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招待状が届いてから、ほぼ一ヶ月が経ち、あっという間に晩餐会の日がやってきた。
「んんッ!ノ、ノアっ、く、苦し・・・内蔵が口から飛び出ちゃうッ!!」
ノアを含む侍女たちから容赦なくコルセットを締め上げられ、ベルーラは悲鳴を上げながら支度を整えていた。
今回、キリウとベルーラの意見を反映したオーダーメイドのドレスは、スモーキーピンクの柔らかな色合いとふんわりとした質感が愛らしい仕上がりとなっていた。そして、スカート部分にはスワロフスキーが繊細に散りばめられ、光を受けて虹のような輝きを放っていた。
デザインの多くはベルーラの希望が反映されていたが、キリウからのただ一つの条件は“胸元を隠すこと”。それだけは強く推された。
(だいたい、私の胸元なんて誰が気にするっていうのかしら?)
髪を結われながら、きつく締め上げられたおなかをそっとさすり、ベルーラはそんなことをぼんやりと思っていた。
「ベルーラお嬢様、キリウ様がお迎えに上がりました」
「わかったわ」
準備がひととおり終わり、侍女たちが衣装の最終確認をしていると、扉を叩く音が響いた。扉の向こうからは、キリウの到着を告げる使用人の声が聞こえ、ベルーラは短く返事をすると部屋を後にした。
「お嬢様の麗しいお姿を見たら、きっとキリウ様も言葉を失ってしまうでしょうね」
ノアは、嬉しそうに話すが、べルーラ冷めた表情を向けた。
「そんなわけないでしょ。だいたい、キリウ様の周りにはマーヴェル様以外にも、綺麗なご令嬢がいつもたくさんいたのよ。私なんかが少し着飾ったくらいで、何かが変わるわけないわ」
ベルーラはドレスの裾を片手で持ち上げながら、否定的な言葉を返した。その言葉にノアは口を尖らせる。
「そうでしょうか?今のキリウ様は、誰が見てもお嬢様しか見ていませんよ?それはもう、周りが恥ずかしくなるくらいの溺愛っぷりなんですから。そんなお方が、今のお嬢様を見て顔色ひとつ変えないなんて、ありえません!」
ノアはベルーラの手を取り、彼女が躓かないよう気を配りながら、不服そうに言葉を重ねてきた。そんなやりとりをしながら、二人はそのまま廊下を抜け、やがて階段に差しかかり、ゆっくりと下りていく。
「お待たせいたしました」
ベルーラは、下で待つキリウに声を掛けた。そこには、前髪をセンターに分け、濃紺色のベルベットに銀糸の刺繍を施した正装のキリウが、ベルーラの父母とともに待っていた。
「おお、これは見事なものだ。当日まで見せてくれなかったから、待ち侘びていたぞ」
「ベルーラ、このままお嫁に出してもいいくらい綺麗よ」
「二人とも大袈裟なんだから」
父と母の言葉に照れくさそうに返事をしながら、ちらりとキリウに視線を向けた。すると彼は、片手で口元を押さえ、どこか青ざめたような表情を浮かべていた。
(えっ、キリウ様の表情が・・・ま、まさか似合ってないとか!?お父様たちは娘可愛さで甘く見てるだけだし・・・あぁ、もう・・・ちょっと調子に乗った自分が恥ずかしい)
「どうなさったの?大丈夫?」
ベルーラの母は、黙ったまま動かないキリウを不思議そうに見つめた。すると彼は、突然その場に膝をつき、茫然とこちらを見つめてきた。予想外のその様子に、一同が息を呑む。
「い、いや・・・すみません。まさか、想像していた以上に・・・美しすぎて」
「「「・・・んっ???」」」
この場の全員が思わず声を揃えてしまっていた。一気に真っ赤になったベルーラと同じように、キリウもまた、手の甲で口元を隠しながら、恥ずかしそうに頬を染めていた。
「ふふふ、なんて微笑ましい二人なんでしょうね。ねえ、あなた」
「あ、あぁ。そ、そうだな」
母は嬉しそうに微笑む一方で、父はキリウの姿に動揺を隠せずにいた。
「キリウ様、ベルーラお嬢様。そろそろお出かけになりませんと、遅れてしまいます」
「そ、そうね」
そんな何とも言えない空気の中、ノアが皆を現実に引き戻してくれたおかげで、ベルーラも一度深呼吸をし、キリウの元へと歩み出した。
「こんな見苦しい姿を見せてしまって情けない」
「お気になさらないでください、キリウ様。さあ、行きましょう」
「あぁ、そうだな」
互いに照れながらも、キリウがベルーラの手を取って外へ出ようとしたその刹那、正気に戻った父が彼を呼び止めた。
「すまない、ベルーラ。少しだけキリウと話をしたいから先に馬車へ乗っていてくれるか?なに、大した話じゃない。すぐ終わるよ。ノア、ベルーラを頼む」
先ほどとは違う父の表情に、ほんのわずかな違和感を覚えたベルーラは、ちらりとキリウに視線を向けた。すると、彼が小さく頷いたのを確認し、言われたとおりノアとともにキリウが乗ってきた馬車へと向かった。
「んんッ!ノ、ノアっ、く、苦し・・・内蔵が口から飛び出ちゃうッ!!」
ノアを含む侍女たちから容赦なくコルセットを締め上げられ、ベルーラは悲鳴を上げながら支度を整えていた。
今回、キリウとベルーラの意見を反映したオーダーメイドのドレスは、スモーキーピンクの柔らかな色合いとふんわりとした質感が愛らしい仕上がりとなっていた。そして、スカート部分にはスワロフスキーが繊細に散りばめられ、光を受けて虹のような輝きを放っていた。
デザインの多くはベルーラの希望が反映されていたが、キリウからのただ一つの条件は“胸元を隠すこと”。それだけは強く推された。
(だいたい、私の胸元なんて誰が気にするっていうのかしら?)
