婚約解消(予定)をするはずだった婚約者からの溺愛がエグいです

なかな悠桃

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到着したときは曇っていた空も、今は時折陽が差すほどに回復していた。

その後も、ベルーラたちは、これまで経験したことのない一時を楽しんだ。甘い香りや色とりどりのスイーツに心を躍らせたり、立ち寄った園芸店で色鮮やかな花や珍しい花の種を購入したり・・・。気づけば時間が経つのも忘れるほど、穏やかで温かな時間を過ごしていた。

「少し休憩でもしようか」

一通り見終えて、少し疲れを感じ始めた頃、キリウの提案で二人は近くのサロン・ド・テに立ち寄った。そこは、今回の催しに合わせて期間限定で設けられた特別な店舗になっていた。他国で人気のスイーツや飲み物が取り揃えられ、店内は多くの来客で賑わいを見せていた。

「いらっしゃいませ、二名様ですね。こちらの席へご案内致します」

入店した二人は、給仕に奥まった場所にある、個室へと案内された。そこは、いわゆる“カップル専用席”らしく、ちょうど空いたばかりの席に運よく通されたようだった。

賑やかな店内とは違い、個室は落ち着いた雰囲気に包まれていた。仄かに薔薇の香りが漂い、どこか大人びた空気が流れている。イベント用に特設された店舗だけあって、狭い個室にはテーブルと二人掛けのソファがぎゅうぎゅうに置かれており、座ると二人の体が自然に近づくような配置になっていた。

(まさか、こんなお店とは・・・)

数時間前の馬車を思い出させるような、狭いソファ・・・。再びあの密着空間を味わうなんて、もう心臓がもたない・・・ベルーラはそう思い、脳内で頭を抱える。そんな戸惑うベルーラをよそに、キリウは何のためらいもなくソファに腰を下ろした。

「ベル?座らないのか?」

この空間に何食わぬ顔のキリウにベルーラは唖然とするも、腹を括り隣に座った。ちょうどその時、給仕がメニュー表を手に個室へとやってきた。

「こちらの席は、通常メニューとは別にカップル限定スイーツメニューがございまして――――」

早口で説明する給仕に圧倒されたキリウは、少し困惑した表情でベルーラに視線を向けた。

「どうする?さっき説明されたものにするか、それともベルは他に食べたいものとかある?正直、俺はこういうのには疎いから、ベルの好きなものを選んでくれて構わないんだが」

「そうですね・・・」

ベルーラはキリウから手渡されたメニュー表を眺めるとそこには美味しそうな絵柄のスイーツやドリンクが描かれていた。

その中で、一際目を引いたのは、ホイップクリームやフルーツがたっぷり盛られたパンケーキの絵柄と、【カップル限定アフタヌーンティーセット】と記された三段のケーキスタンドだった。ベルーラは思わずどちらにも目を奪われてしまう。

(このパンケーキの上に乗ってるのって、確か異国にしかないフルーツよね?食べてみたいなぁ・・・)

ベルーラは、眉間に皺を寄せてメニュー表を睨みつける。

(でも、このカップル限定セットも美味しそう・・・。でも、量と金額を考えるとなぁ・・・)

