宙(そら)に願う。

星野そら

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7 宇宙軍

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 ランディを口説き落として、ベルンからの帰途。
 珍しく副操縦席に座っていたレイモンドが、アレクセイに声をかけた。

「操縦、代わろうか?」
「いえ、結構です。僕は昨晩、遊んでいませんから」
「ん…、アーシャ。怒ってる?」

 いいえと首を振ったが、ランディとレイモンドのハチャメチャな態度に、確かにあきれてしまった。
 浴びるほど酒を飲むわ、周りを幾重にも囲むほど女を侍らせるわ。その上、気がついたらレイモンドはとびっきりの美女と消えていた。まさに、早業。
 あれっと思っているうちにランディもいなくなって、結局、たくさん残った女たちの相手をさせられるはめになったのだ。

「いつも、バーではあんな風なのですか?」
「ん~。昨日は喧嘩もしなかったし、誰にも迷惑をかけていないけど…」
「取り残されて最後まで付き合わされた僕は、迷惑でした」
「あれっ。最後まで付き合ったの? アーシャはやさしいから…。それとも、お持ち帰りしたい相手がいなかった? もしかして、美女より美少年の方がお好みだとか…」

 なっ。この人はなにを!

 レイモンドがいなくなってから、気が気ではなかった。楽しむどころではなく、いない相手の顔ばかりが浮かんできて。ホテルに帰ってからも、悶々として眠れなかったのだ。朝になってレイモンドが帰ってきた気配を感じたときは、正直ほっとした。
 アレクセイは腹立ち紛れに、グイっと、乱暴に航路をかえた。

「おっと、立ってたら、倒れちゃうよ?」
「すみませんね。下手な操縦で!」
「なに。昨晩は楽しめなかったの?」

 楽しめるわけがないだろうっ! 僕がほしいのはあなただけなのに。
 心の中で叫ぶが、レイモンドには『おまえに応えることはできない』と釘をさされている。

「総督は楽しまれたようですね」
「カラダは喜んでた。遊んだの、ほんとうに久しぶりだったからね」

 カラダは? 心は違うのか?

「節操がない…」

 口の中でつぶやいた言葉が聞こえたようで

「アーシャは厳しいなあ。俺は総督だけど、健全な若者なんだ。性欲があってもおかしくないでしょ。総督だけが禁欲生活しなきゃいけないなんて、規則はないよね」

 それは、その通りなのだが、アレクセイは割り切れない。マリオンなら諦められても、他の人間がレイモンドと一緒に過ごすのはたまらない。
 誰にも触れさせたくない。誰にも触れてもらいたくない。

「あ~あ。もともと俺は節操のない男なんだから。今頃になって非難されても困るよ」
「申し訳ありませんでしたッ」
「なに、どうして急に謝るわけ?」
「いえ、総督のなさることに文句を言う筋合いはありませんでした」

 レイモンドが何か言おうとするのを、アレクセイは遮った。

「僕は総督ほどの腕ではありませんので、操縦に集中させてください」

 頑なな態度に、レイモンドはふう、とため息を吐いて椅子に沈み込む。

「じゃあ、寝不足なんで、ルイーズに帰り着くまでひと眠りさせてもらうよ」


 怒りが収まりきらなくて、アレクセイの操縦はめちゃくちゃだった。養成所の生徒でももっとマシだろうというような。それなのに、副操縦席についた男は安らかな寝息を立てている。

「おまえの操縦なら安心して寝られる」

 そう言われているようで、アレクセイは苦笑する。
 久しぶりに見るシルバーのジャンプスーツ…、総督ご愛用のコスモ・サンダーの戦闘服である。髪をピシッと撫でつけると、隙のない姿になるのだが…。いまは寝乱れていて、あどけなささえ感じさせる。
 どうしても、惹かれずにいられない。そう考えてから、アレクセイは大きく首を振った。
 僕はコスモ・サンダー極東地区の司令官であり、コスモ・サンダーの副総督だ。マリオン様のように恋人にはなれない。
 それでもいい、と納得していたのではなかったのか。


 気を取り直して、本部に連絡を入れる。

「惑星ルイーズ管制塔」
「こちらCS-1(コスモ・サンダー、ファースト。総督が乗る宇宙船が名乗るナンバーである)、アレクセイ・ミハイル」
「あっ、司令官。お待ちください」

 すぐに待機していた幹部に通信がつながる。

「お疲れさまです。ミハイル司令官」
「問題はなかったか?」
「はい、とりたてて言うほどのことはありません」
「そうか。さきほど、極東宙域に入った。3時間ほどで帰還する」
「わかりました。中央艦隊のポール・デイビス司令官が首を長くしてお待ちです」
「わかった、もうすぐ一緒に帰ると伝えてくれ」
「ラジャー」

