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鼻フックか顔面パイ投げか、選んでいいよ
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「毎年この時期に思うのだよ。まったく頭が痛くなる。あまりにも時間がもったいない。あんな税金のために税金や市民の自由時間をロスする制度なんか、なくそうと思えば絶対になくせるはずなのにって」
ぼくはとにかく残された体力を振り絞って語ってみた。西日の差すふかふかのソファの上で、賢明な彼女にはこの苦悩の有り様をわかってもらえるだろうと信じていた。いや、こんな時にこそ甘えさせてもらえると感じたかったのだろう。
「国税庁はマイナンバー連携による確定申告の簡略化システムを構築したけれど、そもそもそんな上辺の優しげなサービスに税金を使うよりは、いっそ個人に申告の義務なんか押し付けない完全自動徴税の仕組みを作ってほしいよ。
課税されるべき給与金や譲渡金などの現金決済を非合法とする提案は、もはや大半の国民に受け入れられるだろうし。課税対象になる金の動きはどのみち調べればわかっちゃうだろ? だったら、もう好きなように調べて勝手に口座から引き落としてくれれば良いじゃんって。それでもしもこっちに有利な控除適用の漏れがあったりしたら、税務署の調査ミスとしてその担当者に鼻フックの私刑ができる報復制を導入してやってくれても良い。
確定申告をするためにいちにち何もできなくなくて経済活動の機会まで損失する人間もわりといる、お役人はそれで当然だって納得してるのかね。税理士費用をケチってさ、夜中までがんばってがんばって計算してさ、それで一年分の還付金がたったの二百円しか計上されないとかさ、さらにあとから『げっ! コレ記載漏れてますよ! 残念でした訂正してねー!』 なんて追い討ちかけてくるかもしれんからドキドキさせられちゃうとかさ。いやあもう、あははは、こっちは貴様らほど優秀でもヒマでもねえんだって、おもいっきり顔面にパイ投げしてやりたくなるよね」
「だから一週間も遊びに来なかったって言うの?」
彼女は目を合わせず、しかし穏やかな空気を守ろうとするかのように、深いとも浅いとも言えるため息を分かりやすくついた。
「ああ」
「それでこんなに情けない状態なんだってこと?」
彼女はぼくの使えない部分を強いとも弱いとも言えない指の力で弾いた。
「さあ。そうかもね」
ややこしい手続きはだいたい嫌いなんだ。何がOKで何がNGだとか、社会では色々審査することが必要なのだろうけれど。
必要なことにくたびれて、大切な時間まで損なわれて、それでも何とかここへ帰ってきたんだから許して欲しい。もう本当にそれくらいしか考えられなかった。しいて加えて言うならば、お腹に負担のかからないあたたかな何かが食べたい。
「よくがんばったわ、なんて。ここで君を褒める義務は私にあるのかな」
「いや、そんな義務はないと思う。普通に自由にしてて。ただそばにいて。ぼくは君の怒ってる顔も好きだから」
人生は試練の連続だ。山を越え谷を越え、冬の夜を過ぎ春の朝を迎え、それでも良いと思えるならば、せめて共にいられる時くらいはなるべく仲良く過ごそうではないかってところ。
「まあいいか。言いたいことは何となくわかったよ、やさぐれ屋さん。ホットサンドでも食べる? ベーコンを使い切りたいんだ。卵もレタスもありすぎるんだよ。気に食わない誰かさんのせいでね」
明日は君の新しいカーディガンとスニーカーでも探しに行こうか。こっちからそう切り出す義務は少しある気がする。
それから三秒間先の未来では、彼女がぼくをからかうように睨んで「よっこらしょ」と言い、台所へ向かう気もする。たぶん、「ちょっと待っててね」と言いながら大げさなしかめ面でウインクもする。
そんなこんなで、ほっとさせられたぼくは誰に申告することもなく、ごくあっさりと思いつく短い日常的な小説を書き出せるだろう。何て幸いな夜だろうとまったり感じ入っているうちに、オーブントースターがちんと鳴るだろう。
ぼくはとにかく残された体力を振り絞って語ってみた。西日の差すふかふかのソファの上で、賢明な彼女にはこの苦悩の有り様をわかってもらえるだろうと信じていた。いや、こんな時にこそ甘えさせてもらえると感じたかったのだろう。
「国税庁はマイナンバー連携による確定申告の簡略化システムを構築したけれど、そもそもそんな上辺の優しげなサービスに税金を使うよりは、いっそ個人に申告の義務なんか押し付けない完全自動徴税の仕組みを作ってほしいよ。
課税されるべき給与金や譲渡金などの現金決済を非合法とする提案は、もはや大半の国民に受け入れられるだろうし。課税対象になる金の動きはどのみち調べればわかっちゃうだろ? だったら、もう好きなように調べて勝手に口座から引き落としてくれれば良いじゃんって。それでもしもこっちに有利な控除適用の漏れがあったりしたら、税務署の調査ミスとしてその担当者に鼻フックの私刑ができる報復制を導入してやってくれても良い。
