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9 食べられなかった食事
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舌打ちをしたところに、扉に長身の影が写った。
手に持っていたトレイをガシャンと音を立てて床に投げ捨てる。
マリオンはツカツカと歩いてくると、羽交い締めにされていた男に思い切り拳を叩き込んだ。男がドサリとくずおれた。
「これは、どういうことだ! 誰がこの部屋に入っていいといった。えっ! 応えろ!」
いつも冷静なマリオンが顔を朱に染めて怒鳴っていた。その剣幕に驚いて、見張りの男たちが口ごもる。
マリオンはグールの胸ぐらを掴んで引き上げた。
「グール。おまえは、こんなところで、何を、している?」
区切るように尋ねる。
応えられないグールの腹にマリオンはさらに拳を打ち込み、くずれるままに放置した。
「おまえが見張りの手を煩わせるようなことをしたんですか? 何を企てたっ!」
すぐ目の前に怒りのこもったマリオンの瞳があった。何もしていないのに、こちらまで殴られそうな勢いだ。
「マリオン、わかり切ったことをきかないでよ。俺が何かして成功していたら、ここにいないよ。そいつらも少なくとも怪我してるだろうね。
ほらっ、俺は縛り付けられてて、手も足もでないの」
口を開くと、切れたくちびるが痛かった。眉をひそめるとマリオンの手が俺の顔にそえられ、前髪をかき上げる。検分するように眺めてから、
「派手に殴られましたね。しばらくアザが残りそうだ」
そう感想をもらすと、くるりと男たちに向き直った。
「命令の聞けないものをおいておくほど、わたしは寛大ではないぞ。グール、船から放り出されたいのか?」
「総督代理…、グールはこの男に弟を撃たれたんです。いま医務室にいて、右手が使い物にならなくなったそうです」
「それが、どうした? わたしは個人の事情など聞いていないっ!」
「しかし…」
戦闘員たちは捕虜を殴るくらい、許されてしかるべきだと思っているようだ。仲間が撃たれたのだ。腕や足だとはいえ、傷つけられたのには変わりはない。
だが、マリオンはそんな抗議をピシャリと遮った。
「許されるなら、わたしが真っ先に殴っている。この男へのわたしの恨みは、右手がきかなくなった程度ではないからな。殴り殺しても飽き足りないくらいだ。
だが、わたしはこの男を五体満足なままで連れて来いと総督に命じられた。この男を好きにできるのは総督だけだ。わかったか!」
マリオンの押し殺した怒りに戦闘員たちが声をなくした。
「わかったら、グールを懲罰室へ連れて行け。おまえたちも命令違反だ。覚悟しておけよ」
「はっ」
男たちは敬礼をして、グールを引きずり出した。
「それを片づけて、誰かに食べ物を運ばせてくれ」
無駄になった食事にチラリと目をやり、マリオンが命じた。
「飢え死にさせる気かと思った。ねえ、マリオン。俺は逃げたりしないよ。リュウのことがあるからね。ロープをほどいてくれてもいいんじゃない?」
「いいえ。手足を拘束していなければ、グールは今頃、医務室のベッドにつながれていたはずです」
「ん…、それは、あいつが悪いからだろう?」
「グールは普段は冷静な男です。カッとして、一発や二発は殴っていたかもしれない。でも、ここまで無茶なことはしない。おまえが挑発でもしましたか?」
レイモンドの腫れた顔を見てマリオンは顔をしかめる。マリオンはお見通しなのだ。レイモンドは肩をすくめた。
「腹が減っていらいらしてたんだ。それに誰もいないし、退屈っていうか、寂しくなってね」
「ガラじゃない、おまえが人を恋しがるなんて。それに…、殴られることはないでしょう。痛いことが好きにでもなりましたか? おまえなら、色気で誘う方がよほど効果的でしょうに」
マリオンのキツい台詞に内心反発しながらも、
「誘うほどのいい男がいなかったんでね。俺は好みがうるさいんだ。マリオン。あなたを誘ったら、相手をしてくれる?」
「遠慮しておきます。わたしはおまえの冷酷さをよく知っていますから。寝首をかかれてからでは遅い。……冗談はそのくらいにしておきなさい。跡が消えるまで、総督の前に引き出せなくなりましたね」
