婚約解消(予定)をするはずだった婚約者からの溺愛がエグいです

なかな悠桃

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スクヴェルク家の侍女が紅茶を淹れ終えると、音も立てずに一礼し部屋を出ていった。ベルーラは、湯気の立つ紅茶を手に取り、静かに一口含む。

「ちなみに原因は何だったのですか?」

「いや、本当に大したことじゃないんだ。ただ少しふらついただけなのに、みんなが大袈裟に騒いで。さらに数日間も休養を取れなんて言われてしまって」

「でも、オルバから最近のキリウ様は、いつもどこか上の空で、ろくに眠りもせず公務をこなしていたと聞きました。・・・キリウ様、本当に影響はないのですよね?」

心配の色が濃くなるにつれ、ベルーラの眉間には自然と皺が寄り、表情には険しさが滲んだ。そんな彼女の視線を正面から受け止めきれず、キリウは思わず目を逸らした。

「あぁ。まあ・・・色々、重なっただけで問題はないよ」

「もちろん、お忙しいのは承知しております。けれど、以前のキリウ様なら、そうした自己管理も決して怠ることはありませんでした。特に体調に関しては、近衛騎士よりもずっと神経質なほどに。そんな貴方が管理を疎かにするなんて・・・よほどのことがない限り、やはり不自然だと思うのです」

「はは、ベルにそう言ってもらえるのは嬉しいけど、買いかぶりすぎだよ。・・・俺は、そんな立派な人間じゃないし、どちらかといえば、女々しくて、情けなくて・・・弱い男だ」

今まで聞いたことのないほど弱気なキリウの言葉に、ベルーラは、驚きと戸惑いが入り混じり、声を失った。

(初めてかも・・・キリウ様のこんな姿。でも、なんで?)

「やっぱりどこか具合が悪いのでは・・・お医者様に相談しましょう!」

「あ、待ってッ!本当にそういうんじゃないんだ。原因はちゃんと理解しているから」

ベルーラは勢いよく立ち上がり、部屋を出ようとした。だが、慌てた様子のキリウに腕を掴まれ、そのまま再びソファへと腰を下ろすことになった。

「でもまさか、学園を抜け出してまで心配して駆けつけてくれるなんて・・・。馬鹿な考えだが、正直嬉しかったよ。・・・けど、それは“婚約者”という義務感からなのか?それとも、俺自身を想っ・・・いや、何でもない。体調のせいだろう。どうにも感情が落ち着かないんだ」

キリウは片手で目元を押さえ、軽く頭を振った。小さく息を吐き、気持ちを振り返るためベルーラの隣から離れようとしたが、裾を掴まれその動きを止められた。

「ベル?」

「“婚約者”という立場ゆえの行動も、少なからずあったと思います。けれど、それ以上に・・・キリウ様ご自身を案じる気持ちの方が、何よりも強かったのです。正直、自分でも驚いています。気づけば体が勝手に動いていましたから」

ベルーラは、微かな笑みを浮かべた。キリウはわずかに眉を動かし、自信なさげに彼女を見つめた。その視線に気づいたベルーラは、まっすぐにそれを受け止め、静かに言葉を重ねた。

「以前のキリウ様は、私が心配するような方ではありませんでしたし、そんな発想すら浮かびませんでした。けれど、共に過ごす時間が少しずつ増える中で、キリウ様の本当のお人柄に触れられた気がして・・・。そのことが、今はただ嬉しいんです」

「・・・じゃあ、なぜ」

少し頬を染めながら話すベルーラを見て、キリウは複雑な表情を浮かべ、下を向いてぽつりと呟いた。

「キリウ様?」

「ベルはいつも優しく、俺を包んでくれる。でも、その一方で、どこか距離を置き、俺を拒んでいるようにも感じるんだ。本当は俺といたくないんじゃないかって。そう考えると、眠れなくなって・・・だから、仕事に逃げた。寝る間も惜しんで打ち込んだ。・・・情けない話だよな」

初めはキリウの言葉の意味が理解できなかったベルーラだったが、先日の夜会での出来事を思い出し、ようやく繋がった。

「なあ、ベル・・・あの日、どうして涙を流した?俺のことを想ってくれているベルと、距離を置こうと拒むベル、俺はどっちを信じればいい?」

キリウは射抜くような目で、まっすぐベルーラを見つめた。その視線を向けられ気まずさから思わず、ベルーラは視線を逸らした。

「それは・・・」

ベルーラは、どう話せばいいのか分からず、言葉に詰まってしまった。バカ正直に話せれば、どんなに楽だろう・・・。適当なことを言って誤魔化そうか、なんて短絡的な考えがよぎるも、キリウの視線は、それを許してはくれそうにないのが窺えた。

「あの時、自分でも正直驚きました。キリウ様にハンカチをお借りするまで気がつきませんでしたから」

ベルーラはキリウの視線を恐れるように目を伏せ、かすかに震える声で言葉を紡いでいった。

「あの日、キリウ様のお言葉が嬉しかった。でも、その反面、怖くもありました。キリウ様は本当に間違っていないのでしょうか・・・本当に記憶が戻っても今の貴方が存在するんでしょうか。もしかしたら後悔してしまうのでは・・・そんなことを無意識に考えてしまったんだと思います」

(関係が深まるほど、責任感の強いキリウ様は、ご自身の想いを押し込めてしまうはず。そんな姿を見たいわけじゃない。私はただ、キリウ様に心からの幸せになってほしいだけなんだから・・・)

