宙(そら)に願う。

星野そら

文字の大きさ
上 下
1 / 52

1 抗争の終結

しおりを挟む
 極東地区。
 コスモ・サンダー第4艦隊が基地を置く惑星ルイーズからほど近い宙域で、コスモ・サンダーの総力を挙げた決戦が始まった。

「これが! コスモ・サンダーの戦闘艇部隊なのか」
「宇宙艦から攻撃されながら、一糸乱れぬ態勢を維持できるなんて、どんな訓練、いやどんな神経してるんだッ!」
「すごい! あの中央にいる戦闘艇。なんて無茶しやがる…」

 連合宇宙軍第17管区、いわゆる極東地区。その第4部隊隊長、阿刀野リュウは、部下たちがもらす驚きとも感嘆ともつかない声を遠くに聞きながら、スクリーンに釘付けになっていた。
 ゴールドバーグ・ハンター(リュウにとっては兄の阿刀野レイである)が、コスモ・サンダーの総督就任を宣言(内部抗争宣言)してから、そろそろ3カ月になる。極東地区を中心に、宇宙全域で数々の戦いが繰り広げられてきた。
 犯罪者や海賊を取り締まり、宇宙の治安を維持するはずの宇宙軍が、この戦いには手を出さずにいる。仲裁もしなければ、抗争を収めようともしない。ただ、民間人が巻き込まれないように遠巻きに見守っているだけなのだ。

 連合宇宙軍内部では、コスモ・サンダーの抗争(内紛)にどう関わるか、かなり揉めた。見守っているだけに決まるまで、極東地区でも様々な意見が噴出した。
 この抗争を収められたら、宇宙軍だけではなく宇宙全域から認められ、かなりの名声を得ることができる。はみ出しものばかりの部隊であった第17管区(極東本部)が、一躍クローズアップされるかもしれない。第17管区を牛耳る野心の強いライトマン中佐だけでなく、ほとんどの兵士たちはこのチャンスを見逃す手はないと思ったのだ。

 が、セントラル本部は静観の姿勢を貫いた。
 きっちりと二つに割れたコスモ・サンダーである。どちらかに肩入れすることは避けねばならない。両軍を取り押さえるには、コスモ・サンダーは規模が大きすぎる。それに、下手に手を出せば抗争が広がりかねないという理由であった。

 つい先頃、第17管区司令官となったライトマン中佐をはじめ、兵士たちはしぶしぶその決定に従っていた。もちろん、阿刀野リュウ率いる第4部隊は別だ。隊長のリュウやルーインは、どんな形であれレイと闘いたくはなかった。もし闘ったら、自分たちが負けるであろうことを確信していたから。
 他の者たちは、勢力が衰えたところを叩きつぶせばいい、隙を見せれば攻めよう、もしも民間の船を巻き込んだらその時は…と機をうかがっていたのだ。
 だが、コスモ・サンダー正規軍(便宜上、ゴールドバーグ率いる艦隊を正規軍、極東地区を本部とするイエロー・サンダーたちを反乱軍と呼んでいる)は、その威力を見せつけるだけで、隙や衰えなど少しも感じさせない。しかも、これまで民間の宇宙船には一切、被害を与えていない。

