異世界召喚?そんなこと望んでません!元の世界に帰してください!

翡翠と太陽

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89.私の日常

 「みーちゃん、起きなくていいの?」

 はっ!ヤバ…、今日症例発表の日だ!

 「お母さん、ありがと!ヤバい早く支度しないと…!」


 いつも通り顔を洗って、日焼け止め塗って眉毛描いて……

 朝ごはん食べれるかなー?お腹すいた~

 「みーちゃん食べる時間あるの?おにぎり作ったけど」

 「嬉しい、ありがとう!一個食べてあとは持ってく」

 始発に間に合わなかったら終わりだ…!

 「じゃあ行って来まーす!お母さん今日の晩ごはん何?」

 「今日は土曜日だからカレーだよ、気を付けてね!行ってらっしゃい!」

 スマホの目覚まし、土日は外してるの忘れてた~、もう!急げー!

 玄関を開けると新聞配達の女の子がスマホを見ながら走っていた。
 地図アプリ見ながらかー、大変だね…って、スマホ忘れた!

 「お母さーん!スマホスマホ、洗面台のとこ!」

 「はいはい、ほら!気を付けてね!」

 なんとか始発の電車にも間に合い座席に座るとすぐに発車した。

 土曜日の始発だから車内の人はまばらだけど、走ってきてゼーゼーしてるのは見られたくない。うつむいて流れる汗をタオルハンカチで拭く。
 上着持ってこなくて良かった~

 この体重で走ったりするのが無理だから、日頃は時間に余裕を持って行動しているのに、イレギュラーなことがあるとダメだなー。

 土日休みの職場で、初めての土曜日出勤だからきちんと準備して寝たのに、まさかスマホのアラームをセットし忘れるとは…… お母さんに言っておいてよかった…。


 「おはよう岡本さん、こっちこっち!」

 営業課長が手招きしている方に行くと、私の今日の役割を説明してくれる。

 「今日はごめんね、休みなのに。その代わり月曜日に代休もらえるから!」

 「そうなんですね。あ!でも課長、私、明日と明後日、治験の患者さんのところへ行かないとならなくて」

 「え?明日、日曜日だよ?まぁ代休は来週中に取ってくれたらいいよ」

 患者さんの一人が急ぎの書類を出し忘れていて、私の都合で日曜日じゃないと行けないため、明日私が取りに行くことになっている。一人暮らしのお婆ちゃんだから、様子見も兼ねて行くことにした。

 「それじゃあ、あと40分もしたら始まるから、人が来たら受け付けをして、この資料一式をお渡ししてくれる?
 遅れて来るドクターとかもいるから、その時は大ホールまでご案内よろしくね。
 あと、うちの営業でも一人受け付け担当を用意してるから安心して、もう来ると思うけど… あー来た来た!山川!お前、岡本さんより遅いってどうなってるんだ?」

 「すいません、おはようございます、課長、早すぎますよ、まだ時間ありますよ?」

 同じ会社でも初めて見る人だった。すごく背が高い、世間一般でいうイケメンなのだろう。

 「山川、こちらが今日手伝ってくれる岡本さんだ。無理言って頼んでるんだから頼むぞ」

 山川さんというその人が、私を見て少し目を見開く。はいはい、わかってますよ、この体型ですよね?すみません、今日一日は我慢してください。

 「初めまして、山川です、今日はよろしくお願いします」

 「こちらこそ、岡本です、よろしくお願いします」


 それから入場者が次から次へと来て、受け付けして資料を渡すだけではなく、どこどこの先生は来てる?とか聞かれたり、課長を呼んでくれとか、聞いていないこともあったがすべて山川さんがさらりと解決してくれた。

 やっと講演が開始となり人並みが途切れた。

 山川さんがどこかからお茶のペットボトルを持ってきてくれて、どうぞと私にくれた。お金を…と言ったら、会場で配られているお茶だから大丈夫と言って笑い、そのまま受け付けの椅子に座った。

