宙(そら)に散る。

星野そら

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10 大事な拠点

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「なぜ極東地区を希望したか、わかりますか?」

 無邪気に訊いてみた。

「もちろん。あそこは、コスモ・サンダーにとって大事なシマのひとつだから」

 リュウはうなずく。

「俺はコスモ・サンダーを許さない」
「コスモ・サンダーを憎む気持ちはわたしも同じだけれど、復讐なんて馬鹿げた真似はやめた方がいいわ」

 なぜ? エリスの意外な言葉にリュウは瞳をくもらせる。

「あの人は、ぼうやを危険な目に遭わせるくらいなら、死を選んだと思う。そんな人が、ぼうやがコスモ・サンダーに復讐してる場面を見て、喜ぶと思う? それよりもぼうやが立派な仕官になる方が…」
「俺は!」

 エリスの言葉を遮った。

「俺はレイが望んだエリート士官になるつもりだ。兵士から慕われて、兵士を守れる仕官に。自分の任務を果たせる仕官に。俺の宇宙軍士官としての使命はコスモ・サンダーを殲滅することだと思っている。それがいち仕官に無理なら、俺はコスモ・サンダーを殲滅するという命令が出せるほど偉い将官になる。
 だから、俺の中ではふたつは同じことです」

 エリスはふっとため息をもらした。

「そう…、わたしが諌めても無駄みたいね」

 それでこそ、あの人が育てた男だけのことはあるとエリスは思った。そして、思い切って心の奥底を覗かせることにした。

「阿刀野少尉、協力するわ。ううん、違うわね。わたしに協力してちょうだい。
 わたしは…、コスモ・サンダーに大きな貸しがある。兄を亡くしただけじゃなく、あの人まで失った。できるものなら、つぶしてやりたいとずっと思っていた。だけど、わたしには投げつける石がないの。石になってくれる?」
  
 リュウがいたずらっぽく笑う。

「あなたが投石機で俺が石ですか。…でも、それなら俺たちは同士ですね」
「ええ。大切な人を奪った組織に打撃を与える同士。ぼうやだとちょっと物足りない気もするけれど…、仮にもレイモンドの育てた男だから、同士にしてあげましょ!
 言っておくけど、これでも凄腕の分析官ですからね。コスモ・サンダーの情報に関しては、わたしの右に出るものはいない。アテにしてくれていいわよ」
「ちぇっ! せっかく少尉に格上げになったかと思ったら、もうぼうやに逆戻りですか。信じてくださいよ。俺、こう見えても、頼りになりますから。石じゃなくて、相手を確実に仕留める鉄砲玉くらいには格上げしてもらってもいいと思うな」
「貫通して出てきてくれるなら、ね」
「ふっ。投げつけた後の石には興味ないと思ったのに」
「わたしは、そんなに薄情じゃないわよ。あなたは、あの人の大切な弟だもの」

 エリスはリュウの言葉に晴れやかな笑顔を返した。レイモンドが死んだと聞かされた時から手をこまねいていたわけではない。
 たとえ、宇宙軍からストップをかけられようともコスモ・サンダーに一矢報いたいと思っていた。それが、いま、心強い味方を得て実現へと動き始めたのだ。まあ、わたしにできるのは、分析官として知り得た機密情報を流すことだけだけれど。


 エリスとリュウのやり取りを遠くで見ていたルーインが、すっと眉根を寄せた。顔にはかろうじて笑みを貼り付けているが、父が紹介してくれた将官たちのくだらないおしゃべりは右の耳から左の耳へと抜けて行く。
 くっ! リュウが楽しそうに笑っている。あの女性士官のせいでどんな目に遭ったか、憶えていないのか?
 リュウの手がエスコートでもするようにさりげなく女性士官の肩に回って…、ルーインの忍耐がブチッと切れた。

