愛する人は誰ですか?

翡翠と太陽

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愛する人は誰ですか?

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 「お前を愛することはない。私には一生をかけて愛する存在がいるのだ」

 私の目の前に騎士服を着て立つ男が言った。


 それ、初夜の今に言うこと?

 普通の新婦なら、泣き叫んですぐに出て行く場面よ?
 冷静に考えても、なかなかにヒドいセリフよねぇ。




 でも私は違うのよー!
 良かったーっ!!

 急に気が変わって、欲だけ満たそうとされたらどうしようかと思ったわ。
 目指せ白い結婚!3年後の離縁!!

 変に見つめるから、もしかして何か変なことされるかと思った。間が長いよー!小公爵様。

 「お前のような貧乏伯爵家の女など、私の美しい最愛と比べたら、ふんっ!みすぼらしい女だ」

 そんな面と向かって悪口言う?
 失礼だわー。

 それでも少し残念な顔をした方が良いのかしら?
 でも、初夜を期待してたと思われても困るわね。

 このまま無表情をキープよ。3年後に慰謝料をたっぷり貰うんですから!

 「今からまた城に戻る。散財するな。大人しくしてろ。何かあれば執事のクリスに言え」

 「わかりました小公爵様」


 式のあと、新郎の正装からすぐに着替えていたわね。
 婚姻式のあとの晩餐で、すでに騎士服に着替えていた小公爵様に、参列した人たちが驚いていた。

 私の笑いをこらえた顔が、ショックで泣きそうな顔だと思われたみたいで、同情してもらえたのは良かったわ。


 私は今日、公爵家嫡男のキリアン様と婚姻式を行った。キリアン様が貧乏伯爵家の私と婚姻したのには訳がある。


 やらかしたのだ。


 キリアン様は、公爵家嫡男でガイドナー公爵家を継ぐ者として、学院でもまあまあ優秀で剣の腕もまあまあ優れており、ガイドナー公爵から公爵家を譲り受けるまでは、騎士団に所属し王太子殿下の護衛を兼ねた側近をしている。

 幼い頃から同じ歳の婚約者がいるのに、学院に入学し王太子殿下の側近として勤めるようになってから、様子がおかしくなったそうだ。

 同じ教室にいた王太子殿下の妹、王女殿下と出会ってから、人目もはばからず親密な距離で接していたそうだ。

 その教室には婚約者の公爵令嬢がいたにも関わらず。

 誰もが想像していた通りの結果になった。

 公爵令嬢からは婚約破棄を告げられ、キリアン様有責で多額の慰謝料を支払った。

 公爵令嬢は、隣国に留学という名の婚約者探しに旅立ち、見事その国の第二王子との婚約を結んだ。

 王女殿下は誰しもが知る、我が儘で男好きの自由奔放なお姫様だった。
 ハニートラップをさせたら国一番になるだろう素晴らしい見た目と、庇護欲をそそる言動に長けていた。

 「キリアン、私のそばにいてね?一人じゃ怖いわ、皆が私を見ているんだもの」

 「殿下、私がそばにいれば大丈夫です。殿下に危険な目には合わせません」

 「キリアン嬉しいわ。そんなふうに言ってくれるのはキリアンだけよ」

 「私は親愛なる殿下をこの身に替えてでもお守りすることが喜びです」

 「キリアン、私嬉しい!」

 この茶番劇を吐き気とともに見ていた者と、純愛と思って見ていた者と9対1の割合で分かれ、案外と学院生ともなれば冷静に状況把握ができてくる。

 周囲の嫌悪の眼差しすらポジティブに受けとめる王女殿下を、愛おしい眼差しで見つめるキリアンを、同級生たちのほとんどが汚物を見る目で見ていた。

 そんなキリアンに新たな婚約者が見付かるわけがない。キリアンが望んでいるのは王女殿下なのだ。
 あっちを見ている男に、こっちの娘をやるわけがない。

 ガイドナー公爵は、婚約者のいない令嬢の貴族家に手当たり次第に婚約の申し込みをしたが、ことごとく断られた。
 そして、貧乏伯爵家の私にたどり着いたのである。

 両親は驚いた。公爵家から我が家に婚約の申し込みがあるなんて!すぐに返事を出した。喜んでお受けしますと。

 両親と妹の散財で多額の借金がある我が伯爵家。
 私を売りに出した、かなりの高額で。

 こちらの言い値で購入してもらえた!と喜ぶ家族に、白目で絶望する私。

 でもいいわ!このままいても、この散財家族にいいようにこき使われて、爵位を返上することになるだけなら、白い結婚でも公爵家の財力なら私のやりたいことができるかもしれない。

