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第四章
1 15歳での潜入
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連合宇宙軍中央本部、通称セントラル。その中でも、宇宙軍士官でさえ、滅多に足を踏み入れたことがない場所にアレクセイはいた。
「ミハイル・ザハロフです」
「入れ」
「失礼します」
扉の外で短い許可の声を聞いたアレクセイは扉を開く。フローリングの広い部屋にはオークのどっしりした机と書棚が置かれ、アールデコ調の応接セットの下には、分厚い絨毯が敷かれていた。
迎え入れたのは宇宙軍の最高位、クレイトス元帥である。以前に会ったときと比べると髪に白いものが交じっていたが、威風堂々という姿は相変わらずであった。その射るような眼差しも。
アレクセイはクレイトス元帥の前で立ち止まると、ピシリと踵をそろえ敬礼した。元帥の目が細められアレクセイの顔を確認すると、一転してその表情が穏やかになった。
「まあ、掛けなさい」
「はっ、ありがとうございます」
「そんなに固くなることはない。久しぶりだな、アーシャ」
「はい…」
「見違えるほど大人になった、と言えば失礼かな?」
「いえ…」
「お祖父様に叱られて、わたしの膝にすがりついていたのがつい先日のことのように思える…、お祖父様はお元気か?」
アレクセイは少し頬を染めた。
「僕もしばらく会っていませんが、元気だと聞いています」
「そうか。たまには訪ねて差し上げろ。喜ばれるだろう。誰よりもキミを可愛がっていた。キミも懐いていたじゃないか」
「僕の相手をしてくれるのは祖父しかいませんでしたから。あの家では、父も兄たちも僕には無関心だった。……祖父には、可愛がってもらっていたのでしょうか?」
「わたしはそう思っているが、違ったかね」
「祖父には感謝しています。でも、僕は普通の子どものするようなことをしたことがない」
物心がついたときには銃やナイフを握っていた。どこかに連れて行ってくれるといったら、決まって軍のトレーニングルームやプール。
時には宇宙船に乗せてもらったこともあるが…、子どもらしい遊びとはかけ離れていた。
「ははっ、かなりのスパルタだったからな。お祖父様はそのような接し方しか知らなかったのだろう。宇宙軍の中枢におられ、ものすごく忙しかった。
それでも、キミにはできる限りの時間をさいておられたよ。アーシャ、あの方は無意味だと思うものには、それこそ無関心だった。キミの兄たちはお父さんの会社を継ぐだろうし、軍人としてやっていく器量はないと公言していた。教えもしないし、叱りもしなかったはずだ。
それに比べて、キミはよく叱られただろう。それだけ、目をかけられていたんだよ」
「でも、途中で放り出した。祖父は僕をコスモ・サンダーの養成所に入れた。やっかい払いです」
「それは違う。キミが放り出されたと思うのは無理もないし、ひどい話だろうが、宇宙の治安を維持するためにはコスモ・サンダーを何とかしないといけなかったのだ。
あの頃、コスモ・サンダーは急激に力をつけていた。やることも派手だったし、民間への被害が激増していた。
コスモ・サンダーへの潜入は将来を見据えた懸案だった。だが、誰を、どのように? セントラルの中枢部でさまざまな兵士たちが候補に挙がり、消えていった。宇宙軍では、長くコスモ・サンダーにいて正確な情報を流せる男、コスモ・サンダーの中枢部に入り込める男を探していた。わたしも候補に挙がったが、はねられたよ。年を取りすぎているとね。
そんな時に、お祖父様が言い出されたのが、孫をコスモ・サンダーの養成所に入れるという案だった」
「わかっています。経緯については、祖父から聞かされました。宇宙軍の士官学校で学ぶことをコスモ・サンダーでなら数年早く学ぶことができる。おまえは真面目にトレーニングに励み、コスモ・サンダーで認められるようになれと言い聞かされました。
でも、15歳の子どもに納得できると思いますか。なぜ、僕なんだって。あんな家でも離れたくなかった。家族と一緒にいたかった。祖父もきっと、父や兄のように僕が邪魔になったのだと」
「あの時、キミは15歳だったのか。まだ、保護者が必要な時期だ。……恨んでいるのか?」
「そうですね、最初は恨みました…」
ひどいと思った。守ってくれる者が一人もいない海賊の組織へ放り込まれたのだ。不安を感じて当然だ。
それも、普通は16~18歳のものが選抜されるのに、アレクセイは15歳で試験を受けさせられ、クリアしてしまった。それだけで目立っていたのだ。
「誰にも負けるわけにはいかなかった。僕には泣いて帰る家はないと思っていたから…、死にものぐるいで頑張りました」
「お祖父様は、いつもキミが帰ってくるのを楽しみにしておられた。アレクセイは見るたびに賢く、強くなると自慢しておられたよ」
「そうですか。休暇で戻っても祖父は特別うれしそうな顔をしませんでしたが。
……それでも、先ほども言いましたが、祖父には感謝しています。銃や格闘術、操縦に関しても基礎は叩き込まれていたから、養成所でのハードなトレーニングについて行けた。それに、あそこに入って、僕よりずっと過酷な運命を背負っている者がいることも知りました」
プリンス…。
それでもあの人は泣き言など言わなかった。自分の決めた道を歩むために、精一杯の努力をしていた。
あの人に比べれば、泣いて戻る家がないくらい、たいしたことではなかった。あの人がマリオン様に受けていた躾や指導に比べれば、祖父など甘いものだとも思った。
そして何より。プリンスと出逢えて生きる意味を見つけた。
