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初めまして、お人好しさん
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また路地裏を歩いていると、「いたぞっ!」と声が聞こえた。
きっと青年に向けられた物だろう。
「あいつらか……」
少し走りながら青年は振り向く。二人の男が、青年を追いかけていた。
見知った顔だった。
青年がこの街に来る前、一度喧嘩した相手だった。
「しつこいなぁ……っ」
あの喧嘩が起きたのは、もう三ヶ月も前の話だ。
——根に持つタイプかよ……っ
面倒くさい相手に絡まれたものだ。まぁ、自分から喧嘩をふっかけたのがキッカケなのだが。
「ここの路地裏、まだ把握し切れてないのに……っ」
この街に来て、まだ少ししか日数が経っていない。
「撃て、撃て!!」
「はぁっ!?」
後ろから聞こえた衝撃な言葉に、青年が過敏に反応する。
こんな狭い場所で撃たれたら、防ぎ用がない。
パァン、パァン……——
乾いた音が路地裏に響く。
狭すぎる場所で放たれた弾丸は、合計三発。
二発は何とか外れたが、一発は躱しきれず、青年の腹部に的中した。
「ぐぅぁ……っ」
弾丸が当たった衝撃で、青年の身体がぐらつく。
でもここで倒れるわけにはいかなかった。
まだ青年の目的は果たされていない。
だから、青年は自分の腰に手を出した。
——青年も一丁の銃を持っていた。
「くっ…………」
カチャンと銃を撃つ準備をする。手慣れているのか、青年は三秒かかるか、かからないかくらいで準備を完了させた。
青年は右手で銃を装備して、また走る。
走るたびに撃たれた場所から血が出てくるが、そんなのお構いなしに走り続ける。
少し開けた場所が見えてきて、青年はそこに滑り込む。
「はぁ……はぁ…………っ」
壁に身体を預けて、青年は肩で息をする。
またバタバタと足音がする。
——もう来たか…………
チッと舌打ちをして、青年は銃を持ち直す。
「いたぞ、ここだ!!」
すぐ近くで声が聞こえる。
チャンスは今しかない。そう思って青年は、銃の引き金に力を入れる。
「……………………ふぅ…………」
深く息を吸って吐く。
チャキ……と青年の銃が鳴る。
足音が本当に近くになった瞬間——
——パァン…………ッ
乾いた音がまた路地裏に響いた。
青年が撃った弾丸は、見事なまでに追手の一人の心臓付近に命中した。
もう一発は、男の頭に当たって、弾は脳を貫いて、小さな穴を開けた。
ぐらりと身体が傾いて、二人同時にその場に倒れる。
倒れた場所には、赤黒い水たまりが出来た。
青年はその二人を一瞥してから、その場から立ち去った。
青年も弱っていた。腹部に弾を受けて無事なわけなかった。
出血を止めなかったせいか、目の前がぼやけて見える。
「あー…………ヤバい…………こんなの、久しぶりすぎる……………………っ」
自分の身体が傷つくのは、本当にいつぶりだろうか。
これほど出血する怪我は最近していなかった。
「クラクラ…………する…………」
おぼつかない足取りで、何とか路地裏から抜ける。
太陽の光が青年を照らす。
「………………誰…………か」
——助けて
もう耐えられない。身体が悲鳴を上げている。
どこからか、かすかに声が聞こえる。
自分のことを心配してくれているのだろう。
でも、返事を返す余裕もない。
「…………………………助けて、くれ」
誰でもいいから、助けて欲しかった。
「待ってて!」
声がした。
青年は、目をうっすらと開けて声の主を見る。
「っ…………!?」
——あの、子は……
ずっと青年が探していた少年だった。
💫💫💫
公園で初めて金髪の青年と言葉を交わした。
でも、話した内容は衝撃的なものだった。
「もしかして、夜這い?」
——夜這い、って夜するんだよね?
