なんて思った。贔屓にしてくれるお客の胸が痛くなるほど、いたずらに美しさを安売りしてみたい気もする。
「すみません、ちょっといいですか」
改札口の手前だ。かわいらしい少年に声をかけられた。怪しい店の呼び込みでもキャッチセールスでもなさそうだった。それくらいは見ればわかる。
「ここはソドムヶ丘駅なんですよね。ぼく、ゴモラ町の劇場へ行きたいんです。今日は地下アイドルになった友だちが人生ではじめてのライブなので。けど、ナビが変で困ってるんです」
「何?」
「もしかしたら迷子なのかも」
「……あっちだね。真っ直ぐ行くと着く」
「ありがとうございます! ぽんぽこ!」
うん。君も、気をつけて。推しのライブがあるというならば、そこへ全力で駆けて行けば良い。
駅で子供に道を訪ねられた。それだけだ。それだけのこと。
ここは、半現実半仮想の世界だ。起こる出来事に意味を考えすぎてはいけない。いちいち説明しすぎてもいけない。気になるあの子のお荷物になったりもしない。大事な目的を見失わないためだ。
ぼくは簡単にはゆらがない。
意識、目を、今自分が向かいたい方向へ開ける。財布からICOCAを取り出し、極めてスマートに自動改札を抜け、着実に人混みのホームへ進む。効率良く動くことが全てではないだろう。しかし地味ながら大切な行動選択だと考えている。
世界の時間やエネルギーは無限にあるとしても、自分の瞬間はここに限定されている次元の話だ。今ぼくは、会いたい人と会いに行かなければならない。隠された鍵が欲しい。
ソドムとゴモラの町を抜けて、探しに行くんだ。
電車が間もなくやって来た。時刻表通りのダイヤに感謝する。当たり前のことのようだが、当たり前の気持ちが通用しない所では、普通っぽい現象こそ身に沁みる。
「駆け込み乗車はご遠慮ください」
もちろんさ。まず出入り口から降りてくる人たちを優先。すし詰めの車内に幾ばくかの空間が再生するからこそ、そのスペースに後から来た者たちが流れ込める。
電車はホームで扉が開かれ、人が減り、増え、また閉じて、安全円滑に走り出す。
ここは環状線。ここは環状線。
「社内での迷惑行為はおやめください」
もちろんさ。スマホはマナーモードにしてある。常識なので。
平日の朝、馬鹿混み電車の中にいる泡沫太陽を俯瞰すると、くふ、笑いが込み上げてくる。仕事へ行く訳でもあるまいに、ずいぶん頑張っているじゃないか。こいつ、本当に大丈夫かと。無理するなよ、破裂するぞと。
(何なら今すぐ逃げ帰ってもいいんじゃね?)
くふふ。周りは人に取り囲まれすぎていて、ほとんど身動き出来ない。ポケットからスマホを出すだけで、自虐抜きに涙がにじむ。
【今、電車でそっちへ行くところ。少し会えないか? ぼくは、ねるこむと戦いたくはない】
簡潔な文章をLINEで送る。
車内がいくらぎゅうぎゅうでも、電波はあっさり向こう側の秘密結社へ届いた。
【いいよ。待ってる。ランチしよう】
【先に木目田さんが行くかも。逃げた方がいいかも】
【いや、太陽が先に着くと思うよ】
【君が面白いし好きだ。木目田さんも好き】
【わかってる。大丈夫。ぼくも木目田さんと戦いたくない】
【みんな馬鹿なのだね】
【太陽もね】
【化け猫カフェで。十二時でいい?】
【了解。またあとで】
通信終了。乗り換え地点到着。
電車の扉が再び開き、ぼくは人の流れに溶け込んで、またのろのろ動き出す。リアリティの行き過ぎた架空の虫の大群の一部になったみたいだ。
環状線を出る。環状線を出る。
大阪駅から梅田まで歩くと、ソドムヶ丘やゴモラ町とはまったく景色が違う。現実、昔勤めていた会社の看板は綺麗になくなってる。
誰かさんが後を付けてきているらしい。視線の主は見えないものの、それに悪意がないことはぼんやり感じる。
「悪質なキャッチセールスにご注意ください」
街頭アナウンスはシステマチックでうんざりする。詐欺的なビジネスに対向するやり口なら、もっと他に有効な活動方法を考えても良いだろう。
うんざりさせる相手を間違っているんじゃない? 世界自体に悪のやる気さえ起こらなくさせるサブリミナル的爆弾なんか、どうだい?
泡沫太陽は、真面目にそんな表現を考えてみたい。
このまま歩いても良い。でも、地下鉄を使う。次は御堂筋線だ。
ソフトクリーム食べたい。
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