宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

文字の大きさ
20 / 108

6 ロビーにて

しおりを挟む
「先ほど、阿刀野くんに、わたしがやさしい教官だとおっしゃっていましたね。彼も深くうなずいていた。参考のためにお聞きしたいんですが、あなたが教官だったら、今日のような場合、どんな罰を与えるんですか?」
「訓練生に非難されたときですか?」
「ええ」
「う~ん、俺は教官になったこともないし、部下に非難などさせないから…」

 と言ってから、リュウに非難を許したスティーブの立場にはっと気がついたようである。

「すみません…。そうだな。非難したのが俺の部下だったら、厳しく処分するでしょうね。二度と俺と同じ宇宙船に乗りたくないと思わせてやりますよ」
「相手が正当なことを言っている場合でもですか?」
「たとえば戦闘中だとしたら? 出した指示に誰かひとりでも従わなかったら、全員が危険にさらされます。俺は普段から、命じたことには間違いなく従わせる。軍ならなおさらでしょう」

 さも当然、というようにレイが言い放った。
 スティーブは知らなかったが、レイはこれまで、反抗や不服従など許したことがなかったのだ。

「教官という立場では、訓練生を切り捨てることはできないんでしょうね。簡単な懲罰で許していたら規律が守れないだろうし、宇宙船から放り出すこともできないとなると…」

 この美貌の男から懲罰などと言う言葉が出て、スティーブは驚いた。
 それに、宇宙船から放り出す? まさか宇宙空間へではないだろうが…。

「だめですね、俺は教官に向いていないようだ。どんなに優秀でも反抗するやつは許せないし、従順でも力のないやつの面倒など見るのもいや…、きっと訓練生がひとりもいなくなりますよ。教官としては最悪だ」
「ははっ」

 この男が教官だったら、誰も口答えしたり、逆らったりはしないとスティーブは思った。身に付いた威厳がそうさせるのだ。
 ただ、求めるレベルが高すぎて、全員見放されるはめになりかねない。
 それに。この男に似合うのは、教官より司令官だとスティーブは確信していた。

「確かに、あなたは教官向きじゃないかもしれない。でも、操縦についてはよくご存じのようですね…、先ほど、リュウくんに集中力うんぬんとおっしゃっていたが、操縦士に必要な集中力はどうやったら身に付けさせることができるでしょう?」
「ああ、それなら簡単ですよ。極限状態で鍛えればいい」
「極限状態?」

 レイは軽くうなずいて言葉を続ける。

「たとえば、俺ならカプセルに入れる前に、倒れるまで走らせます」
「倒れるまで?」
「一昼夜とは言わなくても、朝まで走らせれば、眠くて、疲れて身体が言うことをきかなくなりますよね。それから操縦席に縛り付けます。操縦席でミスをすればどれほどのダメージを受けるのかわからないけれど、それなりのダメージがあるんだったら好都合です。自分がどんな状態であっても集中できないと酷いことになるのを、身をもって知ることができる」

 厳しいメニューを簡単に提案したレイに、スティーブは返す言葉を失った。

「宇宙軍なら交代の操縦士がいるのかもしれませんが…。俺たちは宇宙船に乗ると長時間航行が当たり前です。だから、体力はもちろん、長時間集中できないとやっていけない」

 あなたも操縦士ならご存じでしょう、というように。

「それに、困難な場面は元気な時にだけ訪れるもんじゃない。むしろ、疲れてきたからこそ、判断ミスからそんな場面を招いてしまうことも多い。事故だって、戦闘だって、いつ起こるかわからないし。普通なら何でもないことも、疲れがたまって精も根も尽き果てた頃だったら…、切り抜けるのによけいに精神力や集中力が必要だと思いませんか。
 だから、俺ならきっと、走らせたり、さんざんトレーニングをさせて身体を酷使した後で操縦席に座らせるでしょうね。極限状態でも、困難を切り抜けられるだけの力を身に付けさせるために…。
 バーチャルはいいですよね。宇宙船を壊すこともなく、命を賭けることもなく、そんな場面を作りだすことができるんだから」

