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第3章

顔も思い出せぬあの味をもう一度①

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 少女が泣いている。
 ここは教室だろうか。
 既に授業は終わっているのか、教室には泣いている少女しかいない。
 顔を覆って泣いている少女の顔は見えないけど、小学校3年生くらい。涙を堪えるように嗚咽を漏らしながら泣いている。

 どれくらいそうしていたのだろう、そっと教室のドアが開く。
 少女より少し年上らしい男の子が、その隙間から静かに部屋に入ってきた。
「……どうしたの? 大丈夫?」
 声変わり前の少年らしい少しハスキーな声。少年は少女の傍に近づいてかがみ込と、少女と視線の高さを合わせた。
「どこか痛いの?」
 少女は顔を覆ったまま首を横に振る。
「なにか、イヤなことがあった?」
 今度は少し迷ったようなそぶりの後、微かに頷いた。
「そっか。辛かったね」
 少年が優しく声をかけても、少女は顔を覆ったまま泣くばかり。だけど、少年はイヤな顔せず、少女の傍に寄り添っている。
「そうだ、お腹空かない? いいものがあるんだ」
 少年は持っていた手提げ袋から何かを探し始める。それまでずっと続いていた少女の嗚咽がすっと静かになる。
 それに気づいてか気づかずか、少年は笑顔を浮かべて袋の中からラップで包まれた一切れのケーキのようなものを少女に差し出す。
「はい、これ。チーズケーキ」
「……いいの?」
「いいよ。ホワイトデーで作ってきたけど、一個余っちゃった」
 少女はやっと顔を覆っていた手を外し、少年からチーズケーキを受け取る。少女が受け取ってくれたことで、少年は更に笑顔を明るくする。
 その笑顔に誘われるように、少女はラップをほどき、チーズケーキを一口食べる。
「おいしい……っ!」
「あは、よかった。ねえ、きみ、名前は?」
「……サヤカ。ミウラサヤカ」
――そうだ。泣いている少女はわたしだ。
 確か、同級生とケンカして、ヒドイことを言われたのがショックで、放課後ずっと泣いていた。自分でもどうしていいかわからなくなった時に来てくれたのが“彼”だった。
「そっか、サヤカちゃん。よろしく。僕の名前は――」
 必死に耳を澄ますのだけど、その名前はノイズに紛れ込んだようにわたしの耳まで届かない。
「じゃあ、それ食べたら帰ろうか。おうちまで一緒に帰ろう」
 小学生のわたしはおずおずと頷いて、チーズケーキを一口かじる。
 ああ、少年の顔が霞んでいく。その顔を見たいのに、もう見ることできない。
 まだどこか幼さの残る少年の声。声変わり前で、もしかしたら男子にも女子にも聞こえるかもしれない声。
 だけど、その声は穏やかで優しくて、まるでロロみたい――
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