宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

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2 甘える

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 ピンポ~ン。ピンポ~ン。

 さっきから何度も鳴らしているのに、何の反応もない。奥の部屋に灯りがついているからいるはずなのに。
 もしかして、灯りを消し忘れて出かけたとか。レイならあり得る! とリュウは不安になってきた。
 なんとかリュウは山岳演習から生還できた。いろんな面でラッキーだったのだ。ルーインのおかげでもある。

 しかし、山岳演習で自分の弱さをいやというほど味あわされた。士官訓練センターまで帰り着いて、一人でいるのが耐えられなくなった。レイにたまらなく会いたかった。この5日間のことは思い出したくもない。
 だから、金曜日の夜遅くに無理をして家に帰ってきたのだ。
 カギを忘れてきた俺も悪いけど、締め出しを食らうなんて考えてなかった。今からもう一度、士官訓練センターに戻る気はしない。もしかしたら、二度と戻らないかもしれない。
 ドアの前であれこれ思案していると声がかかった。

「あれ、リュウ? こんなところで何してるの?」

 振り返ると、相変わらず美しいレイがトレーニングウエア姿で立っていた。気づいた途端。

「レイ!」

 声を上げて、リュウはレイの胸に飛び込んだ。
 その体重をよろめきながらも両腕でしっかり抱きとめたレイは少し目を見開いたが、何も言わなかった。何も言わずにぎゅうっとリュウ抱きしめた。

 納得してリュウが自分から離れるまで、もう大丈夫だと安心できるまで、レイはリュウを抱いているつもりだ。
 抱きしめられることが何よりも大切だと知っているから。誰が見捨てても俺だけはおまえのそばにいるとわからせてやりたいから。

 小さい頃はよくこんな場面があった。レイの帰りが予定より遅かったとき。悪いことをして叱った後。スクールでいやな思いをした日…。
 リュウは自分が抱え込める以上の心の重荷ができるとレイの胸に飛び込んで泣いたものだ。
 もっとも、リュウが素直にレイの胸にすがりつけるようになるまでには時間がかかった。他に頼るものが誰もいないのに、リュウはすべてを自分の小さな胸におさめて我慢するような子どもだったから。初めて泣きついてきたとき、レイは驚いたと同時にものすごくうれしかったことを覚えている。

 リュウに頼られている。必要とされていると、自分が生きる意味を実感したものだ。
 いま、リュウは泣いてはいなかった。ただ、胸にすがりついて身体を震わせているだけ。息を弾ませているだけ。どんなことがあったかは知らないが、必要とするだけこうしていようとレイは思った。


 もう子どもじゃない! と啖呵を切ったのに。今度はレイを守れるようになるのだと誓ったのに。俺はまた、こうしてレイを頼っている。
 温かい腕に包まれて、幼い子どものようにトントンと背中をたたかれて…、リュウの身体から力が抜け落ちる。トレーニング後だからか、トクトクと響く心もち早いレイの鼓動を聞いていると落ち着くのだ。
 ここにいれば大丈夫だと。どんなことからも守られていると。何も考えることはないのだと。どんな自分でもありのままを受け入れてもらえると。
 しばらくして、リュウは顔をあげた。

「ごめん…」

 レイは何も言わず、抱きしめていた腕を離すとポンポンとリュウの肩をたたいた。

「寒いだろ。家に入ろう」

 コクンとうなずいたリュウをリビングに促した。ソファに座らせておいて、「一杯、飲む?」と形だけの疑問符を投げかけてから、レイはグラスにブランデーを注いでリュウに手渡した。

「シャワーを浴びてくる。すぐ戻ってくるからね」

 ところが。
 歩き始めようとしたレイのウエアの裾をリュウがつかんでいた。すがりつくように。
 はっと気が付いたようで、すぐにリュウは手を放したが、レイは心配そうにその顔をのぞき込んだ。

「ん、ひとりになりたくないの?」

 的確なひとこと。
 大丈夫だからシャワーへとリュウが言い返そうと思った時には、レイはもうソファに座っていた。

「ねえ、音楽かけて。それから、俺にも何か飲み物作ってよ」

 弾かれたように立ち上がったリュウに、レイがやさしく声をかけた。

「ここへおいで」

 飲み物を手渡したリュウは、レイのお気に入りのソファによりかかって座った。レイはリュウの頭に手をおいて、髪をくしゃくしゃかきまわしている。何も聞かない。
 リュウはグラスに口をつけて、ブランデーを含む。甘い香り、温かい液体がのどを通って胸に染みこんでいく。目を上げると、レイのやさしい眼差しが落ちてきた。
 どうしたの? とその目が問うていた。

「山岳演習があったんだ。地上での最終試験のようなものなんだけど。キツかった」

 レイは「そう」と相づちを打った後、「試験に落ちちゃったの?」と聞いた。

「ううん。合格した」

 なら、どうしたと首を傾げるのに、説明する言葉が見つからない。
 演習の間中、寒くて、つらくて、どうしようもなかった。装備が重いせいでも、走破しなければならない距離が長いせいでもなかった。敵を倒さないといけないのだろうかという疑問。
 考えてみるとリュウはこれまで人を傷つけたことなどなかったのだ。敵を倒さなければゴールにたどり着けないとわかっているのに。相手は、自分を倒すために追ってきているというのに。
 同じ軍基地の兵士たちに囲まれたとき、まだ答えが出ていなかった。どう対処すればいいのかわからなくて足がすくんで動けなかった。本物の敵なら殺されていただろう。訓練でいくら射撃が上手くったって、敵を撃てない自分は宇宙軍には役立たずの人間だ。レーザーの出力は最低限に設定されているし、殺めることはないと知っていたのに。

