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まるで以前のキリウが戻ったかのような、馬車内の重苦しい沈黙。なぜか迎えに来た彼に半ば強制的に連れられ、べルーラはその馬車に乗せられてしまった。気まずさと理解できない状況に、困惑し不安げな表情を浮かべた。
隣に座るキリウに声を掛けようと口を開くも、あまりにも重い空気に声が出ず、唇をぎゅっと閉ざした。
(はあ・・・重いよ・・・)
ベルーラは溜息を吐きそうになるのをグッと堪えていると、ふと自身の腿に添えていた手に急な熱が伝わった。その先に視線を落とすといまだ黙ったままのキリウの大きな手がべルーラの小さな手を覆うように強く握りしめてきた。
「キリウ様?」
キリウの急な行動が理解できず、べルーラは驚いた表情のまま隣に座るキリウに視線を向けた。
「・・・二人は同じ年齢で、幼い頃から仲が良いことは理解している。俺自身も、将来家族になる身内と親しく接してくれるのは素直に嬉しい。だが、人けのない校舎で二人きりという状況には、少し疑問を感じる」
キリウは複雑な表情で呟くようにべルーラに言葉を投げ掛けた。しかしべルーラは、その言動の根本が理解できず、さらに困惑した表情を返す。
「もちろん、関係のない男性であれば、そんな軽率なことはいたしません。あくまで婚約者の弟という線引きは自分でもしっかり意識はしています。ですので、キリウ様がご心配になるようなことは絶対にありませんよ」
オルバとの距離感は今に始まったことではない。それは以前のキリウも把握していたことで、直接指摘されたことは今まで一度もなかった。
まだ納得のいかない表情を浮かべるキリウを見つめながら、ベルーラは黙ったまま、その手の中から自分の両手をそっと引き抜いた。そして、ためらうように一瞬手を止めながらも、改めてキリウの手を優しく包み込む。
「心配なさらずとも、私がお慕い申し上げているのは、キリウ様おひとりでございます」
誤解とはいえ、キリウが初めて自分に見せた嫉妬に少し驚きつつも、内心嬉しさが込み上げてきた。
「・・・すまない。いくら記憶がないからといって弟に嫉妬をするなんて情けない兄だ」
「そんなことはございません。オルバとは幼い頃から、まるで実の姉弟のように育ってまいりました。だからオルバをそういった対象で見たことがなくて・・・。でも、キリウ様のことを考えたら軽率でした、ごめんなさい」
「あ、いや・・・そこまでは。今までの関係を壊して欲しいわけじゃないんだ・・・ただ俺が狭量なだけで」
ベルーラの言葉に、少しずつ冷静さを取り戻したキリウは、自分の言動を思い出した途端、気恥ずかしそうに、ばつの悪い表情を浮かべた。その様子にひとまず安堵し、べルーラは触れていた手を離そうとした刹那、道が悪かったのか車内が大きく揺れた。
「わッ!?」
身体が大きく揺れた瞬間、ベルーラはキリウの胸元へと倒れ込むような姿勢になってしまった。
「す、すみません・・・・・・キ、キリウ様っ?」
ベルーラはキリウから離れようとしたが、いつの間にかその腕にしっかりと抱き留められ、身動きが取れなくなっていた。
「ベルの言いたいことは、理解した。けど、やっぱり納得ができないとこもあるんだ。俺のことは、いまだに“様”呼びで距離があるのに、オルバには呼び捨てで呼び合う関係。さっき、見せつけられた気がして、すごく心が傷ついてしまった」
わざとなのか、キリウはベルーラの耳元で、唇が触れそうな距離から、湿った声をそっと落とした。その瞬間、恥ずかしさで頬が紅く熱を帯び、胸の鼓動が大きく高鳴った。
「あっ・・・んッ」
