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掌編・ぎぼし
しおりを挟むやえちゃんは話があちこちに飛ぶ。プラーナ時代のヌリシンハが一番好きだと言ったそばからなぜか藤原為家の和歌(川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀の鳴くなる)を諳んじてみせ、かと思えば君の足の裏はどうしてそんなにつるつるで平べったいんだと思う? それって力が入りにくくない? 歩きにくいからお腹減るんじゃない? 選挙とか行けたの? なんて聞いてきたりする。
擬宝珠のつぼみのふくらむ頃は雨風の強い日が多くなるから、やえちゃんをとりわけ落ち着かない女の子にさせるのかもしれない。大丈夫、落ち着いて、そんなことを言っても無駄だ。私はまだ落ち着きがありません、そう、自らしっかり主張できるタイプでもあった。
ぼくは和歌好きのやえちゃんを傷つけない程度にからかうため、たまたま思い出した高浜虚子の俳句を引き合いに出してみた。
亀鳴くや皆愚かなる村のもの。
なあ、あの高速道路の開通工事がいつまでも終わらないからやえちゃんのお父さんは入院しなきゃいけなくなった、それでお母さんもすごく心配してて、両親ともにやえちゃんよりも百倍変なこと言うのがいやだってこと? それで我慢の限界なのにどうしてヌリシンハは助けてくれないのだろう、選挙会場の方がうちまでこんかい、バカタレめ、そういう気持ちを伝えたいってことなんか?
やえちゃんはすごく残念そうに、君は工事の音よりつまらない、うるさすぎる、わざとらしい、しつこくするな、近い、などなどの苦言を呈した。大声出すぞ、ちゃんと聞け、じゃなきゃもう君の小説なんか読まない、そのような脅迫もしてきた。
ぼくは少しだけ君のまねをしただけなんだ、ごめんよ、そう謝るふりをしながら、後でやえちゃんの大大大好きな焼きもろこしを買ってあげるふりも上手い具合にやってみせよう、と思った。それから例のポンコツの車でどこか、もっといやになるほど騒がしい日差しのあたる所へ、嬉しそうに連れて行ってあげる。
*
2024年5月15日。
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