 ルーインがいなければあの時点でリタイアしていたと思う。数人の兵士に囲まれて、固まってしまったとき。ルーインが応戦して無理やりリュウを引きずり、はるか下に見える川に身をひるがえした。

 川から上がって『実戦のようだったな』と言うと、ルーインは真っ赤になって怒った。
『たかが演習だと思っているから川へ飛び込むはめになるのだ』と。『阿刀野、キミは僕よりよほど強い。格闘技でも銃でも。なのにその技を使えなかったら、生きていけないんだぞ』と。

 リュウの『宇宙軍に入りたいと思わない』という反論を許さずに、ルーインは言葉を続けた。『たとえ軍に入らなくても、自分の身が守れないものは戦場にいる資格はない。はた迷惑だ。それに! キミはレイさんが誰とも闘っていないと思っているのか。
 あの人のそばにいれば、この程度では済まないほど危険なのは承知してるだろっ。レイさんが苦況に立ったときにキミは手出しひとつせずに見捨てるのか。敵に立ち向かうこともせずに!』

 言葉がリュウの胸をえぐった。もう、そんな場面には遭遇したのだ。レイが危険な目に遭っている時、手も足も出なかった、そんな場面に。
 ルーインに怒鳴られた時、リュウはレイのそばにいる資格などない、と決めつけられたような気がした。

「合格はしたけど、俺のせいでルーインが怪我をした」

 レイが器用に片眉を上げた。

「大丈夫、足を捻っただけだから。すぐに治ると思う。
 それより…、俺は向かってくる敵に銃を向けることができなかった。人を殺める道具を仲間に向けるなんて…。敵っていう設定だったのに。そのせいでルーインは怪我をした。そんなやつは戦場にいる資格はない、おまえは甘すぎるってルーインに詰られた」

 俺はきっと、宇宙軍には向いていない。レイにも不釣り合いだ。

「そう。リュウはやさしいからね」

 違う、そういう問題じゃないんだ。
 レイだってやさしい。だけどレイは、傭兵として超一流だったとランディが話していた。傭兵は敵と闘うために雇われるんだから、レイはためらわずに敵を倒してきたということだろう。
 俺がこれまでやってきたのは、考えてみれば子どもの喧嘩程度。命のやりとりなど一度もしたことがない。誰かの命をこの手で奪うことなど、俺にはできそうにない。

「いいじゃない。リュウはリュウだ。そんなに簡単に自分は変えられないからね。演習じゃなくて本物の敵に囲まれたら、また違ってたかもしれないよ
 ただ…、そうだね。俺はどんなことがあってもリュウに生きていてほしい。本物の敵に囲まれた時は、俺がリュウの帰りを待ってるってことを思い出してね」

 言葉がすとんと心に落ちて、リュウは素直にうなずいた。


 その時がきたら、リュウも敵に銃を向けられるとレイは思う。そう簡単にはいかないかもしれないけれど。
 レイには、敵に情けをかけて、大切な仲間を無駄に死なせてしまったことがあった。その件に関しては、今でも甘かった自分が許せない。これまで、俺が甘かったせいで多くの人を犠牲にし、その犠牲の上に俺は生きている。失敗を繰り返して、冷徹であらねばならないときもあると学んだ。

 平気な顔で人に銃を向けられるようになったものの、心に痛みを感じないわけではない。どれほどポーカーフェイスを装おうとも、自分を騙すことはできない。人には冷酷だと思われていても、心の中ではいつも嵐が吹き荒れている。俺は今でも甘いのだ。

 でも、リュウのためなら。俺はためらったりしない。リュウを脅かすものがいたら迷わず銃をぶっ放すだろう。敵を殲滅するだろう。いや、すでにそれは証明済みか…。
 レイは苦笑を浮かべた。
 やさしいから。真っ直ぐだから。リュウは何度も失敗するだろう。そして苦しむだろう。だけど、いつか大切なものを守るために、否応なく闘わねばならないときがくる。俺はその時がくるまでリュウが生きていてくれることを祈るしかないみたいだ…。

「よく頑張ったね、リュウ。俺はおまえが宇宙軍に向いていないとは思わない。いまは、自分ができることを一生懸命やってればいいよ。それで、自分の意に添わないことをやらなくちゃならなくなって心が悲鳴をあげたら、いつでも帰っておいで。一緒にいてやるくらいしか俺にはできないけど」

 リュウは胸が熱くなった。自分の弱さをすべてさらけ出して、それでも一緒にいてくれるレイが、たまらなく…、好きだ。レイの膝に頭をもたせかける。予想通りにレイは髪をやさしくなでてくれた。小さい子どもをあやすように。

 リュウは感謝の目を向けた。
 今夜は自分がレイを守りたいなどとリュウは考えなかった。もう少しだけ甘えていたい。大好きなレイのやさしさに包まれていたい。
 しばらくすると、アルコールの酔いが心地よくまわってきてまぶたが重なった。
 疲れてたんだね。詳しいことは言わなかったけど、山岳演習ってキツかったんだろうな。リュウがこれほどプレッシャーを感じるくらいだから…。
 レイは知っているのだ。リュウが精神的にも肉体的にも強靱だということを。ちょっとやそっとでは、自分に泣き言など吐かないことを。

「ルーインも心配だな」
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