宙(そら)に願う。

星野そら

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 アレクセイは元帥の執務室から出ると、その足で特殊部隊タスクフォースのゲイリー・チェイス中佐の元を訪れた。

「ゲイリー、入るぞ」

 ノックをすると、すぐに扉を開く。

「おっ、アーシャ。戻っていると聞いて、探しに行こうと思っていたところだ。まあ、座れよ」
「ああ」

 アレクセイは先ほどの元帥の執務室とは比べものにならない固いソファに腰掛けた。

「今度は帰ってくるんだろう。宇宙軍中佐という身分がバレては、コスモ・サンダーへの潜入は無理だからな」

 遠慮のない言葉に、アレクセイは思わず瞳を鋭くする。アレクセイが睨んでもゲイリーはまったく気にせずに続ける。

「恐い顔をするなよ。おまえはずっとコスモ・サンダーをスパイしてきた。これまではうまくいった。でもバレちまったらできないだろう。戻ったら殺されるぞ。近づかない方がいい。
 コスモ・サンダーの中枢部に入り込み、作り上げた情報網を利用できないとこちらもツライが、おまえの命には替えられない」

 常識的に考えるとそうだが…。

「コスモ・サンダーへ戻っても殺されたりはしない」
「ほう、自信たっぷりだな。まあ、コスモ・サンダーの総督は宇宙軍に危害を加えないって方針らしいしな。
 だが、おまえはもう使えない。宇宙軍に通じているおまえを信用するヤツはいない。重要な情報はつかめない」

 はっきり言い切られて、アレクセイは愕然とする。

「僕はもう、コスモ・サンダーでは信用されないと…」
「当たり前だろう。コスモ・サンダーのことは忘れて、特殊部隊で責任者らしい仕事をしろよ。俺は長いことおまえの代理で特殊部隊を率いてきた。そろそろ楽をさせてくれ」

 おまえを信用するヤツはいない。その言葉がアレクセイを打ちのめす。
 あの人にも信用してはもらえないのだろうか。くそっ!

「……、残念だったな、ゲイリー。僕はセントラルで、別の任務が用意されているそうだ」
「なっ、なんだって! それはあんまりだ。誰だ、引き抜こうってヤツは。俺は断固、抗議する。言えよ」

 今すぐにも立ち上がりそうなゲイリーを見て、アレクセイは少し溜飲が下がる思いがした。

「キミなら、特殊部隊を引っぱっていける。わざわざ僕が戻るまでもない。それに、僕は工作員には向いているが、本部で指示を出す人間じゃない」
「おまえは工作員としては最高だ。だが、それはおまえが人を動かせないということとは違う。何をやらせてもおまえに適うヤツは少ない。海賊の組織を統率できる男がそうそういるか?」

 アレクセイは首を振る。
 組織を統率するには器が必要だ。この男に付いていこうと思えるような器が。それは言い換えると、人を従える力だ。レイモンドと比べたら、いや、マリオン様にさえ自分は遠く及ばないと思う。
 コスモ・サンダー極東地区、第4艦隊の連中だって、レイモンドの後ろ盾があったから文句を言わずに従ってくれたのだ。僕なんて、せいぜい、補佐程度だとアレクセイは自嘲した。
 ゲイリーがレイモンドを知ったらどう感じるだろう。

「何がおかしい、アーシャ?」
「僕を頼るなんて、宇宙軍は海賊より統率力のある男が少ないのかと思っただけだ」

 コスモ・サンダーの方が人材豊富だなんて笑わせる。レイモンドは特別だが…、人を惹きつける力なら、阿刀野リュウも持っていた。だが、あの男も宇宙軍を離れてしまうだろう。

「なあ、ゲイリー。ここ数日チェックしてないが、阿刀野中尉がどうなったか知っているか。第17管区、第4部隊の」

 ゼッド司令官は、基地が落ち着いたら、第4部隊を呼び戻すと言っていた。

「第4部隊が極東基地に戻ったという情報はない。それより、阿刀野リュウはコスモ・サンダーの総督と親しいというのは本当か?」
「誰がそんなことを?」
「誰がって、みなが言ってるぞ。名前で呼びかけていたって。まあ、阿刀野リュウよりルーイン・アドラーの方が、分が悪いが…」
「分が悪いとはどういうことだ?」
「アドラー中尉はコスモ・サンダー総督を牢から出し、宙港でも総督を庇って撃たれたそうじゃないか。2人は親密な関係だと噂が飛び交っている」
「そうか」

 あの場面を目にした者が話したのだとアレクセイはうなずいた。仕方がない。
 だが、さすがにゲイリーは噂を鵜呑みにするようなことはしないようだ。

「で、実際のところはどうなんだ? 阿刀野リュウには俺も興味があるし、ルーイン・アドラーに関してはアドラー家が騒いでいるぜ。アドラー家と海賊は何のつながりもない。宇宙軍を裏切り、息子がコスモ・サンダー総督を逃がす手助けをするはずがない、とな…」
「ああ。確かに、アドラー家とコスモ・サンダーにはつながりはない。それに、アドラー中尉がゴールドバーグ総督を逃がす手助けをしたと言っても…。
 ゲイリー、おまえが、一緒にいるのがコスモ・サンダーの総督だと知ったらどうする?  庇わないか。アドラー中尉はコスモ・サンダーの総督を殺したらたいへんなことになると判断したのだろう。僕は正しい判断だと思う。コスモ・サンダーの艦隊が軍基地を囲んでいた。もし総督を殺したりしたら、基地は壊滅させられていた」
「おいおい…、壊滅って。おまえは宇宙軍の力を見くびっているのか。それほど簡単には…」