確定申告をするためにいちにち何もできなくなくて経済活動の機会まで損失する人間もわりといる、お役人はそれで当然だって納得してるのかね。税理士費用をケチってさ、夜中までがんばってがんばって計算してさ、それで一年分の還付金がたったの二百円しか計上されないとかさ、さらにあとから『げっ! コレ記載漏れてますよ! 残念でした訂正してねー!』 なんて追い討ちかけてくるかもしれんからドキドキさせられちゃうとかさ。いやあもう、あははは、こっちは貴様らほど優秀でもヒマでもねえんだって、おもいっきり顔面にパイ投げしてやりたくなるよね」
「だから一週間も遊びに来なかったって言うの?」
彼女は目を合わせず、しかし穏やかな空気を守ろうとするかのように、深いとも浅いとも言えるため息を分かりやすくついた。
「ああ」
「それでこんなに情けない状態なんだってこと?」
彼女はぼくの使えない部分を強いとも弱いとも言えない指の力で弾いた。
「さあ。そうかもね」
ややこしい手続きはだいたい嫌いなんだ。何がOKで何がNGだとか、社会では色々審査することが必要なのだろうけれど。
必要なことにくたびれて、大切な時間まで損なわれて、それでも何とかここへ帰ってきたんだから許して欲しい。もう本当にそれくらいしか考えられなかった。しいて加えて言うならば、お腹に負担のかからないあたたかな何かが食べたい。
「よくがんばったわ、なんて。ここで君を褒める義務は私にあるのかな」
「いや、そんな義務はないと思う。普通に自由にしてて。ただそばにいて。ぼくは君の怒ってる顔も好きだから」
人生は試練の連続だ。山を越え谷を越え、冬の夜を過ぎ春の朝を迎え、それでも良いと思えるならば、せめて共にいられる時くらいはなるべく仲良く過ごそうではないかってところ。
「まあいいか。言いたいことは何となくわかったよ、やさぐれ屋さん。ホットサンドでも食べる? ベーコンを使い切りたいんだ。卵もレタスもありすぎるんだよ。気に食わない誰かさんのせいでね」
明日は君の新しいカーディガンとスニーカーでも探しに行こうか。こっちからそう切り出す義務は少しある気がする。
それから三秒間先の未来では、彼女がぼくをからかうように睨んで「よっこらしょ」と言い、台所へ向かう気もする。たぶん、「ちょっと待っててね」と言いながら大げさなしかめ面でウインクもする。
そんなこんなで、ほっとさせられたぼくは誰に申告することもなく、ごくあっさりと思いつく短い日常的な小説を書き出せるだろう。何て幸いな夜だろうとまったり感じ入っているうちに、オーブントースターがちんと鳴るだろう。
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アポロ🪐ボンソワー
おててにめげず、ふつ恋の執筆、完結、おつかりさまでした( *´艸`)ウフフ
ついでに確定申告もおつかりさまでした。
どちらがついでなのかしら😂
あまりにも日常の恋語りなのに、素敵でスマートでほんのちょっとダサくて爽やかなこの感じ。
言い訳をひたすら言い続けてるぼくが何だか可愛いの。
なんだろ、同じスピードの時間の流れの中にいる気がしたんだよ。
姉も明日、医療費控除の申告をしなければ…(><)メンドクサイニャ
早くおてて良くなぁれ
ボンニュイ🌻
ひろ生姉さんありがとうー🙌
世間の時の流れがまるで摩訶不思議な閃光に思えちゃうのだけど😆💫ハヤー
創作は確定申告とちがって時間がかかっても身入りが少なくても損したなんて全然思えませんな!😂👍👍👍
次はどんな表現をしようかってほのぼの考えていられる男なんか、実はいちばんラッキーで幸せなのかもしれない(笑)
うらやましくなるキャラにはそれなりに試練も与えられなければ🤣ハッハッハ
やっぱアポロって切り取り方が最高に上手いよなぁ〜(∩˘ω˘∩ )ってあらためて思いました。
月並みな言葉でごめんね。
事実って実際読む小説より不思議かもって思うことがたくさんあるけれど、この何気ない不思議さがこの小説からものすごく味わえる。
そして、読む度に3人の過去と未来と現在そのものの関係が異なって新鮮に感じるの。
ほんっとに面白い。
これをこの字数で書くのがすごいよ〜🌈🌻
ひろ姉さん🌻🙌
ショートショートのつもりが書き出すとちょっと長くなってしまったセレクト・タクシーでした!
なんでかわからんけど味のある小説、そんなのをしゅしゅっと書きたくて書けなくて歯ごたえの良き人生かな……😂
多重暗喩が出汁になるやろ、それが長台詞の味を良くするんやろ、今回アポロは気持ちねじりはちまきで挑戦してみました🤣
目指せ、なにしろ面白く書き、なにしろ面白く読まれるアポロ!
まずひろ姉さんに届いて一安心(笑)ありがとね〜!😆
普通の恋ってどんなのなんだろ。
特別じゃないってことかな。
特別な普通の恋もあるし。
そもそも恋が普通じゃなくなるのはどんな時?
そもそも普通って何だろ。
よくわからないけど、普通が素敵だと思う。幸せだと思える。
すごく切なくて、ずっと忘れられない恋のお話、第一話。沁みてる☺️🌻✨
ひろ生姉さん🍄
普通の定義ってなんじゃらほい(笑)
人によっても時によっても意識はどうにでも変わるんだよね。
だってただの意識なのだから、というと普通かな。
いいや深く愛していたんだよ、というと普通じゃなくなるかな。
書く人と読む人に意識ギャップは多かれ少なかれあって、それまた実に面白いと思うアポロです😆うひひ
ありがとね〜🙌また書くよ〜🙌