【短編】文化祭の時計

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【完結】文化祭の時計

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 娘には来るなと言われたものの。高校三年生、最後の文化祭、夫婦でこっそり観に行こうとなったのだ。妻が急な入稿後の修正で、ドタキャンとなり、私だけでの参加。女子高でなかったのが救いだ。

 五十過ぎの男、父親とはいえ場違いといえば場違い。同じ年代の先生たちはどこか貫禄があるが、こっちは時間がざくざく湧いて出てくるようなフリーランスだ。暇なら売るほどある。

 北浦駅から歩いてニ十分、入学式以来ということもあって、最短ルートはわからないが、おそらく保護者のようなヒトの後ろをついてあるく。誰もかれもが日傘をさしているので、そのおそらく保護者のようなヒトの、雰囲気ぐらいしかわからない。顔は追い越しても見えそうにない、それくら日傘は大きい。

 学校の門前で、PTAの役員たちが名簿を広げて、受付をしている。どこか学校に馴染んでいるようで、関係者のように見えるが、私はPTAですよと言わんばかりの、自己主張の強めの腕章が幅を利かせている。この腕章ひとつで不審者感は皆無となる。


 昨日散髪に行って、お気に入りのポロシャツとジーンズにミニリュックで準備をしていたら、妻から

「それ、なんかオタクのフェスでも行くん?」

とショートレンジフックでノックアウトされた。オジサンがジーンズをはくだけで、痛い。似合うのは日々自分を研鑽している俳優ぐらいらしい。


 襟付きの白シャツに、アイロンがびしっと効いたカーキのチノパン、リュックではなく手提げの革バッグ。スニーカーではなく、革靴。

 不審者感を和らげるも、このPTA腕章チームには叶わない。娘の名前を見つけて、保護者ですと名乗り、名簿にマーカーが引かれて、手首に保護者用入場リングをテープ留めされる。

 正々堂々と校内をうろつける、そう言うと気持ち悪い。妻から「学校着いたの?」とラインが入り、慌てて閲覧したせいで、無駄に既読となる。既読後五分以内に返信しないと不機嫌になるというデスフラグを回避すべく、「着きましたよ、サブステージの後ろの方でスマホ撮影しておくから」と返信した。

 サブステージは中庭にある舞台で、吹奏楽部の練習用屋外ステージらしい。そこで娘がクラスメイトたちとダンスを披露するらしい。受験生なのに、という小言はうちでは出ない。とにかく機嫌よく生きていることが大切なのだ。私なんて、会社を辞めてフリーランスになったクチだから、「自由とは」「義務とは」なんて偉そうなことは口が裂けても言えっこない。

 小雨がぱらつきはじめた。朝十時、ステージ開演まで五分ほど時間がある。左前方に変わった男がいた。保護者だろうか、年齢は五十前、私と同年代。背中には若者に人気のリュック。後ろの学生が邪魔そうにしている。保護者は学生たちよりも後ろ側で観覧という暗黙ルールを知らないのか。しかし、観覧と言う割にはどうもキョロキョロしている。不審者なのか?

 どうやら学校の先生が注意をし始めた。若い男の先生。刈り上げた短髪は懐かしいスポーツ刈りというのか、ガタイがいい。三十前ぐらいの先生だ。たぶん、体育の先生だ。中二階の職員室のベランダから、先生たちがその男の先生に指示しているのが見えた。

 日傘をさしている五十前後の男は、素直に従って、後ろの方へと下がって行った。私の側ぐらいまで下がったかと思うと、そのまま下駄箱に向かい校舎に入って行った。

 今日はフリー入場で、校舎内にも学生たちの展示物がある。実は密かに書道と写真展を楽しみにしている。小雨決行ということで、サブステージは五分遅れで出し物が始まった。娘はトップバッター、五人組の編成で、K-POPアイドルの曲に合わせて、口パクでダンスをしている。贔屓目なしで、ウチの子が一番カワイイ。スマホ越しの動画撮影で我が娘を確認する。観客の学生たちも総立ちで、トップバッターにもかかわらず場を盛り上げている。こういうとき、たいていトップバッターは不利なのだ。