暁人は首を傾げてその言葉を繰り返し脳内再生する。
はっ、として勢いよく否定した。
「バカですか!!?」
暁人の人生で『夜這い』することは、絶対にないだろう。
そこまでの勇気はないし、する相手もいない。
「ってか、それよりも……っ」
忘れかけていたが、目の前にいる青年は、大怪我を負っている。
「大丈夫……じゃないよね。うん……」
青年の顔色は全く良くない。むしろ、どんどん青ざめていく。
早く止血だけでもしないと、大量出血で死んでしまうかも知れない。
「大丈夫だよ。すぐ治るから」
そんな保証は暁人にはない。
でもそう言ったら、青年は優しく微笑んだ。
「………………そう、か」
「ええと…………まず、服………………」
撃たれた場所を見ようと、もう一度暁人は青年の服を捲る。
じわぁっ、と服に血が滲んでいる。
「っ………………」
「気持ち悪いだろ………………?」
かすかに、青年の唇が動く。
「ちょっとだけ……でも、大丈夫」
こんなにじっくり見たことはないから、少しだけ気持ち悪さはあるが、ここで彼を見捨てて逃げたくはなかった。
そんなことしたら、人間として失格だと思った。
暁人は頭をフル回転させて、出血を止める方法を思い出す。
「あ………………」
今暁人の手元にある道具で、血を止めることができるのは。
暁人が着ているシャツだった。
一度考えたら、もう行動に移すしかなかった。
ビリィッと勢いよくシャツを切る。
暁人の腹筋が完全に見えてしまうほど、シャツを切る。
分裂したシャツの切れ端を、青年の腹部に巻く。
ズボンのポケットからハンカチを出して、傷口に押し当てる。
一瞬青年が、苦痛で顔を歪める。
「ごめん。頑張って……」
ハンカチを傷口に強く押し当てた状態で、シャツをぐるぐる巻きにしていく。
「っうあ………………!」
痛かったのか、青年が悲鳴を上げる。
「ごめん………………っ!」
シャツの端と端を、解けないよう強く結んだ。
「これで、とりあえず大丈夫」
「っ、はぁ……はあ……は…………」
洗い呼吸を繰り返す青年。
暁人は青年の身体を抱き起こして、ベンチに座らせる。
「大丈夫?」
今更だが、誰、この人。
「あ、…………」
見惚れてしまうほどの見事な金髪。
その金髪の前髪から覗く、鋭い、赤く光る目。
暁人より年上に見えるこの青年。
——ん? もしかして…………
この人、もしかして。今日家で玲於奈に注意するように言われた、男じゃ。
その考えに到達すると、暁人はあからさまに、その青年と距離を取る。
「…………なんで、逃げんの?」
「あ、い、いや。用事、思い出して……」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃな——」
青年にからかわれて、暁人は足を一本前に出す。
それが、運の尽きだった。
青年に腕をグイッと引っ張られて、身体が前のめりになる。
「——え?」
頭の処理が追いつかない。
いつの間にか、青年の胸の中にいて、抱きしめられていた。
「は?」
人の肌の温度を感じて、暁人は焦る。
——まさか、本当に『ゲイ』なの!?
あの時までは、本気にしていなかった。でも、ここに来て、青年に抱きしめられて、自身の身体の安全が気になった。
「は、離して…………っ!」
しかも彼は怪我人だ。無理をさせたら、また血が出るかもしれない。
「やだ」
——『やだ』って…………
暁人は呆れてしまった。子供みたいなことを言う青年に、ため息をついた。
「離して、本当に…………」
もう一度強く言うが、青年は離してくれる気配がない。
でも、青年の抱きしめる力が弱くなって、暁人は身体を後ろに引く。
——やった!
