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「あ、あの・・・こういうのは、困ります。貴方もお連れの方がいらっしゃるんでしょ?戻られた方がよろしいかと思いますけど」
「あー、大丈夫大丈夫。今日は妹の付き添いで来ただけだし。それに、今は化粧直しでいないから、その間だけちょっと相手してよ♪」
軽薄な笑みを浮かべる青年貴族に腕を取られ、ベルーラは不安げに視線を彷徨わせた。キリウを探すが、混み合った会場の中にその姿は見当たらない。
「このホール、かなり広いはずなのに、これだけ来賓が集まると狭く感じちゃうね。・・・ねぇ、せっかくだし、あっちで休もうか」
「はっ?」
ベルーラがぽかんとした顔を見せると、青年はおかしそうに口元を緩め、通りすがりの給仕からワインを受け取った。景気づけとばかりにぐいっと一息で喉へ流し込む姿に、べルーラは怪訝な表情を浮かべた。
「ほら、早く」
「いい加減にし、わっ!?」
青年は固まったままのベルーラの手を掴もうとした刹那、彼女の身体は青年から一気に距離を取るかのように反対側へと引き寄せられた。
「私の連れに何か用か?」
「キリウ様っ!」
キリウは片腕でベルーラを抱き込み、逃がさぬようにその身を自分の胸元へと押し付けた。
ベルーラはそっと顔を上げると、整った面差しが視界に広がる。それと同時に、その口から放たれた声は、氷のように冷たく、背筋を撫でる冷気に思わず身をすくめた。
「キリウ・・・って、あのスクヴェルク家の」
青年はその名を聞いた途端、視線を彷徨わせ、動揺を隠しきれないといった表情を浮かべていた。
「この方はただ、私が転びそうになったところを助けてくださっただけです」
ベルーラは、青年との余計なやり取りは伝えず、かいつまんで説明だけすると、幾分かキリウの腕の力が緩んだ。
「ベル、何故あの場から離れたんだ?」
「それは・・・・・・あ、あれ?先ほどの方は」
キリウの声は、先ほどよりもいくらか穏やかになっていた。ただ、訊かれたことを正直に応えられず、ベルーラは視線を彷徨わせた。気まずさに耐えられず、ふと後ろを振り向くと先ほどまでいた青年は忽然と姿を消していた。
「いつの間に・・・そういえば名前、聞かなかったな」
「そんなにさっきの男が気になるのか」
「え、違っ・・・きゃっ」
穏やかさを取り戻したかに見えたキリウだったが、ベルーラの何気ない呟きを耳にした瞬間、苦々しい表情を浮かべ、空気が一気に冷え込む。彼は無言のままベルーラの手を強く引き、足早にどこかへ歩き出した。
「キリウ様ッ!?ど、どうなされたのですか」
ベルーラが尋ねても、キリウは一言も返すことはなかった。ただ無言のまま彼女の手を引き、階段を上っていく。やがて、いくつもの部屋が並ぶ廊下の最奥にある部屋へと足を踏み入れた。
「ここは、体調を崩した者のために用意された休養の間だ。ここなら落ち着いて話せると思って連れてきた。正直に言ってくれ。俺がいない間、さっきの男と何をしていたんだ?」
ベルーラをベッドの縁に座らせると、キリウはその正面に膝をつき、見上げるように顔を覗き込んだ。声は穏やかに響いたものの、その瞳は冷たく、ベルーラは小さく身を震わせた。
「・・・人の多さに少し気分が落ち着かなくなってしまって、それでキリウ様を探そうと思ったんです。その時、転びそうになって先ほどの男性に助けてもらいました。私がちゃんとあの場で大人しく待っていればよかったのに勝手なことをして・・・ごめんなさい」
「いや、俺の方こそすまなかった。戻る途中で上官の知り合いに捕まってしまって・・・。それより、大丈夫か?転びそうになったなら、足首を痛めたんじゃ・・・そうかもしれないのに、俺は君を引っ張るようにここまで歩かせてしまったッ!!」
「だ、大丈夫ですから!ほら、痛くないからこんなこともできます!ねっ!」
頭を抱えて取り乱しかけるキリウを、ベルーラは慌ててなだめた。ベルーラは裾を少しつまんで持ち上げると足首をくるくると回しお道化てみせた。
「そうか・・・それならよかった」
安堵の表情を浮かべ、やっといつものキリウに戻ったことでベルーラ自身も緊張感から解放され、軽く息を吐いた。
「では、そろそろ下へ戻りましょうか。王女様のご挨拶が始まってしまいますわ」
ベルーラが立ち上がろうとしたその瞬間、キリウは徐にベルーラの足首を掬い上げた。
「え?な、何を」
戸惑うベルーラにキリウは軽く笑みを返した。キリウは顔を近づけると、彼女の細い足首に優しく口づけした。
「キリウ様ッッッ!?」