「宇宙軍に入ってそのまま軍務につくより、ずっと面白い経験をさせてもらいました。この18年間、辛いこともありましたが、いまは、祖父に礼を言いたいくらいです」
「18年か、長いな」
「はい」
「ミハイル・ザハロフです」
「入れ」
「失礼します」
扉の外で短い許可の声を聞いたアレクセイは扉を開く。フローリングの広い部屋にはオークのどっしりした机と書棚が置かれ、アールデコ調の応接セットの下には、分厚い絨毯が敷かれていた。
迎え入れたのは宇宙軍の最高位、クレイトス元帥である。以前に会ったときと比べると髪に白いものが交じっていたが、威風堂々という姿は相変わらずであった。その射るような眼差しも。
アレクセイはクレイトス元帥の前で立ち止まると、ピシリと踵をそろえ敬礼した。元帥の目が細められアレクセイの顔を確認すると、一転してその表情が穏やかになった。
「まあ、掛けなさい」
「はっ、ありがとうございます」
「そんなに固くなることはない。久しぶりだな、アーシャ」
「はい…」
「見違えるほど大人になった、と言えば失礼かな?」
「いえ…」
「お祖父様に叱られて、わたしの膝にすがりついていたのがつい先日のことのように思える…、お祖父様はお元気か?」
アレクセイは少し頬を染めた。
「僕もしばらく会っていませんが、元気だと聞いています」
「そうか。たまには訪ねて差し上げろ。喜ばれるだろう。誰よりもキミを可愛がっていた。キミも懐いていたじゃないか」
「僕の相手をしてくれるのは祖父しかいませんでしたから。あの家では、父も兄たちも僕には無関心だった。……祖父には、可愛がってもらっていたのでしょうか?」
「わたしはそう思っているが、違ったかね」
「祖父には感謝しています。でも、僕は普通の子どものするようなことをしたことがない」
物心がついたときには銃やナイフを握っていた。どこかに連れて行ってくれるといったら、決まって軍のトレーニングルームやプール。
時には宇宙船に乗せてもらったこともあるが…、子どもらしい遊びとはかけ離れていた。
「ははっ、かなりのスパルタだったからな。お祖父様はそのような接し方しか知らなかったのだろう。宇宙軍の中枢におられ、ものすごく忙しかった。
それでも、キミにはできる限りの時間をさいておられたよ。アーシャ、あの方は無意味だと思うものには、それこそ無関心だった。キミの兄たちはお父さんの会社を継ぐだろうし、軍人としてやっていく器量はないと公言していた。教えもしないし、叱りもしなかったはずだ。
それに比べて、キミはよく叱られただろう。それだけ、目をかけられていたんだよ」
「でも、途中で放り出した。祖父は僕をコスモ・サンダーの養成所に入れた。やっかい払いです」
「それは違う。キミが放り出されたと思うのは無理もないし、ひどい話だろうが、宇宙の治安を維持するためにはコスモ・サンダーを何とかしないといけなかったのだ。
あの頃、コスモ・サンダーは急激に力をつけていた。やることも派手だったし、民間への被害が激増していた。
コスモ・サンダーへの潜入は将来を見据えた懸案だった。だが、誰を、どのように? セントラルの中枢部でさまざまな兵士たちが候補に挙がり、消えていった。宇宙軍では、長くコスモ・サンダーにいて正確な情報を流せる男、コスモ・サンダーの中枢部に入り込める男を探していた。わたしも候補に挙がったが、はねられたよ。年を取りすぎているとね。
そんな時に、お祖父様が言い出されたのが、孫をコスモ・サンダーの養成所に入れるという案だった」
「わかっています。経緯については、祖父から聞かされました。宇宙軍の士官学校で学ぶことをコスモ・サンダーでなら数年早く学ぶことができる。おまえは真面目にトレーニングに励み、コスモ・サンダーで認められるようになれと言い聞かされました。
でも、15歳の子どもに納得できると思いますか。なぜ、僕なんだって。あんな家でも離れたくなかった。家族と一緒にいたかった。祖父もきっと、父や兄のように僕が邪魔になったのだと」
「あの時、キミは15歳だったのか。まだ、保護者が必要な時期だ。……恨んでいるのか?」
「そうですね、最初は恨みました…」
ひどいと思った。守ってくれる者が一人もいない海賊の組織へ放り込まれたのだ。不安を感じて当然だ。
それも、普通は16~18歳のものが選抜されるのに、アレクセイは15歳で試験を受けさせられ、クリアしてしまった。それだけで目立っていたのだ。
「誰にも負けるわけにはいかなかった。僕には泣いて帰る家はないと思っていたから…、死にものぐるいで頑張りました」
「お祖父様は、いつもキミが帰ってくるのを楽しみにしておられた。アレクセイは見るたびに賢く、強くなると自慢しておられたよ」
「そうですか。休暇で戻っても祖父は特別うれしそうな顔をしませんでしたが。
……それでも、先ほども言いましたが、祖父には感謝しています。銃や格闘術、操縦に関しても基礎は叩き込まれていたから、養成所でのハードなトレーニングについて行けた。それに、あそこに入って、僕よりずっと過酷な運命を背負っている者がいることも知りました」
プリンス…。
それでもあの人は泣き言など言わなかった。自分の決めた道を歩むために、精一杯の努力をしていた。
あの人に比べれば、泣いて戻る家がないくらい、たいしたことではなかった。あの人がマリオン様に受けていた躾や指導に比べれば、祖父など甘いものだとも思った。
そして何より。プリンスと出逢えて生きる意味を見つけた。
「宇宙軍に入ってそのまま軍務につくより、ずっと面白い経験をさせてもらいました。この18年間、辛いこともありましたが、いまは、祖父に礼を言いたいくらいです」
「18年か、長いな」
「はい」
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