チャンス、と思って暁人は青年から離れる。
青年と暁人の間に、少しだけ距離ができた。
この状態でもう少し後ろに暁人が体重をかければ、離れられるだろう。
そう思った。
でも——。
「え」
暁人の腰に添えられていた青年の手が、暁人の後頭部に回る。
グッと頭を押さえつけられて、暁人と青年の顔が近づく。
腰に残っている手にも力が入って、青年のほうに腰が抱き寄せられる。
青年の赤い瞳に、自分の顔が写り込んだ時——。
——ちゅっ。
暁人の唇に、温かいものが当たる。
それが何なのか気付いた時には、もう遅かった。
「んぅ……っ」
後頭部を強く押さえつけられて、青年からの熱烈なキスに、抵抗できない。
「ん…………」
青年の唇が、暁人の唇に、角度を変えて押しつけてくる。
「んんっ……!」
暁人は、誰かとキスするのはこれが初めてだった。
俗に言う、『ファーストキス』だった。
「んぅ……ぁっ…………!?」
暁人の唇に、青年の厚ぼったい舌が当たる。
暁人の唇の隙間に舌がねじ込まれる。
「ん……ぁ」
抵抗できなくて、暁人は口の力を抜いてしまった。
ここぞとばかりに、青年の舌が、暁人の口内に侵入してくる。
彼の舌は、暁人の口内を激しく撫で回す。
歯列をなぞられたりすると、背筋がゾクゾクしてくる。
「ん……ふぁ……っ」
このキスが気持ちいいのか、嫌なのか、わからないが、暁人の瞳には涙が浮かんでいた。
「は……ぁ……ンンッ!?」
一度、唇が離れて、暁人は息を大きく吸い込む。
キスが終わったと思った。
でも、違った。
「んぁう……っ!」
もう一度激しくキスをされる。舌を差し込まれ、奥の方で引っ込んでいた暁人の舌を攫う。
青年の舌が、暁人の舌を、強弱を付けて愛撫しまくる。
「ん、ぁぁぅ……ンンーっ……」
ぴちゃぴちゃと、いやらしい音が暁人の鼓膜を刺激する。
「ふぅぁ…………んぁあ…………!」
息継ぎを許さない激しいキスは、暁人の理性を吹っ飛ばす。
「や……ぁ……も、むり…………ぃ」
どんなに懇願しても、青年はキスをやめない。
深く口付けて、暁人の舌に吸い付く。
くちゅくちゅっ、と舌だけでキスを交わす。
ディープキスは、暁人の脳をとろけさせて、理性を失くさせる。
「んあ……」
青年は、名残惜しそうに唇を離す。
その際、深くキスをした証の、お互いの唾液が糸を引いた。
「は、ぁ…………」
青年を見つめる暁人は、きっとすごい顔をしているんだろう。
青年がいやらしい笑みを浮かべた。
「もっと、欲しい?」
そう聞かれて、暁人は一瞬固まった。
きっと正常の暁人なら、『いらないっ!』と言って断るだろう。
でも、今の暁人は、理性も感情も、ぐずぐずだった。
「欲し………………ぃ」
暁人の返事に満足したのか、青年はもう一度顔を近づけて、キスをした。
唇が触れ合うだけのキスから、舌を差し込まれて、ディープキスに変わる。
「ん、ぁ…………」
歯列をたどられて、ゾクゾクっとする。涙が頬を伝う。
「ん……ふぅ…………」
暁人は女みたいな声を漏らす。その声にそそられたのか、青年のキスが、より激しくなる。
「ンンっ!!」
キスの、唾液が絡まり合う音が、余計いやらしさを煽る。
「ん…………はぁ」
青年も声を漏らして、キスを深くする。
「や…………ぁ…………」
暁人は、呼吸が苦しくなって、自分から唇を離す。
「……嫌なの?」
ドキッとする言い方で、青年は暁人に尋ねる。
ふるふると暁人は、首を振る。
「息、出来なくて…………んぁ」
「そんなの、俺もだよ」
ちゅっと啄むようなキスをされて、暁人の表情がとろける。
「ん、ぁ」
「キス、欲しい?」
「欲し……ちょうだい…………」
理性が飛ぶと、人格が変わったかのようになるんだな、と暁人は思った。
「いいよ。いっぱいキスしてあげる」
「へへ………」
暁人は完全にとろけきった顔でふにゃり、と笑う。
