宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

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2 魔の宙域

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 怒鳴ったリュウに、レイはふと気づいたように
「リュウ。コース設定はちゃんとやってるんだろうね。ヘマすると時間通りにベルンに帰り着けないよ。遅刻したら教官に怒られるんじゃない?」と。
「えっ、自動じゃないのか」
「もしかして、コース設定してなかった、とか…」

 リュウの初歩的なミスに、レイが絶句する。

「それじゃあ、どこを飛んでるのか…」
 言いかけたとき、コンピュータの機械的な声。急を告げる音声メッセージだ。
「巨大浮遊物接近中、ただちに回避してください。巨大浮遊物接近中、ただちに回避してください」
「……ッ」
「代われ!」

 一瞬にして穏やかさをかなぐり捨てた、レイの鋭い声。
 リュウが席を立ったところで、クリスタル号が大きく横揺れした。バランスを崩したリュウは操作パネルの上に投げ出されて肘をしたたかに打ち付けた。
 バリッ、ピシッという音がして、電気の火花が散る。

「…痛ッ!」
「何てことするんだっ! くそっ。コンピュータがいかれちまった……」

 汚い言葉を吐き捨てたレイは、操縦桿を操り、それでも一瞬のうちに揺れていた宇宙船を立て直した。
 それから、プツリと切れたコンピュータのモニターを凝視し、あきめたように首をふる。
 それからレイは…。
 しばらく目を閉じて、クリスタル号の揺れを五感で確かめた。
 と、おもむろにメインエンジンのスイッチを点火する。そして、燃料が充填されるやいなや出力を最大限に上げたのだ。

「……!」
 リュウには信じられない操作に思えた。宙域でこんなに急に最大推進にするなんて!
 浮遊物の漂う宙域で、メインエンジンを最大出力に? 次々に浮遊物が向かってきたらどうするんだ。

「こんなとこでエンジンをふかすなんて…」
 おそるおそる口を出すと、鋭い叱責である。
「スクリーンに映る惑星に引っぱられているのがわからないのかっ! 惑星に叩きつけられたくなければ、最大加速しかないだろっ。それでも間に合うかどうか…」

 最後は苦渋に満ちたつぶやきとなった。
 リュウは思わずスクリーンに目をやった。確かに、最大加速をかけたのに前へは進んでいない。
 宇宙船は耐えきれないスピードになりもせず、牽引ビームに捉えられてでもいるように、じりじりと惑星に引き寄せられていく。

「くっ、ここはインシャラーか!」
 ぽつりとレイがつぶやいた。

「……インシャラー!」

 それは神の思し召しのままにという皮肉な名を奉られた魔の宙域であった。
 近寄ってはならないと子どもでも知っている宙域。
 間違って入りこめば二度と出られないと言われている。宙空にいくつものひずみがあり、そのひとつに触れてしまえばどこへ投げ出されるかわからない。宇宙嵐や小惑星帯など子どもだましに思えるほど荒れた宙域なのだ。
 しかも、ひずみだけではなく、インシャラー宙域の惑星のいくつかは強力な磁力を持っており、近寄る宇宙船を有無をいわさず引き寄せてしまう。
 インシャラー最大の磁場惑星ゲイルは、宇宙船の墓場と言われているほどである。

「そんな…」

 リュウは言葉もなく呆然と立ちつくしていた。
 レイはその姿を横目でひと睨みしてからピシッとした声で指示を出した。

「何をしている! サブ・コンピュータを立ち上げろ。今いる位置をすぐに割り出せ」
「どうすれば…」
「しっかりしろ、泣き言をいってる場合か。黙って言われたことをやれ!」

 リュウは弾かれたようにサブ・コンピュータの前へ飛んでいき、震える手でスイッチを入れた。宙航図にクリスタル号の位置を示す点滅が現れた。
 と、クリスタル号がガクンと揺れ、大きく前へと飛び出した。急激な加速、押さえつけられるような加圧。

「…っ! レイ…」
 思わずリュウの口から悲鳴が漏れた。
「惑星の磁場バランスが変わったんだ。これで、抜けられるか…」

 レイは落ち着いて逆噴射をかけ加速を抑えてから、先ほどまでとは違う方向に引きずられていくクリスタル号をじりじりと旋回させた。
 そして、斜め後ろへ引かれるように感じたとき、すべての推進系統の出力を最大限にして…、推進系統が一瞬にしていかれそうなほど強引な加速をかけた。
 ピンと張り切った糸がそれ以上の牽引に耐えられずにブツリと切れるように、クリスタル号をつかんでいた磁場がブツリと切れた。

