宙(そら)に散る。

星野そら

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3 ランディの来訪

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「入校式に間に合わなくて、申し訳ありません。はい。士官学校には連絡を入れました。阿刀野の身体の調子が悪くて、回復するまでもうしばらくかかりそうなんです。はい。ほかに彼の面倒を見るものがいないので、僕が付き添っています。教官には本当にご迷惑をおかけしました。僕も阿刀野も、間違いなく士官学校に入りますから。はい、わかりました。阿刀野に伝えておきます」

 カチャリと通話機を戻すと、ルーインは心の中でため息をついた。
 あれから、2週間がたった。阿刀野の様子は変わらない。というより、日に日にひどくなるようだ。自分の中に引きこもって、出てこようとしないのだ。話しかけても聞いているのか、いないのか。無関心な目がたまに向けられるだけ。
 かろうじて、食事は摂らせている。夜になると睡眠薬を飲ませてベッドに連れて行く。それ以外の時間、目を離すとリュウは玄関の扉の前で、膝を抱えて座っているのである。
 所用で外出した僕が玄関の扉を開けると、リュウが期待に満ちた瞳を当てる。そして、僕が入っていくと、違うというように哀しそうに目を閉じ、自分の世界に帰っていく。

 僕はレイさんにキミを任された。

『リュウが落ち込んだ時は、世話かけるけど面倒みてやってね』と。

 キミを立ち直らせることができるかどうかわからないけれど、僕はレイさんとの約束を守るつもりでいる。レイさんがいなくなった今、キミの面倒を見てやれるのは僕しかいない。キミの傍にいてやれるのは僕しかいない。
 そうだろう? 僕はキミの手を離さないつもりだ。
 正直に言うと。約束したからじゃなくて、僕はキミのことを大切に思っている。 
 友として、いや、それ以上に…。
 僕は誰にも、家族にさえこれほど執着を持った覚えはない。だが、キミのことはどうしても振り捨てていけない。いつもの僕なら、身内の死を受け入れられない弱い男など、あっさりと見限っただろうに。キミとは、とことん付き合うことになるだろうと分かっていた。

 だけど。
 おかしくなりそうだ。いつまでこんな状態が続くのだ?
 セントラルの士官学校は始まってしまった。軍の上層部に顔のきく父に無理を言って手を回してもらったが、さすがに4月末までにはセントラルに行かないとまずいと思う。
 すでに講義や演習が行われている。各地にある士官訓練センターから選りすぐられた20数名だそうだ。必死で頑張ってもついていけるかどうかというハイレベルなのに、部屋の中にこもりっきりである。
 ルーインは、どうすればいいのかわからなかった。

 阿刀野!
 子どものように座り込んだ男の肩を抱く。
 このまま、キミが心をなくしてしまったら、僕はどうすればいいんだ!


 ピンポ~ン。珍しくチャイムが鳴った。
 リュウは期待を込めて扉を見つめているだけで、動こうとはしない。レイならチャイムを鳴らした後、勝手に入ってくると知っているから。
 憂鬱な思いを振り切って、「はい」と応えて扉を開くと、そこに、がっしりした男が立っていた。

「よお! 久しぶりだな」

 それは、この家で何度か出会ったランディだった。クリスタル号の乗組員の片割れ。松葉杖をついているが、がっしりした体躯には力がみなぎっている。

「こんにちは。どうぞ」
「ルーイン、だったな。リュウと一緒に居てやってくれたのか」
「はい」
「あいつ、どうしてる?」

 問いかけに、目を後ろにやることで応じた。膝を抱えて座り込んでいるリュウの姿に目をやったランディは、

「聞いてたとおりだな」と辛そうな顔になった。
「誰に、何を、聞いたんですか?」

 責める口調にランディが小さく応える。

「いや、リュウが小さい頃の話をレイに聞かされたことがある。帰宅が遅れたとき、リュウは膝を抱えて玄関で待ってたって、それを思い出した」

 簡単に説明して、ランディはリュウの目の前に座って声をかけた。

「おい、リュウ。待たせたな。聞こえてるか、レイからの伝言を預かってるぜ」

 ランディの言葉にリュウがピクリと反応した。つと顔を上げる。

「レイからの伝言?」

 それは、リュウにとって、久しぶりに意味のある会話であった。

「ああ。そんなところに座ってないで、リビングに行こうぜ。見せてやるから」

 ランディに促されて、リュウはリビングへ歩いていった。
 よかった。阿刀野はまだ壊れていない。

「ランディ、レイは? どこにいるんだ? 死んじまったなんて嘘だよな!」

 必死の問いかけに、ランディはきっぱりと首を振る。が、言葉は慎重だった。

「とにかく、先にこれを見てくれないか。レイからおまえへのメッセージだ、な?」

 やさしく言うと、ランディは一枚のディスクを取り出した。

「ルーイン。済まないけど、パソコンにセットしてくれ」
「はい」

 リビングに置いてあったレイのパソコンを立ち上げて、ディスクを入れる。アイコンをクリックすると、レイの笑顔がモニターいっぱいに広がった。

「レイ…」

 リュウは思わず声を上げた。

「ほら、リュウ。スタートさせろよ」

 うなずいたリュウが、映像をスタートさせた。レイの表情が動き、やさしい声が流れてきた。
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