宙(そら)に散る。

星野そら

文字の大きさ
8 / 61

9 レイとの出逢い

しおりを挟む
 古い映画のように、頭の中にモノクロシーンがフィードバックする。

 廊下を走る足音が聞こえる。
 ダンッと音がして、部屋の扉が開いた。部屋に入ってきたのは、シルバーのジャンプスーツに身を包んだ美しい若者。手には大型のレーザーガン。
 怯えて、縮こまっている僕をちろりと見てから、部屋の主に視点を据えた。

「プ、プリンス…。おまえが、来たのか。となると命乞いをしても無駄か…」

 若者は軽くうなずいた。

「本部から武器を横流しとはいい度胸だな、キャプテン・バジル。どこへ売るつもりかは知らないが、残念だったな。荷は返してもらう。それから、裏切りの代償は言うまでもないだろう?」

 若者は冷酷な声で告げ、大型銃で男に狙いを付けた。キャプテンと呼ばれた男がジタバタ暴れる僕を片手で押さえつけた。

「ふっ、その子をタテにするつもりか。無駄だ。俺は総督に、この宇宙船の全員を抹殺せよと命じられた。その子も一緒に撃ち殺してやるよ」

 若者があざ笑った。

「くそっ! 人でなしめ!」
「裏切り者に言われたくないね」

 男は僕を突き飛ばすと同時に、若者に向けて銃を発射しようとした。が、一瞬早く、若者の銃が男の手を撃ち抜いた。

「うっ!」
「安心しろ。次の一発でらく~に、地獄に送ってやる」

 そう言うと、若者は静かに引き金を引いた。どさりと男が倒れる。

「……あっ! いや~ッ!」

 目の前で進行する冷酷な殺人に、僕は甲高い悲鳴を上げる。
 その声に、戦闘員らしき男がひとり、走り込んできた。

「何事だ! あっ、キャプテン!」
「こっちは始末した。荷は取り戻したのか?」
「はい。運び終えて、船に爆破装置を仕掛けましたので、そろそろ離脱してください」
「わかった」
「その子の始末は?」

 きびすを返しかけた若者が、戦闘員の問いに、ふと僕に目を留めた。僕は真っ青になって震えていた。

「必要ない」
「そうですね。放っておいても、宇宙船と一緒に吹っ飛ぶだけ…」

 僕は壁まで後ずさって座り込むと、両手で顔を覆った。
 何も見たくない。聞きたくない。早く出て行ってほしい。なのに、若者が僕の前に、片膝をついて訊くのだ。

「おまえ、俺と一緒に来るか?」

 戦闘員が目を剥く。

「キャプテン! 勝手なことをすると…」

 最後まで聞かずに、若者がピシャリと遮る。

「俺に意見するとは、いい度胸だな」

 冷たい声音に、戦闘員がヒュッと息を呑む。

「申し訳ありません」

 行け! と視線で命じた若者に、戦闘員は弾かれたように部屋を飛び出した。
 若者が、顔を覆っていた両手をやさしく外して問いかける。

「名前は?」
「……リュウ」
「いくつだ?」
「8つ」
「そう、リュウか。俺はレイモンド。レイでいいよ。…ねえ、リュウ。ここにいたら死んじゃうよ。俺と一緒に来ない?」

 ついさっき、キャプテンと一緒に殺すつもりだったはず。それなのに。
 今までの命令口調とは打って変わって、初対面の子どもを遊びに誘うような気軽さだった。差し出された手を取ると、若者はにこりと微笑んだ。思わず見とれるやさしい笑顔。

「よし。行こう!」

 それが、僕とレイの出会いだった。そんな風にして、レイは爆発する宇宙船から僕を連れ出したのだ。ほっとしたのもつかの間。僕はその行為が、大きな命令違反だったとすぐに知ることになった。


 とんとん、とレイのしなやかな手が重厚な扉をノックした。

「レイモンドです」
「入れ!」

 低く威厳のある声が中から応じた。

「失礼します。報告にまいりました」

 短い黒髪にちらほらと混じる白髪、ひげを蓄えた厳めしい顔付きの男が、マホガニーの机の後ろから立ち上がった。
 シルバーのジャンプスーツに身を包み、直立不動の姿勢を保つレイの前につかつかと歩みよると、その顎をぐいっとつかんだ。

「報告の前に訊こうか、プリンス。わしの命令を覚えているのか」
「はい、総督」
「復唱してみろ」
「われわれのところから盗まれた荷を取り戻せ。そして、乗組員は全員消せとお命じになりました」

 総督はレイの後ろを手で指し示す。

「わかっているなら、おまえの後ろにいるのは何だ?」
「まだ、子どもです。それに乗組員ではなく捕らわれていた…」

 言葉が終わらぬうちに、総督の手がレイの左頬を張った。
 容赦のない一撃に僕が隠れていたレイの背が大きく崩れる。しかし、レイは素早く立ち直り、踵をきちんと付けて元の姿勢に戻った。

