宙(そら)に散る。

星野そら

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8 エリス

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 新少尉たちが、導かれるままに隣の部屋に入ると。大勢の上官たちが拍手で迎えてくれた。花が飾られ、料理や酒が乗ったテーブル、あちこちで交わされる挨拶、和やかな会話。
 セントラル軍本部だけではなく、この日のために遠くから足を運んだ士官たちもいるようである。ルーインはすぐに軍の上層部に属する父親に捕まり、あちらこちらへ挨拶に回らされている。ほかの仲間たちも、新しい任務先の上官に引き合わされたり、ひと足先に士官になった仕官学校の先輩たちと談笑したり、思い思いの時を過ごしているようだ。

「ふう」

 担当教官であったチェイス少佐に解放され、ひとりになったリュウは、酒を片手に壁にもたれた。チェイス少佐には、特殊部隊であるタスクフォース入りをさんざん勧められたのだ。最後は脅しのようだった。
 それでも首を縦に振らないリュウに、

 「おまえもアレクセイのように、コスモ・サンダーに取られるのか」

 と少佐は苦々しげに吐き出した。
 意味はわからなかったが、チェイス少佐がコスモ・サンダーを憎んでいることだけはわかった。
 それなら、俺と同じ。そう告げると、

 「もし、極東地区で海賊殲滅作戦をやる時には、力を貸せよ」

 と約束させられた。そんなことは、言われるまでもないのに。


 ひとり佇むリュウは、若々しく、いかにも前途洋々のエリート士官という風情であった。本人はそのことに気づいていないが、実は多くの士官たちの注目の的であった。まあ、士官学校への入校当時から、その一挙手一投足に上官たちが目を光らせていたのではあるが…。何と言っても、訓練生の分際で、セントラルの兵士たちを暴動一歩手前まで動かした男なのだから。
 タスクフォースを束ねるチェイス少佐だけではなく、任官に当たり、多くの部署が阿刀野リュウをほしがった。かなりの裏工作もあったようだ。
 ところが。
 セリにかけられるはずだった男は上官たちの思惑をあっさりと裏切り、自ら極東地区への任官を希望したのだ。しかも、エリートパイロットであるルーインまでかっさらってしまった。やっかみも手伝って、二人を手に入れられなかったさまざまな部署が、あることないこと噂を流したのも不思議ではなかった。
 そんなこんなで、兵士たちなら気軽に声をかけるリュウに、なぜか上官たちは声をかけそびれていた。


 そこへ。

「主役がこんなところで、ヒマしてるんじゃないわよ。ちっとは上官に顔を売ろうって気はないの。極東地区パトロール部隊、阿刀野リュウ隊長」

 毒舌さえ吐かなければ、きれいな美女である。連合宇宙軍士官の制服がよく似合って、近寄りがたい威厳さえ与えている。その人は、銃やナイフの腕も男顔負けだが、ずば抜けた情報処理能力を持つ分析官として知られていた。

「お久しぶりです。来ておられてたんですか、エリザベス・ベネット大尉」

 拳を胸に当てて敬意を表そうとするリュウを押しとどめて、

「今日は無礼講。これだけえらい人が集まってるのに、あんたのようにぺーぺーの少尉が敬礼をしだしたら、やめられないでしょ」

 相変わらずである。

「それもそうですね」
「とにかく、士官学校修了と任官、おめでとう」

 エリスは賑やかなかけ声とともに、カチンとグラスを合わせた。

「ありがとうございます」

 お礼の言葉とともに頭を下げたリュウに、

「なに、畏まってんのよ。ぼうや。各部署の誘いをピシャリと断った傲慢な男に似合わない礼儀正しさだわよ」

 ざっくばらんなもの言いに、リュウはにやりと笑う。

「あっという間に、隊長からぼうやに格下げですか? ベネット大尉」

 エリスが顔をしかめて言う。

「今日は無礼講だっていったでしょ。エリスって呼びなさい」

 リュウは、こんな場所でそんな恐ろしいことを、と周囲を見回して見せた。確かに、ひとりでも注目を集める男と女がそろったのである。それも、珍しい組み合わせである。

「あんたにベネット大尉なんて言われたらむずむずする」

 と言いながら、エリスは固めた拳を軽くリュウの腹に当てる。
 エリスは軍兵士たちのマドンナ的存在であった。誰に対してもかなり強気である。
 エリスが譲歩したり、すがるような目で見詰めるのはレイだけなのだ、とセントラルへ来てからリュウは知った。今も、誰にもなびかない極めつけの美女とこうして話しているだけで、リュウは非難の視線をいやというほど浴びているのである。

「うっ」と呻いたリュウが、「その方が、跳ねっ返りのあなたらしい」と返した。
「へえ~。ぼうやも言うわね」

 エリスが高らかに笑った。

「ねえ、極東地区へ行く前に『ブールジュ』へいらっしゃい。任官祝いをしてあげる。ティア・ドロップで乾杯しましょうよ」
「いいんですか、宇宙軍士官の俺が『ブールジュ』へ行っても?」

 エリスは器用に片眉を上げる。エリスが親父さんの経営するバーに出ているということは、兵士たちには知られていない。それも、宇宙軍が追いかけなければならない、うさん臭い男ばかりが集うようなバーに。

「宇宙軍の兵士は普通、あんなところへ来ないわ。もし、来たら、わたしでなくて客たちが追い返すでしょ。でも、ぼうやは特別。あの人なら、きっと『ティア・ドロップ』でお祝いしようって言ったでしょうから」