 動画撮影に夢中になっている最中、中二階の職員室ベランダから先生が消えていた。ステージ脇で音響のサポートをしている先生二人もザワザワしている。あの男が校舎から小走りでサブステージの観客席を突っ切って、校門へと向かっている姿が見えた。



「ドロボウ」



 そう叫び声が聞こえた瞬間、学生たちは蜘蛛の子を散らすようにその男を避けた。その様子が偶然にも、男を円状に取り囲む形になっていた。四面楚歌、男は何やら言っている。

「俺はドロボウじゃない」思いのほか大きな声で叫んでいる。サブステージの二組目の曲が流れている。クラブ系のダンスミュージックだ。

 男はリュックを降ろした。

「このリュックの中身を取り返しに来たんだ」

 保護者の何人かと先生が警察に連絡しているように見えた。

 男は逃げるのを諦め、続けた。



「この学校の生徒に、リュックの中身を捨てられて、中身をすり替えられた」
 網棚に自分のリュックを置いていたが、この学校の生徒が間違ってか、故意に? 取り換えられたのだろうか? 意味がわからない。
 男を取り囲んでいたはずの学生たちは、PTAの腕章をつけた保護者たちの指示に従って、校庭に向かって避難を始めていた。


 気が付くと、私たち保護者が数人、さっき声を掛けていた男の先生、音響効果の先生二人ほど、だけが残っていた。

 男はカバンの中身をぶちまけた。
「こんなもんが入ってたんだよ。」
 リュックからトコロテンのようにぬぼっと出てきたのは、大きなデジタル時計だった。赤と青のコードでグルグル巻きにされている。

 悲鳴が聞こえる。校舎の中二階から傍観していた学生数人が叫んでいるのだ。



 どう見ても、爆弾を模したもの。もしくは、本当に爆弾。どっちにしても、いい趣味とは言えない。
 ほどなく、けたたましくサイレンを鳴らしたパトカーが校門前の大通りに何台も到着し、大型の盾を備えた特殊部隊の隊員たちが、爆弾時計を取り囲んでいた。
 男はあっという間に、警察官に拘束されていたが、「これは、」とだけ叫んでいた。




 と言うわけなんだ、と私は娘を撮影し続けていたスマホ動画を妻に見せながら今日の出来事をまるで自分の手柄のように話した。



 仕事から帰って来たばかりの妻を座らせて説明したが、案外興味深く動画を見、私に要所要所で質問してきた。
「それってさぁ、どうやって学校にはいれたんだろうね。だって、名簿にある子どもの名前わかるのかしら?」
 確かにそうである。「あ」、と私は声をあげた。



「なによ」
「いや、リュックに名前書いてあったんじゃない」
「なるほど、ならその子の名前を警察に言えば」
 ちょうど帰宅してきた娘の夏葉にその話をすると、
「何言ってんの?」
 手を洗いながら、明らかに私に対する返答が洗面所から聞こえてきた。
「どうやって文化祭の受付突破したんだろうね」と妻が言う、夏葉の返答は聞こえていないのか?私も話を遮るのもと思い、妻の問いに答える。

「あんなの、テーブルにさぁ、名簿置いてるだけじゃん。だから、適当に、指さしとけば、PTAもあぁ、この子の保護者ねってなるんじゃない」
 確かに私は、娘の名前を言って、名簿にマーカーしてもらったが、必ずしもそうやって保護者認証してもらうというわけでもない。名簿に指さして、無言でも、保護者認証してもらえるってわけだ。

 制服の姿のまま、夏葉がリビングにやって来た。
「ねぇ、お父さんから聞いたんだけど、今日爆弾犯が学校に来たんだって?」
「知らないよ」
 夏葉が異常にそっけない。
「お父さんの動画で見たよ」
 夏葉の表情が変わる。

