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金髪の青年の欲望
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湿った空気の悪い路地裏に、フードを被った青年が歩いていた。
「……」
フードの隙間から覗く髪は、明るい金髪だった。
「…………」
彼の口元には、いちご味の棒付きのキャンディーを咥えていた。
「…………ここだよな」
ゆっくりとした足取りで路地裏を抜ける。青年の身体が太陽の光に照らされて、金髪がよく光った。
強い日差しに、思わず目を細める。
「っ」
パサッとフードが落ちる。
眩しいくらい光る金髪の間から覗く瞳は、赤かった。
「ったく……」
チッと舌打ちをする青年は、上着のポケットに手を突っ込んで歩き出す。
目的地は、とある少年の家。
そこに行けば、青年の願い事が叶うかも知れなかった。
「ふふっ。楽しみだなぁ…………」
意地悪い笑みを浮かべた青年は携帯を取り出して地図を開く。
その地図を見ながら、歩みを進めた。
💫💫💫
ゾクっとした物が、暁人の背中を走る。
「……?」
何なのかわからないから、余計に怖い。
一ノ瀬の脚立事件が収まった後、彼と別れて暁人単独になった。
一ノ瀬から貰ったジュースを飲みきる。ゴクッゴクッと一気に喉にジュースを流し込む。
ヒンヤリしたジュースが喉を伝うと、火照った身体にちょうどいい。
「ん……」
ぷはぁっ、と缶から口を離す。
暁人は、近くにあったゴミ箱にジュースを入れた。
カコンっ、と音を出して、缶はゴミ箱に収まった。
「ごちそうさま」
久しぶりに飲むオレンジジュースは、やはり美味しかった。
「さて。……家には帰りたくないしなぁ」
家に帰ったらどうせ、両親から銃を押し付けられるだろう。
何があっても暁人は持ちたくない。
それを理解して欲しいのに。
——僕が狙われるなんて、絶対ない
なぜか自信があった。自分は誰からも狙われないという『自信』。
——かわいいって、みんな言うけど……
暁人はその言葉が嫌だった。友達に言われるのは構わないけど。
——僕が『かわいい』なら、世界中の男子かわいいよ
そう思っていた。
ずっと。
生まれてから十七年間。
「図書館でも行こうかな」
もう行くところがない。公園は暑くて行く気がない。
図書館は冷暖房が設備されているから、涼しいはず。
「自転車、乗ってこればよかった……」
暁人のいる場所は、一ノ瀬の家から近い。でも、図書館からは遠い。
歩いて行くと、二十分かかるか、かからないかくらいの距離だ。
自転車だったら十分で着くのに。
「失敗したぁ……」
誤算だった。今日一ノ瀬と会う予定はなかった。
休日とはいえ、あんなにも偶然、一ノ瀬に会うとは思っていなかった。
もし会うことを予想できていたら、自転車を持ってきただろう。
「あーあ…………」
ガクリとその場にしゃがみ込む。
——暑い…………
今年の夏は特に気温が高い。
今日の気温は三十度を超えている。短パンでもかなり暑い。
暁人は上に着ていた上着を脱いで、腰に巻く。
半袖になった暁人は、ぐーっと身体を伸ばす。
「はぁ……」
息を吐いて、暁人は足を持ち上げる。
図書館に向けて足を進めた。
「何借りようかな」
暑さを忘れようとして、暁人は図書館で何の本を借りるか考えていた。
「あ…………」
暁人の背後で、声が聞こえた。でも、暁人にはその声は聞こえない。
遠く離れているから、聞こえない。
「見つけた……」
——その声の正体は、金髪の青年だった。
💫💫💫
——二週間後。
暁人は図書館で借りた本を返しに、着替えていた。
「暁人ー? どこ行くんだ?」
家の中で声をかけたのは、兄だった。
「あ……〈玲於奈〉兄さん」
兄——玲於奈は、暁人の側に寄って身体を曲げる。
「本?」
「うん。二週間くらい前に借りた本だよ」
「どこで借りたんだ?」
「図書館だよ。……何で?」
必要以上に暁人に質問してくる玲於奈に、暁人は首を捻って尋ねる。
「ん?」
「何で、そんなに気にするの?」
いつも暁人が家を出る時は、行き先だけ聞いて見送るのに。
今日に限ってこんなにしつこいのだろう。
「いいか、暁人。金髪の男と会ったら、とりあえず逃げろよ」
「は?」
急に何を言っているのだ。
『金髪の男に会ったら逃げろ』?