「父さん。父さんはみなさんとまだお話があると思いますが、僕はそろそろ失礼します。極東地区への出発のことで、阿刀野と詰めておかないといけないことがありますから」

 父に声をかけてから、将官たちに目をやって、抜け目なく挨拶をする。

「今日はご高説を賜りまして、ほんとうにありがとうございました。身の引き締まるお話ばかりで、これからの宇宙軍での仕事に役立てたいと思います」

 近い将来、宇宙軍の中枢へ戻ってくるつもりのルーインにとって、儀礼的なやりとりは欠かせない。どう言えば将官たちが目を細めてくれるかをよく知っていた。

「いやあ。若い士官と話すのは新鮮だ。こちらも若くなった気にさせてくれる。また、機会があれば、食事でもしよう」

 将官のひとりが言うのに、

「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

 さっと敬礼をして、その場を離れた。鮮やかな手並みである。
 失礼にならない程度に急いで、会場の隅にいるリュウのところへと歩を進めた。

「おっ、ルーイン! ようやく解放されたのか」

 リュウの軽口に顔が強張る。

「お歴々の将官がたに紹介してやると言ってるのに、僕ひとりに任せてキミが逃げたんだろう。聞きたくもない自慢話をいくつ聞かされたことか」

 リュウの前でしか言わないであろうルーインの愚痴である。

「まあ! アドラー少尉でも愚痴ることがあるなんて、知らなかったわ」

 朗らかに笑うエリスに、ルーインは苦い顔である。

「僕は弱い人間ですから。愚痴も言えば、泣き言もいいます」
「あなたのファンが知ったら、きっと驚くわよ。クールでカッコいいって評判のアドラー少尉がこのぼうやに甘えてるだなんてね」

 エリスは冗談で言ったのだが、ルーインはほんのり頬を染めた。リュウがやさしい目でルーインを見つめている。2人の間に流れる雰囲気に、エリスはあらっ!と思ったが、おとなだから言葉には出さない。その替わりに、

「アドラー少尉、任官おめでとう。ほんと、あながた極東地区を選ぶなんてねえ。上のひとたちはずいぶん騒いでたわ」

 今の様子を見れば、それほど意外ではないけれど。

「エリス…、そんなにルーインを虐めないでやってください。一流の操縦士がいてくれるのがどれほど心強いか。あの極東地区ですからね」
「望んで行くくせに、ぼうやも怖いの?」

 とエリスが茶々をいれる。
 もちろん、何をさせられるかわかりませんからねと笑んだリュウを見て、ルーインが焦れる。


「なんだか楽しそうですね。二人で悪巧みでもしているようだ」

 単なる当てこすりだったのに

「おっ、わかるか?」

 リュウが何か言いそうになるのを、エリスが視線で押しとどめた。

「こいつは大丈夫ですよ」

 と言葉に出しながらも、リュウは後ろめたさを感じてしまう。俺とエリスにはコスモ・サンダーに復讐したいという気持ちがあるが、ルーインにはない。それなら、できるだけ巻き込まない方がいい。諒解の印にうなずいてリュウは話題を変えた。

「実はな、エリス、いやベネット大尉のお父さんが『ブールジュ』っていうバーをやってるんだ。宇宙軍には秘密だが、ベネット大尉も店を手伝ってる。仕官の制服のままでカウンターに入るんだぜ、すごいだろ」

 思いもよらない話題に、ルーインの目が丸くなる。

「もう、ばらさないでよ。宇宙軍はアルバイト禁止なんだから。ということで、アドラー少尉。この件はくれぐれも内密に」

 あだっぽいウインクに、ルーインはギョッとする。

「まあ、ひどい男ね。せっかくやさしく迫ったのに、そんなに引くことはないでしょう」

 笑みを浮かべて見ていたリュウが

「そりゃあ、怖い女性士官に迫られたら、俺だって腰が引けますよ。それに、ブールジュでも客相手に色っぽい仕草なんかしないじゃないですか」

 レイ以外には。

「ふふっ、ちょっとからかっただけ。まあ、ばれてしまったのなら仕方ないわね。
 任官のお祝いをしてあげるから、ブールジュに来ないかって誘ってたのよ。あの人がいたら、きっとお祝いの乾杯をしたはずだからってね。よかったら、アドラー少尉もいかが?」
「ルーイン、謹んでお受けしろよ。ブールジュでしか飲めない『ティア・ドロップ』ってものすごくうまい酒があるんだけど、そのティア・ドロップで乾杯してくれるって言うんだから、見逃す手はないぜ」
「ティア・ドロップ?」
「知っているの? 見かけによらず通なのね」
「いえ、レイさんが話題にしているのを聞いたことがあって…、もしかして、ブールジュって、普通の人が浮いてしまう危険な男たちが集まるバーですか?」

 リュウはくつくつ笑っている。確かに、一般人が足を踏み入れない場所にあるし、ひとりなら店の扉を開けても、客たちの鋭い視線に負けて、出て行ってしまうだろう。

「ま、失礼しちゃう! 結構いいバーなんだけど」
「ぜひ、ご招待ください」

 ルーインは勢い込んで言った。

「えっ」とエリスが声をあげた。話の流れからするとこの男なら「ご遠慮します」とか何とか言いそうなのに。エリスは改めてアドラー少尉を眺めた。

 涼しげな顔、いかにも育ちの良さそうなルックスは女性たちの目を惹き付けてもおかしくない。だが、単に武官の家柄に生まれたというだけではない何かを秘めている気がする。 
 レイモンドが操縦を教え、阿刀野リュウが頼っている男だと言う。見かけによらず、なかなかかも知れない。
 
「いいわよ。極東地区へ出る前に、2人でいらっしゃい。歓迎して、あ・げ・る!」
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