 私は密かに自分の魔力を使い、傷や病気を回復させる薬草を成長させ病気の治療薬を作っていた。
 この薬草は国の北側にある雪で閉ざされた森の奥に、温泉の涌き出る周囲にしかない薬草である。

 それを私の護衛のノエルと、まさに命懸けで採取し種を保存し育てているのだ。

 私の魔力で成長させ、それを煎じて飲むと病が回復する。

 この薬草を使ってあらゆる実験と、その結果を商売に繋げたい。そのためには資金も必要なのだ。

 公爵家には許可を得てノエルも連れてきた。

 ノエルは腕のたつ護衛なのだが、昔から私のやることにやたらと興味をしめす。

 この薬草を取りに行きたいと話した時も、その時の護衛は俺にしてくださいと譲らなかった。薬草に興味があるのだと言う。

 私も命懸けで取りに行く薬草に、興味がまったくない護衛だと、途中で寒さに負けて私を置いて行かれても困ると思い、ノエルに絶対に着いて来てねと言うと、ノエルは柔らかく笑ってお任せくださいと言った。

 そうして根ごと持ち帰ることが出来た薬草を、私は必死に育てた。
 そして、治療薬になるまで仕上げたのだ。

 そこにこの縁談である。

 私は学院でもトップに近い成績で、私しか後を継ぐものがいないであろう伯爵家の建て直しのため、必死に経営学も学んできた。
 公爵家では規模は違うが勉強になるだろう。

 離縁後、この薬草を使った治療院を経営したい。この3年で経営を学ぶのだ。

 ノエルも私が経営学を学び始めると、前から興味がありました俺も学びたいですと言うため、一緒に勉強を始めた。

 小公爵様はまったく帰って来なかった。

 執事のクリスも侍女長も、メイドたちも私を可愛そうな子を見る目で見ていた。そして、とても優しくしてくれた。

 小公爵様が王女殿下にのめり込み、婚約者を蔑ろにし婚約破棄されたにもかかわらず、またもや同じことを繰り返し、妻となった私までも蔑ろにしている事を許せないでいるのだ。


 「クリス、お願いがあるのだけど」

 「奥様、なんでしょう。奥様の願いはどんなことも承ります」

 「ありがとう、嬉しいわ。私ね、温室の横に小さくて良いから小屋を建てたいの」

 「かしこまりました」


 えっ?そんな簡単に?小屋としか言ってないのに?

 翌日、理想通りの建物が完成した。
 嬉しいけど公爵家怖い。

 私はそこを研究室と呼び、今まで書き留めていただけの構想を、思う存分実験しまくった。
 俺も実験に興味がありますと言うノエルも入れてあげた。興味がある事にダメは言えない。

 私は次々に作り出した商品を、公爵家の侍女やメイドたちに試してもらい、販売できるまでに仕上げた。

 一つは顔用の石鹸だった。そして洗顔のあとに付ける化粧水と、皮膚を保護するクリームの3種類を作った。

 試用した皆からかなりの高評価だった。
 私も自分で何度も試していた。
 そもそも薬草が主体なので、私の肌荒れや日焼けのシミなんかも無くなり、髪の毛にも化粧水を付けてみたりしたところ、バサバサの髪がしっとりとまとまり美しく輝き出した。

 「奥様、最近は美しさに更に磨きがかかってお美しいです。やはり奥様の発明した石鹸や化粧水は素晴らしい効果ですね」

 侍女におだてられ調子にのった私は、最近めっきりお洒落に目覚めた。

 貧乏伯爵家にいる頃は、裏の庭を畑に改造し野菜を育て食費の足しにしていた。
 日焼けや肌荒れを気にするより、明日の空腹が嫌だった。

 この化粧水たちを商業ギルドに持って行き販売を始めると信じられないくらい売れた。
 顔用というのが今まで無かったのも爆発的な売れ行きに繋がった。
 そうして私は開業資金も貯まり、従業員を雇っても支払っていける分も貯蓄出来た。

 その頃から、小公爵様が少しずつ公爵邸に帰って来る日が増えてきた。
 私の顔を見ると一瞬誰だ?という顔をして、クリスにあなたの奥方ですとコソッと言われて驚いていた。


