婚約解消(予定)をするはずだった婚約者からの溺愛がエグいです

なかな悠桃

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庭園での提案を境に、有言実行とばかりに、キリウからほぼ毎日のようにメッセージ付きの花束が届くようになった。
メッセージには、以前の記憶喪失前では考えられないほど甘く、目を通すたび、ベルーラは悶絶する日々を送っていた。

そして、今までになかったことが、もう一つ。

互いの都合をすり合わせ、週に二、三度ほど、キリウがモーリス邸を訪れるのが習慣になっていた。お茶を楽しみ、他愛もない話をしたあと、最後に帰り際でハグを交わす。キリウに抱き締められるたびに、べルーラの全身はゆでダコのように真っ赤になり、恥ずかしさと、心臓、脳が爆発しそうな感覚を何度も味わっていた。

ただ最近は、騎士としての鍛錬を少しずつ再開し、仕事にも関わる時間が増えたことで、花束は相変わらずだが、会う回数は少しずつ減ってはきていた。

(正直、緊張疲れから解放されるのは嬉しいんだけどね)

ベルーラは読みかけの本を本棚から取り出した。椅子に腰かけ栞を挟んでいたページを開こうとした刹那、扉のノック音が聞こえた。

ベルーラが入室を許すと、ノアがを抱え、室内に入って来た。

「お嬢様、先ほどスクヴェル侯爵家の従者より、キリウ様がベルーラお嬢様をお連れになりたいところがあるとのことで、明朝お迎えに上がると伺いました。明日が楽しみですね」

今日も、いつもと同じ時間に届けられた花束をノアは、嬉しそうに花瓶に移しながらべルーラに伝えた。

「はあっ!?ッ!」

予想外の言葉を告げられたべルーラは、勢いよく立ち上がった拍子に、手にしていた本を足元に落としてしまった。

正直に言えば、嬉しいに決まっている。幼い頃から恋い焦がれ、決して手の届かなかった婚約者から、突如として盲目的な愛を注がれれば、心が揺さぶられるのも当然だ。けれども、その思いを素直に受け入れることはどうしてもできなかった。

記憶を失ったキリウが、いつ、どんな時に戻るのかは本人にさえわからない。だからこそ、今のキリウとは一線を引かねばならない。ベルーラは首を横に振り、自らを戒めた。



※※※
最近まで朝日の眩しさで目が覚めていたべルーラだったが、今朝は生憎の曇り空。
まだ雨雲こそかかってはいないが、薄灰色の空模様は、まるで彼女の心を象徴するかのようだった。

気の進まないまま、侍女たちにせっせと支度を整えられていくベルーラは、無意識に大きな溜息を漏らした。その鬱々とした気配が伝わったのか、ノア以外の侍女たちは不思議そうな表情を浮かべていた。

「お嬢様、キリウ様がご到着なさいました。ご準備が整い次第、エントランスへお越しくださいませ」

「わかったわ」

ノックの音に続き、廊下から執事長の声が響いた。ベルーラは軽く返事を返し、支度が終わると重い足取りで部屋を後にした。


「キリウ様、おはようございます。本日のお誘い、大変嬉しく楽しみにしておりました」

エントランスで待つキリウにベルーラは、両端のスカートの裾を軽く摘まみ、挨拶をした。

今日もいつも通り、キリウの機嫌は良く、ベルーラに優しい眼差しを向ける。

「おはよう、ベル。朝早くにすまなかったね。今日はどうしても連れて行きたいところがあったんだ」

「さ様でございますか。それは、楽しみです」

相変わらず眩しいほどに輝くキリウの姿に、ベルーラの鼓動は一気に早まり、頬が熱を帯びていくのを感じた。そんな彼女の様子を見つめながら、キリウは静かに歩み寄り、穏やかな眼差しでベルーラを見下ろす。
居たたまれなくなったベルーラが視線をそらすと、キリウはわずかに目を細め、柔らかく微笑んだ。

「キミは相変わらず可愛くて、目の前にいると心が追いつかないな。いつも通り着飾ったキミも素敵だけど、今日みたいなラフな格好も、本当に愛らしいな・・・思わず見惚れてしまったよ」

「!?」

褒められ慣れていないベルーラは、キリウの言葉に頬が先ほど以上に赤くなり、心臓は口から飛び出してしまいそうなほど大きく高鳴った。

そんなキリウも、普段とは違う軽装スタイルに身を包んでおり、その姿は見事で、出迎えた侍女たちのテンションが上がっている様子がひしひしと伝わってくるほどだった。

「いつにも増して、こんな可愛いべルーラの姿を他の男に見られたくないな」

べルーラの頬に手を当て、恍惚とした表情を浮かべるキリウとは対照的に、ベルーラは思考が追いつかず、放心状態で呆然と立ち尽くしていた。

「そ、そろそろ、お二人とも馬車の方へ向かいましょう」

その様子に気づいたノアは、慌てるように素早く動き出すと二人を外へと連れ出した。

ベルーラは放心状態のまま、ノアに連れられてキリウと共に、彼が乗ってきた馬車へと向かった。今回、二人だけで出かけたい、とキリウからの申し出により、ノアを含め、互いの従者たちも同行しないことになっていた。

不安そうな表情のベルーラを見送るノアは、先日とは違い、心の底から心配そうに彼女を見つめていた。

「お気をつけて」

「ええ・・・いってきます」

馬車の窓からノアを一瞥し、力なく手を振り微笑むベルーラに更なる不安を抱きながら、無情にも馬車は邸の外へとゆっくり動き出した。
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