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5 叱責
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気詰まりな沈黙が流れた時、操縦ルームの扉がカチャリと開いてリュウが入ってきた。
リュウはスティーブの前で不動の姿勢をとった。
「教官、ランニングとトレーニングが終わりました」
言い終えてスティーブの視線の先に目をやったリュウは、自分が使っていたカプセルの横に佇むレイを唖然として見つめた。
一瞬、見間違いかと思って目をこすったリュウであるが、ふわっと表情をやわらげたレイに、
「なんで! なんでレイがこんなところにいるんだ?」
驚きに、教官の前であることも忘れてぶっきらぼうに文句を言い放った。
「迎えに来たんだけどね、遅かったから…」
「……ッ。まったく! 遅かったからじゃないだろっ。俺はもう子どもじゃないんだから、保護者面してのこのこ出てくんなよ」
リュウはこの場にいる教官とレイを見て、すぐに状況を理解したのだ。
自分が操縦ミスをしたプログラムを、レイがなんなくクリアしただろうことも…。
操縦ミスをしてペナルティーを課せられた、そんなことをレイには知られたくなかった。士官訓練センターでは頑張っていると思っていてもらいたかったのだ。
大好きな人に、自分の情けないところを見られるのはたまらない。だから…、気が付くと、レイに向かって怒鳴り声を上げていた。
リュウの罵倒に、レイは眉をひそめるでもなく、にこやかな笑みを絶やさない。
リュウの心の中なんてお見通しであった。
嫌がるのがわかっていたから、ほんとうはもっと早くプログラムを終わらせて、ロビーで待っていようとレイは心づもりをしていたのだ。しかし、プログラムがおもしろくて、ついつい長居しすぎてしまった。
「ごめんね」と謝ろうとした瞬間、教官がリュウをきつい調子で叱った。
「せっかく迎えに来てくださったお兄さんに、なんてことを言うんだ!」
いつもなら教官の叱責に言葉を返すことなどあり得なかった。が、頭に血がのぼっていたリュウは、つい文句を言ってしまった。
「教官こそ、なんで兄をこんなところに入れたんですか。操縦ルームは一般人が入れる区域じゃ…」
その言葉が終わらぬうちであった。
「リュウ! 黙れ!」
それまで、やさしく笑んでいた男から出たとは思えない、厳しい叱咤の声。
まるで、肌を切り裂く鞭のようなピシッとした声が、部屋に響き渡った。
「教官を非難するとは何事だ! こっちへ来い」
その張りのある声音に、リュウだけでなくルーインも、そして教官であるスティーブさえも首をすくめた。
レイの顔からは笑みが消え、冷たく厳しい表情が浮かんでいる。
エメラルド・グリーンの瞳は鋼のような鋭さをはらんでいた。
──まずい。レイを怒らせてしまった──
リュウは息を呑み込むと、おとなしくレイの言葉に従い、ピシッと踵をそろえてレイの前に立った。
スティーブの前に立ったときよりもよほど緊張しているようであった。
レイは沈黙を守ったままである。
教官や上官への反抗などへとも思わないルーインが密かに身震いした。
続いたレイの言葉は、命令慣れした男の部下への叱責そのものだった。
「おまえは自分の立場がわかっているのかッ。軍では上官の命令は絶対だ。士官訓練センターでも同じだ。不服従や反抗は許されない。
おまえは訓練生だろう。教官には、どんなことがあっても素直に従え。非難するなどもってのほかだッ!」
レイはリュウを睨みつけたまま、「わかっているのかッ!」ともう一度、低く鋭い声で恫喝する。
その迫力に、リュウはビクッと身体を縮め、コクリとうなずいた。
「顔を上げろ。返事はッ」
「わかりましたッ!」
そう応えて、リュウは教官に向き直って深く頭を下げた。