 ギルドでも、小公爵様と王女殿下のことは噂になっているのでたまに聞いてみた。
 私はギルドで身分も名前も変えているので、私が小公爵様の妻だとは誰も知らない。

 「それが、王女殿下がご懐妊らしい。しかもあと三月もすれば生まれるそうだ」

 まあ!小公爵様ったら、何もかもすっ飛ばして御子を先に迎えるなんて!おめでたい話しだから良いけどね。

 公爵邸に戻ると、顔色の悪い小公爵様が食堂で待っていた。

 「マーガレット、話しがある」

 いよいよ離縁かしら?わたしも公爵家のお陰で夢が叶うのだから、サッとサインしてパッと出ていきましょう!

 「ええ小公爵様、皆まで言わなくても理解しております。すぐにサイン致しますので書類をお願いします」

 「なんの事だ? 私は、き、君と、い、一からやり直したいという話しを、したいのだ…」

 ……えっ? ─は? ─なんて?

 これから父親になる人が何を言ってるのかしら?

 「小公爵様?私は王女殿下が小公爵様の御子を授かったと聞きました。公爵家の跡継ぎが生まれるのですから、私はもう必要ないですよね?」

 そうよ、私は治療院を経営したいの。
 もう場所も決めて、治療院兼住宅を建て始めているのだから。
 それに私のことみすぼらしくて嫌いなのよね?

 小公爵様は視線が定まらず、落ち着かない表情をしている。

 「わ…私の子ではない。私たちは、私と王女殿下は、き、清い関係だった」


 えっ?この数分でこんなに驚くことある?

 だからって私とやり直したいって随分だわ。
 それに2年半以上も城に住み続けて、清い関係だって言われても、どう信用しろと…?

 「そうですか。しかし小公爵様、あと2ヶ月もすれば私たちは白い結婚を証明でき離縁できます。最初に契約書に記載してサイン致しましたよね?」

 小公爵様がピクッと体を震えさせる。

 「り、離縁は…、しない。君とやり直したいんだ」


 はぁ?なんでー!?やだやだやだー!

 私は起業するの!今さらあなたを構ってるヒマは1ミリも無いの!ゼロよ、ゼロ!

 「ですが、一生をかけて愛する存在がいるのだ!と仰いましたよね?私をみすぼらしいとも。そんな私が一生そばにいるのは本意ではありませんよね?」

 「ぅぐっ!あ、あの時はそう思い込んでいたんだ。私は間違っていた。そ、それに、今の君は、その、とても、その、、美しい」

 まあ!顔を歪ませながら言うセリフなのかしら?
 でもわかるわ、最近の私は脱皮したように、違うわ、サナギから蝶になったように変身した。
 高級サロンを経営している侯爵家の夫人に、ぜひ広告塔になって欲しいと言われているのだ。他にも同じような依頼が来ている。

 でもまあ、小公爵様が好き勝手してるあいだ私も好き勝手させてもらったし、ここで断固拒否するのも良くないわね。

 「わかりました。今のところ私の離縁したい気持ちは変わりません。しかし、あと残り2ヶ月で私の小公爵様に対する気持ちに変化が出たら離縁は無かったことにしましょう」

 わかりやすく小公爵様の顔が晴れやかに輝いた。

 「わかった、ありがとう。そして、君を蔑ろにしたこと謝らせて欲しい、すまなかった。これからの2ヶ月は君に認めて貰えるよう努力する」

 それから小公爵様は、私のスケジュールに合わせ行動を始めた。

 朝は同じ時間に朝食を摂り、公爵家の仕事も執務室で一緒にした。今まで何もしなかった分と言って、驚くほどの贈り物が私の部屋に詰め込まれた。

 そして、私が研究室でしていることにも興味を示し色々と聞いてきた。

 「君は本当に有能な人だ。公爵家の執務もこなし、自分の研究に商品の販売とは。そのうえ美しい」

 うっとりと私を見つめる小公爵様はすこぶる顔が良い。
 金色のくせのある髪に濃い水色の瞳は大きく少し垂れている。それはそれは甘いお顔だ。そんな小公爵様に見つめられるとうっかり意識が飛びそうになる。

 そして、最近はやたらと距離を詰めてくる。
 私の手を握り、目を見つめ、頬を撫でる。私の手の甲に自分の唇を当て、チラッと私に目線を送る。顔が良い。
 強引なことはしないところが育ちの良さを感じさせる。
 この感じで王女殿下にも愛を囁いていたのかと思うと気持ちが沈んだ。

