氷の海・繍夜編

朽骨ムメイ

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男娼

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 短期間で金を稼ぎたかった。
 俺が男娼になった理由はそれだけだ。星蘭達と共に故郷を離れ、辿り着いたこの街でどう生きていくか。とりあえず職を探そうと繁華街を彷徨いていたら背の高い白髪の男に声をかけられた。高そうな素材のコートにシャツ、靴。特別派手な装いではないが、異様な華やかさを纏う、そして男らしくも美しい顔立ちをしていた。その圧倒的なオーラに気圧されて俺は立ち止まってしまい、軽く彼の話を聞くことになった。成る程、夜職のスカウトといったところか。今すぐにとは言わない、気が向けば連絡してくれ、と、これまた高級感のある紙質の黒い名刺を手渡された。翌日、俺は名刺に記載されていた番号に連絡した。
 容姿年齢問わずどんな女でも抱けば金が手に入る。若さは有限だ。しかも短い。男の言うように俺に需要があるのであれば、この体を使えるうちに使って大金を得て、しばらくはのんびり暮らせば良い。なんて、安直な考えで俺は男に働く意向を告げた。
 その日のうちに男と会うことになり、名刺に記載された住所へと足を運んだ。繁華街から少し離れた高層ビルや高級ホテルが建ち並ぶ場所。混沌とした非合法都市とはいえこの街を牛耳る権力者達が存在する事も知っている。そういう連中はこの区間に住んでいたり事務所などを構えているのだろう。目当てのビルに辿り着き、自動扉が開いて中に入ると、一人の男が俺に近付いてきた。
「シンフルという男と会う約束をしている」
「シュウヤ様ですね、お待ちしておりました」
 黒いスーツを身に纏い、銀縁の眼鏡を掛けた男はレンズ越しに柔和に微笑むと、物腰低い態度で俺をエレベーターホールへと案内した。
「シン様から直々にお声を掛けてもらったそうで」
 エレベーターが動き始めた途端、男は前を向いた儘、そう言った。
「シン様からお声を掛けてもらえるなんて滅多にない事ですよ」
「ああ、そう……」
 特に興味がなかった。
 部屋の中まで案内すると、俺が礼を言う前に男は一礼して早々と部屋を出て行った。
 「来てくれてありがとう」
 昨夜の白髪の男――シンフルは、デスクチェアから立ち上がり、部屋の更に奥の応接室のような場所へ向かうよう俺を促した。
 男が言うには、俺の容姿や雰囲気が気に入って声をかけてきたらしい。君には期待できそうだ、と。勝手に期待されても困るが、職に困っていたので雇う気があるならくだらない話はどうでも良いからさっさと雇って欲しい、と俺は多少イラついていた。
「まずはこの店で働いてもらう」
 連絡先を交換して、俺が勤務する店舗の地図を共有してもらった。
「辞めたければその日のうちに辞めてしまっても構わない。その分の給与はその日に支払う」
「分かりました」
「言うまでもないとは思うが、店に来る女性に不躾な事はするな。あと、お前は今からその店の商品になる。身嗜みには充分気を使うように」
「分かりました」
 その後は店のシステムの説明、いくつかの注意事項、業務にあたる上での彼の中の理想論のような事を聞かされ、最低限の指導を受けた。
「お客様の望む事は全て叶えて差し上げろ。シュウヤ、そこでしばらく、君の実力を試させてもらう」
 