「教官、申し訳ありませんでした」
その様子を冷ややかに見ていたレイがスティーブへと視線を移す。
「俺の躾が行き届いていなくて…、教官、弟が失礼なことをしました。申し訳ありません。厳しく叱ってやってください」
その表情からは先ほどまでの険しさは消えていた。ただし、目はまだ冷たい光を放っていた。
スティーブはリュウの非難に驚きはしたが、レイに叱責されている姿を見るとかわいそうに思えた。
「阿刀野、ツー・ペナルティーだ」
スティーブは罰を言い渡してから、レイに視線を戻す。
「確かにわたしも、阿刀野さんをここへ入れたのは規則違反でした…」
「そんなことは関係ありません。リュウが教官に対して取った態度が問題なんですから。上官不敬もいいところだ。ほんとうに申し訳ありません。よく言って聞かせます」
レイは再びリュウを睨みつけた。それでも口調はずいぶん穏やかになった。
「リュウ。よかったね、やさしい教官で。俺だったらこの程度では済まないよ」
黙ってうなずいたリュウは、レイの目に強い非難の色を見た。
「俺の思慮が足りませんでした。ごめんなさい」
つぶやくと、リュウはまるで小さな子どものようにうなだれた。
訓練の時、毎日のように怒鳴りつけているスティーブは、打ちしおれたリュウの姿を驚きの目で見つめた。
阿刀野が落ち込むこともあるんだ、と頭の中にインプットする。
しばらく沈黙していたレイが、その沈黙が恐いのだが、やさしい口調に戻った。
「ダメだよ、ほんとに」
そう言ってから、スティーブに向き直る。
「ついでだから…。教官、さっきのプログラムの件で、リュウを叱っておいていいですか」
「叱るとは?」
わけがわからない顔をしたスティーブを、レイは軽く制して切り出した。
「リュウ、おまえね。操縦プログラムで推進系統を壊して操縦不能になったんだってね。教官に頼んで、俺もやらせてもらったよ。どこが難しいんだ。あれくらいクリアできるだろう。いったい、何を考えていたんだ」
静かな声音だが、ごまかしを許さない厳しい口調だった。
リュウはまだ直立不動の姿勢で、レイの前に立っている。
「俺を見て、ちゃんと応えなさい」
「宇宙塵に注意がそれて、浮遊物があったのに気がつくのが遅れました、俺のミスです」
はあ、と大きな息を吐いたレイが、もう一度、厳しい声を出す。
「不注意すぎる。リュウ、操縦席についているときは、集中しているもんだ。集中が途切れるなんて、操縦士じゃない。どんなに疲れていても操縦席についている限り、操縦士は航行についての全責任を負っているんだ。自覚がなさすぎる。
……バーチャルでよかったよ。いや、バーチャルだから気を抜いたのか? 操縦士としての基本的な姿勢を忘れてたのに、教官はやさしいね。ペナルティーったって、2時間のトレーニングだろ。そんなの罰のうちにも入らない」
リュウは「はい」と素直に返事をした。
──レイが教官だったら…、恐くてケアレス・ミスなんてできやしない。きっと爪の先まで緊張して集中するだろう。それなのに俺は今日、確かにぼおっとしていた。午前中のクラスで疲れてしまって──
「たかが2時間や3時間、操縦席についているだけなのに。その間でさえ集中力が続かないなら、操縦士はもちろん、艦橋にいる資格なんかない」
口調はやさしいが、その内容はハッとするほど厳しかった。
リュウとレイのやり取りをじっと聞いていたルーインは全身に鳥肌が立つような気がした。
言葉ひとつで、有無を言わさずリュウを黙らせ、叩きのめした。やさしい口調になってからも、決して逆らわせない威厳があった。
──この男の言葉がどうしてこんなに心に突き刺さるのだろう。ひとこと、ひとことに経験に裏付けられた重みがある…。阿刀野のお兄さんは、どういう人なのだ──
「リュウ?」