 スティーブは驚きに声も出なかった。
 長い間操縦士として働いてはいても、そんな極限状態で宇宙船を飛ばしたことなどなかったのだ。紛争地区へでも送られたら、別かもしれないが…。
 ここは士官訓練センターで、操縦を一から学ぶ場所だというのがこの男の頭にはないようだった。

 いや、それとも。操縦を学ぶスタート地点だからこそ、操縦士としての心構えをたたき込めと。カプセルだからこそ極限状態で鍛えて集中力をつけろと言っているのだろうか。
 確かに、集中力を付けるために疲れさせた後で操縦席に縛り付けるというのは、有効かもしれない。
 これから先の操船演習に取り入れるかとスティーブは思った。
 

 ロビーのソファに座って話していると、事務職員や訓練生たちがちらちらと視線を投げかけてくる。
 スティーブと顔を寄せ合うようにして話をする美貌の男はいったい誰なのだ、とみなが不思議に思っているのだ。
 レイは絡みつく視線に身じろいだ。

「もうリュウも来るだろうし、教官も仕事がおありでしょうから、戻ってくださってもいいですよ」

 レイが正当な台詞を口にした。スティーブが立ち上がろうかどうしようかと迷っていると、リュウが廊下の奥から歩いてくるのが見えた。

「ああ、どうやら阿刀野が来たようですね。これからどうされるんですか?」
「旅行にいこうと思っています。3日しかないので、遠くには行けませんが…」
「あっ。遅くなってしまったが、出発の時間は大丈夫ですか?」

 遅ればせながら、レイがリュウを迎えに来た理由に思い至って訪ねてみた。

「どうせ俺の宇宙船ですから。出発はいつでも大丈夫です」

 腑に落ちない顔をしたスティーブに、
「ここから宙港を通り越して家に帰って、また宙港へ行くのは無駄でしょう。だから迎えに来たんだけど、…なんかリュウは不機嫌そうですね。また子ども扱いしたと、叱られそうだ」

 肩をすくめてみせるレイに、スティーブが頭をひねる。

「あなたが、阿刀野に、叱られるんですか?」

 先ほどの光景を見たものには信じ難い言葉である。

「ええ。最近は疲れて帰ってきてバタンと寝てくれるので、小言を言われることが減りましたけど」

 そう言ってレイは立ち上がり、リュウに手をふった。
 リュウは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。迎えに来てくれたのはうれしいが、勝手に自分の領域である士官訓練センターをわが物顔で歩き回ったのが腹立たしいのである。

 ──久しぶりに叱られた。レイが怒ると、今でも震えてしまうのがわかって、それも気に入らない。
   もっとずっと、強い男になったつもりだったのに──

 ぶすっとしたまま、レイに「行こう!」と声をかける。それから、スティーブに向かって「失礼します」と丁寧に頭を下げた。大勢の訓練生が見守る中で、また叱られてはたまらないから…。
 がっしりした体躯のリュウとしなやかな身体つきのレイが並んで歩いていく。
 精悍な顔に涼しげな目元。誰が見てもハンサムだと認めるリュウ。
 そして、やわらかい蜂蜜色の髪を肩に流して、女と見まがうほど美しいレイ。少しすねた表情を浮かべたリュウを見上げるレイの瞳がやさしい。
 二人が並ぶと目を見張るほどの好カップルである。いや、ほんとうは兄弟だけれど、それと知らなければどういう関係だろうと考えてしまうほど似ていない。

 好奇の目が集まる中を、二人は素知らぬふりで通り過ぎていく。
 戦闘プログラムであれほど鋭い反応を見せた男なら、痛いほどの視線を感じないわけはないだろうが。
 と思っているとレイが振り返った。そして、遠くに立っているルーインに向かって手を振ってみせた。
 二人の様子を見つめていたルーインは一瞬、驚いたようだったが、すぐに軽く頭を下げた。

「なんか、あの男には圧倒されたな」
 スティーブがルーインに近寄りながら声をかけると、
「はい」と応えが返ってきた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。 だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。 互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。 ハッピーエンド 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/03/02……完結 2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位 2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位 2023/12/19……連載開始

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

処理中です...