「別にいいだろう、どんな顔でも。撃ち殺すなら、顔など問題じゃない」
「撃ち殺す? そんなに簡単に死なせてもらえるとでも? 総督はおまえに会うのを楽しみにしておられましたよ。待ち遠しいとね」
マリオンがくちびるの端に冷笑を浮かべた。
「あーっ! もしかして、死ぬまでジワジワ拷問されるの? それはいやだなあ~。マリオン、すんなり殺してよ。考えただけで吐きそうだ」
「わたしには権利がありません。わたしはおまえに騙されただけで、撃たれたのは総督ですから。忘れたんですか?」
「残念ながら、覚えてる」
それでも、レイモンドは総督よりマリオンに恨まれていると思っていた。ずっと一緒に暮らしてきたマリオンをあっさりと裏切ったのだから。捨て去ったのだから。
教え込まれたさまざまな技術をコスモ・サンダーから逃れるために駆使したのだから。
マリオンにとっては飼い犬に手をかまれるどころの騒ぎではなかっただろう。
「ねえ、マリオン。俺がいなくなって総督に責められた?」
「それはもう。おまえの育て方が悪いと詰られました。逃がしたうえに、コスモ・サンダーの総力をつぎ込んでいるのに、なぜ捕まえられないと…。死ぬほど罰せられました」
感情を殺した口調に、静かな怒りが感じられた。
「そう、総督もキツいもんね…。今さらだけど、マリオン、ごめんね。あなたの立場も考えないで。あなたを傷つけるつもりはなかったんだ」
それは本心だった。素直に謝罪の言葉を口にしたのに…、マリオンはレイモンドの頬を思い切り張った。そして、その手をぐっと握りしめる。
「最悪の冗談ですね。わたしに殺してもらいたいからと煽っても無駄ですよ」
そう言い捨てると、マリオンはきびすを返すと、部屋を後にした。
お~い。そこに運ばれてきた食事、どうするんだよ!
このまま眺めていろとでも! くそっ、酷すぎる~。
謝ったのは本心だったのに。
「マリオン! マリオン、戻ってきてよ~。マリオン~」
怒鳴っても、懇願しても、見張りたちは扉を開こうともしない。マリオンの命令に背いて罰を与えられるのはいやなのだろう。
それにしても…。
結局のところ、レイモンドは次の食事が運ばれてくるまで、何も口にすることができなかったのだ。
手に持っていたトレイをガシャンと音を立てて床に投げ捨てる。
マリオンはツカツカと歩いてくると、羽交い締めにされていた男に思い切り拳を叩き込んだ。男がドサリとくずおれた。
「これは、どういうことだ! 誰がこの部屋に入っていいといった。えっ! 応えろ!」
いつも冷静なマリオンが顔を朱に染めて怒鳴っていた。その剣幕に驚いて、見張りの男たちが口ごもる。
マリオンはグールの胸ぐらを掴んで引き上げた。
「グール。おまえは、こんなところで、何を、している?」
区切るように尋ねる。
応えられないグールの腹にマリオンはさらに拳を打ち込み、くずれるままに放置した。
「おまえが見張りの手を煩わせるようなことをしたんですか? 何を企てたっ!」
すぐ目の前に怒りのこもったマリオンの瞳があった。何もしていないのに、こちらまで殴られそうな勢いだ。
「マリオン、わかり切ったことをきかないでよ。俺が何かして成功していたら、ここにいないよ。そいつらも少なくとも怪我してるだろうね。
ほらっ、俺は縛り付けられてて、手も足もでないの」
口を開くと、切れたくちびるが痛かった。眉をひそめるとマリオンの手が俺の顔にそえられ、前髪をかき上げる。検分するように眺めてから、
「派手に殴られましたね。しばらくアザが残りそうだ」
そう感想をもらすと、くるりと男たちに向き直った。
「命令の聞けないものをおいておくほど、わたしは寛大ではないぞ。グール、船から放り出されたいのか?」
「総督代理…、グールはこの男に弟を撃たれたんです。いま医務室にいて、右手が使い物にならなくなったそうです」
「それが、どうした? わたしは個人の事情など聞いていないっ!」
「しかし…」
戦闘員たちは捕虜を殴るくらい、許されてしかるべきだと思っているようだ。仲間が撃たれたのだ。腕や足だとはいえ、傷つけられたのには変わりはない。
だが、マリオンはそんな抗議をピシャリと遮った。
「許されるなら、わたしが真っ先に殴っている。この男へのわたしの恨みは、右手がきかなくなった程度ではないからな。殴り殺しても飽き足りないくらいだ。