 配属された店舗は小汚いビルの三階に在った。まだ開店前だった。受付と客の待合室、その奥に広い部屋があり、簡素な板張りで間切りされた個室。個室の中はベッドと小さなサイドテーブルがある。
 待合室で店主から更にこの店の詳しい料金システムや注意事項などを説明された。要は客の要望通りにする事。基本的に従業員の男娼に人権はないと思った方が良い事。そんな感じだった。
 俺はそんな事より、シンさんに言われた通りそれなりに身嗜みを整えてきたのだが、完全に場違いのように思えて少々居た堪れない気持ちになっていた。シンさんのような男が総支配人を務める店の一つだ。普段はしないような格好を見繕って俺なりに「それっぽく」してきたつもりだが、小汚い店内、下着一枚で彷徨く他の従業員。俺のような格好をしているような男は一人もいなかった。
「じゃあシュウヤくんはここを使ってね」
 狭くて簡素な、ただヤル為だけに拵えたような場所に一人取り残され、俺はベッドの端に腰掛け深いため息を吐いた。確かにヤル為だけの場所だ。こんな身嗜みまで気を使う必要なんかあったのだろうか。どうせ客が入れば服なんて脱ぐ事になるし髪だって乱れる。もうどうにでもなれという気持ちだった。
 狭い個室で時間を持て余し、ベッドに寝転んで、携帯端末で電子書籍を読みながら客を待った。よく考えれば今日俺が指名されるとも限らない。このまま閉店までここで時間を潰すだけになるかもしれない。薄い板張りで仕切られただけの店内は女の喘ぎ声がよく響いた。客は来るらしい。
 「シュウヤくん指名入ったよ」
 店主の声で眠りに落ちかけた意識を引き戻された。起き上がり、女を迎え入れた。女は少しおどおどとしながら、部屋に入ってきた。
「こういう店、初めて?」
 俺から声をかけた。
「あ、その、初めてで……外にいた男の人に声をかけられて、そのまま……」
「アンタ、無理やり連れてこられたのか?」
「そ、そうでもなくて……それで、写真とかプロフィールとかを見せてもらって、あの、あなたが、気になって……あの、あの、私を、あなたの好きなように、道具のように扱って欲しいんです!」
 女は勢いに任せるように要望を告げた。
 俺は彼女の話、というか彼女の思考が理解出来ず、声を失って固まってしまった。こういう店も初めてで、声をかけられたから何となく店に来て、俺が気に入った。そこまでは理解できたが、突然斜め上の話に広がって状況を受け入れるのに少し時間がかかった。
「は? つまりアンタ、俺にオナホ扱いされたいワケ?」
 思わず素で訊いてしまった。女はこくりこくりと無言で強く頷いた。
 シンさんは「客の望む事は全て叶えろ」と言っていた。つまり、俺はこの女の要求に応えなければならない。
「分かった。アンタの望み通りにしてやるよ」
 クソ、と俺はヤケクソになった。
 何も言わずに無理やりキスをし、雑に、しかし女を傷付けないように無理やり押し倒す。俺は無言のまま、服も脱がさず女の下着ごと捲し上げて胸にしゃぶりついた。女は抵抗しなかった。片手で下半身を弄り、下着の脇から指を滑り込ませ無理やり中へ突っ込んだ。荒く、ぐりぐりとかき混ぜ指を二本に増やし、出し入れした。そうしながら俺は下半身の服を脱ぎ捨て、女に悟られないようにペニスに避妊具を装着し、指を抜き、女の下着を剥ぎ取り、力任せに股を広げ、何も言わずに中へ突っ込んだ。女は呻くような声を漏らした。
「俺の玩具にされたいんだろ? ちゃんと俺の物だって分からせてやるよ」
 それでも女の様子が気になった。彼女達の望む通りに、とシンさんに言われたが、本当にこれで合っているのか内心不安な気持ちはあった。下手な事をして入店即日クビになっても困る。
 しかし女の喘ぎ声が段々と激しくなり、俺の動きに合わせるように自ら腰を動かしていた。俺はただ自分の善いように腰を動かし続けた。これでは今までに抱いてきた女と変わりない。だがこの女がそれを求めるなら、俺は徹底的に乱雑に抱く事にしようと意識を切り替えた。
「うるせえな」
 片手で女の口を塞いだ。
「デカい声出すなよ」
 俺はこの女を犯している。そう言い聞かせるように自分本位の行為を続けた。何が正解なのか分からない。腰を振りながら頭の中は疑問と自己問答で思考が渦巻いてイライラした。さっさと終わらせたい。
「もっと、もっと激しくして」
 声を我慢していた女が、物足りないと言わんばかりに俺の腰に脚を絡み付けてきた。女の中がきゅうきゅうと締め付けてイキそうになっているのが分かる。上体を起こし、俺が不意にペニスを抜くと女は驚いたように目を開いて下目で俺の様子を窺うようを見た。
「オナホが勝手に気持ち良くなってんじゃねぇよ」
 陰茎の先で女の陰核をぬるぬると撫でる。女は嫌、もっとして、などと俺に涙目になって懇願した。
「じゃあどうして欲しいか、その可愛い口で言えよ……何を、どこに欲しいって。なぁ、これが欲しいんだろ?」
 掠れた声で囁くように、俺は口を歪めて女に促した。女は卑猥な言葉を恥じもせず口にして、手を伸ばしてきた。
「ぐちゃぐちゃに濡らして欲しがって、オナホのくせにえろいな」
 擦り付けていたペニスを中に捩じ込んで乱雑に腰を打ちつけながら指で女の陰核を刺激すると、女は悲鳴のような声を上げて喘いだ。女の愛液でヌルヌルになった結合部は俺の腰の動きに合わせるように粘液が混ざるような卑猥な音がした。
「声出せ……気持ちいいって、叫んでイケよ」
 望み通り、ただめちゃくちゃに、乱暴に、腰を振り続けると、女の中は波打つように俺の陰茎に吸い付き、精を搾り取るように締めつけた。