髪を結われながら、きつく締め上げられたおなかをそっとさすり、ベルーラはそんなことをぼんやりと思っていた。
「ベルーラお嬢様、キリウ様がお迎えに上がりました」
「わかったわ」
準備がひととおり終わり、侍女たちが衣装の最終確認をしていると、扉を叩く音が響いた。扉の向こうからは、キリウの到着を告げる使用人の声が聞こえ、ベルーラは短く返事をすると部屋を後にした。
「お嬢様の麗しいお姿を見たら、きっとキリウ様も言葉を失ってしまうでしょうね」
ノアは、嬉しそうに話すが、べルーラ冷めた表情を向けた。
「そんなわけないでしょ。だいたい、キリウ様の周りにはマーヴェル様以外にも、綺麗なご令嬢がいつもたくさんいたのよ。私なんかが少し着飾ったくらいで、何かが変わるわけないわ」
ベルーラはドレスの裾を片手で持ち上げながら、否定的な言葉を返した。その言葉にノアは口を尖らせる。
「そうでしょうか?今のキリウ様は、誰が見てもお嬢様しか見ていませんよ?それはもう、周りが恥ずかしくなるくらいの溺愛っぷりなんですから。そんなお方が、今のお嬢様を見て顔色ひとつ変えないなんて、ありえません!」
ノアはベルーラの手を取り、彼女が躓かないよう気を配りながら、不服そうに言葉を重ねてきた。そんなやりとりをしながら、二人はそのまま廊下を抜け、やがて階段に差しかかり、ゆっくりと下りていく。
「お待たせいたしました」
ベルーラは、下で待つキリウに声を掛けた。そこには、前髪をセンターに分け、濃紺色のベルベットに銀糸の刺繍を施した正装のキリウが、ベルーラの父母とともに待っていた。
「おお、これは見事なものだ。当日まで見せてくれなかったから、待ち侘びていたぞ」
「ベルーラ、このままお嫁に出してもいいくらい綺麗よ」
「二人とも大袈裟なんだから」
父と母の言葉に照れくさそうに返事をしながら、ちらりとキリウに視線を向けた。すると彼は、片手で口元を押さえ、どこか青ざめたような表情を浮かべていた。
(えっ、キリウ様の表情が・・・ま、まさか似合ってないとか!?お父様たちは娘可愛さで甘く見てるだけだし・・・あぁ、もう・・・ちょっと調子に乗った自分が恥ずかしい)
「どうなさったの?大丈夫?」
ベルーラの母は、黙ったまま動かないキリウを不思議そうに見つめた。すると彼は、突然その場に膝をつき、茫然とこちらを見つめてきた。予想外のその様子に、一同が息を呑む。
「い、いや・・・すみません。まさか、想像していた以上に・・・美しすぎて」
「「「・・・んっ???」」」
この場の全員が思わず声を揃えてしまっていた。一気に真っ赤になったベルーラと同じように、キリウもまた、手の甲で口元を隠しながら、恥ずかしそうに頬を染めていた。
「ふふふ、なんて微笑ましい二人なんでしょうね。ねえ、あなた」
「あ、あぁ。そ、そうだな」
母は嬉しそうに微笑む一方で、父はキリウの姿に動揺を隠せずにいた。
「キリウ様、ベルーラお嬢様。そろそろお出かけになりませんと、遅れてしまいます」
「そ、そうね」
そんな何とも言えない空気の中、ノアが皆を現実に引き戻してくれたおかげで、ベルーラも一度深呼吸をし、キリウの元へと歩み出した。
「こんな見苦しい姿を見せてしまって情けない」
「お気になさらないでください、キリウ様。さあ、行きましょう」
「あぁ、そうだな」
互いに照れながらも、キリウがベルーラの手を取って外へ出ようとしたその刹那、正気に戻った父が彼を呼び止めた。
「すまない、ベルーラ。少しだけキリウと話をしたいから先に馬車へ乗っていてくれるか?なに、大した話じゃない。すぐ終わるよ。ノア、ベルーラを頼む」
先ほどとは違う父の表情に、ほんのわずかな違和感を覚えたベルーラは、ちらりとキリウに視線を向けた。すると、彼が小さく頷いたのを確認し、言われたとおりノアとともにキリウが乗ってきた馬車へと向かった。
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