穏やかな呼びかけにピクリと反応したリュウに、レイは気づかれないようにくすりと笑みをもらした。目の前に縮こまっている姿を見て、出逢った頃の幼いリュウを思い出したのだ。
──そんなに怖がらなくても、俺はリュウを傷つけたりしない。リュウがやりたいことなら、精一杯応援するつもりなのに──
レイは、ペチッと軽くリュウの頬をたたいた。罰というよりなぐさめてでもいるかのような平手であった。
そうしておいて、「そんなに怖かった?」と親が子どもにするように、レイはリュウの顔をのぞきこんだ。
そのやさしい仕草に勇気づけられ、リュウはようやく頬に手をあてた。
小さくうなずいた姿に、見つめていたレイのエメラルド・グリーンの瞳がとろけるように和らいだ。
「わかればいいよ。これからは気をつけなさい。教官に許可をいただいて、着替えておいで。ロビーで待ってるから」
「…うん」
声にならない返事をこぼしてから、リュウはスティーブに向き直った。
しばらく息を整えてから、すっと顔を上げたリュウは、いつもの表情に戻っていた。
自分に自信を持つおとなの男の顔。つい今しがたまで、あれほど頼りなく思えたのが嘘のようであった。そのしっかりした態度を見て、レイがうれしそうに目を細めた。
「教官。今日はこれであがらせていただいて、よろしいですか」
「ああ。お兄さんをあまり待たせても悪いから、今日はここまでにしておけ。ペナルティーをこなすのは休み明けでいいぞ」
「ご指導、ありがとうございました」
いやに素直にリュウは頭を下げた。スティーブは、いつもとは大違いだなと嫌みを言おうかと思ったが、これ以上叱られるのもかわいそうだと目で応じるだけにしておいた。
リュウはきびすを返しながら、「着替えてくる」とレイに声をかけた。レイは了解の印に軽く片手を挙げた。
「教官。ご指導、ありがとうございました」
ルーインが同じように挨拶をして、操縦ルームを後にした。こちらも驚きである。
この男、こんなに礼儀正しかったか?
「俺もそろそろ失礼します。無理にカプセルに乗せていただいて、ありがとうございました。それから…、あんな弟ですが、今後ともよろしくお願いします」
レイが兄らしい挨拶をすると、では、と言いながら部屋を出ようとするのにスティーブが声をかけた。
「ロビーまでお送りしますよ。訓練センターは複雑なつくりになっているので迷われるといけない」
スティーブは操縦ルームの点検を済ませ、鍵を閉めてから、レイを伴って部屋を出た。一緒に廊下を歩みながら気になったことを訊く。
「阿刀野さんは、宇宙軍におられたことがあるんですか?」
「まさか! ありませんよ。宇宙軍に近づいたのは、今日が初めてです。俺なんか、軍では絶対にやっていけないタイプだと相棒から言われているのに」
レイはくすくす笑った。
あの素晴らしい操船技術、それに、リュウを叱りつけたときの、いかにも命令し慣れた、逆らうことを許さない口調。艦長、それとも司令官…。どちらにしてもかなり上の、他人から指図を受けないですむ男の口調だった。
しかし、目の前の男はあっさりと否定する。
冷酷で凍るようだった表情が、エメラルド・グリーンの瞳が笑むとやさしげな美貌に変わる…。
スティーブは隣を歩くレイをちらりと横目で見ながら言った。
「確かに、あなたのように若くてデキル方が連合宇宙軍におられたら、噂のひとつも聞こえてくるでしょうね。それに、あなたに比べたらウチの士官たちが、みな無粋に見えそうだ」
レイが微笑みながら言葉を返す。
「誉め言葉だと受け取っておきますよ」
これまでスティーブは、こんな男に会ったことはないと思った。
尊敬する上官はいたが、人を惹きつけてやまないのに、決して寄せ付けない男。恐いけれど、側にいたい男。
この男が発する命令には従わざるを得ない威厳があった。さんざん上官の命令に楯突き、辺境の教官に左遷させられたスティーブがそう感じるほどに。