ベルーラの耳に口づけすると、そのままキリウの唇は、ベルーラの首筋を掠めるように触れていく。ベルーラは、くすぐったさから思わず甘い声が漏れ出てしまい、羞恥から身体が一気に熱くなるのを感じた。刹那、その声に反応してキリウの喉元が微かに震え、同時に大きな溜息を吐いた。
「はあ・・・ベルは、いつも俺に試練を与えるな」
「え?今、なん、ひゃっ!!」
キリウの小さな呟きと同時に、馬車が再び揺れた。その振動に煽られて二人の身体がぐらりと傾き、次の瞬間、ベルーラは彼に押し倒されるようにして座席へ背を預けた。
「ベルにとって、俺はオルバよりも特別じゃないのか?」
「キ、キリ・・・んッ♡そ、そんな、ことは・・・あッ、いでございますっ。そもそ・・・、も今までそんな風に呼んでいなかったのを急にそのように仰ら・・・ひゃッ、れましても難し・・・な、ので、そこは以前のような呼びか・・・んんッ」
制御が効かなくなったのか、キリウはベルーラの額から目尻、頬へと次々に唇を落としてゆく。ベルーラの呼吸は乱れ、言葉を紡ごうとしても声にならなかった。
色香に惑わされ、恥ずかしさからキリウの顔を直視できず、ベルーラは目をぎゅっと瞑った。すると唇にふにっとした柔らかく温かな体温が伝わり、一瞬何が起きたのかわからなかった。
(あ、あれ?こ、これはもしや・・・)
個室での出来事を思い出し、頬が熱くなると同時に全身から汗が噴き出す。今にも心臓が飛び出しそうなほどの動悸に、ベルーラは息を詰めた。
「わかったよ。ベルの言う通り、呼び方は我慢する。その代わりってわけじゃないけど、お願いを聞いて欲しいんだ」
身体の重みがふと軽くなったかと思うと、ベルーラは腕を引かれ、再び座席に戻された。恐る恐る目を開けると、先ほどの不機嫌な顔とは裏腹に、キリウはなぜか穏やかな表情をしており、それが逆に恐怖心をかき立てた。
「えーーっと・・・私で可能なら・・・で、一体何を・・・」
「ああ、それは問題ない。ひとまず、詳しい話はまた今度」
内容を明かそうとしないキリウに、ベルーラは不安げな視線を向けた。けれどキリウは、彼女の様子を愉しむように、唇の端をかすかに持ち上げた。
隣に座るキリウに声を掛けようと口を開くも、あまりにも重い空気に声が出ず、唇をぎゅっと閉ざした。
(はあ・・・重いよ・・・)
ベルーラは溜息を吐きそうになるのをグッと堪えていると、ふと自身の腿に添えていた手に急な熱が伝わった。その先に視線を落とすといまだ黙ったままのキリウの大きな手がべルーラの小さな手を覆うように強く握りしめてきた。
「キリウ様?」
キリウの急な行動が理解できず、べルーラは驚いた表情のまま隣に座るキリウに視線を向けた。
「・・・二人は同じ年齢で、幼い頃から仲が良いことは理解している。俺自身も、将来家族になる身内と親しく接してくれるのは素直に嬉しい。だが、人けのない校舎で二人きりという状況には、少し疑問を感じる」
キリウは複雑な表情で呟くようにべルーラに言葉を投げ掛けた。しかしべルーラは、その言動の根本が理解できず、さらに困惑した表情を返す。
「もちろん、関係のない男性であれば、そんな軽率なことはいたしません。あくまで婚約者の弟という線引きは自分でもしっかり意識はしています。ですので、キリウ様がご心配になるようなことは絶対にありませんよ」
オルバとの距離感は今に始まったことではない。それは以前のキリウも把握していたことで、直接指摘されたことは今まで一度もなかった。
まだ納得のいかない表情を浮かべるキリウを見つめながら、ベルーラは黙ったまま、その手の中から自分の両手をそっと引き抜いた。そして、ためらうように一瞬手を止めながらも、改めてキリウの手を優しく包み込む。
「心配なさらずとも、私がお慕い申し上げているのは、キリウ様おひとりでございます」
誤解とはいえ、キリウが初めて自分に見せた嫉妬に少し驚きつつも、内心嬉しさが込み上げてきた。