だが、わたしはこの男を五体満足なままで連れて来いと総督に命じられた。この男を好きにできるのは総督だけだ。わかったか!」
マリオンの押し殺した怒りに戦闘員たちが声をなくした。
「わかったら、グールを懲罰室へ連れて行け。おまえたちも命令違反だ。覚悟しておけよ」
「はっ」
男たちは敬礼をして、グールを引きずり出した。
「それを片づけて、誰かに食べ物を運ばせてくれ」
無駄になった食事にチラリと目をやり、マリオンが命じた。
「飢え死にさせる気かと思った。ねえ、マリオン。俺は逃げたりしないよ。リュウのことがあるからね。ロープをほどいてくれてもいいんじゃない?」
「いいえ。手足を拘束していなければ、グールは今頃、医務室のベッドにつながれていたはずです」
「ん…、それは、あいつが悪いからだろう?」
「グールは普段は冷静な男です。カッとして、一発や二発は殴っていたかもしれない。でも、ここまで無茶なことはしない。おまえが挑発でもしましたか?」
レイモンドの腫れた顔を見てマリオンは顔をしかめる。マリオンはお見通しなのだ。レイモンドは肩をすくめた。
「腹が減っていらいらしてたんだ。それに誰もいないし、退屈っていうか、寂しくなってね」
「ガラじゃない、おまえが人を恋しがるなんて。それに…、殴られることはないでしょう。痛いことが好きにでもなりましたか? おまえなら、色気で誘う方がよほど効果的でしょうに」
マリオンのキツい台詞に内心反発しながらも、
「誘うほどのいい男がいなかったんでね。俺は好みがうるさいんだ。マリオン。あなたを誘ったら、相手をしてくれる?」
「遠慮しておきます。わたしはおまえの冷酷さをよく知っていますから。寝首をかかれてからでは遅い。……冗談はそのくらいにしておきなさい。跡が消えるまで、総督の前に引き出せなくなりましたね」
「別にいいだろう、どんな顔でも。撃ち殺すなら、顔など問題じゃない」
「撃ち殺す? そんなに簡単に死なせてもらえるとでも? 総督はおまえに会うのを楽しみにしておられましたよ。待ち遠しいとね」
マリオンがくちびるの端に冷笑を浮かべた。
「あーっ! もしかして、死ぬまでジワジワ拷問されるの? それはいやだなあ~。マリオン、すんなり殺してよ。考えただけで吐きそうだ」
「わたしには権利がありません。わたしはおまえに騙されただけで、撃たれたのは総督ですから。忘れたんですか?」
「残念ながら、覚えてる」
それでも、レイモンドは総督よりマリオンに恨まれていると思っていた。ずっと一緒に暮らしてきたマリオンをあっさりと裏切ったのだから。捨て去ったのだから。
教え込まれたさまざまな技術をコスモ・サンダーから逃れるために駆使したのだから。
マリオンにとっては飼い犬に手をかまれるどころの騒ぎではなかっただろう。
「ねえ、マリオン。俺がいなくなって総督に責められた?」
「それはもう。おまえの育て方が悪いと詰られました。逃がしたうえに、コスモ・サンダーの総力をつぎ込んでいるのに、なぜ捕まえられないと…。死ぬほど罰せられました」
感情を殺した口調に、静かな怒りが感じられた。
「そう、総督もキツいもんね…。今さらだけど、マリオン、ごめんね。あなたの立場も考えないで。あなたを傷つけるつもりはなかったんだ」
それは本心だった。素直に謝罪の言葉を口にしたのに…、マリオンはレイモンドの頬を思い切り張った。そして、その手をぐっと握りしめる。
「最悪の冗談ですね。わたしに殺してもらいたいからと煽っても無駄ですよ」
そう言い捨てると、マリオンはきびすを返すと、部屋を後にした。
お~い。そこに運ばれてきた食事、どうするんだよ!
このまま眺めていろとでも! くそっ、酷すぎる~。
謝ったのは本心だったのに。
「マリオン! マリオン、戻ってきてよ~。マリオン~」
怒鳴っても、懇願しても、見張りたちは扉を開こうともしない。マリオンの命令に背いて罰を与えられるのはいやなのだろう。
それにしても…。
結局のところ、レイモンドは次の食事が運ばれてくるまで、何も口にすることができなかったのだ。
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