「でも」
キスがもらえる。
そう思っていたのに、キスはされなかった。
「まず、自己紹介。忘れてた」
「あ…………」
キスをお預けにされた寂しさが、暁人の身体を支配する。
「自己紹介できたら、キスしてあげる」
「……………………ん」
こくん、と頷くと、青年は優しく笑った。
きっと青年に向けられた物だろう。
「あいつらか……」
少し走りながら青年は振り向く。二人の男が、青年を追いかけていた。
見知った顔だった。
青年がこの街に来る前、一度喧嘩した相手だった。
「しつこいなぁ……っ」
あの喧嘩が起きたのは、もう三ヶ月も前の話だ。
——根に持つタイプかよ……っ
面倒くさい相手に絡まれたものだ。まぁ、自分から喧嘩をふっかけたのがキッカケなのだが。
「ここの路地裏、まだ把握し切れてないのに……っ」
この街に来て、まだ少ししか日数が経っていない。
「撃て、撃て!!」
「はぁっ!?」
後ろから聞こえた衝撃な言葉に、青年が過敏に反応する。
こんな狭い場所で撃たれたら、防ぎ用がない。
パァン、パァン……——
乾いた音が路地裏に響く。
狭すぎる場所で放たれた弾丸は、合計三発。
二発は何とか外れたが、一発は躱しきれず、青年の腹部に的中した。
「ぐぅぁ……っ」
弾丸が当たった衝撃で、青年の身体がぐらつく。
でもここで倒れるわけにはいかなかった。
まだ青年の目的は果たされていない。
だから、青年は自分の腰に手を出した。
——青年も一丁の銃を持っていた。
「くっ…………」
カチャンと銃を撃つ準備をする。手慣れているのか、青年は三秒かかるか、かからないかくらいで準備を完了させた。
青年は右手で銃を装備して、また走る。
走るたびに撃たれた場所から血が出てくるが、そんなのお構いなしに走り続ける。
少し開けた場所が見えてきて、青年はそこに滑り込む。
「はぁ……はぁ…………っ」
壁に身体を預けて、青年は肩で息をする。
またバタバタと足音がする。
——もう来たか…………
チッと舌打ちをして、青年は銃を持ち直す。
「いたぞ、ここだ!!」
すぐ近くで声が聞こえる。
チャンスは今しかない。そう思って青年は、銃の引き金に力を入れる。
「……………………ふぅ…………」
深く息を吸って吐く。
チャキ……と青年の銃が鳴る。
足音が本当に近くになった瞬間——
——パァン…………ッ
乾いた音がまた路地裏に響いた。
青年が撃った弾丸は、見事なまでに追手の一人の心臓付近に命中した。
もう一発は、男の頭に当たって、弾は脳を貫いて、小さな穴を開けた。
ぐらりと身体が傾いて、二人同時にその場に倒れる。
倒れた場所には、赤黒い水たまりが出来た。
青年はその二人を一瞥してから、その場から立ち去った。
青年も弱っていた。腹部に弾を受けて無事なわけなかった。
出血を止めなかったせいか、目の前がぼやけて見える。
「あー…………ヤバい…………こんなの、久しぶりすぎる……………………っ」
自分の身体が傷つくのは、本当にいつぶりだろうか。
これほど出血する怪我は最近していなかった。
「クラクラ…………する…………」
おぼつかない足取りで、何とか路地裏から抜ける。
太陽の光が青年を照らす。
「………………誰…………か」
——助けて
もう耐えられない。身体が悲鳴を上げている。
どこからか、かすかに声が聞こえる。
自分のことを心配してくれているのだろう。
でも、返事を返す余裕もない。
「…………………………助けて、くれ」
誰でもいいから、助けて欲しかった。
「待ってて!」
声がした。
青年は、目をうっすらと開けて声の主を見る。
「っ…………!?」
——あの、子は……
ずっと青年が探していた少年だった。
💫💫💫
公園で初めて金髪の青年と言葉を交わした。
でも、話した内容は衝撃的なものだった。
「もしかして、夜這い?」
——夜這い、って夜するんだよね?