「・・・すまない。いくら記憶がないからといって弟に嫉妬をするなんて情けない兄だ」
「そんなことはございません。オルバとは幼い頃から、まるで実の姉弟のように育ってまいりました。だからオルバをそういった対象で見たことがなくて・・・。でも、キリウ様のことを考えたら軽率でした、ごめんなさい」
「あ、いや・・・そこまでは。今までの関係を壊して欲しいわけじゃないんだ・・・ただ俺が狭量なだけで」
ベルーラの言葉に、少しずつ冷静さを取り戻したキリウは、自分の言動を思い出した途端、気恥ずかしそうに、ばつの悪い表情を浮かべた。その様子にひとまず安堵し、べルーラは触れていた手を離そうとした刹那、道が悪かったのか車内が大きく揺れた。
「わッ!?」
身体が大きく揺れた瞬間、ベルーラはキリウの胸元へと倒れ込むような姿勢になってしまった。
「す、すみません・・・・・・キ、キリウ様っ?」
ベルーラはキリウから離れようとしたが、いつの間にかその腕にしっかりと抱き留められ、身動きが取れなくなっていた。
「ベルの言いたいことは、理解した。けど、やっぱり納得ができないとこもあるんだ。俺のことは、いまだに“様”呼びで距離があるのに、オルバには呼び捨てで呼び合う関係。さっき、見せつけられた気がして、すごく心が傷ついてしまった」
わざとなのか、キリウはベルーラの耳元で、唇が触れそうな距離から、湿った声をそっと落とした。その瞬間、恥ずかしさで頬が紅く熱を帯び、胸の鼓動が大きく高鳴った。
「あっ・・・んッ」
ベルーラの耳に口づけすると、そのままキリウの唇は、ベルーラの首筋を掠めるように触れていく。ベルーラは、くすぐったさから思わず甘い声が漏れ出てしまい、羞恥から身体が一気に熱くなるのを感じた。刹那、その声に反応してキリウの喉元が微かに震え、同時に大きな溜息を吐いた。
「はあ・・・ベルは、いつも俺に試練を与えるな」
「え?今、なん、ひゃっ!!」
キリウの小さな呟きと同時に、馬車が再び揺れた。その振動に煽られて二人の身体がぐらりと傾き、次の瞬間、ベルーラは彼に押し倒されるようにして座席へ背を預けた。
「ベルにとって、俺はオルバよりも特別じゃないのか?」
「キ、キリ・・・んッ♡そ、そんな、ことは・・・あッ、いでございますっ。そもそ・・・、も今までそんな風に呼んでいなかったのを急にそのように仰ら・・・ひゃッ、れましても難し・・・な、ので、そこは以前のような呼びか・・・んんッ」
制御が効かなくなったのか、キリウはベルーラの額から目尻、頬へと次々に唇を落としてゆく。ベルーラの呼吸は乱れ、言葉を紡ごうとしても声にならなかった。
色香に惑わされ、恥ずかしさからキリウの顔を直視できず、ベルーラは目をぎゅっと瞑った。すると唇にふにっとした柔らかく温かな体温が伝わり、一瞬何が起きたのかわからなかった。
(あ、あれ?こ、これはもしや・・・)
個室での出来事を思い出し、頬が熱くなると同時に全身から汗が噴き出す。今にも心臓が飛び出しそうなほどの動悸に、ベルーラは息を詰めた。
「わかったよ。ベルの言う通り、呼び方は我慢する。その代わりってわけじゃないけど、お願いを聞いて欲しいんだ」
身体の重みがふと軽くなったかと思うと、ベルーラは腕を引かれ、再び座席に戻された。恐る恐る目を開けると、先ほどの不機嫌な顔とは裏腹に、キリウはなぜか穏やかな表情をしており、それが逆に恐怖心をかき立てた。
「えーーっと・・・私で可能なら・・・で、一体何を・・・」
「ああ、それは問題ない。ひとまず、詳しい話はまた今度」
内容を明かそうとしないキリウに、ベルーラは不安げな視線を向けた。けれどキリウは、彼女の様子を愉しむように、唇の端をかすかに持ち上げた。
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