 こんなんで、良いのだろうか。
 想像していた事の真逆の事をした。それでも女は喜んで、満足したようで、次からは俺を指名するとまで言って帰っていった。俺の本質の性格と女の性的嗜好がたまたま合致しただけだろう……と、その時は思った。
 しかしその後も、何故か俺を求める女は「モノのように扱われる事」「乱暴に抱かれたい」そんな要望を抱く客が多かった。元からの性格は変えようがない。が、仕事となればそれなりに努力しようと思っていた。それでも俺の何かしらの冷たさのようなものは滲み出ていたのかもしれない。だがシンさんの教えのとおり、本気で女を雑に扱ったことはない。女に望まれるからその通りにしているだけで、乱暴な態度を取りながらも女の表情、感情の機微には注意をはらった。その結果、割りと素のままの俺を好む女が何人も顧客についた。たまに甘い言葉を口にしてみたが、何故かそれも喜ばれた。よく分からないな、と思ったが、おかげで「男娼の俺」というキャラが定着し、気付けば店の指名ナンバーワンとやらの地位にまで上り詰めた。

 そんなある日、俺はシンさんに呼び出された。普段は絶対に行かないであろう静かにクラシック音楽が流れている小洒落た店に連れて行かれた。
「シュウヤ、とても頑張っているみたいだね」
 シンさんはワイングラスを片手に穏やかに微笑んだ。
「いや、運が良かっただけだと、思ってます。シンさんのような扱い方は出来てないですし、というか、これで間違ってないのか実は不安っつーか……」
「シュウヤ、別の店舗へ移籍しないか?」
 思わず、テーブルの上で彷徨わせていた視線を上げた。
「俺はシュウヤに期待している。もっと良質な店で君を雇いたい」
「え?」
「オーナーからの指示だ」
 食事を終えて案内された場所は繁華街の中でも高級店が並ぶ区画のビルだった。中は勤めている店舗とは天と地の差、と言って良いほどの清潔で高級な内装。行ったことはないが、高級ホテルのようだった。
「ここの一室を君に与える。内装は好きにしろ。不要なものは処分しても構わない」
「昇格って、事ですか?」
「俺もシュウヤには期待している」
 そう言ってシンさんは俺の肩を軽く叩き、美しい白絹のような髪を靡かせながら颯爽と部屋を後にした。
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