暁人は首を傾げてその言葉を繰り返し脳内再生する。
はっ、として勢いよく否定した。
「バカですか!!?」
暁人の人生で『夜這い』することは、絶対にないだろう。
そこまでの勇気はないし、する相手もいない。
「ってか、それよりも……っ」
忘れかけていたが、目の前にいる青年は、大怪我を負っている。
「大丈夫……じゃないよね。うん……」
青年の顔色は全く良くない。むしろ、どんどん青ざめていく。
早く止血だけでもしないと、大量出血で死んでしまうかも知れない。
「大丈夫だよ。すぐ治るから」
そんな保証は暁人にはない。
でもそう言ったら、青年は優しく微笑んだ。
「………………そう、か」
「ええと…………まず、服………………」
撃たれた場所を見ようと、もう一度暁人は青年の服を捲る。
じわぁっ、と服に血が滲んでいる。
「っ………………」
「気持ち悪いだろ………………?」
かすかに、青年の唇が動く。
「ちょっとだけ……でも、大丈夫」
こんなにじっくり見たことはないから、少しだけ気持ち悪さはあるが、ここで彼を見捨てて逃げたくはなかった。
そんなことしたら、人間として失格だと思った。
暁人は頭をフル回転させて、出血を止める方法を思い出す。
「あ………………」
今暁人の手元にある道具で、血を止めることができるのは。
暁人が着ているシャツだった。
一度考えたら、もう行動に移すしかなかった。
ビリィッと勢いよくシャツを切る。
暁人の腹筋が完全に見えてしまうほど、シャツを切る。
分裂したシャツの切れ端を、青年の腹部に巻く。
ズボンのポケットからハンカチを出して、傷口に押し当てる。
一瞬青年が、苦痛で顔を歪める。
「ごめん。頑張って……」
ハンカチを傷口に強く押し当てた状態で、シャツをぐるぐる巻きにしていく。
「っうあ………………!」
痛かったのか、青年が悲鳴を上げる。
「ごめん………………っ!」
シャツの端と端を、解けないよう強く結んだ。
「これで、とりあえず大丈夫」
「っ、はぁ……はあ……は…………」
洗い呼吸を繰り返す青年。
暁人は青年の身体を抱き起こして、ベンチに座らせる。
「大丈夫?」
今更だが、誰、この人。
「あ、…………」
見惚れてしまうほどの見事な金髪。
その金髪の前髪から覗く、鋭い、赤く光る目。
暁人より年上に見えるこの青年。
——ん? もしかして…………
この人、もしかして。今日家で玲於奈に注意するように言われた、男じゃ。
その考えに到達すると、暁人はあからさまに、その青年と距離を取る。
「…………なんで、逃げんの?」
「あ、い、いや。用事、思い出して……」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃな——」
青年にからかわれて、暁人は足を一本前に出す。
それが、運の尽きだった。
青年に腕をグイッと引っ張られて、身体が前のめりになる。
「——え?」
頭の処理が追いつかない。
いつの間にか、青年の胸の中にいて、抱きしめられていた。
「は?」
人の肌の温度を感じて、暁人は焦る。
——まさか、本当に『ゲイ』なの!?
あの時までは、本気にしていなかった。でも、ここに来て、青年に抱きしめられて、自身の身体の安全が気になった。
「は、離して…………っ!」
しかも彼は怪我人だ。無理をさせたら、また血が出るかもしれない。
「やだ」
——『やだ』って…………
暁人は呆れてしまった。子供みたいなことを言う青年に、ため息をついた。
「離して、本当に…………」
もう一度強く言うが、青年は離してくれる気配がない。
でも、青年の抱きしめる力が弱くなって、暁人は身体を後ろに引く。
——やった!