どうしてだろう。
——金髪ってことは、外国人かな?
だったら会ってみたい。
今まで外国人に会ったことがない暁人にとって、これ以上ないくらい興味が湧いた。
「いいか?」
「え、何で?」
「色々と悪い噂が絶えないからだ」
玲於奈は暁人の肩に手を置いて、強く言う。
「お願いだから。お前は銃を持っていない」
「っ……」
たしかに、あの後、何度も親から勧められたが頑なに首を縦には振らなかった。
「お前力弱いから、すぐに襲われる」
「でも、金髪の人は男なんでしょ?」
男に襲われるとか、聞いたことがない。
暁人も男だ。
「だからだよ」
——は?
なに? その金髪の人は、『ゲイ』ってこと?
『ホモ』なの?
「えぇ……」
「えーじゃない。逃げないなら、俺も一緒に行くから」
「やだ」
「ふっ。言うと思った。——暁人、頼むから逃げろ」
ここまで本気な玲於奈の姿に圧倒された暁人は、渋々頭を縦に振った。
「ありがとう」
ぽんっと暁人の頭に玲於奈の手が乗る。そのまま優しく撫でられた。
「ちょっ……玲於奈……」
「呼び捨て禁止な」
「ぐっ……それ、まだ続いてるの?」
「一生続く」
暁人が十歳の頃、父親主催のパーティーで、玲於奈のことを呼び捨てで呼んだら、スーツを着た大人たちに睨まれたことがある。
すぐに玲於奈が助けてくれた。
そこから玲於奈のことは『兄さん』を付けて呼んでいる。
——この呼び方、言いづらいんだけどなぁ
『玲於奈』という名前自体言いづらいのに、そこに『兄さん』が付くと、余計言いづらくなる。
「マジで言ってるの?」
「ん? 俺はいつだってマジだけど?」
玲於奈はしれっと暁人の言葉を肯定する。暁人はその言葉を予想していたのか、重いため息をついて、一歩下がった。
「わかった」
「いい子だねー」
また頭を撫でられそうになり、暁人はもう一歩下がる。
「ちゃんと逃げるから」
「うん」
「もう行ってもいい?」
「いいよ。いってらっしゃい」
玲於奈は玄関までついて来て、暁人を見送った。
「行ってきます」
肩に鞄を下げて、暁人は家を出た。
図書館は暁人の家からも遠い。自転車で行こうかと思ったけど、やっぱりやめた。
——なんか、余計汗かきそう……
自転車の鍵をズボンに仕舞って図書館に続く一本道を歩く。
夏だから、と言って見慣れた景色が急に変わることはない。
学校に行く時も、遊びに行く時も通るこの道は、暁人にとって自分の家の庭みたいな物だった。
暁人はゆっくりとした足取りで図書館を目指す。
何分か歩いていると、暁人の右側から重たい足音が聞こえてくる。
「…………?」
片足を引きずって歩くような足音。
セミの声がうるさいが、限界まで耳を澄ますと、時々、ポタ……ポタ……と何かが地面に落ちる音が聞こえた。
「?」
暁人は音がする方に歩いて行く。
「なんだろう……」
だんだん音が暁人に近づいてくる。少しだけ恐怖はあるけど、誰かが怪我しているなら、放って置けない。
「誰か、いますか……?」
声をかけるが、返事はない。
「あの……」
再度声をかけるが、やはり返事はない。
「……………………………………助けて、くれ」
聞こえた。
「待ってて!」
誰かが助けを求めている。
そのことに気付いた暁人は、走った。目的場所は一ノ瀬の家。
ここからなら、自分の家よりかは一ノ瀬の家の方が近い。
駆け込んだ暁人は、勢いよく玄関のベルを鳴らす。
一ノ瀬の家はデカくて、玄関までの距離が他の家よりあるから、その分時間がかかる。
二回くらいベルを鳴らすと、少し不機嫌な顔をした一ノ瀬が出てきた。
暁人だと気付いた一ノ瀬は、一気に顔が明るくなる。
「あれ? 暁人くんじゃん!」
会えて嬉しいのか、一ノ瀬は声を弾ませる。
「ごめんっ! これ、預かってて!」
「っえ?」
思っていた返事と違っていたのか、一ノ瀬は拍子抜けした声を発する。
「なんで?」
「お願い、急いでるんだ!」
早くしないと、あの人が危ないかも知れない。
「い、いいけど…………」
「ありがとう! またね!」
一ノ瀬が鞄を預かってくれることを確認した暁人は、また走り出した。
きた道をまた走って戻る。
その場に取り残された一ノ瀬は、しばらく、開いた口を塞ぐのに時間がかかった。
💫💫💫
走ったおかげで、一ノ瀬の家からの往復でわずか五分しか経過していなかった。
「お待たせ…………っ!」
はぁはぁ、と息が整わない。全力疾走したのはいつぶりだろうか。
思い出せないくらい、久しぶりだった。
「あ、れ?」
さっきまでいた場所に戻っても、そこには誰もいなかった。
「おかしいな……」
ようやく息が落ち着いてきた頃、不思議なものを見つけた。
「っ、血痕?」
アスファルトに滲む、赤い、点々とした痕。
「まさか……」
——血が出ている状態で動いたのか!?