 そんな2ヶ月を過ごし、また食堂で小公爵様と話しをすることになった。

 「マーガレット、あの契約は破棄しても良いね?私と婚姻を継続してもらいたい」

 この2ヶ月、小公爵様と一緒に過ごして私の心は決まった。

 「小公爵様、私は契約通り白い結婚として離縁を望みます。一緒に執務を行い、小公爵様に引き継ぎも終わりました。頂いた贈り物は何一つ開封せずそのままにしております。公爵家のお陰で私の夢も叶いますので、慰謝料は不要です。一つお願いがあるのですが、温室の横の小屋を解体していただきたいです。それから離縁の書類は王宮と神殿に送っております。私からは以上です」

 小公爵様はぽかんと口を開けていたが、

 「まっ、待ってくれ!待ってくれマーガレット、何故だ?何故ダメなんだ?なんで?俺は君を愛しているんだ!」

 それよー、それなのよー。
 もう何を言われても王女殿下にも同じこと言って触ってたんだろうなーって想像しちゃって気持ちが悪いのよ!ゾワッとしちゃう!
 一生なにか言われるたびにゾワッとしてたら、私の皮膚鳥肌になっちゃうわ!

 それに小公爵様ってなに!?
 しょうこうしゃくさまって長いわよっ、呼びにくいったらないわ!もっと早い段階でキリアンと呼んでくれって、お約束の言葉を言いなさいよ!

 原石の価値もわからないくせに、磨かれてから美しいなんて言って、みすぼらしいって言ったこと忘れないんだから!

 自分で原石って言っちゃった、てへ。


 「それでは小公爵様、今まで大変御世話になりました。荷物はすでに運び出しておりますので、私はこのままここで失礼致します」

 「マーガレット、頼む!待って、考え直してくれ!もう少し時間をくれないか、愛してるんだ!俺は君の望みは何でも叶えることが出来るよ?君が好きなんだ!こんな気持ちは初めてなんだ、美しいうえに尊敬出来る女性なんて!愛しているよマーガレット、お願いだ」

 私は鳥肌砲を何度もくらい白目になるのをこらえ、

 「私の望みを何でも叶えてくださるのなら離縁してください!」と言い、後ろでまだ何か言ってる小公爵様の言葉を聞かないようにスタスタと公爵邸をあとにした。私の後ろにはノエルが付いて来ている。

 「さあ!私の治療院開業に向けて、今日から本格的に詰めていくわよー!楽しみー!」

 私は資金の一部から作った自分用の馬車に乗り込んだ。

 私の治療院の名前を横に書き入れて、商品も壊れることなく運べるガタガタしない馬車を宣伝も兼ねて走らせた。

 「そういえばノエル、私はただの平民になったし、子爵家のあなたを護衛にするのはおかしいわ。これを機に子爵家に戻っても良いし、ほかに行きたいところがあれば紹介状を書くわよ?」

 ノエルは、えっ?という顔をして、

 「お嬢様の治療院に興味があるので、このまま用心棒として雇っていただけませんか?給金は要りません」

 せっかく剣の腕もたつのに、私の治療院の用心棒ではもったいないわ。でも私一人のときに強盗が来たらすぐ終了だわ。

 「行きたいところが無いのなら、用心棒をお願いしようかしら。でもお給金はきちんと払うわ。重たい商品も運ばないとならないし、あなたにいてもらったら助かるわ」

 「わかりました、ありがとうございます。重たい商品を運ぶことにも興味があります。これからもよろしくお願いします」

 重たい商品を運ぶことまで興味があるの?良くわからないけど、何でも興味があるって良いことだわ。


 私の建てた治療院は、住居と治療院を兼ねている。
 1階が治療院と研究室、工房があり、2階が私の住居になっている。かなり広いので、従業員用の部屋も3部屋あるのだ。

 ノエルには治療院の近くに一人で住んでも良いと言ったのに、うちの従業員部屋に住みたいときかなかった。
 用心棒なのでお嬢様の近くにいないと意味が無いと言い、そういえばそうかと従業員用の一番広い部屋を使って貰うことにした。

 公爵家でしていた執務も無くなり、すべての時間を薬草研究に当てられる。

 私は治療薬や化粧水を作り、商品開発と研究に没頭した。
 気が付いたら何かを食べ、気が付いたら湯浴みをしており、気が付いたらベッドに横になっていた。
 そして、そのまま考える間もなく眠りについた。たまに誰かに抱えられて寝ているような夢をみた。心地よかった。

 研究に没頭する日々を送り、朝食を食べている時にふと我に返った。

 あら、目の前にいるのは誰?ノエル?