あなたは本当に貨物船の操縦士なのか? そう聞きたかった。戦闘プログラムに取り組んでいたときも、スティーブには、まるっきり遊んでいるように見えたのだ。
リュウはスティーブの前で不動の姿勢をとった。
「教官、ランニングとトレーニングが終わりました」
言い終えてスティーブの視線の先に目をやったリュウは、自分が使っていたカプセルの横に佇むレイを唖然として見つめた。
一瞬、見間違いかと思って目をこすったリュウであるが、ふわっと表情をやわらげたレイに、
「なんで! なんでレイがこんなところにいるんだ?」
驚きに、教官の前であることも忘れてぶっきらぼうに文句を言い放った。
「迎えに来たんだけどね、遅かったから…」
「……ッ。まったく! 遅かったからじゃないだろっ。俺はもう子どもじゃないんだから、保護者面してのこのこ出てくんなよ」
リュウはこの場にいる教官とレイを見て、すぐに状況を理解したのだ。
自分が操縦ミスをしたプログラムを、レイがなんなくクリアしただろうことも…。
操縦ミスをしてペナルティーを課せられた、そんなことをレイには知られたくなかった。士官訓練センターでは頑張っていると思っていてもらいたかったのだ。
大好きな人に、自分の情けないところを見られるのはたまらない。だから…、気が付くと、レイに向かって怒鳴り声を上げていた。
リュウの罵倒に、レイは眉をひそめるでもなく、にこやかな笑みを絶やさない。
リュウの心の中なんてお見通しであった。
嫌がるのがわかっていたから、ほんとうはもっと早くプログラムを終わらせて、ロビーで待っていようとレイは心づもりをしていたのだ。しかし、プログラムがおもしろくて、ついつい長居しすぎてしまった。
「ごめんね」と謝ろうとした瞬間、教官がリュウをきつい調子で叱った。
「せっかく迎えに来てくださったお兄さんに、なんてことを言うんだ!」
いつもなら教官の叱責に言葉を返すことなどあり得なかった。が、頭に血がのぼっていたリュウは、つい文句を言ってしまった。
「教官こそ、なんで兄をこんなところに入れたんですか。操縦ルームは一般人が入れる区域じゃ…」
その言葉が終わらぬうちであった。
「リュウ! 黙れ!」
それまで、やさしく笑んでいた男から出たとは思えない、厳しい叱咤の声。
まるで、肌を切り裂く鞭のようなピシッとした声が、部屋に響き渡った。
「教官を非難するとは何事だ! こっちへ来い」
その張りのある声音に、リュウだけでなくルーインも、そして教官であるスティーブさえも首をすくめた。
レイの顔からは笑みが消え、冷たく厳しい表情が浮かんでいる。
エメラルド・グリーンの瞳は鋼のような鋭さをはらんでいた。
──まずい。レイを怒らせてしまった──
リュウは息を呑み込むと、おとなしくレイの言葉に従い、ピシッと踵をそろえてレイの前に立った。
スティーブの前に立ったときよりもよほど緊張しているようであった。
レイは沈黙を守ったままである。
教官や上官への反抗などへとも思わないルーインが密かに身震いした。
続いたレイの言葉は、命令慣れした男の部下への叱責そのものだった。
「おまえは自分の立場がわかっているのかッ。軍では上官の命令は絶対だ。士官訓練センターでも同じだ。不服従や反抗は許されない。
おまえは訓練生だろう。教官には、どんなことがあっても素直に従え。非難するなどもってのほかだッ!」
レイはリュウを睨みつけたまま、「わかっているのかッ!」ともう一度、低く鋭い声で恫喝する。
その迫力に、リュウはビクッと身体を縮め、コクリとうなずいた。
「顔を上げろ。返事はッ」
「わかりましたッ!」
そう応えて、リュウは教官に向き直って深く頭を下げた。
「教官、申し訳ありませんでした」
その様子を冷ややかに見ていたレイがスティーブへと視線を移す。
