宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

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8 酒場へ

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 惑星ティンの中心都市、ティント。
 セントラルと辺境を結ぶ重要な航路に当たる惑星の首都は大商都である。
 大きな貿易会社はもちろん、小さな商社、そして星系間に流れる危ない商品に群がるいかがわしい交易商人まで、実に雑多な人々が集まってくる。
 町の一角には、さまざまな星系で産み出される品々を売るバザール地区があり、観光客も多い。
 表通りや観光地区をはずれさえしなければ清潔で安全な町なのだが…。人が集まる都市につきものの眉をひそめたくなるような不健全な場所も、当然のことながら存在しているのである。

 バザール地区のはずれ、場末とまではいかないが、観光客が間違って紛れ込んだら身をすくめそうな危うい空気の流れる地区に、その酒場はあった。
 夜になっても静まることのないバザールの喧噪に圧倒されていたリュウは、人込みが途切れると、ほっと息をついた。

「きょろきょろしてたけど、なんかおもしろそうなものあった?」
「レイ! ここにはいったい、どれくらいの店があるんだ?」
「数えたことないけど…、珍しいモノもあっただろ。全部見て回るには何日もかかるだろうね、きっと。金さえ出せば、何でも手に入る。俺はブーツと最新式の銃を物色するために、明日、歩いてみようと思ってるんだ。
 リュウも一緒に来る? ほしいものがあったら買ってあげるよ。今回俺は、パトロン兼監視役。変な露地にでも入り込まれたら、探すのが大変だからね」

 リュウは力なくかぶりを振る。

「こんなに店もモノもあったら、俺はどこでなに買っていいかわからない」
「せっかく何でも買ってやるって言ってるのに、欲がないね。女の子にもてそうな服でも見繕ってやろうか?」

 レイがリュウのシャツとジーンズにチラリと目をやった。
 宇宙船を出る時にもレイは文句を言ったが、リュウの私服は酒場へ行くのにまったく不似合いだった。
 リュウの服にさんざん注文を付けたレイは、ショッキングピンクのタンクトップの上に柔らかい黒革のジャケットを羽織っていた。パンツも黒革。
 レイ以外の人間が着たら下品になるか、いきがってみえるだろうに、その服装はレイのしなやかな細身の身体によく似合っていた。その上、蜂蜜色の髪に濃い色のサングラス。周りから浮き出して悪目立ちしていた。
 宙港でも、バザールでも、通りすがりの人を誰彼かまわず振り向かせている。どこかの有名人がお忍びで歩いているように見えた。
 だが、ほんとうは、サングラスを外した方がもっとひと目を惹く容貌だと知っているのは、隣を歩くリュウだけだった。

「やだよ。レイに任せたら、どんな恰好させられるかわかったもんじゃない」
「それは残念。リュウでファッションショーってのも楽しかったのに」

 満更嘘でもなさそうな口調である。
 サングラスの奥の瞳は、きっといたずらっぽく輝いているのだろう。

「この辺りもぶっそうになったな」

 そんなことを言いながらも、周りの視線を気にする風もなくレイは歩み続ける。
 バザール地区を抜けた辺りから、ヒンヤリした空気が漂っていた。通りを歩くのは観光客ではなく、もっと荒んだ感じの男たち。交易宇宙船で働く船乗り、貿易商人のガードをしている用心棒、私設軍や傭兵など、さまざまな兵士。海賊もいるのかもしれない。
 独特の雰囲気を持つ通りを歩いているのだから、ごく普通のヒトであるリュウは、おまえの来る場所じゃないと言われているような気がして落ち着かない。

 そして。レイの足が止まった。
 『ブールジュ』と書かれた小さな看板。

「よかった。まだ潰れてない」

 レイはためらいもせずに地下へと続く階段を降り始めた。
 年代物の木の扉を開けると、薄暗い店内が目に飛び込んできた。カウンターとボックス席がいくつか並ぶ、それほど大きくはない酒場。今どき流行らないのに、天井近くには紫煙が渦巻いている。

「いらっしゃい」

 カウンターにいる若いバーテンダーの声に迎えられて、レイが足を踏み入れた途端、店内のざわめきがピタリと止まった。
 リュウが思うに、どう考えてもお付き合いしたくないような男たちの目が、いっせいに酒場に現れた新参者を睨みつけていた。
 どの目も、間違って迷い込んだらしい二人の若者に非難の色を浮かべている。

 レイは静かにサングラスをはずして、男たちをぐっと睨みまわした。
 たぶん、表情を消した美貌の顔に、冷たく鋭い瞳が煌めいているのだろう。その鋭いまなざし、誰をも逆らわせない威圧的な態度。
 しばし睨み合った末。
 男たちは何事もなかったかのようにレイとリュウから目を反らし、自分たちの楽しみへと戻っていった。
 鋭い瞳、怯まない態度、そして、腰に下がった大型の銃を見て同類だと判断したのだ。

「見知った顔はひとつもない」

 ぽつりとレイがつぶやく。その声音からは、残念なのかそうでないのか…、リュウにはわからなかった。
 レイはまっすぐにカウンターの奥へと歩いていく。
 どっしりした木のカウンターには、さまざまな銘柄の酒瓶が並んでいた。もちろん、カウンターの後ろの棚にもだ。
 一番奥の席にリュウを押し込んで、レイがその隣に座ったと思ったら…、またしても店内が静まりかえった。

「ん?」

 バーテンダーがかける小さな声が響き渡るようだ。

「お客さん。そこは常連さんの指定席になっておりまして…」

 その声にかぶって、店内から揶揄の声。

「おい、その席に座るにゃ、10年早いぜ。兄ちゃん」
「俺なんか、もう2年も通ってんのに、カウンターにも座らせてもらえねぇんだからよぉ」
「姫に追い出されないうちに、さっさと別の席に移んな」

 レイは残念そうにつぶやく。

「そう、か。俺のお気に入りの席だったんだけど、ご無沙汰してたしな。誰かの指定席になったんだ」
「申し訳ありません」

 バーテンダーがレイの座った席からひとつあけて、水とおしぼりをセットした。
 無言でこちらへ移れと言われているのだ。
 リュウは席を立ちかけたが、レイは動こうとしない。

「ねえ。その常連さん、今夜、来る予定?」

 バーテンダーが動きをとめる。

「しばらくだけ。その人が来たらすぐに代わるよ」

 レイの言葉に、店内から驚きの声が飛ぶ。

「初めてのもんにゃわからんさ。誰か教えてやれよ」

 常連らしいひとりがぶっきらぼうに言うと、別の客が仕方ないという風に説明し始めた。

「兄ちゃん。その席はな、この宇宙でも1~2を争う恐い男のもんなんだ。伝説のおたずねもの。悪いこと言わねえから、どきな。その男が来なくても、姫が帰ってきたら撃ち殺されちまうぜ」

 それでもレイは動こうとしない。客たちの親切心もまるっきり無視した形である。

「姫? 店を仕切ってるのは女か…。マスターはどうしたんだい。もしかして、くたばっちまったとか?」

 乱暴な台詞であったが、レイの口調には気遣いが感じられた。バーテンダーは眉をひそめた。

「マスターが出てこられるのは、気の向いた時だけですが」
「そう、元気は元気なんだね」

 レイはバーテンダーの無言を肯定の印だと受け取った。
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