「愛があれば十分だ」と私を捨てた婚約者へ――では、その婚約破棄の条件から確認いたしましょう

師走

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第2章 彼女が抜けた王都

5、見られていたもの

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エミリアたちを見送ったあと、談話室から執務室へ戻ると、執事がそっと近づいてきた。

「法務局より使いの者が」

差し出されたのは、小さな封ではなく、きちんとした短い書面だった。王家の封蝋ではない。だが、扱いとしては私信以上の重さがある。

リディアは封を切った。

中には二行だけ。

昨夜お渡しした要点案について、王家側より高い関心が示されています。
また、昨夜の件を見た方が、あなたと一度お話ししたいと望まれています。

最後に、ごく控えめな追記があった。

昨夜、上段から見ていた方です。

リディアはその一文を二度読んだ。

昨夜、上段から見ていた方。
答えはひとつしかない。

ヘレナ王女。

哀れみでも面白がりでもなく、ただ静かにこちらを見ていた眼差しが、はっきり脳裏に浮かぶ。

目の前で守ったばかりの小さな婚約と、まだ紙の上にあるだけの王女の婚姻。違うはずなのに、同じ綻びが見えた。

どちらも、愛や信頼という綺麗な言葉の陰で、片方だけを無防備にしようとしていた。

昨夜の視線の意味を、今なら少しだけ理解できる気がした。

執事が静かに訊く。

「ご返答はいかがなさいますか」

リディアは少し考え、それから頷いた。

「まだ正式な依頼ではないのでしょう」

「そのようです」

「でしたら、こちらからも正式な返答でなくて結構です。お話を伺う意志があるとだけ、お伝えください」

「かしこまりました」

執事が下がる。

部屋に一人残り、リディアは王女案件の紙へ手を伸ばした。

大きさも重さも、男爵令嬢の婚約とは比べものにならない。だが今日の面談で、むしろ確信したことがある。

小さな婚約も、王女の婚姻も、問われていることは同じだ。

守る条件のない約束は、愛の名を借りて片方の無防備を求める。
だから、条件が要る。

リディアは書面を閉じ、窓の外へ目を向けた。午後の光は少しずつ傾き始めている。昨夜、大広間の上段から自分を見ていた王女は、いったい何を思っていたのだろう。

その答えは、たぶんもう遠くない。
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