 「ねえ、あなたはノエルなの?」

 目の前のノエルらしき人がクスクス笑った。

 「お嬢様、やっと戻って来ましたね。私は間違いなくノエルですよ」

 ノエルを名乗ったその人は、圧倒的な美人だった。紺色の髪と同じ色の瞳は切れ長で、シャツの袖を捲った腕は細いのに筋肉質だった。

 私の知ってるノエルは前髪がボサッと長く、いつも顔が隠れていた。そういえば顔をハッキリ見たことあったかしら?

 今は髪をかきあげて、シャツの上のボタンを外し、なんだか色気を醸し出している。

 え?私、湯浴みをしたり着替えたり、全部ノエルらしき人にやらせてたの?嘘でしょ?

 たぶんノエルだと思うその人がまたクスクス笑って、

 「お嬢様、大丈夫ですよ。全部は見てません」

 見てるやつ!それは見てるやつ!

 私の集中力怖い…。やっぱりノエルに用心棒でいてもらって良かった。いやいや良くない!全部見られてる!

 「お嬢様、俺はお嬢様のお世話にも興味があったので楽しいです」

 そ、そうなのね、でもこの感じは間違いなくノエルだわ。ノエルが楽しいのなら、よ、良かったわ。
 興味があることはどんどんやらせないと子供は伸びないと言うし…ノエルは立派な大人だったわね……まあいいか。

 それから私の治療院は繁盛しまくった。

 他国からも噂を聞き付けて来たと言う人は、顔にガラスの欠片で多数の傷が出来てしまったそうだ。
 石鹸と化粧水、保護クリームで細かい傷もすべて治るでしょうと言うと3ヶ月分購入していった。
 若いのにとても美しく品の良いお二人、ご夫婦かしら?

 ドサッと大金を躊躇無く払っていったとノエルが言っていた。
 他国に上客が出来たわと内心ニヤリとした。

 薬草で作った治療薬も化粧水たちも、生産が追い付かない程売れた。

 私だけでは手が足りず、従業員も雇い入れた。
 2階の従業員部屋に住んでもらい通勤時間無し、3食付き、週2回休みにすると、みんな張り切って仕事をしてくれた。
 売り上げの多い日にはご馳走にしてスイーツも好きなだけ皆で食べた。お給金も上乗せした。

 そんなある日、工房の隣の温室で薬草のお世話をしていると、

 「マーガレット所長、お客様です」と、誰かが訪ねて来たと従業員が教えてくれた。
 さっきまでどこにいたのかわからなかったノエルがすぐ後ろにいた。

 商談に使う小さな応接室に行くと、そこに小公爵様がいた。

 「マーガレット!元気だったか?君に会いたくて来てしまった。急に来たことを許して欲しい、会いたかったんだ。ずっと。
凄いね、さすがマーガレットだ。商売も上手く行っているようだね」

 「小公爵様もご機嫌麗しく。私のような平民のところへ本日は何用で?」

 私の顔をうっとりと見ている小公爵様に素っ気なく言葉を放つ。

 なに?どうしたの?忙しいのに。
 来るならせめて連絡してよ!会わないけど。

「これは君に。そして、これも受け取って欲しい」
 バラを品良くブーケにしている。なぜにバラ?私の名前知らないの?

 もう一つは、小さな小箱を取り出し蓋を開けると大きな宝石の付いた指輪だった。

 「小公爵様、受け取れません。受け取る理由がありません。公爵家が平民に指輪を贈るなんて、小公爵様の醜聞に繋がります」

 「私はまだ君を愛している。君に帰ってきて欲しいんだ公爵家に。公爵家の使用人たちも皆、マーガレットに帰ってきて欲しいと思っているよ」

 公爵家のみんなは元気そうね、良かった。でもこの人は本当に……。

 「小公爵様、私たちは離縁しました。私が公爵家に戻ることは有り得ません。私はもうこのように毎日忙しくも楽しい日々を送っております。この日々を大切にしたいのです」

 小公爵様は悲しい顔をしたが、

 「マーガレット、そんな寂しいことを言わないで。私ならこの治療院をもっと大きくできるし、2店舗でも3店舗でも増やしてあげられるよ。君のために何でもしてあげたいんだ。お願いだ、私のそばにいて欲しい。愛しているんだ」