サァーっと暁人の顔から、血の気が引く。怪我をしたのは彼ではないのに、まるで自分のことのように物事を捉える。
「あー、もう!」
髪の毛をガシガシ掻いて、暁人はその血痕を追う。
血痕がプツリと消えたのは、あの場所から百メートルほど離れた公園に着いた。
「はぁはぁ……っ」
息がまた弾む。
「あ、いた……」
ぐるりと公園を見渡すと、ベンチの横で倒れ込んでいる青年を見つけた。
「ねぇ、あの!」
走って彼に近づく。
近くに寄ると、青年が倒れている場所には赤い水たまりが出来ていた。
「わっ、これはひどい………………っ」
青年の身体を起こすと、彼の腹部に小さな穴が開いていた。
「撃たれたの!?」
ぎょっとした。
暁人の近くで、銃で撃たれた人を見たのは初めてだったから、暁人の顔から表情が消える。
「あぁ、ヤバい、どうするんだっけ……」
パニックになってしまって、暁人の手が震える。
「ええと、まず服捲くって……」
撃たれたと思われる場所に触れないよう、暁人はそっと青年の服を捲くる。
————綺麗な腹筋が覗いた時、
パシッと、暁人の手を青年が掴んだ。
「ふっ……なに?」
「っ……!」
弱った笑顔を暁人に向ける青年は、掴んだ手首を離さない。
「もしかして、……夜這い?」
「バカですかっ!!?」
思わず声を荒らげてしまった。
——夜這いとか、本気でありえない。
「……」
フードの隙間から覗く髪は、明るい金髪だった。
「…………」
彼の口元には、いちご味の棒付きのキャンディーを咥えていた。
「…………ここだよな」
ゆっくりとした足取りで路地裏を抜ける。青年の身体が太陽の光に照らされて、金髪がよく光った。
強い日差しに、思わず目を細める。
「っ」
パサッとフードが落ちる。
眩しいくらい光る金髪の間から覗く瞳は、赤かった。
「ったく……」
チッと舌打ちをする青年は、上着のポケットに手を突っ込んで歩き出す。
目的地は、とある少年の家。
そこに行けば、青年の願い事が叶うかも知れなかった。
「ふふっ。楽しみだなぁ…………」
意地悪い笑みを浮かべた青年は携帯を取り出して地図を開く。
その地図を見ながら、歩みを進めた。
💫💫💫
ゾクっとした物が、暁人の背中を走る。
「……?」
何なのかわからないから、余計に怖い。
一ノ瀬の脚立事件が収まった後、彼と別れて暁人単独になった。
一ノ瀬から貰ったジュースを飲みきる。ゴクッゴクッと一気に喉にジュースを流し込む。
ヒンヤリしたジュースが喉を伝うと、火照った身体にちょうどいい。
「ん……」
ぷはぁっ、と缶から口を離す。
暁人は、近くにあったゴミ箱にジュースを入れた。
カコンっ、と音を出して、缶はゴミ箱に収まった。
「ごちそうさま」
久しぶりに飲むオレンジジュースは、やはり美味しかった。
「さて。……家には帰りたくないしなぁ」
家に帰ったらどうせ、両親から銃を押し付けられるだろう。
何があっても暁人は持ちたくない。
それを理解して欲しいのに。
——僕が狙われるなんて、絶対ない
なぜか自信があった。自分は誰からも狙われないという『自信』。
——かわいいって、みんな言うけど……
暁人はその言葉が嫌だった。友達に言われるのは構わないけど。
——僕が『かわいい』なら、世界中の男子かわいいよ
そう思っていた。
ずっと。
生まれてから十七年間。
「図書館でも行こうかな」
もう行くところがない。公園は暑くて行く気がない。
図書館は冷暖房が設備されているから、涼しいはず。
「自転車、乗ってこればよかった……」
暁人のいる場所は、一ノ瀬の家から近い。でも、図書館からは遠い。
歩いて行くと、二十分かかるか、かからないかくらいの距離だ。
自転車だったら十分で着くのに。
「失敗したぁ……」
誤算だった。今日一ノ瀬と会う予定はなかった。
休日とはいえ、あんなにも偶然、一ノ瀬に会うとは思っていなかった。
