宙(そら)に願う。

星野そら

文字の大きさ
上 下
35 / 52

8 けじめ

しおりを挟む
 昔から何度も父や兄について訪れたセントラル。
 建物もそこを行き交う兵士たちも変わってはいないだろうに、ルーインにはなぜかよそよそしく感じられた。
 ルーインは動けるようになるとすぐに、宇宙軍第17管区の基地に連絡を入れた。ゼッド少佐は怪我の具合を訪ねてくれ、いつでも戻ってくるようにと言ってくれた。

 しかし。

 ルーインが惑星ルイーズまでついてきた原因であるリュウが、宇宙軍には戻らないと決めた。エヴァやダンカンなど極東地区第4部隊の兵士たちもリュウに従うそうだ。

 それなのに。

「なあ、おまえは名高いアドラー家の出だ。俺と関わらなければ極東地区になど来るはずのなかった人間だ。宇宙軍を裏切ったのではないとわかれば、すぐにでも宇宙軍の中枢に返り咲ける。戻ってくれ」
「俺はこれまで、おまえに迷惑をかけっぱなしだ。こんな怪我までさせてしまった。その上、宇宙軍を捨てさせるなんて。そんなことはできない。わかってくれ」

 リュウは言葉を尽くして、ルーインを説得した。だが、ルーインは最後まで首を縦に振らなかった。

「僕がそばにいるのが、そんなに迷惑なのか。いや、返事はいらない。いくら迷惑がられても、僕はキミから離れない。キミと一緒にいられないなら、宇宙軍など何の価値もない。海賊にでも何にでもなってやる!」

 何度言い争いをしたことだろう。
 リュウはどうしてもルーインを宇宙軍に戻したいと言い張る。ルーインはリュウと離れて宇宙軍になど戻るつもりなど、これっぽっちもないのに。果てしない言い争いが続いていた。
 どちらも譲らず、リュウもルーインも、頑なになるばかり…。


 ある日の昼下がり。レイモンドが病室にひょっこり現れた。
 部屋の外にもれ聞こえていた争いの声にレイモンドが決断を下したのだ。

「ねえ、俺はリュウもルーインも、おまえたちの部下もコスモ・サンダーに入れるつもりはないよ。海賊は俺ひとりで十分だ」
「えっ、それなら俺たちはどうなるんだ…」

 あわてるリュウに、レイモンドはやさしく微笑んだ。

「ん。海賊にはしないけど、手伝ってほしい仕事がある」

 レイモンドはスッと息を吸い込んでから言葉を続けた。

「コスモ・メタル社の社員にならないか。幹部連中はメタル・ラダー社から出向してくる。地元の人間も雇う。もちろん、コスモ・サンダーからも大勢の人間を出すつもりだけれど、宇宙軍出身のおまえたちが交じっていても違和感はないと思う。これから新しい組織をつくるんだし、すんなりとけ込めると思うよ」
「レイは?」

 リュウは今度こそ、レイモンドと一緒に働きたいのである。宇宙軍に入って回り道をしたけれど、もともと宇宙軍の訓練生になったのは、それが目的だったのだ。

「俺? 俺はコスモ・メタル社の社長なんだよ。それに、ランディを副社長にするつもりだ。馴染みのメンバーだろ。
 近い将来、コスモ・メタル社を海賊組織だなんて後ろ指をさされない、一流企業にしてみせる。というか、そうしないとミスター・ラダーに申し訳ない。
 コスモ・メタル社を一流企業にするのを手伝ってくれない? その幹部に納まるってのも悪くないだろ?」

 レイモンドの提案にリュウは乗った。それなら、自分に付いてきてくれた第4部隊の兵士たちに肩身の狭い思いをさせることはないと思ったのだ。

「で、ルーインはどうする?」

 レイモンドの問いかけに、ルーインは当然のように答えた。

「僕もコスモ・メタル社に入れてください」
「それはいいけど、いくつか条件がある」
「なんですか」
「ん~、ひとつは。リュウとルーインは得意とする分野が違うから、同じ部署というわけにはいかない。社長としては適材適所を考えなくちゃならないからね。まったく会えないことはないだろうけど」

 宇宙軍に戻らされたり、リュウと離れてしまうことを考えると、ずっとましだとルーインは思った。

「はい、レイさんの思うようにしてくださって結構です」
「そう、よかった。ルーインは操縦士が向いてるからね。リュウもいいね」
「ああ、わかった」

 リュウの返事に眉をひそめたレイモンドが言う。

「リュウ、おまえにも言っておく。俺の下で働きたかったら、プライベート以外では、言葉遣いや態度にきちんとけじめをつけてよね。俺は、ここでは総督だし、コスモ・メタル社へ行ったら社長なんだ」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
「オーケー、その調子。ところで、ルーイン。ふたつめの条件なんだけど。キミにもけじめをつけてきてほしい」
「どんなけじめ、ですか」
「宇宙軍のことだよ。リュウには極東基地のゼッド少佐のところに行かせて、宇宙軍を正式に辞める手続きをさせた。リュウの部下たちもね。宇宙艦『ジェニー』も宇宙軍に返してきた」

「それなら、僕も…」

 というルーインの言葉をレイモンドが遮る。

「ルーイン、キミには、極東基地ではなくセントラルへ行ってもらいたい。キミはアドラー家の男だ。第17管区みたいに辺境の地で退官だの何だの言っても、一族の者はもちろん、宇宙軍の幹部も納得しないだろう。
 アドラー家の実権を誰が握っているのか知らないが、その人に会って、きちんと話をつけてきなさい。そうでないと、俺のところでは働かせてやらない。できるね」

 言葉遣いはやさしいが、断固とした調子であった。逆らうことなどできない命令である。

「は、はい…、わかりました」

 いやだと言えば、レイモンドはあっさりとルーインを切るだろう。そのくらいの非情さをこの男が持ち合わせているとルーインは知っていた。

「ん。説得するのはたいへんだと思うけど…」
「いえ、大丈夫です」

 僕は阿刀野と離れるつもりはありませんから、という言葉は口にはしなかったが、レイモンドの目はやさしい光をたたえていた。わかっているよ、と言っているようだった。
しおりを挟む

処理中です...