「どれ?」
 夏葉が私のスマホの動画を見る。
そのまま動画を削除した。

「あぁ」
 と驚く間もないうちに、削除ボックスからも完全削除としたのだ。

「どうしてそんなこと」
 私が夏葉に問いただすと、

「知らない」
 とだけ言って、部屋に帰って行った。



 その数分後、学校からの通達メールには、【本日の文化祭で動画撮影をされていた保護者の皆さま宛てにメールをお送りしています。速やかに動画を削除するようお願いいたします】

 と学校長の名義で指示があった。
 不審に思い、学校に電話しようとすると夏葉が再び戻ってきて
「お願いだから、もう、忘れて」
 と泣きながら言った。

 妻は
「わかったから、落ち着いて」
となだめ、なんだかモヤモヤしながら夕飯をとり、いつものように今日を終えた。



 学校が一連の事件をなかったことにしようとしているのは明らかだった。だが、複数台のパトカー、警察官、特殊部隊、これらが学校に来たことまで隠し通せるのか。学校はなぜ隠蔽したがるのか。




 半年後、誰もが事件を忘れてしまっていた頃、ぼんやりと爆弾犯の身辺がわかったのだ。
学校説明会が開かれて、ようやくわかったのだ。



 爆弾犯は保護者。爆弾はニセモノ。リュックは保護者の子どものもの。子どもは不登校。原因はイジメ。リュックの中に入っていた爆弾型の時計は、その子どもが最後に登校した日にカバンの中身を捨てられ、入れられたもの。
 イジメの復讐にやって来たのだ。我が子のリュックの中身、教科書やお弁当、水筒に財布がそっくり捨てられ、代わりに爆弾に模した時計が入れられていたらしい。

 イジメに直接加担していたのは、高二の頃の夏葉のクラスの五人。夏葉は関与していないらしいが、本人の弁だからよくわからない。

 とはいえ、クラス全員でその子のイジメを黙認していたのだから、夏葉も同罪だ。
 爆弾を模した時計が警察から一旦学校に返却された。危険性がないということ、ただのオモチャ・時計だからということだった。
 それは昨年、夏葉が高二だった頃の文化祭で使われた小道具だった。
 蒸し暑い体育館に、保護者三十九人が集められた。元高二のクラス、イジメの加害者側にあたる三十九人の保護者だ。

 私も加害者側なのだ。

 事件の時計が保護者たちの中心に置かれている。円状にパイプ椅子が並べられ、その中心に置かれているのだ。

 学校長と元担任も中心にいる。
 淡々と、イジメの詳細について元担任が説明する。あの、文化祭の時に、爆弾犯に移動しろと言っていた男の先生だ。元担任だったのか。



 学校側にも、クラスのみんなにも責任はない。イジメと言う形で報告書は出ているが、断固として認めない、というものだった。

 保護者席からは拍手が起こる。妙な違和感を覚える。この人たちは正常なのか? と。



 体育館の扉がゆっくり開く。誰かが遅れてやってきた。

「遅れてすみません」

と息を切らせている。



 席は三十九席らしい、元担任が言っていた。各家庭一人出席。三十九席は埋まっている。
この人物は? となるが、誰かが「吉田さん」と声をあげた。



 保護者が顔を見合わせる。席は足りているのだ。私は保護者を数えた。どう見ても、既に三十九人いる。そしてこの遅れてきた人物も保護者のようだ。となると、まさか。



 違和感の正体はこっちか。
 保護者席に虐められていた被害者の母親がいたのだ。
 そして、おもむろに立ち上がり、手に持った何かを時計に向けて押すと、そのまま遅れてきた吉田さんに席をゆずり、体育館を出た。



 その後のことはよく覚えていない。
 爆発音がしたことは覚えている。時計が爆発したのか。あれは本物の爆弾だったのか。耳の奥に響くような衝撃。



 ――そのはずなのに。

 気がつくと、私はサブステージの観客席にいた。娘が踊っている。照明の下で、笑って、跳ねて。スマホの画面には「録画中」の赤いマークが灯っている。



 私はそれを見つめたまま、動けない。

 ――最初からやり直しなのか。

 それとも、最初から、終わっていなかったのか。背後で、カチ、カチ、と、秒針の音だけが大きくなる。

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