もし会うことを予想できていたら、自転車を持ってきただろう。
「あーあ…………」
ガクリとその場にしゃがみ込む。
——暑い…………
今年の夏は特に気温が高い。
今日の気温は三十度を超えている。短パンでもかなり暑い。
暁人は上に着ていた上着を脱いで、腰に巻く。
半袖になった暁人は、ぐーっと身体を伸ばす。
「はぁ……」
息を吐いて、暁人は足を持ち上げる。
図書館に向けて足を進めた。
「何借りようかな」
暑さを忘れようとして、暁人は図書館で何の本を借りるか考えていた。
「あ…………」
暁人の背後で、声が聞こえた。でも、暁人にはその声は聞こえない。
遠く離れているから、聞こえない。
「見つけた……」
——その声の正体は、金髪の青年だった。
💫💫💫
——二週間後。
暁人は図書館で借りた本を返しに、着替えていた。
「暁人ー? どこ行くんだ?」
家の中で声をかけたのは、兄だった。
「あ……〈玲於奈〉兄さん」
兄——玲於奈は、暁人の側に寄って身体を曲げる。
「本?」
「うん。二週間くらい前に借りた本だよ」
「どこで借りたんだ?」
「図書館だよ。……何で?」
必要以上に暁人に質問してくる玲於奈に、暁人は首を捻って尋ねる。
「ん?」
「何で、そんなに気にするの?」
いつも暁人が家を出る時は、行き先だけ聞いて見送るのに。
今日に限ってこんなにしつこいのだろう。
「いいか、暁人。金髪の男と会ったら、とりあえず逃げろよ」
「は?」
急に何を言っているのだ。
『金髪の男に会ったら逃げろ』?
どうしてだろう。
——金髪ってことは、外国人かな?
だったら会ってみたい。
今まで外国人に会ったことがない暁人にとって、これ以上ないくらい興味が湧いた。
「いいか?」
「え、何で?」
「色々と悪い噂が絶えないからだ」
玲於奈は暁人の肩に手を置いて、強く言う。
「お願いだから。お前は銃を持っていない」
「っ……」
たしかに、あの後、何度も親から勧められたが頑なに首を縦には振らなかった。
「お前力弱いから、すぐに襲われる」
「でも、金髪の人は男なんでしょ?」
男に襲われるとか、聞いたことがない。
暁人も男だ。
「だからだよ」
——は?
なに? その金髪の人は、『ゲイ』ってこと?
『ホモ』なの?
「えぇ……」
「えーじゃない。逃げないなら、俺も一緒に行くから」
「やだ」
「ふっ。言うと思った。——暁人、頼むから逃げろ」
ここまで本気な玲於奈の姿に圧倒された暁人は、渋々頭を縦に振った。
「ありがとう」
ぽんっと暁人の頭に玲於奈の手が乗る。そのまま優しく撫でられた。
「ちょっ……玲於奈……」
「呼び捨て禁止な」
「ぐっ……それ、まだ続いてるの?」
「一生続く」
暁人が十歳の頃、父親主催のパーティーで、玲於奈のことを呼び捨てで呼んだら、スーツを着た大人たちに睨まれたことがある。
すぐに玲於奈が助けてくれた。
そこから玲於奈のことは『兄さん』を付けて呼んでいる。
——この呼び方、言いづらいんだけどなぁ
『玲於奈』という名前自体言いづらいのに、そこに『兄さん』が付くと、余計言いづらくなる。
「マジで言ってるの?」
「ん? 俺はいつだってマジだけど?」
玲於奈はしれっと暁人の言葉を肯定する。暁人はその言葉を予想していたのか、重いため息をついて、一歩下がった。
「わかった」
「いい子だねー」
また頭を撫でられそうになり、暁人はもう一歩下がる。
「ちゃんと逃げるから」
「うん」
「もう行ってもいい?」
「いいよ。いってらっしゃい」
玲於奈は玄関までついて来て、暁人を見送った。
「行ってきます」
肩に鞄を下げて、暁人は家を出た。
図書館は暁人の家からも遠い。自転車で行こうかと思ったけど、やっぱりやめた。
——なんか、余計汗かきそう……
自転車の鍵をズボンに仕舞って図書館に続く一本道を歩く。
夏だから、と言って見慣れた景色が急に変わることはない。