 アレクセイは、再び、計器からレイモンドへと目を移す。いつまで見ていても見飽きない美しい顔立ち。自分のものになりはしない、触れはできない相手を。
 それでも。
 じっと愛しい相手を見つめていられる時間は大切に思われた。

 と、レイモンドがわずかに身じろいだ。
 後になって、恐ろしいほどの危機予知能力だと考えついたが、その時のアレクセイは、ゆっくりと開いたレイモンドの焦点の定まらぬ目を、魅入られたように見つめていたのである。

 突然、警報機がビィ~~~と鋭い音を発し始めた。

「アーシャ。何があった!」

 一瞬で、ランディ言うところの闘いのモードになったレイモンドが鋭い質問を放つ。はっとしたアレクセイは計器とコンピュータを確かめ、それからスクリーンに目をやり、固まった。

「聞くまでもないね。囲まれてる。今まで、気づかなかったのか?」

 愕然としたアレクセイに冷たい声だ。確かに。スクリーンに注意していれば、もっと早くに気づいただろう。

「も、申し訳ありません」
「謝ってる場合じゃない。代われ」
「は、はい」

 レイモンドは操縦席に着くと、モニターを確認し、お手上げだという風に肩をすくめた。

「半端じゃない囲み方だ。モロ戦闘態勢。どうするかな、逃げるにもしても、気合いがいりそうだ」

 誰に言うでもなくつぶやくと、操縦桿に左手をかけた。
 まさにその時を見計らったように、通信が入ってきた。

『宇宙軍だ、止まれ』

 傲慢な命令形。レイモンドはチッと舌打ちすると、アレクセイを振り返った。

「宇宙軍か、どうする?」
「は、はい。取りあえず、相手の出方をみませんか」

 アレクセイはマイクに向かって、話しかけた。その声は冷静で、いままで茫然自失でいたことなど感じさせもしない、静かな威厳が漂っていた。

「こちら、CS-0285。提出した航路通りに惑星ルイーズに向けて航行中。止まらねばならない理由を教えてもらえますか」
「貨物船から、海賊に襲われたという通報があった。一斉取り締まりだ」

 アレクセイとレイモンドは顔を見合わせる。今のコスモ・サンダーには、民間の貨物船を襲うような馬鹿な真似をするヤツはいない。それに、コスモ・サンダーが仕切っている宙域に殴り込みをかける海賊もいないはずだ。
 何よりも。こんな小型宇宙船に、貨物船を襲うことなどできるはずがない。
 ということは。

「仕掛けられたな」
「そうですね…」
「コスモ・サンダーの船だと見当をつけて囲んでいる」

『おとなしく従え』

 通信機を通して、命令慣れした口調が聞こえてきた。

「これは小型宇宙船だ。貨物船を襲うような装備はない」

『口でなら何とでも言える。文句は査察の後で聞こう。おとなしくしていれば、無茶なことはしない。こちらが戦闘態勢なのはわかるな』

 刃向かえば公務執行妨害として撃ち落とすことも厭わないと正面切って言われたようなものだ。


「逃げられそうにない。宇宙軍にミサイルを撃ち込みたくもないし…、仕方ないね。ヤバイものは何もないから、納得いくように調べてもらうか」

 自分はともかく、総督が乗っているところがいちばんヤバイのだが。

「しかし……」
「あいつらにしても、コスモ・サンダーと戦争をするつもりはないだろう?」
「……総督を宇宙軍に引き渡したなどと知られたら、僕は絞め殺されます」
「俺を宇宙軍に引き渡すの?」
「まさかっ! 言い直します。総督が宇宙軍に拉致されたと知ったら、僕のせいでそうなったと知ったら、吊し上げられます。それに、あなたを取り戻すために、コスモ・サンダーは宇宙軍相手に戦争を仕掛けますよ」
「俺の命令を無視して?」
「僕なら、そうします」

 アレクセイは力強く答えた。

「はあ。…ねえ、アーシャ。俺たちがコスモ・サンダーだということはわかっていても、俺が総督だとは思わないよ。名前ほど顔は知られていない。それともアーシャの方がヤバイ?」
「いえ、僕は大丈夫です。それより、宇宙軍には、弟さんの部隊が…」

 アレクセイの言葉は、レイモンドの鋭い視線で封じられた。

「リュウもルーインも、下手なことは言わない。俺はあいつらを信じる」

 今は、絶対の自信がないのがつらいところだとレイモンドは密かにため息をついた。
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