「俺の躾が行き届いていなくて…、教官、弟が失礼なことをしました。申し訳ありません。厳しく叱ってやってください」
その表情からは先ほどまでの険しさは消えていた。ただし、目はまだ冷たい光を放っていた。
スティーブはリュウの非難に驚きはしたが、レイに叱責されている姿を見るとかわいそうに思えた。
「阿刀野、ツー・ペナルティーだ」
スティーブは罰を言い渡してから、レイに視線を戻す。
「確かにわたしも、阿刀野さんをここへ入れたのは規則違反でした…」
「そんなことは関係ありません。リュウが教官に対して取った態度が問題なんですから。上官不敬もいいところだ。ほんとうに申し訳ありません。よく言って聞かせます」
レイは再びリュウを睨みつけた。それでも口調はずいぶん穏やかになった。
「リュウ。よかったね、やさしい教官で。俺だったらこの程度では済まないよ」
黙ってうなずいたリュウは、レイの目に強い非難の色を見た。
「俺の思慮が足りませんでした。ごめんなさい」
つぶやくと、リュウはまるで小さな子どものようにうなだれた。
訓練の時、毎日のように怒鳴りつけているスティーブは、打ちしおれたリュウの姿を驚きの目で見つめた。
阿刀野が落ち込むこともあるんだ、と頭の中にインプットする。
しばらく沈黙していたレイが、その沈黙が恐いのだが、やさしい口調に戻った。
「ダメだよ、ほんとに」
そう言ってから、スティーブに向き直る。
「ついでだから…。教官、さっきのプログラムの件で、リュウを叱っておいていいですか」
「叱るとは?」
わけがわからない顔をしたスティーブを、レイは軽く制して切り出した。
「リュウ、おまえね。操縦プログラムで推進系統を壊して操縦不能になったんだってね。教官に頼んで、俺もやらせてもらったよ。どこが難しいんだ。あれくらいクリアできるだろう。いったい、何を考えていたんだ」
静かな声音だが、ごまかしを許さない厳しい口調だった。
リュウはまだ直立不動の姿勢で、レイの前に立っている。
「俺を見て、ちゃんと応えなさい」
「宇宙塵に注意がそれて、浮遊物があったのに気がつくのが遅れました、俺のミスです」
はあ、と大きな息を吐いたレイが、もう一度、厳しい声を出す。
「不注意すぎる。リュウ、操縦席についているときは、集中しているもんだ。集中が途切れるなんて、操縦士じゃない。どんなに疲れていても操縦席についている限り、操縦士は航行についての全責任を負っているんだ。自覚がなさすぎる。
……バーチャルでよかったよ。いや、バーチャルだから気を抜いたのか? 操縦士としての基本的な姿勢を忘れてたのに、教官はやさしいね。ペナルティーったって、2時間のトレーニングだろ。そんなの罰のうちにも入らない」
リュウは「はい」と素直に返事をした。
──レイが教官だったら…、恐くてケアレス・ミスなんてできやしない。きっと爪の先まで緊張して集中するだろう。それなのに俺は今日、確かにぼおっとしていた。午前中のクラスで疲れてしまって──
「たかが2時間や3時間、操縦席についているだけなのに。その間でさえ集中力が続かないなら、操縦士はもちろん、艦橋にいる資格なんかない」
口調はやさしいが、その内容はハッとするほど厳しかった。
リュウとレイのやり取りをじっと聞いていたルーインは全身に鳥肌が立つような気がした。
言葉ひとつで、有無を言わさずリュウを黙らせ、叩きのめした。やさしい口調になってからも、決して逆らわせない威厳があった。
──この男の言葉がどうしてこんなに心に突き刺さるのだろう。ひとこと、ひとことに経験に裏付けられた重みがある…。阿刀野のお兄さんは、どういう人なのだ──
「リュウ?」
穏やかな呼びかけにピクリと反応したリュウに、レイは気づかれないようにくすりと笑みをもらした。目の前に縮こまっている姿を見て、出逢った頃の幼いリュウを思い出したのだ。