 リュウの顔がほんのわずかに引き締まった。が、エリスはその変化を見逃さない。

「ごめん。辛いことを思い出させたかしら…」
「いえ。辛かったのは俺だけではないですから」

 リュウはその台詞にエリスへの思いやりと許しを込めた。エリスは、レイが死んだと知ったとき大型ハリケーンのように荒れ狂ったのだ。

「ありがとう、優しいのね」

 美女の表情がふっと和らぐと、人懐っこい顔になった。ちょうど、この人の親父さんのようだとリュウは思った。

「ずっと、謝りたいと思ってた。あの時のこと。八つ当たりもいいところだったわ。ごめんなさい。これだから、いつも、兄にもあの人にも、相手にしてもらえないのよね」

 まるで、2人とも生きているような言い方だった。

「俺は、あなたに八つ当たりされてよかったと思っています。おかげで思い出しましたから」

 辛くて、心が閉め出していたことを。とは口には出さなかった。
 でも、レイを亡くした今では、何が一番辛いか簡単には決められない。

「そうだってね。アドラー家の息子に詰め寄られたわ。あいつ、本気で怒ってた」
『せっかく立ち直りかけている阿刀野リュウを壊す気ですか』と。

 その時、アドラー家の息子は真剣に阿刀野リュウのことを思っているとエリスは悟った。自分がレイモンドを思っていたのと同じくらい真剣だと。

「で、いったい何を思い出したの?」
「レイが俺に銃を向けた日のことを」
「ふ~ん」


 エリスと偶然鉢合わせたのは、リュウが士官学校へ来てすぐ。まだ、レイの死から立ち直れずに、毎日悪夢にうなされていた頃だった。
 リュウはそれまで休憩室を利用したことはなかったのだが、ルーインとの待ち合わせで初めて足を踏み入れた。その部屋は、士官たちが和やかに話せるようにゆったり落ち着いたつくりになっていた。

 そこに、エリザベス・ベネット大尉が居たのだ。
 エリスは、部屋の端で人ごみを避けるようにポツンと座っていた。誰も近寄らせない雰囲気だった。遠くはなれた場所に所在なく腰を下ろしたリュウに、エリスはふと目を向けたのだ。
 偶然だったと思う。目が合って、じっと見つめられていることの気まずさにリュウは軽く会釈をした。見知らぬ上官に対する軽い挨拶のつもりで。

 ところが。
 その女性士官はツカツカと近寄ってきて、座っているリュウの胸ぐらをつかんだのである。その恐ろしい顔。これは夜叉に違いないとリュウは思った。
 あっけに取られていると、夜叉が言う。

「あの人を返して! レイモンドを返してよッ!」

 言われて初めて、ああ、あの酒場の。と思い出した。
 美しい容貌がここまで変わるのかと思うほど、落胆と疲れで落ち込んでいた。やつれた姿は痛々しいほど。酒に逃げたせいで、瞳は濁り、肌は張りをなくしていた。
 突然の出来事に、休憩室中がシーンと静まり返る。誰もが2人を注目していた。気まずくて、

「俺に言われてもどうしようもない。泣きわめいてレイが帰ってくるくらいなら、俺がとっにそうしてる…」

 リュウがつぶやいた言葉に、エリスが逆上したのだ。

「何を言ってんのよ。あの人が殺されたのは、あんたのせいよっ! ……あんたを助けるために、あの人はコスモ・サンダーを敵にまわしたんじゃない」

 責められて当然だと、エリスがリュウを睨みつける。

「あんたさえいなかったら、あの人は今も…、宇宙を飛び回っていた。伝説の男になんかならずに、自由に。気ままに」

 語尾がかすれている。レイが殺されたのが、俺のせい? 俺のせいでコスモ・サンダーを敵にまわした?
 どういうことだ。意味がわからない。
 考えを巡らせるヒマもなく、立ち上がらされて、腹に蹴りが入った。がくりと膝を折る。その一撃は、思ったより効いたのだ。女性ではあるが、エリスは仮にも宇宙軍士官である。相応の格闘能力を持っているのは間違いない。

「どうして…、レイは殺されたなんて言うんですか? それが、俺のせいなんですか?」
「しらばっくれないでよ。わたしは情報分析官よ。クリスタル号の爆発事故は詳しく調べた。コスモ・サンダー以外の誰にあの人が殺せるというの?
 気をつけてと言ったのに。まだ、コスモ・サンダーはあきらめていないからって。
 …あんただって、あの時の追走劇を覚えてるでしょ! あの人と一緒だったんだから。コスモ・サンダーは全構成員を投入して、あらゆる宙域を探しまわった。小さな噂ひとつでも、艦隊を率いて飛んで行った。どれくらいの宇宙船が無駄に沈められたか知ってる? 一緒にいたあんたが、知らないとでも言うの!」

 遠巻きに見ている兵士たちには聞こえないような小さな声だった。しかし、はっきりした非難の言葉。さらに、

「あの人はあんたのためにコスモ・サンダーを裏切った。あの人を捕まえるために、あいつらは目の色を変えた。わたしの知っているあの人は、プリンスは、誰よりもクールで颯爽としていたのに。あんたが、あの人の未来を奪ったのよ!」

 プリンス…! その言葉が胸の中で弾けた。
 エリスの言葉はもう耳に入らない。
 プリンス。その呼び名が頭に渦を巻く。プリンス。プリンス。プリンス…。クール・プリンス。ああっ…。リュウは愕然とした。
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