宙(そら)に散る。

星野そら

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2 極東地区での任務

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 ようやくライトマン少佐に解放され、はあっと大きく息を吐いたリュウの横顔を見て、ルーインがふっと笑い声を漏らす。

「なんだ、ルーイン?」
「もう、いやになってるんだろう? 仮にもキミは、僕たちの隊長だからな。ここで働きやすいように、きちんと環境を整えてくれよ」

 含みのある台詞にリュウはふいと顔を背ける。

「よく、言うぜ。書類仕事に部下たちの管理…、そんなこと、おまえの方が余程得意だろう? それともエヴァに任せたら…」

 甘えた言葉を吐こうとしたリュウは、しっかり釘を刺される。

「ダメだよ。僕の仕事は宇宙船の操縦。エヴァには下仕官としての仕事がある。隊長としての仕事はキミにやってもらう」
「ちっ!」

 ケチくさいという文句は胸の中に納める。やりたくないとダダをこねて叱られるより、困ったふりをして助けてもらった方が賢いとリュウは計算したのだ。キツいことを言ってもルーインは、リュウが困っていたら手を貸してくれるに決まっている。
 にこりと笑ってリュウが言う。

「遅くなっちまったな。あいつらきっと、待ちくたびれてるぜ」

 突然の笑顔にルーインはふいを突かれた。この笑顔が好きだと思う。リュウが笑顔を取り戻したことがうれしい。そして、その笑顔が自分に向けられることが。
 ルーインのエリート士官の顔が崩れるが、こんな場所でドキドキしていても仕方がない。

「あ、ああ。そうだな、急ごう」

 リュウとルーインは待ち合わせの場所へと急いだ。
 自分たちの帰りをぼんやり待っているかと思っていた2人の考えは見事に裏切られた。そこでは、エヴァやダンカンなど数人の下士官がなにやら熱心に話し合っていたのである。
 2人に気づいたエヴァが弾かれたように立ち上がる。

「隊長、アドラー少尉、お疲れ様でした」

 部隊の隊長、部下として1年ぶりに再会して以来、エヴァは礼儀正しい態度を崩さない。エヴァのような下仕官たちは、新任士官よりよほど長い軍歴を持っている。本来なら彼らの信頼を勝ち取るまでにはかなり苦労をしなくてはいけない。
 だが、幸いなことに極東地区についてきてくれた下士官や兵士たちは、すでにリュウを信頼していた。口には出さないがこの男と一緒に働きたいからこそ、誰も行きたがらない極東地区への異動を願い出た者ばかりなのである。
 エヴァはその筆頭であった。上官に仰ぎたいと望んだのは他ならない自分であったから。ついていきたいと思った男は初めてだったから。
 頼りない点は数々あるが、いざという時に信ずるに値する男だと、エヴァは知っているのだ。

「遅くなってすまなかった。みなはどうした?」
「はい、部屋を割り振って解散させました。荷物整理の後、フリーにしましたが、まずかったですか?」
「いや、それでいい」
「ところで、キミたちは何をしているんだ?」

 待っていてくれただけではなさそうだなと、真剣な面持ちで話し合っている様子に、ルーインが問う。

「パトロールのチーム分けと明日からのトレーニングのことを話し合っていました」

 その質問にはダンカンが答えた。

「ほかの隊のやつらに聞いたんですが、だいたい、1チーム20人程度でパトロールするそうです。だから、そのメンバー決めと、明日からのトレーニングメニューの相談ですよ」
「もちろん、隊長もトレーニングに参加してもらいます」

 リュウが士官学校にいた1年の間に、ダンカンは様変わりしていた。自分が強ければいいと思っていた男が、兵士を鍛えるのは自分の使命だと感じるようになっていた。
 極東地区への異動に伴い下士官として取り上げられたが、それはこの男の軍歴と果たしてきた任務の数々を見れば不思議でも何でもなかった。

「勝手なことを!」

 顔をほころばせたリュウを見て、ルーインが言う。ルーインはリュウをサポートする人間の多さに小さな嫉妬を感じたのだ。リュウが笑顔を向ける先が自分だけでないのが悔しい。独占欲など持ち合わせていなかったはずなのに、リュウだけは誰にも渡したくないと思う。僕はなにを馬鹿なことを考えているんだ。

「いいじゃないか。俺はみなが自主的に動いてくれるのには大賛成だ」
「キミが苦手な仕事をしなくて済むからな」

 きつい調子で吐き捨ててから、ルーインはふうと大きなため息をついた。

「あんまり、隊長の仕事を肩代わりするんじゃないぞ。阿刀野隊長には、自分が隊を率いているんだときっちり自覚してもらわなくちゃならないんだからな」

 やわらいだ口調に、下仕官たちはほっと息をつく。この隊でいちばん怒らせたくないのはアドラー少尉だと、全員が認識していた。
 部下の前で断じて甘い顔など見せないルーインは、新任でありながらすでに兵士たちに恐れられ、敬われる士官になっていたのだ。

「で、エヴァ。どんなチーム分けになったんだ?」

 それは、リュウとルーインが考えるよりよく出来ていた。何しろ、仲間の兵士のことをよく知っている下士官たちが、あーでもない。こーでもないと頭を絞って考えたのだから。いくつか質問をして、リュウはあっさりと承認する。トレーニングメニューについてもダンカンに一任してしまった。

「みな、長旅で疲れているだろう、今日はゆっくり休んでくれ」

 うなずくみなの横でダンカンが胸をそらして言い渡した。

「それじゃあ、みんな。明日の朝6時にグラウンド集合だと全員に伝えてくれ。隊長、アドラー少尉、遅れないでください」

 えっ、俺もかと文句を吐いた後、リュウは

「わかりました、軍曹殿」

 とふざけて敬礼する。その横で、ルーインが渋い顔である。

「もっと威厳を持ってくれ。これじゃあ、誰が隊長だかわからないぞ。それにキミが断らないということは、僕も初日からトレーニングに借り出されることになる…」
「いいじゃないか。身体は鍛えておくべきだろ」

 レイだって、きっとそう言うよ。憮然とするルーインにそう言葉をかけて、割り当てられた部屋へと向かう。
 下士官たちが協力してくれるなら極東地区パトロールという本来の任務はうまくいくだろう。それなら、俺は心おきなく別のことに力を入れられる。リュウはそう考えていた。
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