「言い逃れはやめろ! わしの命令は絶対だ。おまえもわかっているはずだ」
「はい…」

 素直に返された応えに満足したのか、男は口元をにやりとうす笑いの形に歪める。

「おまえがわしに逆らったのは初めてだ。本来なら懲罰の対象だが特別に許してやる。そのかわり、いま、ここで、そいつの始末をつけろ」

 そう言うと、マホガニーの机の後ろに座り直し、すごみのある目でレイを睨みつけてから、震える僕を小動物でも見るような目で見つめた。
 レイの手が、腰のホルスターに収まっていたレーザーガンへと伸びる。くるりとこちらを振り向いたエメラルド・グリーンの瞳には、凶暴な光が踊っていた。
 僕はそろそろと後ずさりながら、その表情を呆気にとられて仰ぎ見る。
 優雅な動作で持ち上げられたレーザーガンが、ピタリと額に狙いをつけた。

 怯えてしまった僕は、動くことはもちろん、悲鳴さえあげられない。

「顔色ひとつ変えずに処刑を遂行するとはさすがだな、プリンス。海賊団『コスモ・サンダーいち冷酷だ』という評価もだてではない。もしかしてわしを楽しませるために、それを生かして連れてきたのか」

 満足そうな声音だ。

「そんな趣味は、ありません」

 冷たく乾いた言葉だった。


 固く目をつむった僕は、レーザーが煌めくのをあきらめとともに待ち構えた。プシュッと言う音と一瞬の閃光。
 いつまでたっても、痛みは訪れなかった。恐る恐る目を開くと、総督と呼ばれた男の身体が横たわっていた。血だまりがみるみる広がっていく。
 レイは値踏みでもするかのように、その姿を冷静に見下ろしていた。

「あっ!……」

 叫ぼうとすると、すっと近寄ってきたレイの手に口を塞がれる。僕の目をじっと見て、かすかに頭を振る。声を出すなと言っているようだった。コクリとうなずくと、レイの手が離れた。

「リュウ。俺から離れないで。わかったね?」

 もう一度、コクリとうなずく。
 レイは僕の手首を握り、長い廊下を歩き出した。僕を引きずるように、早足で。
 すれ違う男たちがみな、軽く黙礼して通路を譲る。それをさも当然という風情で、レイはためらいもせずに、ずんずん廊下を進んでいく。その顔には厳しい表情が張り付いていた。

「レイモンド!」

 すらりと背の高い、整った容貌の男に呼び止められた。レイはかすかに身体をこわばらせて、それからすぐに直立不動の姿勢を取った。僕の手首を握ったまま。

「レイモンド。総督への報告は終わったんですか?」
「はい」
「それなら、わたしの部屋へ。話があります」

 丁寧な言葉遣いだが、それは、有無を言わさぬ命令だった。レイはためらった。

「すみません、マリオン。総督にこれを始末してこいと言われました。捨てにいくつもりなんですが…」

 驚いた僕が身をよじって逃れようとするのを、ぐいっと手を捻り上げて痛めつける。

「いたいっ!」

 涙がこぼれた。マリオンと呼ばれた男はしゃくり上げる僕を見て顔をしかめる。

「レイモンド。子どもをそんな風に乱暴に扱うんじゃありません」
「……はい」
「その子を捨てにいく、のですか。総督もおまえに惨いことをさせる。……では、戻ってきたら、すぐにわたしのところへ来なさい」
「わかりました」

 男の姿が廊下の角に消えるまで見送ってから、レイが小さく舌打ちした。

「これで余裕がなくなった。急ぐよ!」
「僕を捨てにいくの?」
「捨てる? まさか、そんなことしないよ。約束する」


 レイは約束を守ってくれた。

 コスモ・サンダーの本部から宇宙船で脱出し、何度も宇宙船を乗り換えた。あと一歩で死ぬような目に遭ったけれど、レイは俺の手を離さなかった。捨てたりはしなかった。コスモ・サンダーに追われて逃げ惑うなかで、どれほど俺が邪魔になっても。
 緊張の連続の中で、頻繁に訪れる危機のせいで、俺はいつしか恐ろしい記憶を閉じこめてしまった。
 自分が誰でどうしてレイと2人で逃げ回っているのかわからなくなってしまった。レイは心配して専門クリニックへ連れて行ってくれたけれど、心が壊れないように何かを遮断していると言われたそうだ。

「無理に思い出さなくてもいいよ。俺はリュウがいてくれるだけでいい」

 レイはそう言ってくれた。

 今もまだ、思い出せないことはあるが、レイとのことは全部思い出した、と思う。出会いから、別れまで全部。
 別れ…、レイを亡くしたことを思うと今でも胸がズキンと痛む。
 もう、レイのことを忘れたりしないからな。
 俺が一緒に暮らしたやさしくて強いレイだけでなく、俺のために人に銃を向けた冷酷なレイにも目を背けたりしない。
 全部憶えておく。大好きなレイ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...