チャンス、と思って暁人は青年から離れる。
青年と暁人の間に、少しだけ距離ができた。
この状態でもう少し後ろに暁人が体重をかければ、離れられるだろう。
そう思った。
でも——。
「え」
暁人の腰に添えられていた青年の手が、暁人の後頭部に回る。
グッと頭を押さえつけられて、暁人と青年の顔が近づく。
腰に残っている手にも力が入って、青年のほうに腰が抱き寄せられる。
青年の赤い瞳に、自分の顔が写り込んだ時——。
——ちゅっ。
暁人の唇に、温かいものが当たる。
それが何なのか気付いた時には、もう遅かった。
「んぅ……っ」
後頭部を強く押さえつけられて、青年からの熱烈なキスに、抵抗できない。
「ん…………」
青年の唇が、暁人の唇に、角度を変えて押しつけてくる。
「んんっ……!」
暁人は、誰かとキスするのはこれが初めてだった。
俗に言う、『ファーストキス』だった。
「んぅ……ぁっ…………!?」
暁人の唇に、青年の厚ぼったい舌が当たる。
暁人の唇の隙間に舌がねじ込まれる。
「ん……ぁ」
抵抗できなくて、暁人は口の力を抜いてしまった。
ここぞとばかりに、青年の舌が、暁人の口内に侵入してくる。
彼の舌は、暁人の口内を激しく撫で回す。
歯列をなぞられたりすると、背筋がゾクゾクしてくる。
「ん……ふぁ……っ」
このキスが気持ちいいのか、嫌なのか、わからないが、暁人の瞳には涙が浮かんでいた。
「は……ぁ……ンンッ!?」
一度、唇が離れて、暁人は息を大きく吸い込む。
キスが終わったと思った。
でも、違った。
「んぁう……っ!」
もう一度激しくキスをされる。舌を差し込まれ、奥の方で引っ込んでいた暁人の舌を攫う。
青年の舌が、暁人の舌を、強弱を付けて愛撫しまくる。
「ん、ぁぁぅ……ンンーっ……」
ぴちゃぴちゃと、いやらしい音が暁人の鼓膜を刺激する。
「ふぅぁ…………んぁあ…………!」
息継ぎを許さない激しいキスは、暁人の理性を吹っ飛ばす。
「や……ぁ……も、むり…………ぃ」
どんなに懇願しても、青年はキスをやめない。
深く口付けて、暁人の舌に吸い付く。
くちゅくちゅっ、と舌だけでキスを交わす。
ディープキスは、暁人の脳をとろけさせて、理性を失くさせる。
「んあ……」
青年は、名残惜しそうに唇を離す。
その際、深くキスをした証の、お互いの唾液が糸を引いた。
「は、ぁ…………」
青年を見つめる暁人は、きっとすごい顔をしているんだろう。
青年がいやらしい笑みを浮かべた。
「もっと、欲しい?」
そう聞かれて、暁人は一瞬固まった。
きっと正常の暁人なら、『いらないっ!』と言って断るだろう。
でも、今の暁人は、理性も感情も、ぐずぐずだった。
「欲し………………ぃ」
暁人の返事に満足したのか、青年はもう一度顔を近づけて、キスをした。
唇が触れ合うだけのキスから、舌を差し込まれて、ディープキスに変わる。
「ん、ぁ…………」
歯列をたどられて、ゾクゾクっとする。涙が頬を伝う。
「ん……ふぅ…………」
暁人は女みたいな声を漏らす。その声にそそられたのか、青年のキスが、より激しくなる。
「ンンっ!!」
キスの、唾液が絡まり合う音が、余計いやらしさを煽る。
「ん…………はぁ」
青年も声を漏らして、キスを深くする。
「や…………ぁ…………」
暁人は、呼吸が苦しくなって、自分から唇を離す。
「……嫌なの?」
ドキッとする言い方で、青年は暁人に尋ねる。
ふるふると暁人は、首を振る。
「息、出来なくて…………んぁ」
「そんなの、俺もだよ」
ちゅっと啄むようなキスをされて、暁人の表情がとろける。
「ん、ぁ」
「キス、欲しい?」
「欲し……ちょうだい…………」
理性が飛ぶと、人格が変わったかのようになるんだな、と暁人は思った。
「いいよ。いっぱいキスしてあげる」
「へへ………」
暁人は完全にとろけきった顔でふにゃり、と笑う。
「でも」
キスがもらえる。
そう思っていたのに、キスはされなかった。
「まず、自己紹介。忘れてた」
「あ…………」
キスをお預けにされた寂しさが、暁人の身体を支配する。
「自己紹介できたら、キスしてあげる」
「……………………ん」
こくん、と頷くと、青年は優しく笑った。
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