二つの商品を見比べながら悩んでいると、キリウはベルーラからメニュー表をひょいと取り上げた。

「キリウ様?」

ベルーラが驚いた表情を浮かべていると、キリウは給仕に向かって二つのメニューを指で示し、そのまま注文してしまった。

「え!?いや流石に二つは・・・」

「食べられなかったら持ち帰ればいい。それに、いつでも食べられるものではないんだろ?それなら、後悔のないようにどちらも注文すれば、問題ない」

「では、ただいまご用意致しますので、少々お待ちくださいませ」

注文を受けた給仕は、個室から退出すると狭い空間に二人っきりになってしまった。そんな気まずい中、口火を切ったのはキリウだった。

「ベルとこうやって二人で出かけられたのは、俺にとって、とても新鮮だった。ベル、付き合ってくれてありがとう」

キリウから柔らかな表情を向けられたベルーラは、つられるように微笑んだ。

「私もとても楽しかったです。こんな素敵な場所に誘っていただき、本当にありがとうございました」

ベルーラは、心の底から充実した日を過ごせたことへの感謝を伝えた。そんなベルーラの嬉しそうな表情を目にした途端、キリウは目を細め、無言のまま彼女を抱きしめた。

「キ!?キリ、「今日はまだハグをしていなかったのを思い出したんだ」

ベルーラの言葉を遮るようにキリウは言葉を重ね、更に強く抱きしめた。彼から伝わる体温と小さく安定のある心音が心地よく耳から脳へと染み渡る。

「ベル・・・」

耳元で掠れ気味に色香が滲む声色に、ベルーラの心臓は跳ね上がり、身体を硬直させた。両頬に熱が一気に上がるのが感じ、恥ずかしさからキリウの胸元に顔を隠した。そんなベルーラに知ってか知らずか、キリウは少し身体を離すと彼女の顔を上げさせ徐々に自身の顔を近づけ、互いの息がかかる寸前――

「失礼いたします。ご注文の品をお持ち致しました」

先ほどの給仕がオーダーの品を持ってやって来た。給仕の姿を見るや否や、ベルーラはキリウから勢いよく離れ、恥ずかしさから顔を俯けた。

「ああ」

給仕は、キリウのあからさまな不機嫌な返事を気にすることなく、テーブルに商品を置くと一礼し、ホールへと戻っていった。

目の前に甘い香りを放ち、ベルーラの鼻腔を刺激した。そんなスイーツたちを見ながら無意識にベルーラの顔が綻んでいた。その姿に隣に座るキリウも対象物の違いはあれど、目を細め嬉しそうな表情を浮かべていた。

「おいひぃーーーー♡♡キリウ様も食べてみてください!このフルーツ、甘酸っぱくてジューシーです」

口いっぱいにフルーツを頬張りながら、ベルーラは溢れんばかりの笑顔で味わっていた。生クリームとほろ苦いカカオソースをかけたパンケーキを口へ運ぶと、ふわりと広がる甘さに、ベルーラはさらに幸せそうな笑みをこぼした。

「俺も食べたい」

「・・・?」

隣に座るキリウがぽつりと何か呟いた。
その言葉に、ベルーラはそっと皿をキリウの方へずらしてあげた。しかし、キリウはその皿を取らず、静かに口を開ける。その動作に全く気が付かないベルーラに、キリウは小さくため息を落とした。

「・・・はあ、まあこれでいいや」

ベルーラの口元についた欠片を舌で舐め取ると、彼はいたずらっぽく唇を寄せ、軽くキスを落とした。あまりに唐突なその行為に、ベルーラは思考を奪われ、ただ呆然と固まっていた。

「うん、美味しい・・・でも、まだ足りないな」

「キリウさ、ま・・・待っ、んんッ」

キリウは、ベルーラが抵抗しないのをいいことに、唇を啄むように角度を変えながら何度も重ねた。

「ベル、俺の膝の上に乗って」

「ふえっ?」

まるで酔っているかのような表情を浮かべたベルーラを膝の上に抱き上げ、キリウはそっと唇を重ねた。キリウの濡れた熱い舌先が、ベルーラの唇をなぞり、こじ開けるように捩じ込んだ。

「んッ、んん」

普段なら抗うはずのベルーラも、キリウの熱に触れるたび、その力を奪われていく。初めてする大人のキスに翻弄され、ベルーラはキリウの肩口あたりの服をぎゅっと掴んだ。そんな仕草にも愛おしく感じ、キリウはベルーラの背中と後頭部に手を回すと更に深く、熱を流し込む。

余韻を残すように、キリウがゆっくり唇を離すと、ツーー・・・、と銀糸が二人の間に細く引かれ、距離が生まれた瞬間、ふっと切れた。

キリウは、涙で潤んだ瞳に、蕩けた表情を浮かべたベルーラと視線を交わす。
口をわずかに開け、荒い呼吸を漏らすその姿に、キリウの情欲をかき立てた。

「・・・ベル、それはズルい」

無自覚のベルーラに見つめられたキリウは、何かを耐えるようにギュッと目を閉じ、歯を食いしばる。
そんなキリウの状態に、ベルーラは気づくはずもなく、ぐったりとキリウに項垂れた。

スイーツの甘い香りと薔薇の香り、そしてキリウの色香に酔いしれ、ベルーラは身も心も溶けていた。
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