 期間をおいてもまだゾワッとする。これは無理だわー。それに私のして欲しいことはそれじゃないのよ。

 また来られたら困るわ。はっきり言おう、と思った時、

 「お嬢様はあなた様に興味がありません。離縁したあなたに興味が無いということは、嫌いな人よりも存在感がないという事です」

 ノエルが私の後ろから、小公爵様に言い放った。すこぶる無表情だ。

 「待ってノエル、それはそうなんだけど、それは私が伝えるわ」

 「それはそう、って。マーガレットは、私に微塵も興味が無いんだね。つらいよ」

 小公爵様は泣きそうになっている。
 でもここで中途半端に優しくしたって良いことは何もない。

 「婚姻式の日、小公爵様は私を愛することは無いと仰いました。一生をかけて愛する存在がいると。その言葉がすべてです。その言葉の通り2年半以上も王女殿下のもとにいましたよね?それだけの期間があれば覚悟が決まるものです。私はあなたに愛してもらおうとは思わない、と。そして、」

 小公爵様はつらそうに私の話しを聞いている。

 「…そして私は、小公爵様が私に対する好意を囁くたび、悪寒がするのです!同じ言葉をあの王女殿下にも囁いて触れていたのかと思うと、ゾワゾワと寒気がします!それを一生そばで言われるなんて耐えられませんっ!」

 「なっ!なんでそんな……!愛を伝えるたびに、なんで…寒気がするって、そんな……」

 ガックリと肩を落とし小公爵様は帰って行った。もう来ないだろう。

 それからまた商業ギルドに行ったときに噂を聞いた。
 王女殿下の生んだ子供は、誰の子か未だに判明していないらしい。
 王女殿下は子供と離され、今は王家の恥として幽閉され、おそらく一生公の場には出ないだろうと皆が言っていた。
 そっかーとしか思わなかった。

 そして小公爵様は、公爵家を受け継ぎ、当主として公爵家主催のパーティーで挨拶したが、その横には誰もいなかったそうだ。

 前公爵様に、貧乏伯爵に頭を下げて貰ってきてやった嫁を蔑ろにしやがってと殴られ、お前に一切の援助はしないと言われたそうだ。
 国内で小公爵様と結婚したい者はいないだろう。

 私はまさに順調を絵に描いたようだった。治療院の2階は従業員に明け渡し、私は治療院の裏に自宅を建てた。
 所長と従業員が生活まで一緒では、従業員が休まらないだろう。

 ノエルは私の自宅に住むことになった。

 「俺はお嬢様の用心棒なので、お嬢様のおそばにいないと意味がないです。それに引き続きお嬢様のお世話に興味があるので」

 最近気が付いてきたけど、ノエルって私の興味があることに興味を持つのよね、いつから?伯爵家にいる頃から?

 「ねえノエル、あなた……」

 ノエルはクスクス笑っている。

 「お嬢様、俺が今までずっと、一番興味があるのは、鈍いお嬢様をどうやって口説き落とすかです」

 ……んっ!? ─へっ?えっ?なんて?

 口説き落とす?口説き落とすって言った?それは?それは口説き落とすってこと?え?

 えーーーっ??

 ニコニコとゆっくり近付いて来たノエルは、最高に顔が良い。
 脳内でパニックになっている私を見て、ノエルはずっとクスクス笑っている。

 「お嬢様、俺はお嬢様の興味があることはとことんやるという考えが『大好き』です」

 待って、なに?大好きを強調したわ。
 えっ?なに?大好き?大好きって言った?それは大好きってこと?え?

 あっははは!とノエルは大笑いしている。

 えっ?なに?私の脳内っておでこにでも表示されてるの!?いつから?え?

 「お嬢様、俺はお嬢様が大好きです。いつも一生懸命で、集中し出すと周りが見えなくなるところも、興味がある事をとことん調べて、嬉しそうにしているところも。
 もちろん鈍いお嬢様も好きです。どうやって口説こうか俺を悩ませてくれるので」

 は、はっきり言ったわね?
 今言ったわよね?