「騎士として感情を表に出さぬよう教えられ、幼い頃から訓練も積んできた。だが、ベルに対してだけは駄目なんだ。俺の心は異常なほど狭く、キミにとって些細なことでも、俺には地獄の戦場のように感じられる。・・・だから、戻る前に安心させてほしい」
キリウはゆっくり立ち上がると、ベルーラの隣へ腰掛けた。ベルーラはキリウから吸い込まれるような瞳にじっと見つめられ目を逸らすことができなかった。
(安心・・・って言われても・・・)
ベルーラは頭の中で答えを探しながら、ふと何かを思い出したようにキリウを見つめた。そして、そっと彼の頭を胸元へ引き寄せ、抱きしめた。
「ベルーラ!?」
キリウが戸惑うのも構わず、ベルーラはそっと彼の背を優しく撫でた。そのたび、少しずつ室内の空気が静かに和らいでいくのが感じられた。
「小さい頃、つらいことがあった日に母が何も言わず私を抱き寄せて、背中を優しく撫でてくれたことがあるんです。その瞬間、涙が止まらなくて・・・でも泣いたら少し心が軽くなって不思議と安心できたのを覚えています。キリウ様にも、そんな気持ちになってもらえたらいいなって」
初めこそ驚いた表情を見せていたキリウだったが、次第に落ち着いた表情を浮かべ身を任せた。
「ああ、ベルから聞こえる優しい心音が心地好くてさっきまでの不安が消えていくようだ、ありがとう。・・・とは言ってもやはり他の男がベルに触れたのは許せない」
「へっ?あ、んんッッ♡」
今度はキリウがベルーラを自分の元へ引き寄せ頬に優しく手を添えると唇を重ねた。角度を変えながら啄むような口づけは徐々に熱を帯び濃くなってゆく。キリウの舌がベルーラの唇を割って這入り込み、別個体の生き物の様に咥内を蠢く。くちゅくちゅとした厭らしい水音が互いの耳に伝わり、更に高揚感に襲われる。深くなればなるほど全身が蕩けるような感覚に支配され、無意識に甘い声色がベルーラから漏れ出ていた。
キリウは、何かに耐えるように唇をゆっくりと離し小さく息を吐いた。名残惜しそうな瞳をベルーラへ向けると、彼女の口端に零れた水滴を親指で拭い、にこりと笑みを浮かべた。
「俺はこっちの方が更に安心感が増すかもしれないな」
「!?」
意地悪な笑みを浮かべたキリウに怒りたくても一気に体力を持っていかれてしまったベルーラは、呆れながらも幸福感に包まれていた。
「あー、大丈夫大丈夫。今日は妹の付き添いで来ただけだし。それに、今は化粧直しでいないから、その間だけちょっと相手してよ♪」
軽薄な笑みを浮かべる青年貴族に腕を取られ、ベルーラは不安げに視線を彷徨わせた。キリウを探すが、混み合った会場の中にその姿は見当たらない。
「このホール、かなり広いはずなのに、これだけ来賓が集まると狭く感じちゃうね。・・・ねぇ、せっかくだし、あっちで休もうか」
「はっ?」
ベルーラがぽかんとした顔を見せると、青年はおかしそうに口元を緩め、通りすがりの給仕からワインを受け取った。景気づけとばかりにぐいっと一息で喉へ流し込む姿に、べルーラは怪訝な表情を浮かべた。
「ほら、早く」
「いい加減にし、わっ!?」
青年は固まったままのベルーラの手を掴もうとした刹那、彼女の身体は青年から一気に距離を取るかのように反対側へと引き寄せられた。
「私の連れに何か用か?」
「キリウ様っ!」
キリウは片腕でベルーラを抱き込み、逃がさぬようにその身を自分の胸元へと押し付けた。
ベルーラはそっと顔を上げると、整った面差しが視界に広がる。それと同時に、その口から放たれた声は、氷のように冷たく、背筋を撫でる冷気に思わず身をすくめた。
「キリウ・・・って、あのスクヴェルク家の」
青年はその名を聞いた途端、視線を彷徨わせ、動揺を隠しきれないといった表情を浮かべていた。
「この方はただ、私が転びそうになったところを助けてくださっただけです」
ベルーラは、青年との余計なやり取りは伝えず、かいつまんで説明だけすると、幾分かキリウの腕の力が緩んだ。
「ベル、何故あの場から離れたんだ?」
「それは・・・・・・あ、あれ?先ほどの方は」
キリウの声は、先ほどよりもいくらか穏やかになっていた。ただ、訊かれたことを正直に応えられず、ベルーラは視線を彷徨わせた。気まずさに耐えられず、ふと後ろを振り向くと先ほどまでいた青年は忽然と姿を消していた。
「いつの間に・・・そういえば名前、聞かなかったな」
「そんなにさっきの男が気になるのか」
「え、違っ・・・きゃっ」
穏やかさを取り戻したかに見えたキリウだったが、ベルーラの何気ない呟きを耳にした瞬間、苦々しい表情を浮かべ、空気が一気に冷え込む。彼は無言のままベルーラの手を強く引き、足早にどこかへ歩き出した。