 アレクセイはゲイリーの台詞を途中でさえぎった。

「宇宙軍の極東基地を壊滅させるくらいわけはない」

 ただ、総督に叱られるのがイヤで武力行使をしなかっただけ。
 ゲイリーは驚いた顔でアレクセイを見つめた。

「そ、それなら…。宇宙軍よりコスモ・サンダーの方が強い、というのか」
「あの場にはコスモ・サンダーの極東艦隊(第4艦隊)と中央艦隊がいた。2つの艦隊なら、極東基地などたやすく壊滅させられると言っているんだ。
 僕は仮にもコスモ・サンダー極東地区司令官だった。どの程度の力を持っているか正確に把握している」

 もし、ゴールドバーグ総督を殺されたら、いや傷つけられただけでも歯止めが効かなかっただろう。ポールではなく、自分が宇宙軍の惑星を囲んでいたとしても、徹底的に基地を叩く。それでも、気持ちが納まるかどうかわからない。

「ゴールドバーグ総督を殺したら、間違いなく、コスモ・サンダーは暴走する。宇宙軍極東基地の壊滅くらいで済めばいいが…」
「どうなるんだ?」
「コスモ・サンダーはもとの残忍な海賊集団に戻ってしまう。コスモ・サンダー内部それぞれの艦隊がつぶし合いをする。よその海賊が勢力を広げるために攻めてくる。宇宙は、考えられないくらい乱れるだろう」

 レイモンド以外にコスモ・サンダーをまとめられる男はいない。統率できる男はいないのだ。レイモンドでさえ、先頭に立って、あの抗争を闘わねばならなかった。
 多くの戦闘員を犠牲にして絶対的な力を見せつけなければならなかった。コスモ・サンダーとは、海賊とはそういう組織なのだ。

「コスモ・サンダーを知り尽くしたおまえが言うんだから、あながち間違いではないんだろうな。なあ、コスモ・サンダーと宇宙軍がやりあえばどうなる?」

 アレクセイは少し考えた。

「コスモ・サンダーは、今でも構成員3万人以上の大きな組織だ。単なる海賊とは違う。だが、宇宙軍ほど広い範囲を掌握しているわけではないし、総員で比べると宇宙軍の方が強大だ…。だが、下手に手出しはしない方がいい」
「ふむ。全面対決をすれば宇宙軍が数の上で勝っているが、各地域個別に闘うとコスモ・サンダーの方が強いということか?」

 アレクセイはその問いに、直接は応えなかった。

「なあ、宇宙軍は宇宙の治安維持が仕事だ。わざわざ、コスモ・サンダーを攻撃して、平和を乱すような真似をする必要はないだろう?」
「まあな。ゴールドバーグ総督は宇宙軍とは闘わない主義だしな。宇宙軍は彼を支持すべきで、殺すなどもってのほかってことか」
「そういうことだ。僕に言わせれば、あの人こそ宇宙の平和の要だと思う」
「そこまで入れ込むか、おまえがなあ。コスモ・サンダーの総督はそれほどの男か?」

 アレクセイは真顔でうなずいた。

「器が違う。あの人と比べると、僕などせいぜい補佐程度」

 それでも満足していた。レイモンドは、たいへんなこと、いやなことは、いつも自分が処理する。部下に重荷を背負わせたりしなかった。困ったことも、話すだけで肩の荷が降りた。
 あの人の心がほしいなどと願ったのは高望みだったのだ…。
 ポーカーフェイスの隙間から一瞬のぞかせた切なそうな表情を、ゲイリーに指摘される。

「……珍しいな、そんな顔をして…。おまえは昔からあの男のファンだった。だが、もう忘れろ」

 簡単に言ってくれる。できるものなら、ずっと前にそうしているとアレクセイは思ったが、口には出さずにゲイリーの目を見て、静かに言った。

「クレイトス元帥の下で監査部隊を指揮しないかと打診された」
「な…。くそっ、相手は元帥か。せっかくコスモ・サンダーから奪い返せたってのに。おまえを取り戻すのは難しいぜ。まったく! だが、アーシャ、覚えておけ。おまえは宇宙軍に必要とされてるってことだよ」

 その裏には、コスモ・サンダーには必要とされないという言葉が隠れているような気がした。

 少なくとも少し前までは必要とされていた。極東地区を再建し、艦隊を統率することは期待されていた。
 それでも…、あの人を逃がすために手を離したら、戻ってこいとは言ってもらえない。マリオン様のように、レイモンドに追ってはもらえないのだ。
 結局、僕はあの人の帰る場所になれなかったのだろうか。

「そうかも知れない。僕は必要とされる場所で必要とされることをした方がいいのかもしれない」
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