「しっかりつかまれ。投げ出されるぞ」

 レイの言葉が耳に届いた頃には、クリスタル号は弓を離れた矢のようにものすごいスピードで飛び出していた。
 目の前のスクリーンに映る星々が動いて見えるほどに! しかもクリスタル号は宙を舞う頼りない木の葉のように回転している。
 それでも。レイは次々に襲いかかってくる浮遊物を悠々とかわしながら、落ち着いた声で聞いた。

「座標は?」
「スピードがありすぎて、特定でき、ない」
「じゃあ、ゲイルはどの位置だ。いちばん大きな惑星だ。クリスタル号が飛ばされてる方向とは離れているかっ。あいつの磁力につかまったら、逃げ切れやしない」
「……っ。このまま行くと、ゲイルへまっしぐら」

 リュウの口から出た言葉は悲鳴である。
 レイは「スピードが落ちないとやばい」とかなんとかつぶやきながら、操縦桿を思い切り横に倒した。急角度の、やってはならないと習う方向転換である。
 しかも、すべての出力を最大限にした状態で! 

「なんて無茶をっ」

 いまでさえクリスタル号はバラバラになりそうなのに、強烈な横からの力が加われば、宇宙船に損傷が起きても不思議はない…。
 それに。こんな状態のクリスタル号をいつまでコントロールできるんだ?
 それでも、ゲイルの磁場から逃げられない。徐々に引き寄せられていくのがわかる。
 リュウが悲壮になっているのに、レイの声は案外に平気そうだった。

「黙ってろ。何もしなければゲイルに突っ込んで死ぬだけだ。おまえは簡単にあきらめるのか。俺はまだ死にたくないんでね、無茶でも何でも、できることはすべてやる」

 レイの声には非難と嘲笑が入り混じっていた。
 リュウは何も言えなかった。
 自分のせいでインシャラーに入り込んでしまったのだ。そして、レイが無茶をしなければ、惑星に突っ込むか、宙航図にも載っていない異宙域へ放り出されるだけ、なのだから…。

「えっ……」

 それでも、レイが近くにあった小惑星にミサイルを数発撃ち込んだ時には、驚きの声が出た。
 ものすごい爆発が起こり、小惑星の一部が剥がれるように散らばった。スクリーンには浮遊物の大群が雨のように降り注ぐ。小惑星のかけらである。
 よほど爆発が凄まじかったのだろう、それらのいくつかは、ゲイルではなくクリスタルの方向に、ぐんぐん近づいてくる。

 ──なぜコンピュータが警告を出さないんだ──

 リュウは自分がコンピュータを壊してしまったことも忘れて、そんなことを思った。

「レイ、目の前!」
「見りゃわかる。黙ってろ、って言ってるだろっ」

 とりつくしまもない。レイはこうなることをわかっていて小惑星にミサイルを撃ち込んだのだ!
 冷静なエメラルド・グリーンの瞳は浮遊物が近づくスクリーンと計器類を交互に見つめ…、しなやかな指先は操作パネルの上を踊り続けている。
 声をかけることさえためらわれるほど引き締まった横顔が壮絶なほど美しいと思う。
 そのくちもとが残忍さをのせて歪んだ。いったい、レイは、何を考えているんだ?
 浮遊物がスクリーンいっぱいに広がり、そして衝撃が…。

「覚悟しとけ。あと1~2回ぶつかるからな。うまくいけば浮遊物を利用して、ゲイルの磁場から逃げ切れる」

 大きな浮遊物をゲイルとクリスタル号の間に置くような形で、磁場を遮ろうとしているのか。
 いや、違う。浮遊物とぶつかる一瞬の隙を利用して、ゲイルからコースを逸らそうとしているのだ。
 そして。
 ゲイルの磁場から解放された途端、恐ろしいほどのスピードがもどってきた。その速度を維持したまま、宙空のひずみを利用して。

「ワープする」

 どこへ、と聞いてもこのひずみが続いている先は、神のみぞ知る! だ。
 でも、インシャラーを抜けられるのならどこでもいい。レイはそう考えているのだろう。
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