宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

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9 幻の酒

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 バーテンダーは、席を移りそうもないレイの態度にこれ以上言っても無駄だと諦めたのか、グラスに酒を注ぎ、二人の前にコトンと置いた。
 店内の男たちは「身の程知らず…」だとかなんとか、まだ非難の言葉を吐いていた。
 リュウは険悪なムードに気が気じゃない。
 しかし、レイがそんなことを気にするはずもなく、グラスを持ち上げてカチンとリュウのグラスに当てた。

「リュウ。ようこそ『ブールジュ』へ。一杯目の酒は、店からカウンター客へのサービスだよ。カウンターに座るのはだいたいが常連客かひとり客だろ。だから店の心遣いなんだ。
 でもね、惑星ティンの銘酒だそうだけど、まずいよね、この酒。けど、これを飲みほさないと好きな酒を飲ませてもらえないんだ」

 レイは声を落としもせずにそんな台詞を口にする。バーテンダーはむっとした顔でレイを見た。
 リュウは嫌な雰囲気を少しでも和ませようと、あわてて会話を続けた。

「せっかくのサービスなのに、そんなこと言っていいのか? うまいと思うよ」

 バーテンダーに聞こえるように取りなす。
 いつものことだが、レイといると、リュウは気をつかうはめになる。
 それほど、レイはどこでもマイペースというか、傍若無人であった。
 いや、空気を読めないのか、気にならないのか…。人の苦労も少しは考えてほしいとリュウは心の中で思った。

「リュウは酒を知らないから、そんなことを言えるんだ。この酒がまずいってことを教えるためにも、今夜は、ほんとうにうまい酒をご馳走するよ」

 早々とグラスを空にしたレイが、バーテンダーに向かってオーダーする。

「『ティア・ドロップ』あるよね。ダブルでふたつ」

 バーテンダーの顔色がさっと変わった。
 『ティア・ドロップ』は、酒好きにもあまり知られていない幻の銘酒である。
 この店に入るまで、酒に詳しいと自負していたバーテンダーでさえ知らなかったほどだ。マスターが醸造元と知り合いだからこそ手に入れることができる。それも、ごく少量で、マスターが楽しみのためにたまに飲むのをのぞいては、誰も触れさせてはもらえない。
 もちろんメニューには載っていないし、これまでただの一度もオーダーされたことはなかった。

「お出しできるかどうか…、マスターに聞いてみます」

 マスターがどれほどこの酒を愛しているかを知っているバーテンダーは、レイにそう告げて通話機に手を伸ばした。

「それならマスターに、いい酒を出し惜しみするんじゃないって言ってくれる?『ティア・ドロップ』を飲むために、星系半分飛んできたんだからって」

 通話機に向かって何やらしゃべっていたバーテンダーが、「マスターが参りますので、しばらくお待ちいただけますか」とレイに告げた。
 レイは鷹揚にうなずいた。


 そのとき、見計らったようなタイミングで店の扉が開いた。

「遅いじゃないか、姫! みんなお待ちかねだぜ」
「何言ってんのよ。ここは女と遊ぶ店じゃなくてバーなんだから。酒と会話を楽しみなさいよっ」

 連合宇宙軍の制服をきれいに着こなした女が、軽口をたたきながらさっと上着を脱ぐ。そして、軍規定の白いシャツの腕をまくって…、カウンターの中に入っていった。

 ──こんなところで連合宇宙軍の士官であるグレーとブルーのツートンカラーの制服を見るなんて。この店のママなんだろうか。姫とは、宇宙軍士官のこの女なのか──

 リュウがめまぐるしく考えを巡らせているのに、レイは騒ぎに目をくれもせず、バーテンダーからもらった酒のメニューに見入っていた。
 時々リュウを見てメニューを指差し、酒について講釈をたれている。
「これ、けっこうおいしいんだよ」とか、「ふ~ん。こんな酒を置くようになったのか」とか。
 と、女の目が、カウンター席に陣取っている二人の男に止まった。

 一瞬にしてしかめられた美しい顔。そして、カウンターを出ると、ツカツカと歩んでくる確固とした足取り。
 知らないうちに店内を沈黙が支配した。これで三度目である。
 聞こえるのはBGMのジャズピアノと、女のたてるヒールの音だけになった。
 バーテンダーが女に気づかれぬように、リュウに向かってそっと合図をした。立ち上がって席をあけろと言う仕草だ。

「レイ、レイッ!」
 リュウはそでを引いて小声で注意を促す。
「ん…」
 レイは首をかしげる。

 店じゅうの視線が集まっていた。険悪な雰囲気というより、これから始まる映画か芝居のクライマックスシーンをワクワクしながら待つ観客のようであった。

 その女は、まずリュウを睨みつけた。

「ぼうや。そこはわたしの席よ。どきなさい」

 鋭い声の一喝である。
 訓練生なら飛び上がって従わなければならない上官の命令。だが、ここは酒場である。
 リュウは、制服も着ていないし、自分が宇宙軍の士官訓練センターに通っていることなど、この女にわかるはずはないと埒もないことを考えていた。
 女は続けてレイの背に向かって、言葉を投げつけた。

「あなた、誰に断ってこの席に座ったの?」

 言葉づかいはやさしいが、部屋の温度が10度は下がりそうな、凍りつくような冷たい声音だった。
 その言葉は座っている男に対してもだが、どうやらバーテンダーや店の客たちにも向けられているようだった。

「姫…。俺たちも、身の程知らずだって教えたんだが。そいつが聞かなくてな」

 常連客のひとりが取りなすように声をかけると、姫と呼ばれた女はちっと舌打ちして、ホルスターからするりと銃を抜き出した。ひとを脅すには威力が強すぎる連合宇宙軍支給の大型レーザーガン。レイが愛用している銃といい勝負だとリュウは思った。
 レイの背に銃を突き付けて女は冷たく告げる。

「怪我したくなかったら、今すぐ立ち上がるのね」

 カウンター席に座っただけで、なぜレーザーガンで脅されなければならないのかリュウにはわからなかったが、士官である女も、店の客たちもからかっているのではなさそうだ。

「客に銃を向けるなんて、この店はいつからこんなに物騒になったんだ」

 小さくつぶやいたレイが、くるりと振り返ると同時に、銃を持つ士官の手を捻り上げた。
 女の華奢な手からポロリと銃が落ちたのをリュウは不思議とも思わなかったが、店の男たちからはどよめきがあがった。
 しかし。いちばん驚いたのは、当の女だった。
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