──そんなに怖がらなくても、俺はリュウを傷つけたりしない。リュウがやりたいことなら、精一杯応援するつもりなのに──
レイは、ペチッと軽くリュウの頬をたたいた。罰というよりなぐさめてでもいるかのような平手であった。
そうしておいて、「そんなに怖かった?」と親が子どもにするように、レイはリュウの顔をのぞきこんだ。
そのやさしい仕草に勇気づけられ、リュウはようやく頬に手をあてた。
小さくうなずいた姿に、見つめていたレイのエメラルド・グリーンの瞳がとろけるように和らいだ。
「わかればいいよ。これからは気をつけなさい。教官に許可をいただいて、着替えておいで。ロビーで待ってるから」
「…うん」
声にならない返事をこぼしてから、リュウはスティーブに向き直った。
しばらく息を整えてから、すっと顔を上げたリュウは、いつもの表情に戻っていた。
自分に自信を持つおとなの男の顔。つい今しがたまで、あれほど頼りなく思えたのが嘘のようであった。そのしっかりした態度を見て、レイがうれしそうに目を細めた。
「教官。今日はこれであがらせていただいて、よろしいですか」
「ああ。お兄さんをあまり待たせても悪いから、今日はここまでにしておけ。ペナルティーをこなすのは休み明けでいいぞ」
「ご指導、ありがとうございました」
いやに素直にリュウは頭を下げた。スティーブは、いつもとは大違いだなと嫌みを言おうかと思ったが、これ以上叱られるのもかわいそうだと目で応じるだけにしておいた。
リュウはきびすを返しながら、「着替えてくる」とレイに声をかけた。レイは了解の印に軽く片手を挙げた。
「教官。ご指導、ありがとうございました」
ルーインが同じように挨拶をして、操縦ルームを後にした。こちらも驚きである。
この男、こんなに礼儀正しかったか?
「俺もそろそろ失礼します。無理にカプセルに乗せていただいて、ありがとうございました。それから…、あんな弟ですが、今後ともよろしくお願いします」
レイが兄らしい挨拶をすると、では、と言いながら部屋を出ようとするのにスティーブが声をかけた。
「ロビーまでお送りしますよ。訓練センターは複雑なつくりになっているので迷われるといけない」
スティーブは操縦ルームの点検を済ませ、鍵を閉めてから、レイを伴って部屋を出た。一緒に廊下を歩みながら気になったことを訊く。
「阿刀野さんは、宇宙軍におられたことがあるんですか?」
「まさか! ありませんよ。宇宙軍に近づいたのは、今日が初めてです。俺なんか、軍では絶対にやっていけないタイプだと相棒から言われているのに」
レイはくすくす笑った。
あの素晴らしい操船技術、それに、リュウを叱りつけたときの、いかにも命令し慣れた、逆らうことを許さない口調。艦長、それとも司令官…。どちらにしてもかなり上の、他人から指図を受けないですむ男の口調だった。
しかし、目の前の男はあっさりと否定する。
冷酷で凍るようだった表情が、エメラルド・グリーンの瞳が笑むとやさしげな美貌に変わる…。
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「確かに、あなたのように若くてデキル方が連合宇宙軍におられたら、噂のひとつも聞こえてくるでしょうね。それに、あなたに比べたらウチの士官たちが、みな無粋に見えそうだ」
レイが微笑みながら言葉を返す。
「誉め言葉だと受け取っておきますよ」
これまでスティーブは、こんな男に会ったことはないと思った。
尊敬する上官はいたが、人を惹きつけてやまないのに、決して寄せ付けない男。恐いけれど、側にいたい男。
この男が発する命令には従わざるを得ない威厳があった。さんざん上官の命令に楯突き、辺境の教官に左遷させられたスティーブがそう感じるほどに。
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