「キリウ様ッ!?ど、どうなされたのですか」
ベルーラが尋ねても、キリウは一言も返すことはなかった。ただ無言のまま彼女の手を引き、階段を上っていく。やがて、いくつもの部屋が並ぶ廊下の最奥にある部屋へと足を踏み入れた。
「ここは、体調を崩した者のために用意された休養の間だ。ここなら落ち着いて話せると思って連れてきた。正直に言ってくれ。俺がいない間、さっきの男と何をしていたんだ?」
ベルーラをベッドの縁に座らせると、キリウはその正面に膝をつき、見上げるように顔を覗き込んだ。声は穏やかに響いたものの、その瞳は冷たく、ベルーラは小さく身を震わせた。
「・・・人の多さに少し気分が落ち着かなくなってしまって、それでキリウ様を探そうと思ったんです。その時、転びそうになって先ほどの男性に助けてもらいました。私がちゃんとあの場で大人しく待っていればよかったのに勝手なことをして・・・ごめんなさい」
「いや、俺の方こそすまなかった。戻る途中で上官の知り合いに捕まってしまって・・・。それより、大丈夫か?転びそうになったなら、足首を痛めたんじゃ・・・そうかもしれないのに、俺は君を引っ張るようにここまで歩かせてしまったッ!!」
「だ、大丈夫ですから!ほら、痛くないからこんなこともできます!ねっ!」
頭を抱えて取り乱しかけるキリウを、ベルーラは慌ててなだめた。ベルーラは裾を少しつまんで持ち上げると足首をくるくると回しお道化てみせた。
「そうか・・・それならよかった」
安堵の表情を浮かべ、やっといつものキリウに戻ったことでベルーラ自身も緊張感から解放され、軽く息を吐いた。
「では、そろそろ下へ戻りましょうか。王女様のご挨拶が始まってしまいますわ」
ベルーラが立ち上がろうとしたその瞬間、キリウは徐にベルーラの足首を掬い上げた。
「え?な、何を」
戸惑うベルーラにキリウは軽く笑みを返した。キリウは顔を近づけると、彼女の細い足首に優しく口づけした。
「キリウ様ッッッ!?」
「騎士として感情を表に出さぬよう教えられ、幼い頃から訓練も積んできた。だが、ベルに対してだけは駄目なんだ。俺の心は異常なほど狭く、キミにとって些細なことでも、俺には地獄の戦場のように感じられる。・・・だから、戻る前に安心させてほしい」
キリウはゆっくり立ち上がると、ベルーラの隣へ腰掛けた。ベルーラはキリウから吸い込まれるような瞳にじっと見つめられ目を逸らすことができなかった。
(安心・・・って言われても・・・)
ベルーラは頭の中で答えを探しながら、ふと何かを思い出したようにキリウを見つめた。そして、そっと彼の頭を胸元へ引き寄せ、抱きしめた。
「ベルーラ!?」
キリウが戸惑うのも構わず、ベルーラはそっと彼の背を優しく撫でた。そのたび、少しずつ室内の空気が静かに和らいでいくのが感じられた。
「小さい頃、つらいことがあった日に母が何も言わず私を抱き寄せて、背中を優しく撫でてくれたことがあるんです。その瞬間、涙が止まらなくて・・・でも泣いたら少し心が軽くなって不思議と安心できたのを覚えています。キリウ様にも、そんな気持ちになってもらえたらいいなって」
初めこそ驚いた表情を見せていたキリウだったが、次第に落ち着いた表情を浮かべ身を任せた。
「ああ、ベルから聞こえる優しい心音が心地好くてさっきまでの不安が消えていくようだ、ありがとう。・・・とは言ってもやはり他の男がベルに触れたのは許せない」
「へっ?あ、んんッッ♡」
今度はキリウがベルーラを自分の元へ引き寄せ頬に優しく手を添えると唇を重ねた。角度を変えながら啄むような口づけは徐々に熱を帯び濃くなってゆく。キリウの舌がベルーラの唇を割って這入り込み、別個体の生き物の様に咥内を蠢く。くちゅくちゅとした厭らしい水音が互いの耳に伝わり、更に高揚感に襲われる。深くなればなるほど全身が蕩けるような感覚に支配され、無意識に甘い声色がベルーラから漏れ出ていた。
キリウは、何かに耐えるように唇をゆっくりと離し小さく息を吐いた。名残惜しそうな瞳をベルーラへ向けると、彼女の口端に零れた水滴を親指で拭い、にこりと笑みを浮かべた。
「俺はこっちの方が更に安心感が増すかもしれないな」
「!?」
意地悪な笑みを浮かべたキリウに怒りたくても一気に体力を持っていかれてしまったベルーラは、呆れながらも幸福感に包まれていた。
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