 誰かー!ねえ、誰かいないの!?今ノエルが私を大好きって言ったわ。今、間違いなく言ったよねーって、誰かと確認したい。

 「お嬢様は昔から本当に可愛いです。少し触れますよ?」

 ノエルはマーガレットの前まで行き、マーガレットの柔らかい薄い桃色の髪に触れ、少しすくい上げるとその髪に自分の唇を付けた。
 
 近づくノエルの顔がとても良い。
 「ぅっ!ノエル?」

 自分でも顔が熱くなっているのがわかる。きっと真っ赤になっているわ。なんでこんなに恥ずかしいの?

 「お嬢様、可愛いですね」

 ノエルは優しい瞳でマーガレットを見つめながら、髪を持っていた指でマーガレットの頬を撫でた。ゆっくり優しく。

 (10年我慢したし、もう少しいこう)

 ノエルは今度は両手でマーガレットの頬を包み親指で頬を撫でた。顔を真っ赤にしていて、本当の意味で食べたいくらい可愛い。
 嫌がる様子もなくされるがままで、少しうっとりしている。

 (まだいけるな)

 ノエルは両手で頬を包んだまま、自分の唇をマーガレットのおでこに当てた。

 マーガレットはピクッと反応したが、顔を見るとさらにポーッとしている。

 (ん?これはいけるのか?)

 ノエルはマーガレットの手を引いて、ソファーに誘導した。
 されるがままで可愛い。

 ソファーに座った自分の上にマーガレットを横抱きで抱えて座らせた。

 「ノエル、私なんだかポーッとするわ。でも、いっ、嫌じゃないわ」

 (なっ…!これはお嬢様が悪い、俺を煽ったから)

 ノエルはギュッとマーガレットを引き寄せ、マーガレットの頬に口づけした。
 反対の頬にも。唇の横にも。反対側の唇の横にも。そして、そのままマーガレットの可愛い赤い唇に自分の唇を付けた。

 ゆっくり唇を離すと、マーガレットは恥ずかしそうにスッと目線を下げたが、拒絶はしていない。

 (嫌がってはないな、まだいける)

 角度を変え、唇を重ね舌でマーガレットの唇をペロッと舐めた。
 マーガレットの後頭部を手でクッと押し、半開きになったマーガレットの口に自分の舌を滑り込ませた。マーガレットはピクッとまた反応したが、ノエルの胸に当てた手を押すことはない。

 (これはいける)

 お嬢様を横抱きで抱えた状態のままベッドに運んだ。

 途中、恥ずかしがりイヤと言うお嬢様に、「興味があるから調べさせて?」というと、「……興味が、あるなら…」と言い許してくれた。
 それを繰り返し俺は一晩中お嬢様を堪能した。

 翌朝、寝ているお嬢様を綺麗にし、昼頃にやっと起きたお嬢様に食事をとらせた。

 お嬢様は俺の顔も気に入ってくれたようだ。

 俺のこの顔にすり寄ってくる女はたくさんいたが、初めてお嬢様に会った時、俺の顔にまったく興味が無さそうだった。それが逆にお嬢様に好感を抱くきっかけとなった。

 食べ終わり食器を片付けている俺をポーッと見ている。

 ああ可愛いな。
 またこの唇に吸い付きたい。

 「お嬢様、そんなに見つめられるとお嬢様を抱えてまたベッドに戻らないとなりません」

 顔の良さを自覚しているノエルは、妖艶な微笑みでマーガレットを見つめた。
 案の定、ノエルの思惑通りマーガレットは膝から崩れ落ち、わかっていたようにノエルに抱えられまたベッドに運ばれた。

 その後もまたノエルに好き勝手にされたマーガレットだったが、やっぱり嫌ではなかった。

 むしろ、ノエルの体の一部分にとても興味が湧き、色々と調べたがるマーガレットにノエルは愛しさが込み上げた。
 好きにさせていると、わぁー!?キャー!とノエルの反応を楽しんでいる。

 マーガレットが楽しんだお礼は一晩かけて何回も返してもらった。


 ずっと興味があると言う言葉で見守られていた。それを自覚した私がノエルを拒める訳がない。

 拒むというか、嫌ではないし、むしろ自覚し出すとどんどんノエルを意識してしまう。

 「ねえノエル、敬語は無しにして私のことは名前で呼んで欲しいわ」

「嬉しいよ。マーガレット、結婚して?」



 その後、ノエルとの子供を4人授かり、生涯興味が湧いた研究を続ける事ができた。



愛する人は──すぐそばにいた。





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