 正直、今朝電車に間に合わないかもとダッシュしたのと、ここでも立ちっぱなしだったので、座れるのはありがたかった。

 山川さんと静かなホールの受け付けに座ってお茶を飲む。何時だろうとスマホを開くと、

 「あれ?そのマカロン、あの有名なパティシエのやつ?あ、ごめん見えちゃって」

 私のスマホの待ち受け画面は、私の大好きな超有名店のマカロンが綺麗に並べられた画像だ。

 初給料で買って、家に帰ってから写真を撮って、お父さんとモリモリ食べた。ちなみにお母さんには高級ハンドクリームにした。お母さんは甘いものが苦手だから、実用的なものにして、裕太にはチョコレート、私も一粒もらうつもりで。

 「あ、そうです!有名ですよねここのマカロン!私大好きで、初任給で買ったんです。それで待ち受けにしてて」

 「初任給?岡本さんていくつなの?確かこのマカロン発売されたの2年前だよね?」

 「私は今23です、2年目です」

 「だからか…いや、俺甘いものが好きで、まあまあ詳しいよ?」

 こんな長身イケメンが甘いもの好きってイメージできないけど、恋愛未経験の私が何か言えることはない。
 でもスイーツのことなら負ける気がしない。こっそりやってるインスタでも結構フォローしてくれてる人がいるから。

 それから山川さんとスイーツの情報交換をしたが、お互いの知らないお店が結構あった。私は地図アプリの位置情報と共に、そのお店の情報を保存した。

 「俺も詳しいと思ってたけど、岡本さんスゴイね、今度また美味しいスイーツ見つけたら教えて?俺の連絡先教えておくよ」

 山川さんと連絡先を交換した。
 私は人生初の男子との連絡先交換に内心バクバクしていた。山川さんは何でもないことのようにしてたから、慣れてるんだろうな。

 「俺ね、山川ハルト、27歳、ハルトはね、遥か彼方の遥に羊に羽って書いて遥翔」

 名前…スマホに登録するのに名前が必要なのかな?私の名前…

 「私は…岡本美麗です、…美術の美に難しい方の麗です」

 「みれい……難しい方って、麗しいってこと?」

 「…そうです」

 「麗しいって言った方がわかりやすいのに、クスクス」

 なんで山川さんが笑ってるのかわからなかったけど、悪意は無いだろうから私もハハッと笑ってごまかした。

 中学校から大学までこんなに男子と喋ったことなかったけど、スイーツが間に入ればこんなに自然に話せることに驚いた。

 その日は無事に講演も終わり、後片付けは営業さんたちがするから帰って良いと言われた。

 「岡本さん、お疲れさま。じゃあ美味しいの見付けたら連絡して?俺もするから!」 

 「はい、わかりました。それじゃあお先に失礼します」

 山川さんは爽やかな笑顔でそう言ってはくれたけど、社交辞令なんだろうなーと思いながら、教えてもらったこの街の有名店で早速お父さんにお土産を買って帰った。

 「おかえり~美麗、今日は仕事だったんだな?お父さん寝てたから気がつかなかったよ~」
 
 「うん、朝早かったし。それよりお父さん!今日は和菓子だよ!有名店の塩豆大福!何個食べるー?私はね、今日は…うーん1個でいいかな…?」

 「えっ!?1個?美麗、大丈夫か?今日は疲れたのか?いつもならまずは3個くらい食べるのに…体調悪いのか?」

 ……そうだね、まず3個くらいはマストなのに、私どうしたんだろ…?

 「お父さん、やっぱり一緒に3個ずつ食べよう!」

 私の日常はとにかく食べる。
 3食きっちり食べて、仕事帰りにスイーツを買って帰って、夕食後にお父さんと食べるのだ

 そして家ではダラダラと過ごす。
 この生活を中学生から続け、お世辞にもスマートとは決して言えない体型になっている。弟の裕太にはデブ!と言われ、近寄るなとも言われる。悲しい…。

 そのせいか、私は恋愛に関しても何の経験も無い。告白することもされることも無ければ、もちろんその先のことも皆無だ。

 山川さんもきっと、あの場に二人きりで気まずいから話題を振ってくれたのだと思う。

 私はそれっきり、山川さんのことは頭の中から追い出し、いつもの日常に戻った。

 

 
 
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