 見事と言うしかない、闘い方であった。
 そんなわけで、宇宙軍は本日も、コスモ・サンダーの抗争を遠巻きに眺めていた。


「俺たちは、民間船を巻き込まないためのバリアか」

 と最初は不満たらたらだった兵士たちも、近くで見る卓越した戦闘シーンに息を呑み、勤務につきたがる者が増えているほどである。

「一段と激しくなったな」

 じっとスクリーンに見入るリュウの横に立って、ルーインが声をかけた。

「ああ…」
「見ろよ、恐ろしいほどの操縦。あの戦闘艇に乗ってるのは、絶対にレイさんだ」

 スクリーンの中で、敵を翻弄し続ける戦闘艇を指さし、ルーインが言う。

「なんでわかるんだ?」
「部隊をうまく操りながら、好き勝手に飛び回り、効果的に攻撃している。僕にはあんなことはできない。レイさんに決まっている」

 レイさん以外だったら、僕は自信をなくすよというルーインをリュウは睨み付けた。

「レイが海賊になんかなるもんか。あんなに嫌っていたのに。先頭を切って、容赦なく仲間を攻撃するなんて。俺には信じられない」
「阿刀野…。あれは海賊行為じゃない。戦闘だ。コスモ・サンダーを統一するための戦闘なんだ」
「どっちにしても…、冷酷すぎる」
「レイさんは好きでやってるわけじゃないよ。武力でしか解決できないことがあると言ってたじゃないか」
「あんなの…、レイじゃない。俺の知ってるレイじゃない…」

 リュウはまぶたの裏にやさしかったレイを思い描く。
 いつもとろけるような笑顔を見せてくれた。エメラルド・グリーンの瞳がキラキラ輝いていた。「どうしたの?」という甘い声での問いかけに、心に溜まっていた悲しみが溶けた。何も言わずにぎゅっと抱きしめてくれた。その胸の中で何度泣いたことだろう。
 それが。しばらく見ないうちにレイは変わっていた。

 凛とした姿。涼しげな美貌に浮かぶ温かな笑顔は変わらないのに、その瞳が写しているのはリュウではなかった。一緒に帰ろうという願いを聞いてもらえなかった。
 レイは俺を捨てたのだ。今のレイは俺の知っているレイじゃないとリュウは思った。
 もともと、他人だった。そしてレイは、俺より大切なものを見つけた。
 その事実は、リュウの生を根底から揺さぶるほどの絶望感をもたらした。


 先ほどから攻撃を受けて火花を散らしていた宇宙艦が、ぐらりと傾いたかと思うと、ピカッ! と閃光が走った。
 次の瞬間、反乱軍の宇宙艦が大きな火を噴いた。
 それは。後に極東100日戦争と呼ばれるようになる、海賊団、コスモ・サンダー抗争の勝敗を決する大きな契機であった。
 爆発の余波がリュウの乗る宇宙艦『ジェニー』をも揺るがす。だが、件の戦闘艇は爆発の余波になど動じもせず、散り散りに逃げまどう敵船に攻撃を仕掛けている。

「終わったな」

 ルーインがつぶやいたように、宇宙全域を巻き込んだ抗争は、それから間もなく終結した。コスモ・サンダー反乱軍は文字通り殲滅されたのだ。
 正規軍が反乱軍の本部を襲撃した時には、残っていた幹部や兵士たちは、抵抗する気さえ失っていたという。それなのに、泣いて許しを請うかつての仲間をゴールドバーグ・ハンターは容赦なく切り捨てた。正確に言うなら撃ち殺した…。
 最後の最後まで闘いの指揮を執っていた西部艦隊司令官のハーディは、本部に残っていた幹部や戦闘員たちとともに大勢が見守る大広間に連れてこられた。総督の前に自ら跪いたハーディに、ゴールドバーグ・ハンターは「命乞いなど聞かない」と言うと銃を向け、顔色一つ変えずに引き金を引いた。続いて、幹部たちにも。
 部下に任せることなく、自分の手で始末を付けた。冷酷で容赦ない姿に、味方でさえ、震えたという。
 その顔が壮絶なほど美しかった、とリュウの耳にまで噂が流れてきた。

 ――俺にはどんなことだってできる。俺はどんなことだってやってきたって。
   そりゃあ、楽しんだりはしないよ。でも、大切なものを守るためだったら、大切なひとを守るためだったら、俺にはなんだってできる。どんなに冷酷なことでもね――

 レイの言葉が頭の中に甦る。

「レイ…。俺の知ってるレイはどこにいったんだ…」

 リュウはやさしく笑んだ写真に向かって何度めかの問いを投げかけた。
しおりを挟む

処理中です...