ずっと黙ったまま聞いていたキリウであったが、徐に席を立つと机の脇に置かれた銀のベルを軽く鳴らした。ほどなくして、扉の外から控えめなノックの音が響く。

「モーリス家には、ベルーラ嬢の送迎はスクヴェルク家が責任をもって行うゆえ、迎えの手配は不要とお伝えしてくれ。少々お帰りが遅くなるかもしれぬから、その旨も添えてくれ」

「・・・キリウ様っ!?何を言って──」

「かしこまりました」

べルーラは、事の内容があっさりと決まってしまったことに唖然と立ち尽くした。

「おいで」

再びソファに腰を下ろしたキリウは、ベルーラの手を取り引き寄せると、そのまま腕の中へと彼女の身体を包み込んだ。背後からぎゅっと密着され、座らされたベルーラは、直接伝わる彼の体温のせいで、心臓の鼓動とともに自分の体温も上がり、軽く汗ばんでいた。

「あのー、キリウ様・・・」

「ん?心配はいらない。責任もって送るから、気にしなくて大丈夫だ」

「いや、そういうことでは・・・」

先ほどまで室内を覆っていた重苦しい空気はどこへやら・・・。
恥ずかしさと緊張で思考がまともに働かず、甘く火照りそうな感情にベルーラは、ただじっと耐えるように歯を食いしばった。無意識に手に力が入り、わずかに指先が震える。息を整えようとしても、彼の近さがそのたびに思考を遮り、ベルーラの身体は自然と熱く、緊張に押し潰されそうになった。

「ベル・・・何度も言うようだが、俺の気持ちは変わらない。どんなことがあっても、愛するのはキミだけだ。この想いが揺らぐことは決してない。今ここでそれを証として示し、ベルが今後そんな考えを一切起こさせないようにする」

「キリ、んッ」

キリウは背後からベルーラの制服に手を掛けると上から三つほど釦を外してゆく。緩められた襟元から、シャツが肩口へと滑り落ちると、白く透き通る柔肌が現れた。その姿にキリウは思わず喉元を大きく揺らし、ベルーラから放たれる扇情的な甘い香りに脳内は更に痺れていくのがわかった。

キリウは、本能的にベルーラの後ろ髪を前に寄せると、繊細な首筋の線が目に留まり思わず目を細めた。

「あっ・・・ん」

キリウは恍惚とした表情を浮かべながらベルーラの首筋へそっと顔を寄せ、静かに唇を落とした。唇がゆるやかに辿り、啄むような口づけが静かに浸食していく。

キリウからの艶らしい刺激に、ベルーラはくすぐったさと戸惑いが入り混じり、胸の奥に熱が広がっていく。

「たとえ何があっても、心を動かされるのはベルだけだよ。・・・だから、ベルも」

「あ、んッッ・・・キ・・・リウさ・・・痛ッッんん!」

キリウの吐息が触れるたび、声がこぼれそうになるのを必死に両手で口元を押さえた。しかし、首筋から肩にかけて走る甘くて強い刺激がベルーラを襲い、思わず身体が仰け反った。

「ああ、すまない。ベルの身体が俺のせいで穢れてしまった」

キリウは詫び言を口にするも、言葉とは裏腹に指先は自身が付けた紅く色づいた痕と歯痕を嬉しそうに優しくなぞる。その情景にベルーラは、ゾクゾクとした昂ぶりと複雑な感情に押され、痛みよりもこれまで感じたことのない感覚に戸惑い、胸の奥で高鳴る心拍が耳まで響く感じがした。

「ん、あッ・・・や・・・」

キリウはベルーラの小さな耳朶を口に含み、しゃぶりながら大きく骨張った指が背後から回され、ベルーラの胸を優しく覆う。やわやわと指が動くたび、彼女から小さく悶え、震えるような声がキリウの耳に届いた。その声は理性をさらに掻き乱し、加速させていく。

「ベル、こっち向いて」

「んッ」

自然とキリウの言動に従うと、そのまま彼の唇に塞がれ熱く濡れた舌が生き物の様に深く這入り込んできた。互いの舌が咥内で絡み合い、どちらとも言えない唾液が溶け合っていく。口端から零れる唾液を拭うこともせず、ベルーラは生理的な泪が溢れ、頬へと伝う。苦しさを感じながらもキリウから受ける情欲からベルーラは逃れることができなかった。

「これは、?拒否?それとも愛欲?」

キリウはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、頬に伝う泪を拭い取った。
これ以上は、よくない・・・そう自分に言い聞かせながらも、キリウの婀娜めかしい囁きに耳を捕らえられ、身体が言うことをきかなかった。

「ベルには、もう少し頑張ってもらおうかな」

力なくだらんとしたべルーラをキリウはそっと抱き上げると、そのまま寝室へと向かった。

「記憶障害が治って、元の俺に戻った時のことを考えても無駄だ。前にも言ったように、俺は記憶が戻らなくたって構わない。ベルとの想い出は、一から二人で作り上げていけばいいんだから。だからベル、怖がらず俺に身を委ねてほしい」

べルーラを寝台へ沈めると、キリウは彼女の上に跨がり着ていたシャツを脱ぎ捨てた。鍛え上げられた上半身を前にべルーラは、恥ずかしさから顔を背けた。

「ダメだよ、逸らしちゃ。今からベルには、考えを改めてもらうためにしっかり俺を見てもらわなきゃいけないんだから。・・・早く俺のところまで堕ちてきて」

仄暗さと艶やかさが混じり合った表情を浮かべたキリウは、目を細め、無意識に口角を上げた。
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