学校に行く時も、遊びに行く時も通るこの道は、暁人にとって自分の家の庭みたいな物だった。
暁人はゆっくりとした足取りで図書館を目指す。
何分か歩いていると、暁人の右側から重たい足音が聞こえてくる。
「…………?」
片足を引きずって歩くような足音。
セミの声がうるさいが、限界まで耳を澄ますと、時々、ポタ……ポタ……と何かが地面に落ちる音が聞こえた。
「?」
暁人は音がする方に歩いて行く。
「なんだろう……」
だんだん音が暁人に近づいてくる。少しだけ恐怖はあるけど、誰かが怪我しているなら、放って置けない。
「誰か、いますか……?」
声をかけるが、返事はない。
「あの……」
再度声をかけるが、やはり返事はない。
「……………………………………助けて、くれ」
聞こえた。
「待ってて!」
誰かが助けを求めている。
そのことに気付いた暁人は、走った。目的場所は一ノ瀬の家。
ここからなら、自分の家よりかは一ノ瀬の家の方が近い。
駆け込んだ暁人は、勢いよく玄関のベルを鳴らす。
一ノ瀬の家はデカくて、玄関までの距離が他の家よりあるから、その分時間がかかる。
二回くらいベルを鳴らすと、少し不機嫌な顔をした一ノ瀬が出てきた。
暁人だと気付いた一ノ瀬は、一気に顔が明るくなる。
「あれ? 暁人くんじゃん!」
会えて嬉しいのか、一ノ瀬は声を弾ませる。
「ごめんっ! これ、預かってて!」
「っえ?」
思っていた返事と違っていたのか、一ノ瀬は拍子抜けした声を発する。
「なんで?」
「お願い、急いでるんだ!」
早くしないと、あの人が危ないかも知れない。
「い、いいけど…………」
「ありがとう! またね!」
一ノ瀬が鞄を預かってくれることを確認した暁人は、また走り出した。
きた道をまた走って戻る。
その場に取り残された一ノ瀬は、しばらく、開いた口を塞ぐのに時間がかかった。
💫💫💫
走ったおかげで、一ノ瀬の家からの往復でわずか五分しか経過していなかった。
「お待たせ…………っ!」
はぁはぁ、と息が整わない。全力疾走したのはいつぶりだろうか。
思い出せないくらい、久しぶりだった。
「あ、れ?」
さっきまでいた場所に戻っても、そこには誰もいなかった。
「おかしいな……」
ようやく息が落ち着いてきた頃、不思議なものを見つけた。
「っ、血痕?」
アスファルトに滲む、赤い、点々とした痕。
「まさか……」
——血が出ている状態で動いたのか!?
サァーっと暁人の顔から、血の気が引く。怪我をしたのは彼ではないのに、まるで自分のことのように物事を捉える。
「あー、もう!」
髪の毛をガシガシ掻いて、暁人はその血痕を追う。
血痕がプツリと消えたのは、あの場所から百メートルほど離れた公園に着いた。
「はぁはぁ……っ」
息がまた弾む。
「あ、いた……」
ぐるりと公園を見渡すと、ベンチの横で倒れ込んでいる青年を見つけた。
「ねぇ、あの!」
走って彼に近づく。
近くに寄ると、青年が倒れている場所には赤い水たまりが出来ていた。
「わっ、これはひどい………………っ」
青年の身体を起こすと、彼の腹部に小さな穴が開いていた。
「撃たれたの!?」
ぎょっとした。
暁人の近くで、銃で撃たれた人を見たのは初めてだったから、暁人の顔から表情が消える。
「あぁ、ヤバい、どうするんだっけ……」
パニックになってしまって、暁人の手が震える。
「ええと、まず服捲くって……」
撃たれたと思われる場所に触れないよう、暁人はそっと青年の服を捲くる。
————綺麗な腹筋が覗いた時、
パシッと、暁人の手を青年が掴んだ。
「ふっ……なに?」
「っ……!」
弱った笑顔を暁人に向ける青年は、掴んだ手首を離さない。
「もしかして、……夜這い?」
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